こんなにスゴイ! 「はやぶさ」発信の電力制御技術(中)

2015年2月20日(金)

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「サーバ不要」に秘められた意味

川口淳一郎教授の言葉を借りれば「探査機や人工衛星は、ヒーターのバケモノ」なのだそうです。「はやぶさ」でも200チャンネル以上のヒーターがあちこちに配置されていました。何も制御をしなければそれらのスイッチが同時に入ったり切れたりすることで消費電力は激しく変動(脈動といいます)してしまいます。イオンエンジンを動かそうとするとき、必要な電力がまかなえなければもちろん起動はできません。もしどこかで電力の上限を踏み抜いて、家庭でいう「ブレーカーが落ちた」ような状態となれば、メインコンピュータまで止まる致命的な事態に直面します。そこで「はやぶさ」では、電力の脈動を抑え平坦化する取り組みが行われました。

ピークカットの概念を示すグラフ

ピークカットの概念を示すグラフ

すべてのチャンネルを監視し、上限を守りながら必要なヒーターだけをONにするという方式です。夏場のエアコンなど、電力消費のピークを抑制する「ピークカット」と同じ取り組みが、機上でも行ったわけです。こうした制御が行われた宇宙機は「はやぶさ」がはじめてだったといいます。

「しかし」と、川口教授は考えました。

「こんな方法をとっていると、新しい人工衛星や宇宙機を作るときには、すべての登場人物(搭載モジュールや部品)が揃ってからでないとヒーターのシステムが設計できない。開発期間も伸びるいっぽうだ……」


機器が変更されたり、温度維持の優先度が変わったりすることで、制御プログラムは更新を迫られ、再び綿密な検証が求められます。“そうではない方法”はないだろうか? こうした考えから始まった研究が結実したのが、今回の《「はやぶさ」発信の電力制御技術》です。

その特徴を川口教授は、「クライアント・サーバ間通信を要しない高速制御法」という言葉で表現しています。どういうことでしょうか。

「トータルの消費電力を一定に抑えたい100個、200個、あるいは数万個の集団があったとします。はたして全個体と双方向で通信する必要は、あるんでしょうか? つまり、サーバって必要なんでしょうか?」


全個体を集中監視するシステムでは、家電製品など各機器(クライアント)とサーバとの間には、こんなやりとりが必要になります。


  1. 1)サーバが各機器に情報を問い合せる。
  2. 2)各機器が応答し、自身のステータスを報告する。
  3. 3)集まった情報をもとにサーバが演算処理する。
  4. 4)各機器に電力が割り振られ、サーバが指令を送る。
  5. 5)各機器は指令に従う。
  6. 6)最初に戻って繰り返す。

システムの構成要素として、「信頼性の高いサーバ」や「高速な通信ネットワーク」が欠かせませんし、各機器もそれなりにインテリジェントでなければなりません。また、制御からはみ出す機器があると台無しなので、すべての機器がサーバの配下に入る必要があります。

これを企業や家庭に置き換えるとどうなるでしょうか? 突き詰めると、「まとまった初期投資が必要なシステムとなり、導入のハードルが高いためなかなか普及が進まない」ということになってしまいます。残念ながらこれが現状ではないかと思います。


しかも、1)~6)のループを繰り返すには、それなりに時間がかかります。たとえ1ループを0.1秒で終えられたとしても、10万個が対象なら1万秒かかります。再び川口先生の言葉に戻ります。

監視するのは総電力量だけ

「そもそも制御しようとしているのは“総電力量”というひとつの量だけ。たったひとつの量だけしか制御しないのであれば、全個体と通信する必要はなく、つまりサーバも必要ないと私は考えます。通信も1回だけでいい。10万個だろうが100万個だろうが、同報通信で0.05秒あれば足りるような制御ができるはずなんです。」


この制御方式で何が行われるかを、先にならって箇条書きにするとこうなります。


  1. 1)総電力量を測り、目標値との差を各機器にブロードキャスト(同報)する。
  2. 2)その情報を受け取った各機器が、自分で使用電力を調整する。
  3. 3)最初に戻って繰り返す。

各機器の個別の使用状況の総和が、総電力量というただひとつの物理量として観測されます。サーバも制御プログラムも必要なく、ただそれを測り、目標値との差(逸脱電力量)を同報するのです。いわばニュースです。この情報を受け取った各機器は自主的に使用量を調整し、その結果が総電力量に反映されます。これを繰り返すことで、ピークカット制御が実現するというのです。

ではそれぞれの機器には、かなりのインテリジェンスが求められるのか? 意外とそうでもないようです。「最高でも(機器組み込みの制御プログラムに)100ステップ程度のプログラムを加えるだけ」(川口教授)、つまり事実上ほとんどコストをかけずに、機能付加ができるのだそうです。



「ガウスの足し算」のエピソード、ご存知でしょうか? 長じて高名な数学者となるガウスは、小学生のとき、算数の先生から出された「1から100までぜんぶ足しなさい」という問題をアッという間に解いてしまった、という話です。

1+2+3+4+5+6+……+99+100

100+99+……+51
+1+2+……+50
--------------------------------
=101×50
=5050


手数を惜しまず、ひとつひとつを積み上げて取り組まなければ答えにたどりつけない難題に思えても、発想を変えればカンタンで鮮やかな解法が見いだせる場合があります。《「はやぶさ」発信の電力制御技術》にも、そんな「逆転の発想」((C)糸川英夫)が隠されていました。



火星探査機「のぞみ」で、火星会合に再挑戦するための軌道を考案したのも川口教授。軌道面を傾けタイミングを合わせるという独創的なアイデア。


(下編に続く)

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