サイエンティスト&プロジェクトメンバーが語るERGへの期待 #1 細川敬祐

2016年11月15日(火)

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  • 人工衛星・探査機
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細川 敬祐(ほそかわ けいすけ)
電気通信大学大学院情報理工学研究科 准教授

皆さんは「オーロラ」と聞いてどのようなイメージを頭に思い浮かべるでしょうか? 多くの人は、クッキリとした緑色の光が筋のように細く伸び、静かにヒラヒラとゆらめく様子を思い浮かべるのではないでしょうか? オーロラが光っている場所には、磁気圏と呼ばれる宇宙空間から、地球の磁気に導かれて高いエネルギーを持った電子が降り込んで(落ちて)きています。落ちてきた電子が地球の大気にぶつかることでエネルギーを与え、そのエネルギーが光として放出されているのです。つまり、オーロラは、宇宙空間と地球の大気がつながっていて、そのつながりをたどって大量のエネルギーが注ぎ込まれているサインなのです。

私が現在研究しているのは、皆さんが思い浮かべるようなキレイなクッキリオーロラではなく、ボンヤリと光る「丸め損ねたお餅」のような形をしたオーロラです。このボンヤリオーロラは、専門用語ではディフューズオーロラと呼ばれています。ディフューズオーロラをハイスピードカメラで撮影をすると、そのほとんどが、数秒から数十秒の間隔で明るくなったり暗くなったりしていることが知られています。このように明滅を繰り返すディフューズオーロラは、脈を打つ心臓のように見えるため「脈動オーロラ」と呼ばれています。

脈動オーロラは、古くから多くの研究者によって調べられてきたのですが、なぜ電子が落ちてくるのか?なぜ明滅するのか?なぜ丸め損ねたお餅みたいな形になるのか?…… など、分かっていないことがたくさんあります。

ノルウェー・トロムソで撮影した「脈動オーロラ」(写真提供:国立極地研究所)

脈動オーロラに関して、いまだに分からないことが多い理由のひとつは、オーロラを光らせる電子の源である宇宙空間に人工衛星を飛ばして、直接探査を行うことが難しいからです。それでも、最近になり、JAXAの探査衛星である小型高機能科学衛星「れいめい」の観測から、地球の磁力線に沿って磁気圏を行ったり来たりしている電磁波(コーラス波と言います)が、磁気圏にいる電子を「リズミカルに」たたき落とすことによって、脈動オーロラの明滅をコントロールしている可能性が示されています。

この予想が正しいのかどうかを確かめるためには、地上でのオーロラ観測と、宇宙での人工衛星の観測を直接比べることに挑戦する必要があります。ERG衛星が磁気圏の探査を始めようとしている今は、そのチャレンジを行う千載一遇のチャンスです。そのために、現在、全国のオーロラ研究者が力を合わせて、地上からオーロラをハイスピードカメラで撮影するプロジェクトを進めています。

舞台はERG衛星が上空を飛翔する予定の北欧(ノルウェー、フィンランド、スウェーデン)です。ERG 衛星が磁気圏を観測するのに合わせて、その真下の地上でハイスピードカメラによるオーロラ観測を行います。果たして、ERG 衛星が観測するであろうコーラス波のリズムと、同じ時間に地上で脈動オーロラが明滅するリズムが合うのか合わないのか? 宇宙と地球を繋ぐ壮大なスケールの観測によって、答え合わせをしたいと考えています。

ERG衛星への期待

脈動オーロラ高速観測プロジェクトのメンバーの皆さんと一緒に、ERG衛星と同時に脈動オーロラの観測を行うための準備を1年以上前から行ってきました。5台の高感度カメラやパソコンを組み合わせて、1秒間に100枚の画像を連続的に取得できる観測システムを作り上げました。2016 年の 9 月には、共同研究者の皆さんと手分けをしてノルウェーとフィンランドに行き、ハイスピードカメラの設置をしました。幸い、設置は予定通りに完了し、ハイスピードカメラはパソコンによる自動制御によって、1 秒間に 100 枚のオーロラ画像を撮り始めています。10月初めには、フィンランドの観測点で活発な脈動オーロラを観測することにも成功していて、ERG衛星との同時観測の準備は万端整っています。このプロジェクトには、全国の大学や研究機関から10名を超える研究者が参加し、大学院生も含めたチームで協力をしながら観測の準備を進めてきました。プロジェクトメンバーの一同が、ERG 衛星が無事に打ち上がり、コーラス波やオーロラを光らせる電子の源である磁気圏の観測データを送り届けてくれるのを待っています。

2 台の全天オーロラカメラの外観
異なる波長に感度を持つシステムを使って オーロラの色を分解し、落ちてくる電子のエネルギーを計測します。

2 台の全天オーロラカメラを観測ドームの内側から見たもの
光学系の下についているのが、1 秒間に 100 枚の撮像を可能にする電子増倍式冷却 CCD 撮像カメラです。

ノルウェーのトロムソで空を見上げ、観測開始を待つオーロラカメラ。

写真提供:脈動オーロラ研究プロジェクト

ジオスペース探査が拓く“新しい世界”

脈動オーロラを調べることは、一見すると我々の生活と直接の関係がなく、社会の役に立たない研究のようにも感じられます。しかし、脈動オーロラの明滅を作り出しているコーラス波にはもう一つの顔があります。人工衛星の障害の原因となる高エネルギーの電子を生み出す役割を担っていると予想されているのです。ERG 衛星の一番重要なミッションは、衛星を壊してしまうほど高いエネルギーを持った電子が、いつ、どこで、どのようにして作られているのかを明らかにすることですが、その鍵を握っている現象のひとつがコーラス波なのです。つまり、脈動オーロラを調べることは、衛星障害を引き起こす高エネルギー電子がどのようにして生まれるのかを明らかにすることにもつながっているのです。

また、最近の研究から、脈動オーロラを光らせる電子はエネルギーが非常に高いため地球大気の奥深くまで進入し、オゾン層を部分的に破壊する可能性があることも分かってきています。脈動オーロラは、ボンヤリとして目立たない現象ですが(観光で海外にオーロラを見に行かれるかたのほとんどは、脈動オーロラには気がつかないままに帰国されると思います)、人工衛星の障害や、オゾン層の破壊など、我々の社会生活とも密かなつながりを持つ奥深い自然現象です。そんな脈動オーロラを題材にして、宇宙空間や地球大気と我々の社会生活がどのように関わり合っているのかを解明するための鍵となるのは、ERG衛星によるジオスペース探査です。ERG衛星と地上観測によるコラボレーションで新しい世界を開拓することを目指して、微力ながらプロジェクトに貢献したいと考えています。

オーロラカメラを設置するために訪れた
北緯80度のカナダ北極域で

プロフィール
子どもの頃に、数学者の広中平祐さんに憧れて、理工系の研究者になりたいと漠然と思っていたこともあり、大学は理学部に入学。宇宙空間物理学の講義をされていた先生のダンディーな声に惹かれて、地球惑星科学を専攻することに決めました。大学院時代は、大型のレーダーを使ったオーロラの観測的研究に没頭しました。今の大学に職を得たあとは、ノルウェーやカナダ、アイスランドなど、北極のいろいろな場所で高感度カメラを使ったオーロラの観測をやっています。ERG衛星が打ち上がったあとの今後数年間は、地上からのオーロラ観測と、宇宙空間を飛翔するERG衛星からのデータを比べることで、脈動オーロラの起源を解き明かしたいと思っています。

ERGプロジェクトチーム

ERGプロジェクトは、衛星観測と地上観測、シミュレーションを密接に連携させて地球周辺の宇宙空間(ジオスペース)を調べる研究プロジェクトです。
ERGプロジェクトの推進には、研究チームとして国内外の約30の大学・研究機関から100名以上の研究者が参加しています。
また、研究チームに加えて、JAXA宇宙科学研究所と名古屋大学の共同運用によるERGサイエンスセンターが設置され、科学データの公開やソフトウェアの開発を行っています。