“「はやぶさ」発信の電力制御技術”が鉄道を走らせる

2015年11月22日(日)

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記者会見の様子

「はやぶさ」のレガシーを受け継ぐのは、まもなく地球スイングバイを迎える「はやぶさ2」だけではありません。また「はやぶさ」の名は寝台特急や東北新幹線など、鉄道とも深いつながりがあります。
11月11日、JAXAとJR総研(*)と東急テクノ(**)は、電力制御技術の鉄道分野への応用に向けた共同研究を始めると発表しました。めざすのは「よりかしこく電車(複数)を走らせる」ためのアルゴリズムです。ここに“「はやぶさ」発信の電力制御技術”が使われようとしています。

この技術は、限られたエネルギーを限られた時間の中でシェアして使うあらゆるシステムに適用可能ですが、当初から川口淳一郎教授(JAXAシニアフェロー)は、想定する利用事例の1つとして電車の運行制御をプレゼンで何度も触れてきました。前回の記事でも、それを受け以下のよう説明しています。

たとえば電車の場合では、ひとつの変電所管内で供給される電力には上限があります。もし何かのトラブルで停まってしまっていた管内のすべての電車が、もし一斉に走り出したら、変電所はパンクします。
実際にはそうならないよう、指令所(サーバ)から各列車(クライアント)に、無線で順番に出発の指示を出しているそうです。ダイヤの乱れの復旧に時間がかかるのはそんな事情もあるわけですが、もし各々の列車が、同報される情報を参照し、自律的に使用電力を調整しつつ走り出せるなら、より早いダイヤの復旧が期待できます。
こんなにスゴイ! 「はやぶさ」発信の電力制御技術(下)


「割り勘による解説」がバージョンアップ。課長が急に欠席したり、増えたりする場合も例示した。(出典:解説資料P5,P6)

今回の共同実験では東急電鉄の実際の運行データが、東急テクノを経由してJR総研に提供されます。JR総研は大規模で精度の高い列車運行シミュレータを保有しており、ここにそのデータを入力します。
そこには車両の編成はもちろん、駅間の距離や傾斜などの情報も細かく入力されるそうですので、まさに東急線がコンピュータの中に再現されることになります。バーチャルで高精度なジオラマのようなものでしょうね。
そして“「はやぶさ」発信の電力制御技術”を使った制御アルゴリズムが「ある場合」と「ない場合」を比較したり、さまざまなパラメータを調整したりして効果を探ります。JAXAもこの部分でのサポートを行います。
得られた成果は学会発表などで、他の鉄道事業者にも海外にもフリーウェアとして提供される予定だそうです。

列車の運行制御とピークカット電力制御の関係。このアルゴリズムが、単に電気代をセーブするだけではないことを解説している。 (出典:解説資料P21)

今回共同研究が実証実験に、実証実験が実用化試験へと段階を踏んで進んで行けば、将来的には普段私たちが利用する通勤電車の制御に、「はやぶさ」がきっかけで生まれたアルゴリズムが適用されることになるでしょう。
電車を利用する私たちが、そのことに気づいたり意識したりすることは、おそらく全くといっていいほどないでしょう。でも「大切なものは、目に見えない」(***)と誰かも言っていましたよね。

みんなに夢と希望を与えることはできても、実社会に適用でき目に見えるメリットを与えることはなかなかできないと思われていた宇宙探査ですが、今回の共同研究はそれにつながるものです。JAXAシニアフェローの川口淳一郎教授は、MRJ初飛行のニュースでこの発表がかすんでしまうと苦笑を誘いながら「宇宙好きの子も鉄道好きの子もたくさんいる。普段の生活に役立ててもらおうと、長年のラブコールに答えてくれたみなさんに感謝したい」と、いつもより饒舌でした。共同研究の成果に、期待が高まります。

(注)

*JR総研:JRグループの研究開発を担う公益財団法人鉄道総合技術研究所。「新幹線」や「青函トンネル」などを手がけた国鉄の研究開発部門を承継し、リニアモーターカーを作ってきた、世界でも有数の鉄道技術シンクタンク。所在地は、ペンシルロケット発祥の地でもある国分寺市。

** 東急テクノ:東急電鉄の100%子会社「東急テクノシステム株式会社」。同グループの電気工事・設備工事や車両改造などを担当。今回の共同実験では東急側の窓口となる。また東急電鉄は2016年の電力小売全面自由化に合わせ、鉄道事業者としてはじめて、一般家庭向け電力提供サービスを行う子会社「東急パワーサプライ」を10月に設立しており、シナジー効果が期待される。

***「大切なものは、目に見えない」:サン・テグジュペリの『星の王子様』の一節です。