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宇宙実験室 13 - 宇宙飛行士を支える人々:フライトディレクタ編

2015年12月11日、油井亀美也宇宙飛行士が、142日間の国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在終え無事に帰還しました。油井さんおつかれさまでした!

さて、宇宙にいる宇宙飛行士の仕事はあちこちで紹介されていますが、地上にも宇宙飛行士と一緒に仕事をしている人たちがいます。今回は宇宙実験室「特別編」として、そういった宇宙飛行士を支える人たちの話を聞いてきました。
特別編の一回目は、油井宇宙飛行士の仕事場である「きぼう」モジュールの責任者である、フライトディレクタの井田恭太郎さんにお話をうかがいました。

筑波の管制室ではどのような仕事が行われているのでしょう?

ISSに参加している各国の宇宙機関は、それぞれ自分のモジュールの責任を持っています。日本のJAXAならば「きぼう」ですが、その運用管制を行っているのが、この筑波宇宙センターの「きぼう」運用管制室です。電力や通信などを担当するCANSEI、熱や環境管理を行うFLAT、宇宙飛行士との交信を行うJ-COM、宇宙飛行士の活動を含めた「きぼう」の運用に関するスケジュール管理を行うJ-PLAN、地上側の機器の管理を行うTSUKUBA-GCなど、さまざまな役割を持つ運用管制員がチームを組んで作業にあたっています。

そうした管制官を取りまとめる役割がJ-FLIGHT、フライトディレクタということになります。わたしは油井宇宙飛行士の長期滞在ミッションの前半、フライトディレクタのリーダーを務めました。

筑波宇宙センターの「きぼう」運用管制室

ここ「きぼう」運用管制室では、1日3交代制で、「きぼう」の状態を24時間監視し、その維持管理をしています。たとえば宇宙船のドッキング時など、太陽電池パドルの角度や「きぼう」で利用する電力に制限があったりすると運用に気を使わなければいけません。そのため、電力なども規定の数値を超えないかを常に監視して調整をしています。また、宇宙飛行士から暑い、寒いというリクエストもあり、空調の管理も行います。

また、「きぼう」で行われる実験の多くは、地上から遠隔操作で行います。医学的なものなどは宇宙飛行士が関わるものもありますが、ライフサイエンス実験、材料実験などは宇宙飛行士が行うのはセッティングやメンテナンスなどで、実際の実験は地上から行っています。「きぼう」モジュールの外に設置されているロボットアームの操作も地上から行います。

管制室にいる間は常に「きぼう」や宇宙飛行士の状態に目を配っていなければならないので、休憩はタイミングを見計らって取ります。実は管制室の中は飲食可になっていて、食事は各々で作業を行いながら取ります。トイレに行くのも、ISSと通信ができなくなるわずかな時間に済ませます。

宇宙飛行士とのやり取りや作業の指示なども、こちらで行われているのでしょうか?

はい。宇宙飛行士が「きぼう」で行うJAXA所掌の作業は全て、計画から実行まで運用管制員がサポートします。宇宙飛行士の仕事は分刻みで決まっています。たとえば、ある1つの実験をする場合でも、それを細かい一つ一つのステップに分けて、限られた時間内に実施できるようにそれぞれを分単位のスケジュールに落とし込んであります。宇宙飛行士はその手順書にしたがって作業を行います。

毎日のスケジュールは分単位で細かく決まっており、宇宙飛行士が今何をしているか把握しています。

毎日のスケジュールは分単位で細かく決まっており、宇宙飛行士が今何をしているか把握しています。

管制室で行っているのは、そのスケジュールに則って宇宙飛行士とやり取りをしながらタスクを円滑に進めることでリアルタイムで各国が作業の進み具合を共有し、時間管理しています。

また、事前に運用管制員はそのスケジュールや手順書づくりにも関わります。実際のスケジュールの調整は各機関のプランナーという専任の計画調整チーム間で行われますが、そのプランナーが伝える内容、つまりそのタスクを誰が、どのように、どれくらいの時間をかけて行うかといったことについては、半年以上前から管制チームでレビューを行いながら決めていきます。

フライトディレクタの仕事の中でもこれが一番難しいというものは何でしょうか?

実は、J-FLIGHTの仕事の中で大きな割合を占めるのが「交渉」です。たとえば、予期せぬトラブルが発生して追加の作業が必要になったりした場合、分単位で決まっているスケジュールを変更する必要が出てきます。では、今タスクを行っている宇宙飛行士にそのまま継続してもらうのか、誰か他の宇宙飛行士に変わってもらうのか、あるいはタスクを後回しにするのか、そういうことは筑波の管制室だけでは決められません。全体を取りまとめているNASAの管制室や、各国の管制室とその場で交渉して決める必要があります。

その交渉を行うのはフライトディレクタの仕事です。宇宙飛行士の時間だけでなく、通信の時間やデータ量、電力や機材など、ISSで使えるものは限られていますから、それを各国で融通しあっているわけです。ですので、交渉はフライトディレクタの非常に重要な任務です。

当然、交渉する相手であるNASAやESAも自分たちのタスクを進めなければなりませんから、この交渉はなかなか大変です。極端に言えば、交渉がうまくいかなければ、予定していた実験ができないということも起こりえます。普段、管制室の正面の3つあるモニタの1つにNASAの管制室の様子を映しだしているんですが、これは交渉相手であるNASAの管制室の「空気を読む」ためです。向こうの管制室の様子を見ながら、あ、今忙しそうだとか、今なら話しても大丈夫かなというように、向こうの状況をよく見ながら交渉を行っています。他のフライトディレクタは同じようにしているかわかりませんが、少なくとも私にとってはあのカメラの映像はとても重要な交渉の武器ですね(笑)

管制室の正面に3つあるモニタのうち、1つにはNASAの管制室の様子を映しだしている

フライトディレクタである井田さんから見て油井宇宙飛行士はどのような方でしたか?

油井さんは、事前準備を非常にしっかりされているのがとても印象的でした。手順書やメッセージを全て読みこんで、いつ休んでいるんだろうと思うくらいにしっかり予習や準備をされています。打ち上げの直前にもバイコヌール宇宙基地から初日の手順書を送ってくれないかとリクエストが来てメールで送ったこともあります。

油井亀美也宇宙飛行士

また、運用管制員がどうすれば効率よく動けるかということを常に考えてくださっています。油井さんはテストパイロットの経験もあり、ミッション中は毎日のように、この手順はこういう理由でこの書き方よりもこうした方がいい、というような具体的な改善の提案がありました。実際に実験を行うときも、カウントダウンを音声だけでなくカメラに向かって指を折って示してくださるなど、映像も活用して私たちのわかりやすさや動きやすさを常に考えて行動されていました。すごい方だと思います。

宇宙実験室ノート

宇宙飛行士、というと厳しい訓練を重ね、運動能力、判断力、知識など全てにおいて優れたすごい人たち、というイメージですが、彼らを支える運用管制員の方々も彼らに負けず劣らず、すごい方々でした。何ヶ月にも渡る綿密な準備を行い、いざ本番では分単位のスケジュールを調整しながら宇宙飛行士に的確な指示を出し、各国の宇宙機関の運用管制員とやり取りをしながら臨機応変にミッションをクリアしていく... まさしく、私たちが普段「宇宙飛行士の仕事」としてイメージするようなことを、地上で行っている方々がいるんですね。彼らの活躍を目にする機会はあまり多くありませんが、中継やニュースなどで見かけることがあったら、ぜひ注目してください。

関連リンク
運用管制チーム:「きぼう」日本実験棟
実験運用管制チーム:「きぼう」日本実験棟
ISSのフライトディレクタについて教えてください - ファン!ファン!JAXA!
Space Navi@Kibo 油井宇宙飛行士が挑んだミッション ~油井宇宙飛行士を支える運用管制員~(2015年12月9日公開)

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