サンプル採取装置と分離カメラ
澤田 弘崇
2010年は、小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」の打上げに始まって、セイルの展開成功、分離カメラによるIKAROS自分撮り、自分撮りの前日には小惑星探査機「はやぶさ」の地球帰還と、私にとって一生忘れることのできない出来事がいくつも重なった年でした。IKAROSも無事にフルサクセスを達成し、運用もだいぶ落ち着いてきたその年の秋ごろだったでしょうか。「『はやぶさ2』のサンプラ開発を担当してくれないか?」と声を掛けられ、「はやぶさ2」の開発に参加することになりました。
サンプルを採取するサンプラは初号機の設計を引き継ぐことになっており、開発担当といっても設計をやり直すわけではありません。でも、「はやぶさ2」の理学目標を達成するために、改良できるところは改良したい。サンプラ担当になって最初に頭を悩ませたのは、そこでした。
3回タッチダウンできる能力があるならサンプル格納部屋は3つに増やそう。もし初号機と同じように弾丸が発射されなくてもサンプルを引っ掛けて持ち上げられる仕組みを追加しよう。サンプルから発生したガスも採取できるようにしよう。このあたりのアイデアは、比較的楽に設計変更することができました。
最大の難関は、いかにきれいな状態を維持したままサンプルを持って帰るかでした。
「はやぶさ」は人類史上初めて月より遠い天体からサンプルを持ち帰った探査機であり、「はやぶさ」のサンプラは世界をリードしている技術の一つです。このリードを保ったまま、さらには将来構想しているより遠くの天体からのサンプルリターンミッションにも使えるように、サンプルをよりきれいなまま、希ガスすら密閉して持ち帰ることができる装置が必要でした。
サンプルを密閉するシール機構を金属のみでつくろうと決め、PIの先生方と一緒に開発を始めました。特に難しかったのは、地球帰還の大気圏再突入時にカプセル内で発生する衝撃でした。シール機構の形状や材料を改良してはハンマーで思いっ切りたたくというシール試験を、延々と繰り返しました。コレという形が決まっても、試験条件を変えながらたたき続け……、 結果、シール試験で消費した使い捨て部品は軽く100を超え、ハンマーでたたいた回数は1000以上いきました。いずれ、役目を終えたその部品たちをお披露目できる機会があるといいのですが。
さまざまな苦労をして開発を続けてきた「はやぶさ2」のサンプラですが、新シール機構も何とか開発を終えることができ、現在は打上げに向けて総合試験を実施しています。
実際にサンプラの出番が来るのは打ち上がってから約4年後、私たちの手元に再び戻ってくるのは2020年の予定です。設計通りにシールして1999 JU3のサンプルをきれいなまま持って帰ってこられるのか、今からドキドキですが、きれいなままのサンプルから新発見がもたらされるよう期待したいと思います。
ちょっと話題を変えて、私が担当しているカメラたちも紹介したいと思います。いろいろな経緯があって、光学航法カメラ(ONC)と分離カメラ(DCAM3)の開発も担当しています。ONCについては対象の小惑星がC型に変わったことから、より有機物を発見しやすいようにフィルタのセットを変えるなどの改良を加えました。ONCについての詳しい紹介は別の機会に譲るとして、ここではDCAM3について少し紹介します。
私のわがままでDCAM3と名付けた分離カメラは、IKAROSで開発したDCAM1/2の後継機として同じ技術を使い、衝突装置(SCI)の動作確認をすることが当初の目的でした。ただし、搭載が現実味を帯びてくるにつれ、より高解像度の画像を撮りたい、ライナ(衝突体)の衝突地点を特定できるような画像を撮りたいと、どんどん要望が膨れ上がっていきました。結局DCAM3は、IKAROSのDCAM1/2とは中身がまったく違うものになり、高画質カメラとリアルタイム性を重視した低画質カメラを2台、無理やり詰め込み、分離方式もIKAROSとは変えました。サイズも姿形もかわいくないものになってしまい、開発中は本当に本当に苦労の絶えない機器でした。
DCAM3は、どのような写真を撮ってくれるのでしょうか? かなりチャレンジングなミッションになりますが、誰も予想していなかったような画像を撮ってくれるとうれしいですね。
小惑星に到着してからの分光観測、その後のタッチダウン&サンプル採取、衝突実験中の分離カメラによる撮像。要所要所で担当した機器の出番が来ますので、「はやぶさ2」の運用中はものすごいプレッシャーを受けそうですが、今はとにかく無事に打ち上げられるよう、残りの試験を確実に進めたいと思います。
2020年、この記事を笑顔で読み返せるといいですね。
図1 | 試験中のサンプラホーン |
図2 | 「はやぶさ2」に搭載される分離カメラ(DCAM3) |