再び宇宙大航海へ臨む「はやぶさ2」

第8回

近赤外分光計と中間赤外カメラ

「はやぶさ 2」プロジェクト 近赤外分光計担当
岩田 隆浩
「はやぶさ 2」プロジェクト 中間赤外カメラ担当
田中 智
(ISASニュース 2014年9月 No.402掲載)

 小惑星探査機「はやぶさ2」が目指すのは、C型の地球近傍小惑星1999JU3です。地球近傍小惑星とは、その軌道が地球軌道と交わるか接近する小惑星のことです。火星と木星の間の小惑星帯を回っている大部分の小惑星に比べると、探査機が地球から少ないエネルギーで到達できるため、探査に有利です。一方、C型のCは炭素のことです。地球に降ってくる隕石には黒っぽい色をした炭素質隕石と呼ばれる種類があり、水や炭素など揮発性の高い成分を多く含みます。ちなみに初代「はやぶさ」が訪れたイトカワはS型小惑星で、主に石質の成分から成ります。S型小惑星は地球のような岩石惑星の地殻やマントルを構成する物質の供給源ですが、C型小惑星は地球の海や生命を構成する物質の供給源と考えられます。C型小惑星の物質がどのような化学的・物理的状態なのか、よく分かっていません。手掛かりとなる隕石は、地球大気圏突入時に激しく加熱され、ばらばらに破壊され、また大気に触れて変質してしまうためです。C型小惑星からのサンプルリターンを行う「はやぶさ2」は、世界で初めてその素性を探査します。

 「はやぶさ2」は、小惑星1999JU3に到着後、高度20kmのホームポジションに滞在し、まずリモートセンシングによって小惑星の全体像を明らかにします。このとき、2種類の赤外線観測が重要な役割を担います。一つが近赤外分光計(NIRS3)で、近赤外の分光観測によって小惑星表層の鉱物の水質変成、すなわち鉱物が水とどのような化学相互作用を受けたかを調べます。もう一つが中間赤外カメラ(TIR)で、小惑星からの熱放射を撮像することによって小惑星表層の温度や熱慣性、すなわち温度に影響を及ぼす土壌の粒子サイズや岩塊の空隙率がどのような状態にあるかを調べます。

 NIRS3はその名が示す通り、近赤外である波長3μm付近の吸収バンドを調べる分光計です。水や氷、あるいは含水鉱物が存在すると、3μm付近に吸収が見られます。特に、吸収が最大となる波長や吸収帯の波形は、物質中に含まれる鉱物や水質変成、熱変成の仕方によって異なります。その特徴を地域ごとに詳しく観測し、小惑星表層の化学的性質、特に含水鉱物の状態と分布を調べます。NIRS3は新規開発の128画素のInAsリニアアレイ(浜松ホトニクス製)を検出器に用い、グリズム(プリズムと回折格子を貼り合わせたもの)によって1.8~3.2μmを分光観測します。視野角は約0.1°であり、小惑星のホームポジションからの解像度は約35mです。

 TIRは小惑星サーモグラフを行う装置で、波長8~12μmの熱赤外放射を2次元撮像します。微小重力下にある始原天体の物質の空隙率や圧密度は、よく分かっていません。C型小惑星はS型に比べて一般に低密度ですが、表層を薄く覆う堆積物だけ空隙が多いのか、それとも内部の岩塊まで空隙が多くもろい構造なのか、低密度の原因を調べることは重要で、衝突合体による惑星形成・進化史を理解することにつながります。表層堆積物の分布から微小重力天体下でのクレータ形成過程(衝突破砕物の堆積状態)、小惑星上での物質流動について知見が得られます。TIRは非冷却2次元ボロメータ(NEC製)を検出器に用い、ホームポジションから16°×12°の広い視野で小惑星全体を、0.05°(約20m)の解像度で撮像します。温度範囲は-40~+150℃で、小惑星の昼面を撮像できます。

 小惑星表層は太陽風や微小隕石衝突による影響(宇宙風化)や太陽光照射による加熱を受けています。また堆積物が覆うと、リモートセンシングによる化学的・物理的性質に影響します。そのため「はやぶさ2」では衝突装置SCIを搭載し、高速度衝突によって小惑星内部物質を露出させ、化学的・物理的性質を調べます。

 NIRS3とTIRは赤外観測によって小惑星の素性を調べるだけでなく、その観測結果はサンプル採取地点の選定にも役立てます。また、小型着陸機MASCOTとの連携観測も予定されており、太陽系の始原天体の化学的・物理的性質について理解が深まるでしょう。

図1
図1 振動試験中の近赤外分光計(NIRS3)分光計ユニット
MLI(多層断熱材)取り付け前。2013年、明星電気にて。


図2
図2 中間赤外カメラ(TIR)の検出器部

(いわた・たかひろ、たなか・さとし)