こんなにスゴイ! 「はやぶさ」発信の電力制御技術(上)
2015年2月18日(水)
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「新電力EXPO2015」に出展
東京の臨海地区にある東京ビッグサイトがごったがえすのは年末だけではありません。1年を通じて大規模な見本市や展示会が開催され、ビジネスチャンスを求める世界各国からの来訪者でいつもにぎわいを見せています。
JAXAは1月28日から30日にかけて行われた「新電力EXPO2015」に、電機メーカーやエネルギー関連企業にまじって展示ブースを出展しました。
しかし、そもそも「新電力」と聞いて、「電気の何が新しい?」と思われる方もいるのではないでしょうか。私たちが物心ついたときから電気は当たり前に生活や産業を支えています。「ついこの前まで電気のない暮らしをしていたんだけど、電気って便利だね!」なんていう人には、なかなかお目にかかれません。
新しいのは電気そのものではなく、電力にまつわるビジネスの仕組みです。「電力自由化」や「電力システム改革」というキーワードで検索していただくと分かりますが、いま電力ビジネスのマーケットは戦後期以来の大きな変革期にあります。
「新電力EXPO2015」のテープカットの様子(左)。ブースで説明に立つ川口淳一郎教授(JAXAシニアフェロー)
直近では、2016年に電力小売の全面自由化がスケジュールにのぼっています。すでに企業や自治体などの大口需要家では実現していますが、一般家庭でも既存の電力会社以外の電力会社から、電気を買うことができるようになります。その先には地域独占型の電力会社の事実上の解体を意味する「発送電分離」という、さらに大きな制度改革が控えています。
官民が入り乱れ、あちこちで制度設計や利害調整や覇権争いの火花が散る(電気だけに!)激動の時代――。それが「新電力EXPO 2015」開催の背景にあります。
JAXAはその奔流に《「はやぶさ」発信の電力制御技術》で一石を投じました。
極低温の惑星間空間を航行
M-Vロケット5号機に取り付けられた |
小惑星探査機「はやぶさ」は、ミッション期間のほとんどを惑星間空間の航行に費やしました。周囲の環境は絶対温度で約3度(マイナス約269度C)と極低温になるので、機能を維持するため機体各所の保温が必要となります。 たとえば推進剤。液体は冷えれば固体となり、移動や輸送ができなくなります。つまりタンクや配管内で凍ってしまうとアウトなのです。 あるいは電気化学反応を繰り返すバッテリーも低温には弱い物質でできていますし、さらにはレーザ高度計の心臓部にある電気光学結晶。シャープなレーザビームを出すために欠かせない部品ですが、いったん冷えきってしまうと、温め直しても当初の性能を発揮できなくなることが分かっていました。 溶けたアイスを再び凍らせても味が落ちるのと同じで、適切な温度の維持が必要となるデリケートな部品や機器がいくつもあったわけです。 |
そのために「はやぶさ」では200チャンネルを超えるヒーターモジュールを機体各所に配置し、温度センサで監視しながら電力を供給していました。
当然ながら宇宙では得られる電力には限りがあります。太陽からの距離や、機体の姿勢や、太陽電池の劣化度合いによっても発生電力は変わってきます。しかも「はやぶさ」は大電力を必要とするイオンエンジンを搭載しています。これをちゃんと動かさないと、目的地イトカワに到達できません。
ひとくちにヒーターの制御といっても、それぞれのモジュールから収集した温度やその履歴、対象物の熱容量やヒーターの応答性、温度維持の優先度などを勘案しながら、個々のヒーターのスイッチをON/OFFし続けなければなりません。いってみれば200枚の皿回しを、一個たりとも落とさず続けるような作業です。それも棒の長さや皿のサイズが、それぞれ違う皿回しです。
火星探査機「のぞみ」の遺した教訓も踏まえ、これほど緻密に電力制御が行われた宇宙機は、「私が知る限り(はやぶさが)はじめて」(川口教授談)でした。
東京ビッグサイトでは、HEMSやBEMSといった家庭単位やビル単位での電力制御システムが各社から数多く出展されていました。HEMSとは家庭の、BEMSはビル単位で、エネルギー消費を管理(マネジメント)する仕組み(システム)です。○EMSの○にはさまざまな文字が入りますが、共通しているのは「末端から情報を集め、中央で演算処理し、末端にリソースを割り振る」という、「クライアント・サーバ型」の制御であるということです。「はやぶさ」のヒーター制御で用いられた方式と基本的には同じ考え方です。 しかし今回のブースでデモを行った 《「はやぶさ」発信の電力制御技術》 は、「はやぶさ」そのものとも、世にあるHEMSやBEMSなどともまったく異なる制御方式です。「はやぶさ」をきっかけに生まれた、まったく新しいアイデアをもとにした制御方式なのです。 その肝となる部分を次回ご説明します。 |
宇宙研の固体ロケットM3S-IIやM-Vに新たな飛行制御の理論を持ち込んだのも、川口教授の業績のひとつ。 |
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