発電、アンテナ機能を持つ「HELIOS-R」の宇宙実証が成功
宇宙での電力インフラ構築をめざす
クレジット:サカセ・アドテック株式会社、JAXA、東京科学大学、防衛大学校
発電、アンテナ機能を持つ「HELIOS-R」の宇宙実証が成功
宇宙での電力インフラ構築をめざす
革新的衛星技術実証プログラムの小型実証衛星4号機(RAISE-4)によって、
2025年12月14日に打上げられた多機能膜構造物「HELIOS-R(ヘリオスアール)」は、
現在、宇宙でさまざまな実証を行っている。
今年2026年3月6日には、膜構造物における
電波干渉計の実証に世界で初めて※成功した。
担当の杉原アフマッド清志に、このミッションについて聞いた。
※2026年7月3日時点
多機能膜構造物「HELIOS-R(ヘリオスアール)」とは
「HELIOS-R」は、JAXAが実施する革新的衛星技術実証プログラム※により、革新的衛星技術実証4号機の小型実証衛星4号機(RAISE-4)に搭載されて、宇宙に飛び立った。このプログラムは、2015年度からJAXAが、企業や大学などが開発した機器や、超小型衛星に宇宙実証の機会を提供するためにスタートしたものだ。
※2026年から「JAXA宇宙技術実証加速プログラム(JAXA-STEPS)」に統合
(写真左)RAISE-4に搭載されたHELIOS-R。左側が制御用電子ボックス(エレキボックス)、右側の膜構造物保持展開機構には複数の薄膜デバイスの貼付された膜(写真右)が格納されており、宇宙で扇のように広がる
クレジット:サカセ・アドテック株式会社、JAXA、東京科学大学、防衛大学校
(写真上)RAISE-4に搭載されたHELIOS-R。左側が制御用電子ボックス(エレキボックス)、右側の膜構造物保持展開機構には複数の薄膜デバイスの貼付された膜(写真下)が格納されており、宇宙で扇のように広がる
クレジット:サカセ・アドテック株式会社、JAXA、東京科学大学、防衛大学校
クレジット:JAXA
「宇宙で技術実証を行っている『HELIOS-R』は、さまざまな機能を有する薄膜デバイスを貼付した、軽量で柔軟な膜を、宇宙で展開することができる技術実証コンポーネントです。三軸織物膜(サカセ・アドテック社開発)というこの膜はレースカーテンのように薄く、宇宙空間で展開すると扇子に似た三角形の形状に広がります。そして1辺1m程度の三角形膜に取り付けられているのが、膜面全体のアンテナ化に向けたアンテナ素子や、軽量太陽電池パドルを実現する薄膜太陽電池です。今回は、この多機能膜構造物を軌道上で実証します」
「HELIOS-R」の技術実証チームの一員である杉原は、その開発目的についても説明した。
「将来の宇宙探査では、宇宙に大型構造物を建て、エネルギーを生み出したり、電力伝送をしたりすることが計画されています。ただ、そのための大きな機器を、そのままの大きさで地球から宇宙に運ぶのは、物理面、コスト面で非常に困難です。だからこそ、軽量かつコンパクトな状態でロケットに搭載でき、宇宙で展開できる構造物が多く開発されてきました」
なかでも多いのは、折りたたみ式のパネルなどだ。しかし今回は、パネルよりもさらに軽量な「膜」を用いた展開構造物を開発。この膜にさまざまな機能を載せた。
「『HELIOS-R』は、膜上に薄型アンテナ基板や薄膜太陽電池などを装着しています。これらが宇宙空間で正常に動作すれば、膜全体をアンテナ素子で覆う『アンテナ膜』や薄膜太陽電池で覆う『太陽電池膜』の概念が実証できます。この技術は、これからの月面探査や、アンテナや太陽電池を宇宙空間につくる計画などに幅広く貢献できるはずです。
今回『HELIOS-R』では、世界最軽量クラスの『太陽電池膜』、膜上における世界初の5Gビームフォーミング、膜上における世界初の電波干渉計をそれぞれ実証します。この中で探査ハブが担当するのは、高分解能観測に向けた干渉計ミッションです。柔軟な膜に取り付けた電波干渉計(HELIOS-R干渉計)で干渉観測(電波の到来方向を検知し、アンテナの傾き角と膜の変形を測定すること)を世界で初めて実証します」
「HELIOS-R」の開発は、サカセ・アドテック株式会社(実施責任者)、JAXA宇宙探査イノベーションハブ(探査ハブ)、JAXA宇宙科学研究所(ISAS)、東京科学大学、防衛大学校が共同で進めてきた。サカセ・アドテックが膜構造、東京科学大学が5G通信、ISAS・防衛大学校がシステム・運用と太陽電池膜の実証を担当。そして杉原の属する探査ハブは、電波干渉計の開発と実証を担っている。
(左)干渉計アンテナ基板の試作品(上段が送信、下段が受信アンテナ) (右) HELIOS-R干渉計アンテナ基板のフライト品
(上)干渉計アンテナ基板の試作品(上段が送信、下段が受信アンテナ) (下) HELIOS-R干渉計アンテナ基板のフライト品
クレジット:サカセ・アドテック株式会社、JAXA、東京科学大学、防衛大学校
「HELIOS-R干渉計」の実証成功で、大型アンテナ構築に一歩前進
打上げ以降、それぞれのミッションを進めてきた「HELIOS-R」は、2026年3月、「HELIOS-R干渉計」の試験運用を実施し、膜構造物における電波干渉計の実証に世界で初めて成功した。
クレジット:サカセ・アドテック株式会社、JAXA、東京科学大学、防衛大学校
「今回の実証では、基板上の4つのアンテナ素子を同期させて1つのアレイアンテナ(配列アンテナ)、つまり電波干渉計を膜上で構築できるかどうかを確認しました。衛星本体に搭載されるエレキボックスから電波を送信し、膜上に搭載した干渉計で受信。受信した電波の干渉観測を行うことでアンテナの傾き角を測定し、アンテナの取り付けられている膜の変形を観測します。結果、しっかりとアンテナの傾き角(膜の変形)が計測でき、この技術をもって、膜全体をアンテナとして使用できることが実証されました」
この実証結果について杉原は、「現段階では100点満点」と手ごたえをにじませた。そして、「これからの宇宙探査に必要な技術として、広く活用されるようにしていきたい」と、今後への期待を語った。
「膜全体をアンテナとして使用できるようになると、宇宙にこれまでにはない10m級の大面積の膜面アンテナをつくることができる可能性が膨らみます。これによって実現可能になるもののひとつが、電力の無線伝送です」
例えば将来、月面基地の建設や運用する際には電力が必要になる。そして、そのためには大容量の太陽光発電技術や、電力伝送技術の確立も必要不可欠だ。今回実証した『HELIOS-R 干渉計』の技術は、ここで活きてくる。
「今回実証した干渉計の技術を使えば、月面基地に膜の大面積アンテナをつくり、それを用いて、発電所からローバなどへの無線で電力を伝送することが可能になります。つまり、この技術は、月面などにおける電力インフラ構築を実現させるために、非常に重要なもの。将来の月面・火星探査のために、この無線電力伝送技術をぜひ、確立したいと思っています」
センサ活用で広がる、膜面アンテナ技術の可能性
さらに杉原らは、この膜面アンテナを電力送電だけではなく、センサとしての活用するための研究も進めている。
「センサとしての活用ができれば、例えば気象観測領域では、今まで非現実的とされてきた静止軌道に、世界で初めてマイクロ波放射計を設置することができるようになります。これにより期待できるのが、気象観測における降水のリアルタイム観測と予報の進化です」
現在、複数のマイクロ波放射計搭載衛星からなる全球降水観測計画では、数時間ごとに全球(地球全体)の降水マップを更新して天気予報を行っている。これに対して、大面積の膜面からなる開口面アンテナを静止軌道に置くことができれば、約15分に1回の降水観測ができるようになり、全国のどこで雨が降っているのかリアルタイムで把握できるようになるのだ。
もともと気象観測領域の研究もしていたという杉原は、「ぜひ、この技術を気象観測分野にも役立てたい」と意気込む。そして「膜面アンテナが開くと、"ひまわり"のような形になる。新たな技術で、気象観測衛星『ひまわり』のように、多くの人の役に立てる存在になれれば」と笑みを浮かべた。
今後、「HELIOS-R 干渉計」は約1年をかけて、耐久性のチェックなど、信頼性の実証を続けていく。その間で、干渉計以外の実証ミッションも進められていく計画だ。ここからの実証、技術開発に向けての思いを、最後に杉原に聞いた。
「そもそも、大面積の膜構造物に薄膜デバイスを貼付し、小型宇宙機を高機能化・多機能化する発想は、2010年に打上げられたJAXAの小型ソーラー電力セイル実証機『IKAROS』があったからこそのものです。『IKAROS』は、14m四方の正方形のセイル(帆)を宇宙空間で展開し、ソーラーセイルによる航行、薄膜太陽電池による発電の実証に世界で初めて成功しました。また、探査ハブの共同研究『次世代情報通信用高機能探査レーダの研究』の地上実証である『はやぶさ2カプセル回収ミッション』の成功も開発の後押しとなりました。これらの実証で培った技術を注ぎ込んだのが『HELIOS-R』です。ぜひこの機会を活かして、さまざまな技術を実証し、成果を出していければと考えています」
「まずは、月面における無線電力伝送技術の確立をめざす」と語る杉原だが、「実はこの技術は、地上でも活用できる可能性がある」とも語った。
「現在、パソコンなどの充電はプラグをコンセントにつなげることが常識ですが、この技術を使うことで、例えば天井に取り付けられたアンテナからパソコンに直接無線で充電することなどが可能になります。つまり、『充電がない!』とコンセントを探し回る必要がなくなるのです。この技術は、宇宙だけではなく、地上でも多くの人の役に立てるもの。たくさんの方に活用していただけるように育てていきますので、ぜひご期待ください」
Profile
宇宙探査イノベーションハブ
研究開発員
杉原 アフマッド清志(すぎはら あふまっどきよし)
エジプト、カイロ出身。探査ハブではMoon to Mars Innovation (MMI)戦略次世代エネルギー領域研究開発チームでミリ波帯無線送電技術研究開発を担当。趣味はアーチェリーや写真撮影など。『プラネテス』(作:幸村誠)を読み宇宙開発に憧れを抱いた。
取材・⽂︓笠井美春 編集︓武藤晶⼦
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