あかつき、金星大気の謎を深める「赤道ジェット」を発見 (前編)

2017年10月13日(金)

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さて、クイズです。
「あかつきの超特急」といえば昭和の初期に活躍したスプリンター・吉岡隆徳氏のことですが、先ごろ100mで日本人初の9秒98という新記録を出した桐生祥秀選手の、ニックネームは何でしょうか――。

8月29日、北海道大学とJAXAは、あかつきの観測データから「金星大気に未知のジェット気流を発見」とプレスリリースしました。金星の中・下層領域(高度45〜60km)の赤道付近に、周囲より速い流れである「ジェット」が形成されていることを、2016年7月11日〜12日の観測データの解析から見い出したものです。
発見した北海道大学の堀之内武(ほりのうち・たけし)准教授は、その瞬間のことを「何だこれは!? と思いました」と振り返ります。もちろん未知の、予想外の現象だったからです。
ちなみに、冒頭のクイズの答えは「ジェット桐生」。堀之内先生によると金星のジェット気流は、かつては超特急と呼ばれた新幹線の最高速度(営業運転で300km/h)に匹敵する速さなのだそうです。

東西風速の例

縦軸に緯度、横軸に風速をとり、各緯度で東西約3,000kmの範囲で平均値をとった、高度45-60kmの風速分布。北緯5度付近で最も速くなっているジェット気流がみられた。「5日」の線は、この速度で金星を1周するのにかかる時間。

金星には「スーパーローテーション」という特異な大気の流れが存在しています。地球からも見える、雲頂付近(高度約70km)の雲の動きを観測することで判明したもので、ゆっくりと自転する金星(周期約243日)の地表速度より約60倍も速く、わずか4日で金星を一周するほどの猛速です。どういうメカニズムが背後にあるのか、まだ解明はされていません。

科学とは仮説と検証の連続です。予想と発見、と言い換えてもいいかもしれません。
「予想どおり、発見された」場合には、メカニズムや理論が合っていたわけで、科学にとって有益です。「予想していたが、発見できなかった」場合も、理論を改めるきっかけとなり、やはり科学にとって有益です。
「予想しておらず、発見もなかった」場合は、そもそも記録に残らないので何もなかったのと同じですが、問題は「予想していないことが、発見された」場合です。既存の理論や定説が通用しないとなれば、新たに生じた謎が科学者をさらに困惑させます。

あかつきプロジェクトマネージャの中村正人教授が「何じゃこりゃ!?」と
コメントした、巨大な弓状構造。
LIRカメラにより2015年12月の軌道投入直後に撮像されたもの。

今回の「赤道ジェット」の発見はまさに、さらに謎を深めるタイプの発見である可能性があります。地球のジェット気流の形成メカニズムを知ることで、その発見の驚きはさらに深まります。

そもそも地球では、赤道で暖められた空気が中緯度地方に移動することが亜熱帯ジェット形成のきっかけとなっています。このとき、大気の持っていた角運動量は保存されます。回転の半径は赤道が最大で、赤道を離れるほど、自転運動における回転半径は小さくなるため、フィギュアスケートのスピンと同様、速度が上がります。これが亜熱帯地方にジェット気流が形成される基本的なメカニズムです。

これを踏まえると、回転半径の最も大きい赤道付近で、周囲よりも速度の速いジェットが存在する理由が見当たらないのです。堀之内先生の「何だこれは!?」には、こういう背景があったわけです。



金星大気の驚きの現象をダイナミックに解説する北大の堀之内武准教授

金星大気の驚きの現象をダイナミックに解説する北大の堀之内武准教授

(後編につづく)