サイエンティスト&プロジェクトメンバーが語るERGへの期待 #4 天野孝伸

2016年12月16日(金)

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天野 孝伸(あまの たかのぶ)
東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻 准教授

宇宙空間は波に満ちている。そのように聞いたら皆さんはどのように思われるでしょうか?

多くの方にとって馴染み深い波の1つとして海の波が挙げられるかと思います。私にはサーフィンの経験はありませんが、サーフボードに乗った人は波に押されて加速されていると考えて良いでしょう。ただし、波があればいつでも加速されるわけでは無さそうです。テレビ等で良く見る映像では加速される時は波が崩れていく時だけではないでしょうか。静かな海では多少の波があっても、サーフボードが上下するだけで押されている感じはしないですね。少し難しい話になってしまいますが、静かな海に見られるような揺れ幅の小さな波を「線形」波動、それに対してサーフィンに適した大きく海面が揺らぐような波を「非線形」波動と呼んでいます。線形の場合は紙と鉛筆で比較的簡単に数式を解くことが出来るのですが、(サーフボードが上下するだけで)あまり面白みはありません。その一方で、非線形になってくると人間の手には負えなくなってきますが、その代わりに面白いことが起こるようになるのです。



宇宙空間を満たす「波」とは?

話を宇宙に戻しましょう。ERG衛星が探査する領域(ジオスペース)はエネルギーの高い電子や陽子などの電気を帯びた荷電粒子(プラズマ)で満たされています。荷電粒子の集まりですから、このような宇宙空間で主役になるのは電場や磁場の揺らぎになります。専門的な話になってしまいますが、このような宇宙空間で重要な役割を果たす波を「プラズマ波動」と呼んでいます。プラズマ波動にもやはり線形や非線形のものが存在し、非線形な方が様々な興味深い現象を引き起こすのです。ERG衛星の大きな目的は、地球の磁場によってほぼ光の速さで運動する電子が閉じ込められた放射線帯と呼ばれる領域の探査です。電子を光速まで加速する機構はまだ詳しくは分かっていませんが、サーファーが海の波で加速されるのと同様に、放射線帯の電子も非線形なプラズマ波動によって加速されているという仮説があります。ERG衛星の狙いは、放射線帯に飛び込んで、まさに直接その現場を捉えようというものです。

放射線帯領域の数値シミュレーション例 (画像提供:天野 孝伸)



スーパーコンピュータで放射線帯の謎に挑む

さて、非線形な問題になると紙と鉛筆では解けないと言いましたが、そこに面白いことがあるのですから、なんとかして理解したいと考えるのが人の性です。そのような時には(しょうがないので)コンピューターを用いて近似的に数式を解くことになります。私は主にこのような「数値シミュレーション」と呼ばれる手法を用いた研究を行っています。スマートフォン等の進歩からも実感出来ることですが、現在のコンピューターは非常に高速になっています。皆さんが今この文章を読んでいるパソコンやスマートフォンでも一昔前のスーパーコンピューターと同じくらいの性能を持っているかもしれません。しかし、これだけ発展したコンピューターの性能を持ってしても数値シミュレーションで非線形の世界の全てを理解することはいまだ困難なのです。理由は色々とあるのですが、1つだけご紹介しましょう。宇宙では様々な「時間スケール」で起こる現象が知られています。例えば放射線帯の激しい変動を引き起こす磁気嵐は数日くらいの時間をかけて起こります。一方で、そのような放射線帯の変動に重要だと考えられているプラズマ波動の周期は0.001秒やそれ以下です。単純に考えても0.001秒の現象を正確に解きつつ、全体として1日以上の計算をするのが大変なのは想像していただけるのではないでしょうか。

数値シミュレーションは重要な過程を1つ1つ切り出して研究をするには非常に強力なツールですが、実際の宇宙では数値シミュレーションでは再現しきれないような複雑なことが常に起こっています。ERG衛星はそのような複雑な自然現象の観測データを私達に送ってくれることでしょう。ただし観測データがあれば全てが理解出来るような簡単な話ではありません。数値シミュレーションが万能では無いのと同様に、どんな研究手法でも得意なことと不得意なことがあるからです。観測だけでも、数値シミュレーションだけでも無く、その両者が連携することで、はじめて放射線帯の謎を解き明かすことが出来ると私達は期待しています。

このような宇宙の研究が私達の普段の生活に直接関係することはそれほど多くはありません。ただし、自然というのは不思議なもので、一見すると全く異なる現象であっても同じような考え方で理解出来ることが多々あります。例えばプラズマ波動にも水面の波にも同じ非線形波動が現れることが知られています。普段何気なく目にする現象と同じことが宇宙でも起こっていると思えば、 ERG衛星のことも少し身近に感じていただけるかもしれません。

プロフィール:
自分が覚えている限りでは子どもの頃には宇宙に興味はありませんでしたが、1限の授業が無かったからという不純な理由で理学部に進学し、大学院にて博士号を取得、気がついたら宇宙プラズマの研究者になっていました。思えば物心がついた頃から(今でも)海や川の流れを眺めるのが好きでしたが、今はコンピューターで再現した宇宙プラズマの流れを眺めています。最近の楽しみは息子とのキャッチボールです。

ERGプロジェクトチーム

ERGプロジェクトは、衛星観測と地上観測、シミュレーションを密接に連携させて地球周辺の宇宙空間(ジオスペース)を調べる研究プロジェクトです。
ERGプロジェクトの推進には、研究チームとして国内外の約30の大学・研究機関から100名以上の研究者が参加しています。
また、研究チームに加えて、JAXA宇宙科学研究所と名古屋大学の共同運用によるERGサイエンスセンターが設置され、科学データの公開やソフトウェアの開発を行っています。