4種類・計6台の観測装置で同時に見る!ここがスゴイ!ひとみ [その4]

2016年2月17日(水)

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その1~3で紹介してきましたが、「ひとみ」(ASTRO-H)には、天体からやってくるX線をとらえる2種類(合計4台)のX線望遠鏡と、X線を検出する4種類(合計6台)の検出器が搭載されます。実際の観測の際は、それらが図1のように組み合わされます。それらを、おさらいしてみましょう。ちょっと難しいけど、ついてきてくださいね!

図1 「ひとみ」に搭載されるX線望遠鏡と検出器を組み合わせて作られる、観測装置の4グループ。
観測する天体からのX線・ガンマ線は、上方から下方へと飛んで来ます。

図1をみると、4台の望遠鏡と6台の検出器が、実質的に4グループ(合計6台)に組み合わされることがわかります。第1のグループは、軟X線望遠鏡(SXT-S)の焦点面に「その2」で述べた軟X線分光検出器 (SXS)を配置したもので、おもに軟X線の分光を行います。2つ目のグループは、もう1台の軟X線望遠鏡(SXT-S)の焦点面に、「その3」で述べた軟X線撮像検出器(SXI)を置いた系統で、広い視野でおもに軟X線の撮像を担当します。これら2台の軟X線望遠鏡は、6mの焦点距離* を持ちます。第3グループは、12mの焦点距離をもつ硬X線望遠鏡(HXT)の焦点面に硬X線撮像検出器(HXI) を配置したもので、同じものが2系統搭載され、硬X線の分光・撮像を行います。そして第4のグループが、望遠鏡を用いずに軟ガンマ線を観測する、2台の軟ガンマ線検出器(SGD)です。地上の望遠鏡だと、焦点面にいろいろな検出器を入れ替えて使うことができますが、ASTRO-Hの場合、望遠鏡と焦点面検出器の組み合わせは固定しており、組み合わせは変えられません。

「ひとみ」は、この4グループの観測装置すべてを同じ天体に向け、様々な天体を観測します。ポイントは、最大12mという“大型”の観測装置を、最長数日という“長期間”にわたり、“高精度”に向きをそろえるという3つの点です。

宇宙で伸びる“大型”観測装置

硬X線観測装置の焦点距離が12mと書きましたが、12mは地上の建物だと4階建てぐらいに相当します。ちょっとしたビルですよね。このような大きな観測装置をそのまま打ち上げるのは、ロケットなどの制約から困難です。そのため「ひとみ」では、観測装置の光学ベンチを、「固定式」と「伸展式」の2つにわけました(図2)。固定式の光学ベンチは、全長約6mのベースパネルから上の構造物です。固定式光学ベンチの上端にSXTやHXTといった合計4台の望遠鏡が搭載されます。伸展式光学ベンチは、ベースパネルから下に収納されており、打上げ時には1m以下の長さにたたまれ、軌道上で約6m伸展する構造物です。下端には合計約150kgのHXIが搭載されています。この伸展式光学ベンチそのものは、6mの長さにもかかわらず10kg以下の軽量性を備えており、打上げ振動や衝撃に耐え、真空など厳しい宇宙環境下で確実に伸展するために、様々な工夫がつまった技術の結晶です。HXIと衛星本体を結ぶ電気的なケーブルも、打ち上げ時には衛星本体に収納されており、伸展式光学ベンチが伸展する際、繰り出される仕組みになっています。

図2 「ひとみ」の構成図と焦点距離

同じ天体を“長期間”観測し続ける

「ひとみ」は上空およそ575kmで軌道傾斜角31度の円軌道をもち、約96分で地球を1周回します。通常ある一定時間(通常は1~2日)、1つの天体を観測し続けるので、その間に衛星は地球を何周回もします。衛星の重心では、重力と遠心力が釣り合って力が働かない状態ですが、シッポの先などでは、重力と遠心力がごくわずか異なるため微小な力が加わり(重力傾斜トルク)、その方向は地球周回につれて変化します。その他にも、わずかに残留する大気からのマサツ、地磁気と衛星の相互作用などが外乱となります。

何も対処をしなければ,これらの外乱によって衛星の姿勢が狂い、目的とする天体が観測装置の視野から外れてしまいます。それを避けるためASTRO-Hでは、恒星センサー(STT)と呼ばれる星像カメラの画像から衛星の姿勢を決定し、リアクションホイール(RW)* により、姿勢を修正・維持します。ある天体の観測が済むと、事前の計画に従い、次の目標天体に姿勢を向けます。これを繰り返すことで、様々な天体を観測することになります。

高度な熱設計

長大な衛星の別の大敵は、熱変形です。衛星は地球周回につれ、太陽光を直接に浴びて高温になったり、地球の影に入って冷やされたりする過程を繰り返します。こうした変化により衛星構造に大きな熱変形(熱膨張・熱収縮)が起きないように、「ひとみ」は温度ができるだけ一定になるよう、また温度が変化しても歪まないよう、多くの工夫や制御がなされています。図3はその一端を示したもので、さまざまな断熱材が使われており、さらに検出器を冷却する(おもに半導体の熱雑音を減らす)ために、ラジエータと呼ばれる放射冷却板も用いられています。

図3 「ひとみ」の熱制御材

「ひとみ」は太陽光で発電します。その消費電力は最大で2000 Wで、それが各機器からの廃熱になります。これは電気コタツ4台分ぐらいで、地上では大きな問題になりませんが、宇宙空間は真空なため、伝導、対流、放射という熱の3つの伝わり方のうち、対流がまったく働きません。そのため廃熱がうまく外部に捨てられるように設計しないと、発熱部が極端に高温になってしまいます。そこで「ひとみ」には、これまでの科学衛星には類をみないほど多くのヒートパイプが搭載されており、とくに4つの検出器から出る熱は、すべてヒートパイプによりラジエータまで運ばれます。ヒートパイプとはその名前の通り主に金属製のパイプで、中に液体が入っています。この液体がパイプの中で蒸発したり凝縮したりすることで熱を伝えるため(図4)、その熱伝導率は、金属の中でも熱伝導率のよい銅の100倍以上にもなります。ヒートパイプはもともと60年以上前に宇宙用として開発されたものですが、今ではパソコンなど身近なところでもたくさん使われています。

図4 ヒートパイプの原理

構造設計のポイントは、できるだけ熱歪みを小さくすることです。熱により膨張する割合(熱膨張係数)を極力0に近づけた炭素繊維強化プラスチック(CFRP)といった先進的な材料を利用したり、プラスの線膨張係数を持つ(温度が上がると伸びる)部材と、マイナスの線膨張係数を持つ(温度が上がると縮む)部材を組み合わせることで、全体としてゼロ膨張に近づけたりといった工夫がなされています。

衛星の姿勢を正確にコントロールできる工夫と、
衛星がどんな環境でもずっと歪まない工夫の2段構えで、
とっても精度のよい観測を実現しているんだね!

“高精度”に6台の観測装置の向きをすべてそろえる

6台の観測装置で同じ天体を同時に観測するためには、すべての観測装置が精度よく同じ方向を向いていなければなりません。もし、1台でも観測装置の方向がずれていると、よい観測ができなくなります。高精度の実現は、大型になると難しくなるのはもちろんですが、上で述べたように長い観測期間中にわたってということも、難度を上げています。

さて、どのぐらいの精度が求められているかというと、例えばHXT-HXIの場合は、望遠鏡と検出機を結ぶ軸を約1分角(より正確には69秒角*)以下の精度で、目標に対して維持する必要があります。1分角は、12m先の4mmに対応します。4階建ての先にある米粒ぐらいの大きさだと思ってください。ここで難しいのは、地上の構造物と違い、宇宙空間にいってしまう衛星では、軌道上で精度がずれているからとわかっても、あとから調整はできないということです。そのため事前に打ち上げ後の軌道上での向きを予測し、管理・検証する必要があるわけです。そのさい軌道上で衛星は無重量状態になるのに対し、地上では重力が働いているため、地上での調整ではこの違いも念頭に置く必要があります。

精度が悪化する要因としては、衛星を製造した時のずれ、組立調整した後に残っているずれ、試験や打ち上げ時の振動・衝撃を加えた後に残る変形、先ほど述べた熱歪み、地上と無重量状態の違い、伸展構造物の場合は伸展再現性などが挙げられます。これらすべての要因を合わせて1分角の精度を宇宙空間で実現するためには、要因一つ一つに対しては、それよりずっと厳しい精度管理が必要です。そのため、地上試験では10m規模の衛星に対して、数マイクロメートル、髪の毛の太さの1/100の精度で変形を評価するといったことも行われました。軌道上での本当の実力がわかるのは、打ち上げ後、全ての観測装置で観測を始めてからとなります。担当者は今、どきどきわくわくしています。

大きな大きな衛星をとっても高い精度でぴしっと狙った天体に向け続ける、目立たないけれどすごい技術と工夫がつまっているんだね!

用語解説

 

* 焦点距離:
レンズ(ないし望遠鏡の鏡)から、屈折した光が像を結ぶ場所までの距離を「焦点距離」といいます。人間の目の焦点距離およそ30mm弱~50mm程度、といわれます。
X線はごく浅い角度でしか屈折しないので、焦点距離がとても長くなります。

「ひとみ」のX線望遠鏡の性能については「衛星全体が望遠鏡?! ここがスゴイ!ひとみ [その1]」で解説しています。



* リアクションホイール(RW):
衛星の姿勢を変化させる姿勢制御用の装置の1つです。ホイールと呼ばれる円盤が中に入っていて、コマのように回ります。例えば衛星がいまある方向へ少し傾いたとします。そのとき傾きと同じ方向にホイールを回せばその反作用で衛星自体は傾きと逆の方向へ力がかかって衛星の姿勢を元に戻すことができるのです。「ひとみ」には4台のリアクションホイールが搭載されています。



* 秒角:

角度の単位です。1度が60分角に対応し、1分角は60秒角に対応します。つまり、1秒角は1/3600度になります。
身近なところでは、視力検査のときによく見かける「C」の形のすきまにも、分角が使われています。視力1.0を測る時の「C」のマークのすきまが1分角=60秒角。「ひとみ」の姿勢は、あのスキマほどの誤差しか許されないのです。