JAXAと時間
宇宙の誕生以来、流れ続ける「時間」。一般的には、「時の流れのある一瞬の時刻」の意味で使われる時間だが、同時に出来事や変化を認識するための基礎的な概念でもある。
そんな時間のはじまりから、過去、現在、未来、そして刹那の瞬間まで。JAXAが向き合う時間のスケールは多様で、そして果てしない。
138億年
天文観測衛星が挑むのは、宇宙の歴史を明らかにすること
すべての存在物を包有する空間と時間である宇宙は、約138億年前に誕生したと考えられている。生まれた直後は水素、ヘリウム、ごく微量のリチウムという、たった3種類の元素から構成されていた宇宙が、どのようにして現在の姿になったのか。その138億年の歴史を明らかにしていくことが、JAXAの天文観測衛星が挑むテーマのひとつ。
10-36秒
極小の宇宙が急速に膨張インフレーション宇宙論
ビッグバン以前の宇宙の姿。それは宇宙最大の謎のひとつ。現在有力視されているのは、宇宙誕生のわずか10-36秒後から10-34秒後という短い間に極小の宇宙が急速に膨張し、そのエネルギーでビッグバンが起きたという「インフレーション宇宙論」。この理論の検証に挑むのが、JAXAで検討中の衛星LiteBIRD。空間の歪みが伝搬する現象「原始重力波」を観測することで宇宙膨張の証拠を見つけるのがミッションだ。
無限
強力な重力によって時空が歪み、永遠にたどり着かない
ブラックホールに物体が飲み込まれる瞬間を想像したことがある人も多いだろう。しかし、実際にその瞬間を目撃することは不可能だ。アインシュタインが提唱した相対性理論では、巨大な重力を持つブラックホールの近傍では、時間が極めてゆっくり流れていく。そのため、ブラックホールに向かって移動する物体を遠くから観察すると、表面に近づくにつれて動きがゆっくりになり、永遠にたどり着かないように見える。実際には物体はブラックホールに到達しているのに、遠くからはまるで静止しているように見えるのだ。
46億年
太陽系の誕生と生命の誕生に迫る「はやぶさ2」
太陽系の誕生や生命誕生の謎に迫る、小惑星探査機「はやぶさ2」。約46億年前、太陽系が生まれた頃の水や有機物が、今でも残されていると考えられている小惑星リュウグウから持ち帰った試料を分析することで、太陽系がどのように生まれ、進化したのか。生命の元になった材料がどのようなものであったのかを解き明かそうとしている。
0.4554秒
地球より時間が速く流れていた。「はやぶさ2」の「ウラシマ効果」
宇宙旅行から帰ってくると、地球上では何倍も時間が経過しているー。SF作品などで見るこの現象は、「高速で移動するほど、止まっているものより時間の進みが遅くなる」という特殊相対性理論に基づいたもので、「ウラシマ効果」とも呼ばれる。また、一般相対性理論に基づいた「宇宙空間では、重力がある惑星上より時間が早く進む」もまた、実証済み。「はやぶさ2」が宇宙を旅した6年間をこの2つの相対性理論から検証したところ、「はやぶさ2」の方が地球上より0.4554秒時計が進んでいたことが明らかになった。
最長で40分程度
「はやぶさ2」と地上の交信。往復で発生する時差
探査機と地上をつなぐ通信に使われる電波の速さは、光と同じ秒速30万km。とても速いように感じるが、広い宇宙空間ではそうとも言い切れない。小惑星探査機「はやぶさ2」と地球の距離は最大約3.5億kmに及び、電波の速度でも20分ほどかかる距離だった。例えば12時に地上から「はやぶさ2」に「小惑星リュウグウの写真を撮影せよ」と命令を送った場合、命令が「はやぶさ2」に届くのは20分後の12時20分。すぐに撮影されたとして、その写真が地球に届くのはさらに20分後の12時40分。やりとりの往復には最長で40分の時差が生じることになる。
38万年
霧に包まれていた宇宙が晴れ上がる
ビッグバン直後の"火の玉"のような高温・高密度の宇宙では、素粒子同士は結合せずに自由に飛び交っていた。そのため光は電子に衝突し真っ直ぐ進むことができず、宇宙は霧に包まれたような不透明な世界だった。しかし、宇宙誕生から約38万年後、ある変化が起きる。宇宙の膨張や冷却に伴って電子が陽子と結合できるようになり、自由に飛び交う電子が減ったのだ。これにより、光が宇宙空間を直進できる「宇宙の晴れ上がり」を迎えた。この時に解き放たれた光は、現在宇宙マイクロ波背景放射として観測され、宇宙最初期の情報を我々にもたらしている。
約2日
「宇宙嵐」が地球に到達するまで
突風が吹き荒れる嵐のような現象が、宇宙空間でも起きている。太陽表面の爆発現象「太陽フレア」で電気を帯びた粒子が宇宙空間に放出されると、フレアの位置や規模によっては地球周辺の宇宙空間まで到達し、電波通信などに影響を及ぼす恐れがある。このような現象は「宇宙嵐」と呼ばれ、放出された粒子が地球に到達するまでの時間は平均して2日。JAXAなどが開発した太陽観測衛星「ひので」は、太陽での爆発のメカニズムを明らかにし、地球に及ぼす影響を予測することを目指している。
7年
「べピコロンボ」が、水星の周回軌道に入るまで
日欧が共同で挑む国際水星探査計画「べピコロンボ(BepiColombo)」。水星はこれまで十分な探査が行われておらず、"謎の惑星"とも呼ばれるが、太陽系で唯一、地球と同じように磁場を持つ惑星であることがわかっている。べピコロンボでは、2つの探査機で水星の磁場や大気、表面や内部を総合的に観測し、地球型の惑星の起源や進化の謎に迫る。燃料の消費を抑えるため、天体の引力を利用して軌道と速度を変える「スイングバイ」を繰り返しながら、打ち上げから約7年後の2025年12月、水星の周回軌道に入る予定だ。
2億年
太陽が「天の川銀河」の中心を公転する時間
地球を含めた太陽系の惑星は、太陽の周りを公転している。その様子を想像するとき、地球が静止した太陽を公転している姿を思い浮かべるかもしれない。しかし、太陽自身もまた、「天の川銀河」の中心の周りを1秒間に約220kmの速さで公転している。1周するのにかかる時間は約2億年。現在約46億歳の太陽は、これまでに天の川銀河を23周したことになる。
120億年
太陽の寿命は、水素が尽き果てるまで
太陽が眩しい光を放っているのは、その中心部で水素の核融合反応が起こり、莫大なエネルギーが発生しているから。太陽が輝くための「燃料」であるこの水素は、誕生から約120億年後、現在から約70億年後に尽き果て、太陽は最終的に中心部だけが残る白色矮星となり、ゆっくりと冷えていく。面白いことに、太陽よりも多くの燃料(水素)をもつ星ほど、寿命は短くなる。
約90分
猛スピードで移動するISSが、地球を1周するまで
国際宇宙ステーション(ISS)では、複数の宇宙飛行士たちが滞在しながら、さまざまな実験や研究を行なっている。地上から約400kmの上空を、秒速約7.7kmの速さで移動するため、ISSが地球を1周するのにかかる時間はわずか約90分。そのため、ISSでは太陽の光に照らされる「昼」と、太陽が地球の影に隠れて光が当たらない「夜」が、45分ごとに繰り返されている。
347日8時間33分
日本人最長の総宇宙飛行日数
これまで宇宙を最も長く飛行した日本人は、若田光一宇宙飛行士だ。計4回の宇宙飛行日数の合計は、347日8時間33分。ほぼ1年間に相当する長さになる。前回2014年の宇宙滞在では日本人として初めて国際宇宙ステーション(ISS)の船長(コマンダー)を務めた若田宇宙飛行士は、2022年秋以降に、5度目の宇宙飛行を行う予定。自らが持つ、日本人最長記録を更新することになりそうだ。
28時間17分
日本人宇宙飛行士で最長の船外活動時間(通算)
宇宙飛行士のISSでの重要なミッションのひとつに船外活動があるが、日本人で最も長時間、船外活動を行ったのは星出彰彦宇宙飛行士だ。2021年9月に4度目となる船外活動に臨み、ISSの電力切替装置の交換などを行った。これにより船外活動の合計時間(通算)は日本人宇宙飛行士として最長の28時間17分となった。
1年
新時代の宇宙飛行士候補者が誕生するまで
2021年にJAXAが始めた、13年ぶりとなる宇宙飛行士候補者の募集。月面での活躍も視野に入れた今回の募集では、専門性にとらわれない多彩な人材を求めるため応募資格を大幅に緩和した。募集から選定までの期間は約1年間。書類選抜を通過すると、2022年5月から2023年2月ごろにかけて0次〜三次選抜を実施し、学科試験や面接、適性検査などが行われる。採用されると宇宙飛行士「候補者」となり、そこから約2年間の基礎訓練を経て宇宙飛行士に認定される。
84.69歳
宇宙での実験が、健康長寿のヒントに?
厚生労働省によると、2020年時点の日本人の平均寿命は男性が81.64歳、女性が87.74歳。男女を平均すると84.69歳だ。医学の進歩や栄養状態の改善などによって日本人の平均寿命は伸びてきた。しかし、老化の仕組みにはまだ謎が多い。2020年、JAXAなどがISSで行ったマウスミッションの結果、宇宙に長期滞在すると微小重力などの「宇宙ストレス」によって老化が加速することがわかった。さらに、老化の加速を食い止める役割を持つ遺伝子の存在も明らかに。このような宇宙での実験が、私たちの健康長寿のヒントにつながることが期待されている。
2時間
「だいち2号」が災害状況を観測し、データを地上に提供するまで
地震や火山活動などの災害が起きたときに活躍するのが、陸域観測技術衛星2号「だいち2号」だ。衛星から地表に向けて電波を照射し、反射された電波を受信することで被害状況や地殻変動などの観測を行っている。昼夜、天候を問わず、観測から最短2時間でデータの提供が可能な「だいち2号」。発災から72時間を過ぎると生存率が低下すると言われる災害時において、命を守る衛星として活躍している。
2日
「しきさい」が地球のほぼ全域を観測するまでにかかる時間
気候変動観測衛星「しきさい」は、可視光をはじめ人の目には見えない紫外線や赤外線など、19種類の光を認識できるセンサを搭載する。大気中の塵や海水の色・温度、地表面温度、土壌の水分量などを観測することができるため、地球温暖化の状況把握や防災対策、漁業、農業など、さまざまな場面で活用されている。高度800kmの軌道を周回しながら約2日かけて地球のほぼ全体を観測しており、高い観測頻度と優れた解像度で、地球の変化を捉えている。
13年
「いぶき」が温室効果ガスを観測し続けた時間
人類の課題である地球温暖化。温室効果ガスである二酸化炭素などの濃度分布を宇宙から観測することで温暖化対策に貢献しようと、2009年、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」が打ち上げられた。当時は温室効果ガスを測定する世界共通の基準がないなか、「いぶき」は世界で初めて「共通のものさし」を作った衛星となった。「いぶき」の運用は打ち上げから13年経った今も継続中で、最も長期間、同一のものさしで観測を続ける衛星となった。なお、観測データからは、温室効果ガスの濃度が年々高くなっていることが示されている。
30万年に1秒以下
測位衛星の時計に求められる精度
例えばスマートフォンを見れば自分の位置情報が正確にわかる、GPS機能。私たちの日常に欠かせなくなったこの機能は、測位衛星に搭載された「原子時計」によって支えられている。電波は1秒間に約30万km進むため、わずか100万分の1秒のずれが300mもの距離のずれを生む。そのため時計の精度が非常に重要で、準天頂衛星「みちびき」に搭載された原子時計の誤差は30万年に1秒以下に抑えられている。
24時間
静止衛星が地球1周にかかる時間
人工衛星には様々な種類があるが、そのうちの1つに赤道上空の高度約3万6000kmの軌道を周っている衛星がある。この高さにあると、衛星が地球の周りを1周する時間が、地球の自転周期と同じ約24時間になる。地上から見ると衛星が常に静止しているように見えるため、「静止衛星」と呼ばれている。
30分
ロケット打ち上げから衛星分離までの勝負の時間
ロケットが轟音とともに空高く上っていく。まるでこの瞬間がクライマックスのようだが、ロケットの仕事はここからが本番。搭載した衛星などを宇宙空間に運び、決められた軌道に投入してミッション達成となる。一般的な太陽同期軌道や静止トランスファー軌道に投入する場合、打ち上げからおおよそ30分以内に衛星分離を確認することができる。数年にわたり設計~開発したロケットの勝負の時間だ。
3時間
搭載衛星の最終アクセスからイプシロン打ち上げまで
人工衛星をロケットに搭載した後、最終的な整備や点検を、ロケット打ち上げのギリギリまで行いたい。イプシロンロケットでは、機体の自動点検機能を有する設備を開発し、衛星へのアクセスが打ち上げの3時間前まで可能に。世界的にみても高い運用性を可能にした。
魔の11分間
事故が集中しやすい、航空機の"クリティカル"な時間
航空業界で使われる「魔の11分間」という言葉を知っているだろうか。飛行機をはじめとする航空機は、離陸時の3分間と着陸時の8分間を合わせた11分の間に特に事故が起こりやすく、実に航空機事故の7割がこの間に起きているとも言われている。JAXAの航空技術部門では、この11分間の安全性向上を目指して、乱気流、雷、雲などの特殊気象の予測・防御技術や、人為的ミスの検知・防止技術などの研究開発を日々行っている。
イラスト:SANDER STUDIO 文:清水しおり
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