彗星探査機「ロゼッタ」の1年
2015年10月16日(金)
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欧州宇宙機関(ESA)の彗星探査機「ロゼッタ」が、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星に到着してから約1年が経ちました。「ロゼッタ」が彗星に到着したのが2014年8月6日、搭載された着陸機「フィラエ」が彗星に降り立ったのが2014年11月12日。ついこの間のような気がしますが、もうそんなに経ったんですね。いい機会なので、「ロゼッタ」のこの1年の成果を振り返ってみましょう。
Copyright ESA/ATG medialab; Comet image: ESA/Rosetta/Navcam
「フィラエ」の近況
なんと言っても気になるのは、史上初の彗星着陸を達成した「フィラエ」(英語での発音は「フィリー」「フィーリィ」という感じです)のその後です。フィラエは不安定な姿勢で彗星に着陸し、観測データを送ってきたものの、その後日照の状態が悪くなって通信が途絶えました。もしかしたら太陽電池に光が当たればまた息を吹き返すかもと言われていましたが…
なんと、約7ヶ月後の2015年6月13日、「フィラエ」との通信が復帰しました。太陽電池に光が当たり、再び電力を取り戻した「フィラエ」は、「ロゼッタ」を通じて地球に信号を送ってきたんです。すごい! その後断続的に通信ができていましたが、今のところ最後の交信は2015年7月9日。通信が途絶える前の探査機の状態は良好だったとのことなので、また太陽電池に光が当たれば声を聞かせてくれるかもしれませんね。
「フィラエ」はその限られた観測時間の中で、彗星にわずかながら大気があり炭素と窒素が豊富に含まれていること、表面には16種類もの有機物が存在することなどを発見しています。
活発化する彗星の表面の様子
さて、「ロゼッタ」は彗星に到着後その周囲を巡りながら様々な観測を行いました。探査機が彗星のすぐ近くでこれほど長く滞在して観測を行ったのは初めてのこと。太陽に接近し徐々に活発になる彗星の姿を仔細にとらえています。チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星は日本時間の2015年8月13日に近日点、最も太陽に近くなる点を通過しました。
Copyright ESA/Rosetta/MPS for OSIRIS Team MPS/UPD/LAM/IAA/SSO/INTA/UPM/DASP/IDA
これは近日点直前のチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の様子。激しくガスを吹き出しています。これが彗星の尾になるんですね。
Copyright ESA/Rosetta/MPS for OSIRIS Team MPS/UPD/LAM/IAA/SSO/INTA/UPM/DASP/IDA
こちらは、わずか数十分のうちに急激に吹き出したガス。各フレーム間は20分前後しかありません。ほかの噴出に比べてかなり明るく、大規模な噴出が起きた瞬間を捉えたものです。
彗星表面の水
「ロゼッタ」は彗星の水について多くの発見をしてきました。ひとつは、地球の水の起源にかかわる重要な発見です。地球がまだ生まれたての灼熱の惑星だった頃、地球に水をもたらしたのは彗星か小惑星に含まれる大量の水だったのではないか、という説があります。チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の調査でこの仮説を裏付けることができるのではないか、と期待されていたんですが… 実は、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星に含まれている水は、地球の水とは構成が大きく違っていたんです。
Copyright Data from Altwegg et al. 2014 and references therein
※編集部で一部改変して和訳をつけています。
水にも素性の違いがあります。これは水に含まれる重水素と呼ばれる物質の量を比べたもの。左端が地球で、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星は右端。高さは含まれる重水素の量です。チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星は、比較的周期の短い「木星族」に属する彗星ですが、同じ木星族であるハートレイ彗星が地球の水と同じ組成だったため(右から2番めのピンク色のグループ)、今回も同じような結果が得られるかも、と期待されていたんです。
が、見ての通りチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星は大きく外れています。ここから、どうやら木星族の彗星には複数の種類があるらしい、ということがわかります。また、どちらかと言えば、地球の水は彗星より小惑星に近いと言えそうです。これで地球の水の起源に決着がついたというのはちょっと早急すぎますが、さらなる議論を巻き起こしそうです。
さて、もうひとつの「ロゼッタ」の水にかかわる発見は、彗星表面での水の振る舞いについてです。それが近日点が近くなってきたある日、「ロゼッタ」は彗星の表面にキラキラと光る領域を発見しました。これは凍りついた水だろうと考えられています。
Copyright ESA/Rosetta/MPS for OSIRIS Team MPS/UPD/LAM/IAA/SSO/INTA/UPM/DASP/IDA
さらにこうした表面の氷が彗星の自転に合わせて現れたり消えたりしていることがわかりました。
Copyright ESA/Rosetta/VIRTIS/INAF-IAPS/OBS DE PARIS-LESIA/DLR; M.C. De Sanctis et al (2015)
※編集部で改変して和訳をつけています。
どうやら、彗星表面の氷は発生と消滅を繰り返しているようなのです。
- 表面の氷は太陽の光が当たる昼の側ではどんどん熱で気体になります。
- 彗星が自転して夜の側に来ると、表面は急速に冷えます。
- しばらく彗星内部はまだ熱を保っているので、内部から表面に揮発した水分が上がってきます。
- それが凍りつくことで表面に氷が生成される、
というわけです。夜の内に地中の水分が上がってきて凍りつく… なんだか霜柱みたいですね。
「宇宙のアヒル」はどうやってできたか?
さらに、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星そのものの起源も徐々に明らかになり始めました。チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星は「アヒルのおもちゃ」みたいな形をしています。どうやらこれは、二つの天体がゆっくりと衝突してできたもののようなのです。
Copyright ESA/Rosetta/MPS for OSIRIS Team MPS/UPD/LAM/IAA/SSO/INTA/UPM/DASP/IDA; M. Massironi et al (2015)
チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の表面には、多くの薄い層が重なったような地形が見られますが、この層状になっている部分の大きさや構造に違いが見られたとのこと。どうやら、アヒルの頭と胴体はもともと別の小惑星だったものが、バラバラにならないくらいの速度でゆっくり衝突したのではないか、ということのようです。
そういえば、「はやぶさ」が向かったイトカワも面白い形をしていましたが、もしかするとこういった現象はありふれたものなのかもしれません。
「ロゼッタ」の今後
「ロゼッタ」は本来2015年12月までにはミッションを終了する予定でしたが、目覚ましい成果をあげていて、まだ探査機の健全性が保たれていることから、2016年9月までミッションを延長するという発表がESAからありました 。
2016年9月以降は、彗星が太陽から離れてしまうため太陽電池で十分な電力が得られず、観測が続けられなくなります。その前に、「ロゼッタ」本体を彗星表面に着陸させるという計画も発表されました。燃料をぎりぎりまで使って彗星表面までゆっくりと接近しさらに詳細なデータを得ようという作戦です。もしかしたら、彗星表面の「フィラエ」と再会できるかもしれませんね。