金星探査機「あかつき」の旅路 - 軌道で見るあかつきの5年間

2015年12月1日(火)

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2015年12月7日、いよいよ金星探査機「あかつき」の金星軌道への投入が行われます。2010年に軌道投入に失敗してから5年ぶりの再挑戦です。今回は、あかつきがたどってきた旅路、その軌道から5年間の旅と、いよいよ迎える2度目の金星軌道への投入のプロセスを見てみたいと思います。

軌道のルール

さて、あかつきの軌道の説明をする前に、1つだけルールを覚えて下さい。探査機や人工衛星にかぎらず、惑星や衛星の軌道にはいくつかルールがあります。これは物理法則が決めているもので、破ることはできません。今回あかつきの軌道をおおざっぱに理解する上で覚えておいて欲しいルールは1つだけです。

「探査機の速度は中心の星からの距離で決まる」

探査機や惑星が軌道を周る速度は、中心の星に近ければ速く、遠ければ遅くなります。逆に、周回速度を速くしようと思えば、中心の星に近づかなくてはいけませんし、周回速度をゆっくりにしようと思ったら、遠ざからなければなりません。中心の星に近い位置でゆっくり周ることはできませんし、遠い位置で速く周ることもできません。距離と速さの関係は物理法則で厳密に結びついていて変えられないんです。

ちなみに、このルールは発見した人の名前から「ケプラーの法則」とよばれています。この速さと距離の関係はケプラーの第2法則に当たります(ケプラーの法則は3つありますが、残りの2つは今回の話では使いません)。

もう一つ付け加えるなら、軌道のサイズを大きくする(=中心の星から遠ざかる)ためには、進行方向に向けて加速します。逆に軌道のサイズを小さくする(=中心の星に近づく)ためには、進行方向とは逆に減速する必要があります。上のルールと組み合わせると、こういうことです。加速すると、中心の星から遠ざかり、1周にかかる時間は長く(速度が遅く)なります。逆に、減速すると中心の星に近づき、1周にかかる時間は短く(速度が速く)なります。なんとなく直感に反しますが、これが軌道上での運動の基本です。

さて、ルールの話はこれくらいにして、あかつきの話をしましょう。

あかつきが太陽の周りを9周した理由

あかつきは2010年に金星への軌道投入に失敗した後、5年かけて、金星が太陽の周りを8周する間に、9周して金星に追いつきました。なぜわざわざこんなことをする必要があったのでしょうか?

あかつきは2010年の軌道投入で金星を通りすぎてしまいました。この時、あかつきがいたのは、金星より少し太陽に近い内側を通る軌道です。先ほどのルールを思い出して下さい。金星より太陽に近いということは、金星より速いということです。そのまま放っておけば、金星との距離はどんどん離れていきます。ここであかつきが取れる方法は2つ。金星より外側に出て金星を待つか、このまま金星より内側にいて、再び金星に追いつくか。

結論から言えば、あかつきは金星より内側を通って金星に再び追いつく方法を取りました。これは金星より外側に出るためには燃料が足りなかったからです。金星の外側へ出るためには、燃料をたくさん使って軌道を大きく変えなくてはいけません(加速して、軌道を大きくして、金星よりゆっくり太陽の周りを回って金星を待つ)。それより、金星より内側にいて、適切なタイミングで金星と出会うための調整をするほうが、燃料が少なくて済むんです。

あかつきの5年間の軌道。金星と太陽の位置を固定した図。尖っている部分が遠日点、その間の太陽に一番近づくところが近日点。『「あかつき」ミッションの歩み2011/9~2015 秋冬』より

あかつきの軌道。外側は金星軌道に接し、内側は金星よりかなり内側に入る。DV-1~4は軌道修正のタイミング。『「あかつき」ミッションの歩み2011/9~2015 秋冬』より

当初、あかつきは太陽の周りを約203日で1周する軌道に乗っていました。でも、これではタイミングが悪く、金星に出会うのに時間がかかります。そこで、タイミングを調節し、2015年(ないし2016年)に金星に出会えるような軌道を取ることにしました。2011年に3回に分けて軌道修正が行われ、太陽の周りをめぐる周期は199日になりました。もう一度、先ほどのルールの登場です。周期が短くなった(=速くなった)ということは、減速してより太陽に近づく軌道をとった、ということです。

この金星より内側を通るルートの最大の問題は熱でした。本来、あかつきは金星付近の環境に合わせて作られています。金星は地球より太陽に近く、あかつきは当初は地球近傍の2倍ほどの熱を受ける予定でした。それが、金星より内側の軌道をとったため、最も太陽に近くなる近日点では3倍もの熱に晒されることになりました。あかつきは5年の間に9回、本来想定されていなかったこの厳しい熱環境に晒されたことになります。

あかつきの熱環境。上に尖っている部分が近日点。太陽に近づくたびに厳しい熱環境にさらされる。記者会見資料より

そして2015年冬、あかつきは5年もの長旅と厳しい熱環境に耐え、金星軌道投入に再チャレンジする事になります。

2015年冬、いよいよ金星軌道へ

金星より内側の軌道を取っていたあかつきは、金星が太陽の周りを8周する間に、9周して金星を周回遅れにする形で追いつきます。そして、2015年10月頃にあかつきは金星を少し内側から追い越しました。え?なんで?という感じですが、ここがこの方法の肝の部分です。

軌道投入までの金星とあかつきの位置関係。軌道のカーブは実際より大げさに描いてあります。 image:isana

2015年12月1日頃、あかつきは金星の100万キロほど前方を横切って外側に出ます。ルールを思い出して下さい。これまで金星より太陽に近く、周回速度が速かったあかつきは、今度は金星より遠くなったことで、金星よりゆっくり飛ぶことになります。つまり、あかつきから見ると金星が後ろから追いついてくる形になるわけです。

2015年12月7日、いよいよ先行していたあかつきに金星が追いつきます。そして、金星があかつきのすれすれ内側をすり抜けて前へ出ると、あかつきが金星の重力に引かれて後ろ側に回り込みます。ここですかさずスラスタを吹かして、太陽を回る惑星間軌道から、金星を周回する軌道に入ります。

金星軌道投入直前の動き  image:isana

この動きを金星視点でみると、あたかも、あかつきは進行方向の右側からやってきて、左側へ抜けていく形で軌道に入ることになります。つまり、あかつきは上から(地球の北極方向から)見ると、時計回りに金星を周回する軌道に入る、ということです。この時計回り、というのがあかつきのミッションにとって重要な意味を持っています。

[軌道投入詳細図] 金星から見たあかつきの動き。 image:isana





なぜこんな方法で金星の軌道に入るのか

なぜあかつきはわざわざこんなにややこしい方法で金星の軌道に入るんでしょうか? それは金星の自転の向きが関係しています。実は、金星は自転と公転の向きが逆になっているんです。太陽系を上から(地球の北極側から)見ると、各惑星は太陽の周りを時計と反対方向に回っています。そして金星以外の他の多くの惑星は、時計と反対周りに自転をしています(天王星はもう一つの例外、自転軸が横倒しです)。でも金星は逆、金星は時計と同じ方向に自転しているんです。

あかつきは、金星の大気を観測する探査機です。そのため、当初の予定では金星を周回する方向を自転と同じ向きにする予定でした。そうすれば、あかつきに対する金星の大気の動きがゆっくりになるので、観測しやすくなるんです。あかつきチームは、できれば2度目の挑戦でもこの向きに探査機を投入したいと考えていました。

あかつきの観測計画。金星の周りを時計回りに回りながら金星の大気などの観測を行う。記者会見資料より

そして再挑戦の方法を検討する中、もう一つ問題が持ち上がります。あかつきは当初、金星から一番遠くなる位置で8万キロほどの軌道に入る予定でした。それが再挑戦では、30万キロほどになってしまいます。ここで問題になったのが、太陽の重力の影響です。あかつきは太陽との位置関係で、一番遠くなる位置で加速されたり減速されたりするんです。当初予定の8万キロではほとんど問題になりませんでしたが、30万キロも離れるとその影響が無視できません。もし、太陽の重力で減速される位置に入ってしまうと.... そう、中心の星、金星との距離が下がります。シミュレーションを繰り返した結果、適切な方向から軌道に入れなければ、たとえ軌道投入に成功したとしても、あかつきは数十日で金星の大気に落ちてしまうことがわかりました。

あかつきが金星に落ちてしまわず、しかも逆行軌道になる軌道投入のしかたを見つける、というのはとても大変な仕事でした。軌道の計画に携わった廣瀬さんは来る日も来る日もこの軌道のことだけを考えていたそうです。実は、2010年の最初のチャレンジに失敗した時点で、科学チームからは「無理に自転の方向に揃えなくていいよ」という声も出ていたそうですが、そこを軌道計画チームが頑張って、あかつきが金星に落ちずに済み、しかも自転の方向と揃うような入り方を見つけ出しました。それが上で説明した、金星に後ろから追いつかれながら軌道に入る、という方法でした(他にも複数の案があったそうですが、最も確実で、早く、観測条件のいいこの方法が採用されたそうです)。そして、太陽の重力の影響で金星に落ちてしまわないためには、タイミングも重要です。

あとはいよいよ12月7日の軌道投入を迎えるばかりです。

がんばれあかつき!

あかつきの軌道投入の向きと太陽の重力の影響。最後の軌道修正(DV4)によって適切な方向からの軌道投入が可能になった。 image: 日本惑星科学会誌Vol. 24, No. 2, 2015 廣瀬史子

参考文献