プロジェクトメンバーが語る「ここがすごいよ」イプシロン2号機 #7 宇井恭一

2016年12月15日(木)

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宇井 恭一(うい きょういち)
イプシロンロケットプロジェクトチーム 構造機構系、ガスジェット系、空力・熱系担当(打上管制隊:ロケット班構造係チーフ)


私はイプシロンロケット試験機開発時から構造機構系を担当してきました。構造機構系の仕事は、文字通り「構造」や「機構」の開発を担当することが1つの大きな柱なのですが、同じくらい重要な仕事として、ロケットの乗り心地(音響、振動)をよくするという仕事もあります。試験機では発射時の噴煙が原因となる音響振動を低減するための地上設備(煙道)を開発し、乗り心地をよくすることに成功しました(詳しくは、コラム「未来を拓くイプシロン」を参照ください)。2号機でもこの煙道は活躍しますので、試験機と同じくらいの音響低減効果が出るか、期待と緊張でドキドキしています。
さて、これまでのコラム担当者が紹介している通り、2号機は強化型イプシロンロケットとして2段モータ(2段機体)の大型化(図1)、構造の軽量化を実施することで、能力の向上を図っています。今回のコラムでは大型化・軽量化を図った「2段モータケース」について紹介します。

イプシロン2号機の強化ポイント

図1:第2段機体の改良

ロケットは、推進薬をたくさん積み、推進薬からの燃焼ガスをノズルから速く外に吹き出すことで、打上能力が向上します。固体燃料モータの場合、燃焼ガスを高速でノズルから吹き出すためには、燃焼中のケース内の圧力を高くすることが重要です(風船にたくさん空気を入れる(圧力を高くする)と空気がビュっと出て風船が早く飛ぶのと同じ原理です)。よって、固体モータケースには、たくさんの内容積を確保できて、高い圧力が負荷されても壊れない容器を「軽く」作ることが求められます。実際の開発に際しては、どのくらいの内容積を確保するか(=どのような大きさのモータケースにするか)はロケットシステム設計から決まります。また、どの程度の燃焼圧力になるかは、推進系設計で決まります。構造機構系は、これら他系からの要求を受け止めて「軽く」作ることが使命になります。

固体モータケースの軽量化はMロケット開発時代の先人たちから精力的に取り組んできました。1つの大きなステップとしてはケースに使用する材料に炭素繊維複合材(CFRP)を採用したことです。強化型イプシロン2段モータケースでもCFRPを採用していますが、更なる軽量化に向けた取り組みとして「設計係数を見直した」ことです。まず、設計係数について少し説明します。
構造設計の目的は、射場作業や飛翔中に構造体にかかる力(荷重と呼びます)で壊れないように設計することです。「壊れないように」を構造設計的に言い換えると、構造が耐えられる上限の力(強度と呼びます)を荷重より大きくすることです。ただし、荷重も強度もピタリと正確に値が設定できるわけではなく、それぞれに不確定性(バラつき)があります。そこで、荷重に「設計係数(1より大きい数値)」をかけ、設計係数分構造を「強く」作ることで、お互いにバラつきがあっても壊れない構造を設計できることになります。この設計係数を大きな値にすれば壊れにくい構造にすることが可能ですが、「重く」なってしまうので、軽くすることが使命の構造機構系担当としてはできる限り小さくしたいのですが、そのためには荷重をいかに正確に予測できるか、構造の強度をいかに安定して製造できるか、がポイントになり、それらは設計技術、解析技術、製造技術、試験技術などの向上が欠かせません。
強化型イプシロン2段モータケースでは、CFRPを初めて採用してから四半世紀以上の歴史の中で、先人たちが試行錯誤を重ね、各種技術を向上させてきた成果を取り入れ、開発・製造担当メーカおよびJAXA内外の有識者との検討と審査を重ね、設計係数を低減し、軽量化することに成功しました。結果、表1に示す通り、Mロケット時代から製造してきた同サイズの固体モータケースの中と比較しても非常に高い性能を得ることができました(表1の性能指標は、冒頭で述べた固体モータケースに求められる『たくさんの内容積を確保できて、高い圧力(MEOP)が負荷されても壊れない容器を「軽く」作ること』を数式化したものです)。

表1 モータケース性能指標比較
ロケット M-V Epsilon
モータ名称 M-34b KM-V2 M-34c KM-V2b M-35
CFRP材料 IM7 IM7 T1000G T1000G T1000G
全長 [m] 2.26 1.21 2.26 1.21 2.43
内径 [m] 2.15 1.44 2.25 1.44 2.48
予測最大圧力(MEOP)[MPa] 5.88 5.20 5.88 5.20 5.88
内容積 [m3] 6.47 1.49 6.47 1.49 9.16
質量 [kg] 377.0 67.5 350.6 64.9 355.0
性能指標 [×104m2/s2]
(=MEOP×内容積/質量)
10.1 11.5 10.9 11.9 15.2

このような設計を経て試作した開発試験用供試体(PM試作品)で実施した耐圧試験の様子を図2に示します。さらにもう1つ試作品を作って地上燃焼試験で実際に燃やして機能・性能に問題ないことを確認しました。射点にそびえ立つイプシロンロケットは塗装により白く見えますが、固体モータケースはCFRPの漆黒です。この漆黒のモータケースがこれまた漆黒の宇宙空間で開発通りの性能を発揮してくれることを信じています。
※2段モータケースについてはISASニュースNo.417でも紹介しているので、そちらもご覧ください。

図2:モータケース耐圧試験

これからの夢

イプシロンロケットプロジェクトチームで私が担当してきた仕事は、構造の軽量化(=能力向上)、環境(熱・圧力・振動・衝撃)の緩和(=乗りやすさ改善)といったものです。これらは宇宙輸送機に人を乗せるために必要な技術と考えています。これらの技術をより進化させて、いつか人が乗れるような宇宙輸送機を開発したいです。
あと…ロケット開発は出張の多い仕事です。家を留守にすることが多い中、いつも応援してくれる家族に「お父さんの仕事はすごいね」と褒めてもらえたらうれしいですね。

プロフィール:
埼玉県さいたま市(旧浦和市)出身。 高校まではサッカーに熱中。サッカーの傍ら、ガンダムやNHKの天文番組を見て宇宙への想いを募らせ、学生時代は超小型衛星の開発を経験、アポロ計画のフォン・ブラウン、ジーン・クランツを目指して(憧れて?)JAXAへ。