今度は外惑星領域へ! ソーラー電力セイル展開実験レポート

2016年7月28日(木)

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「IKAROS」(イカロス)を覚えていますか? 2010年5月に金星探査機「あかつき」と同時に打ち上げられた、1辺14mという大きな帆を広げて、太陽の光を利用して加速する世界初のソーラー電力セイルです。その後継機となるソーラー電力セイル探査機の実物大の帆を広げてみるという実験が2016年7月13日に相模原市立総合体育館で行われました。

ソーラー電力セイル展開実験

とにかく大きい、というのが感想です。人と比べるとそのサイズがわかるでしょうか? これでも全体の1/4、実際にはこの4倍の大きさになります。手前の小さな三角形が、比較のために広げられた14m四方のイカロスの帆(こちらも全体の1/4)です。イカロスの帆はJAXA相模原キャンパスの特別公開や博物館などで見たことがある人もいるかもしれません。このソーラー電力セイルは一辺が50mもあります。1辺50mといってもなかなか想像がつきませんが、H-IIAロケットと比べてもこの大きさです。

イカロスの帆も初めて見た時は大きいと思いましたが、この後継機と並ぶとずいぶん小さく見えます。JAXAの施設の中でもここまで大きなものを広げられる場所はありません。そこで体育館を借りて実験することになりました。

実験はバスケットボールのコートが3面ある大体育室を借りきって行われました。セイルが傷ついたりしないように、体育室の床全面にビニールシートを貼り、ロール状に巻かれていたセイルを細長く引き出して準備完了。いよいよ展開です。





研究者や学生の方々、総勢40人を超えるメンバーで声を掛け合いながら折りたたまれた帆を一段一段丁寧に広げていきます。「はやぶさ」のプロジェクトマネージャ川口教授や、イカロスのプロジェクトマネージャ森助教の姿も。

10分ほどで展開完了。見学していた人たちからも驚きの声とともに拍手が上がりました(実験は公開で行われたので、大勢の一般見学のかたも実験を見守っていました)。実は広がった姿を見るのは研究者の皆さんも初めてで、「大きいだろうなとは思っていたけれど、実際に広げてみると、これほど大きいとは思わなかった」とのこと。

今回の実験の目的は、畳んだ状態で制作した帆が、きちんと意図した通りの精度でできているかを確かめること、そして今後の実験のための機器をセイル上に取り付けることです。限られた時間の中でテキパキと作業が進められます。作業の合間には見学に来られた方々への説明会も行われました。

広げてみるのが初めてなら、畳むのも初めて。この大きな帆をどうやって安全に取り扱うかを確かめるのも、この実験の重要な目的の一つです。セイルは非常に薄くて繊細なので、手荒に扱うと破けてしまいます。扱うのも大変。研究者の皆さんは声をかけながら、一折り一折り丁寧にたたんでいました。「せーのっ」

昼過ぎから作業を初めて、セイルを畳んで後片付けを終えたのは夜の10時でした。実験に参加された皆さんお疲れ様でした! 展開の様子を、23秒にギュッと縮めた動画を作ってみました。雰囲気が伝わるでしょうか?



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ソーラー電力セイル探査機の目的地

このソーラー電力セイルがこれほど大きいのは、イカロスよりずっと遠くへ行くからです。その目的地は木星トロヤ群小惑星 ―― 木星と太陽の重力が均衡する地点にある小惑星群です。この小惑星に着陸機を降ろしてサンプルを採取、地球へ持ち帰ろうという世界でいまだ試みられたことのない野心的な計画です。実は、イカロスはこの計画を念頭に置いて、その技術を確かめるために打ち上げられた実証機でした。

木星トロヤ群小惑星は、「はやぶさ」が向かったイトカワ(S型)や「はやぶさ2」が向かうリュウグウ(C型)とは異なる組成を持った小惑星(D型やP型)で、その起源には大きく2つの説があります。ひとつは、木星とほぼ同時期に、木星と同じ場所で生まれたとするもの。もう一つは、木星とは異なる場所で生まれ、太陽系誕生の最初期に木星が移動するにつれて捉えられたというもの。この木星トロヤ群誕生の謎は、太陽系がどのようにして生まれたかを解き明かす大きな鍵となると考えられていて、そのサンプルを採取する計画は世界中の惑星科学者の大きな注目を集めています。

木星トロヤ群を探査するのに最も大きな障壁となるのが、太陽から遠いことです。イカロスは太陽の光を受けて進む宇宙ヨットでした。この後継機のソーラー電力セイル探査機も太陽の光を受けて…… とはいきません。イカロスの帆が生み出す力は地球のそばでも手のひらに載せた1円玉の1/10くらいの力しかありません。まして木星のそばでは光が弱く、探査機の軌道を変えるほどの大きな力は生み出せません。

そこで、ソーラー電力セイル探査機は「はやぶさ」や「はやぶさ2」で使われたイオンエンジンを使います。ご存知の通りイオンエンジンは電気の力で少しずつ燃料を吹き出して加速するエンジンです。ゆっくりと加速するので燃料の効率がとても良いのが特徴ですが、代わりに電気をたくさん使います。太陽の光が弱い木星圏では「はやぶさ2」のような従来型の太陽電池では電力が足りません。そこで、この電気を作るために、巨大な太陽電池の帆を広げて、太陽の光を捕まえようというわけです。だからソーラー「電力」セイルなんですね。

現在、ソーラー電力セイル探査機は2020年代前半の打ち上げを目指して、その実現に必要な様々な技術が研究開発されています。今回行われたセイルの展開実験もその一つ。近い将来、木星トロヤ群小惑星に向けてこの巨大なセイルが飛び立つのを見ることができるかもしれません。

7月29日(金)、30日(土)の「相模原キャンパス特別公開2016」にも、ソーラー電力セイルによる探査計画を紹介するブースが出展される予定です。記事を読んで不思議に思ったことがあったら、ぜひ会場で研究者に質問してみてください。