月に、人の活動圏をひらく。
宇宙開発と地上技術の交差から生まれる、次世代の景色

月に、人の活動圏をひらく。宇宙開発と地上技術の交差から生まれる、次世代の景色

月に、人の活動圏をひらく。
宇宙開発と地上技術の交差から生まれる、
次世代の景色

電気をつくり、ものを運び、建物を建てる。そして、その内側の暮らしをしつらえる。地上では当たり前だった営みも、いざ月面をフィールドに考えはじめると、まだ誰も挑んだことのない課題となり、次々と問いが生まれてくる。人類の探査は、いまや宇宙だけの専門知ではなく、地上で磨かれてきた技術や知見と結びつくことではじめて形づくられていく。本特集では、JAXA宇宙探査イノベーションハブ(通称:探査ハブ)が企業や大学とともに向き合う4つの領域――「次世代エネルギー」「次世代モビリティ」「アセンブリ&マニュファクチャリング」「ハビテーション」について、その研究成果や取り組みの現在地を、それぞれの研究者に尋ねた。
*イラストはあくまでイメージです。

生み出す
次世代エネルギー

月面活動に必要な電力システムを生み出し、明るい夜を確保する

月の夜は、約15日も続く。この非常に長い夜を越えるため、月面という環境のなかでいかにエネルギーを生み出し、活用していくかが問われている。
月面のエネルギー開発は、発電・蓄電・送配電という大きく3つの観点に分けられる。なかでも目下取り組んでいるのが、発電を担う「太陽電池タワー」と、送電を担う「マイクロ波無線送電」というふたつの研究だ。

宇宙教育センターのプログラム一覧

月面では、地上のように電線網を張り巡らせることが現実的でなく、特に長距離の送電や移動体への送電に向けて、無線での送電システムを構築する必要がある。一方で、基地内や固定設備間などの比較的短距離・高効率が求められる場面では、有線による送配電も不可欠である。発電や蓄電は既存の宇宙機技術の延長で考えられるが、送配電は必要とされる距離や電力量が大きく異なるため、電圧設計や直流・交流の選択といった基礎的な検討から始めなければならない。

こうして地上インフラの知見を取り入れながら再構築していくなかで、民間企業の発想に視野を広げられた事例も多い。たとえば株式会社レゾナックは、鋳造技術を応用してレゴリスをブロック化し、そのまま蓄熱材として活用する手法を提案した。これは夜間のエネルギー確保のあり方を大きく変えうるもので、地上産業の技術が月面システムのゲームチェンジにつながる好例だ。

安定した電力供給の目処が立てば、探査ハブが取り組む他領域の設計の幅も一気に広がる。私たちが地上で夜の暗さに不便を感じないように、月面でも明るい夜を過ごせる。その当たり前を築くべく、次世代エネルギーの研究開発は進んでいく。

宮澤優

宇宙探査イノベーションハブ
主任研究開発員
宮澤優 MIYAZAWA Yu

山形県米沢市出身。JAXAで衛星・探査機の電源系やシステム担当に従事し、現在は宇宙探査イノベーションハブにて、将来の月・火星探査に革新をもたらすエネルギー領域の研究開発に取り組む。硬式テニスを練習中。

移動する
次世代モビリティ

移動も運搬もこなす、変幻自在なローバーを開発する

月面で、人や物が自由に動きまわる。そんな未来を支えるのが、次世代モビリティ領域だ。地上であれば、用途ごとにトラックや自家用車など、専用の車両を何台も用意することができる。しかしロケットで地球から月へものを運ぶには、1kgあたり1〜2億円ほどかかるといわれている。100台あれば多彩な作業ができるとしても、現実に持っていけるのは1台あるかどうか。だからこそ、その「1台」が何役もこなせる必要がある。

次世代モビリティ領域が目指すのは、ベースとなるプラットフォームを作り、そこにアームを付けたり運搬機能を入れ替えたりできる、汎用的なモビリティだ。月面モビリティは「移動・運搬・作業」という三つの機能が求められる。その土台を、近年の自動車やロボットのように共通化(オープンプラットフォーム化)し、設計思想やソフトウェアを再利用できるようにしておくことで、2台目以降をすばやく製造できる環境を整える。

難しさは、月面がGPSも舗装路もない未知の環境だという点にある。車両に積む小型のカメラやAIを動かす計算チップといったハードウェアの開発に加え、地上で開発が進む自動運転と同じように、センサで障害物を見つけ、3次元地図を作り、回避経路を描くソフトウェアの研究も進められている。さらに、月と地球の通信には数秒の遅延があるため、重要な判断においては人間が担う遠隔操作も鍵になる。

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この領域は、地上とも深くつながっている。月面ローバーは、実際に走行したデータがまだ限られており、AIの学習に使えるデータも十分ではない。そこでCGで月面や林業現場を再現し、人工的な学習データとして活用する研究を民間企業と進められている。月面という過酷なフィールドで磨かれた技術は、やがて災害現場や極地、山間部といった地上の厳しい環境にも還っていく。

いつか月面で、モビリティレースやロボットコンテストが開かれる。そんな景色を思い描きながら、次世代の移動技術はいま研究の途上にある。

山崎雅起

宇宙探査イノベーションハブ
主任研究開発員
山崎雅起 YAMAZAKI Masaki

茨城県土浦市出身。前職では自動車メーカーにてAIロボティクスの研究開発に従事。現在は「モビリティ領域」を牽引し、AI技術を使った月面ローバーの自動自律化を推進。最近またテレビゲーム熱が再燃中。

建てる
アセンブリ&マニュファクチャリング

月の砂「レゴリス」を資源に、人間の活動拠点を築く

人間の活動拠点を、月面でどう築くか。建材を地上から運ぶには膨大なコストがかかる。そこで、アセンブリ&マニュファクチャリング領域においては、月の砂「レゴリス」を資源として捉え直し、現地で調達・生産する「ISRU(その場資源利用)」の研究が進められている。

地球での製造であれば、素材が足りなければ調達し、失敗すれば作り直せる。だがその前提は月面では通用しない。6分の1の重力、激しい温度差、真空、放射線――こうした環境では、「壊れない」ことだけを目指すのではなく、「壊れても現地で補修できる」「別の材料で代替できる」という発想が求められる。

月面資源を活用した製造は、すでにアイデア段階を越え、要素技術の実証に向かいつつある。レゴリスを焼結・固化して道路や着陸拠点、簡易な建材として活用する研究が進む一方で、高純度の酸素や金属を取り出し、機械部品や推進剤に使うには、さらに検証が必要だ。「つくれる」ことが見え始めたいま、求められているのは、必要な品質で、必要な量を、安定してつくり続けるシステムである。

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こうした技術は、地球の製造業にも新たな視点をもたらす。資源、エネルギー、輸送、人手、時間が極端に制約される環境で成立する製造技術は、離島や災害現場、極地、海洋にも応用できる可能性がある。月面で培われた技術を地上へ還元することも視野に入れながら、研究開発は進められている。

将来、現地調達・現地生産が当たり前になれば、地球から持ち込むのは、完成品ではなく「種」となる技術になるかもしれない。月面で材料を取り出し、部材をつくり、補修しながら、拠点を少しずつ育てていく。着陸地点の周辺には、レゴリスを固めた着陸拠点や道路、放射線や微小隕石を防ぐ遮蔽壁があり、ロボットが人間に先立って整地や組立を進めている。居住モジュールの近くには小さな工房や月面工場があり、必要な部品や治具をその場でつくり、壊れたものを直している。そうして月面は単なる訪問先ではなく、人間の活動が積み重なっていく「場所」になっていくのだ。

上野宗孝

宇宙探査イノベーションハブ
技術領域主幹
上野宗孝 UENO Munetaka

大阪府出身。月周回や将来的には月面資源をも活用した製造、組立、生産サービスを提供することを目的とするアセンブリ&マニュファクチャリング領域を担当。世界各地の美味しいものをよくご存じでワイン好き、ドライブが趣味。

暮らす
ハビテーション

月面・火星特有の環境で、暮らしを豊かにする

さまざまな年代や職業の人が、月面で生活する。訓練された宇宙飛行士だけの場だった月面が、将来的にはより多くの人にひらかれていく。そんな未来を支えるのがハビテーション領域だ。研究の背景にあるのは、月面環境の3つの特徴である。微細な土壌「レゴリス」、人体に影響を及ぼす「宇宙放射線」、そして地球の約6分の1の重力。こうした複合的な環境のなかで、いかに安全で快適な暮らしを実現するかが問われている。

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現在進んでいる取り組みのひとつが、AIを活用した太陽放射線の事前予測――いわば「宇宙天気」の研究だ。太陽フレアによる危険な放射線を前もって予測できれば、退避したり活動予定を変えたりできる。そのために過去の膨大な衛星データから太陽活動と月面環境の関係を学習させ、放射線量まで予測するシステムを検討している。多くの人が月面に滞在し、活動する時代には、こうした宇宙天気サービスが欠かせないものになる。

「食料生産」も大きな柱のひとつだ。地球からの物資輸送が容易でない月面では、栄養価が高く新鮮な作物を育てる仕組みに加え、人手を介さず自動的・自律的に機能する「地産地消」の技術が求められる。さらに、酸素や二酸化炭素、水、肥料といったあらゆる資源をできる限り循環させる、クローズドな生命維持システムも欠かせない。この循環率をいかに高め、持続的に稼働させるかが、最も難しい課題のひとつである。

これまでの有人宇宙機が4人規模の訓練された宇宙飛行士を前提としてきたのに対し、これからは50人規模の生活が前提となる。求められるのは「ミッション遂行のための機能」から「長期滞在のための宇宙QOL(Quality of Life)」へと広がっていく。6分の1の重力で部屋の高さはどのくらいが適切なのか。宇宙用の洗濯機やトイレはどうあるべきか――まだ誰も答えを持たない問いが、そのまま研究開発の出発点につながる。探査ハブが目指すのは、高度な技術が極限環境を支えながら、それを意識させない自然な生活空間である。

永松愛子

宇宙探査イノベーションハブ
技術領域主幹(ハビテーション領域とりまとめ)
永松愛子 NAGAMATSU Aiko

福岡県出身。宇宙放射線・宇宙天気、遺伝子工学が専門分野。ISS日本モジュール「きぼう」の環境計測やISS搭乗宇宙飛行士のための被ばく線量計測、放射線検出器と解析システムの開発、植物・メダカ・マウスを用いたライフサイエンス宇宙実験技術開発を担当。トイプードルの「あずき」と出かけるのが楽しみ。

永松愛子

宇宙探査イノベーションハブ
主任研究開発員
大熊隼人 OKUMA Hayato

神奈川県横浜市出身。これまでISSの運用や装置開発に従事し、現在は主に地産地消領域、特に食料生産テーマに携わる。プライベートではダンスやスノボ等の身体を動かすことやお酒を飲むことが好き。

研究を共に推進する専門家

月面での未来は、研究開発だけで形になるわけではない。探査ハブには、構想を前に進めるための道筋を描き、予算や契約、知財の整理を担いながら、共創の現場を内側から支える人たちがいる。今回は、研究企画、資金管理、法務・知財を担う3人に話を聞いた。

研究企画
まだ見ぬ異分野との出会いをかたちにする

計画・企画ラインは、探査ハブ全体の計画を立て、新しい取り組みを始めるときの「走り出し」を担っています。JAXAの内外で、省庁や企業、大学とのあいだに立って調整を進めていく役割です。研究そのものは研究者の方々が進めるので、私はその動きが進めやすくなるように、会話に加わってお手伝いします。
いちばん面白いのは、異分野の企業との出会いです。思いがけない相手だからこそ、こちらの想像を超えたアイデアが生まれることがある。それがオープンイノベーションの醍醐味だと思っています。最初は、お互いを知るところから始まります。共通点を探りながら意見交換を重ね、ときには「こんなことができたら面白いですね」と少し先の未来を一緒に思い描く。会話が弾んで、「これはいいかもしれない」という瞬間にたどり着くことがある。まだ眠っている宝を掘りあてる感覚で、さまざまな企業の方と話しています。
日本は資源も人も限られるなか、それぞれの力を持ち寄る必要性が高まっています。かつては競合していた企業同士が手を組み、新しいものを生みだしていく。そうした流れの最前線に立てることに、やりがいを感じています。

朴澤佐智子

宇宙探査イノベーションハブ
研究開発マネージャ・企画ライン
朴澤佐智子 HOZAWA Sachiko

東京都出身。衛星利用・運用、民間出向、経営企画部を経て現職。宇宙探査イノベーションハブでは、企画、計画、研究管理、対外連携等を対応。これから宇宙分野に加わろうとする方々の窓口になるべく、試行錯誤を続けている。猫と宇宙とお茶が好き。

資金管理
研究を動かす、予算調達という潤滑剤

資金管理ラインの仕事は、大きく二つあります。ひとつは、必要な予算を確保すること。探査ハブに必要な予算を「概算要求」としてまとめ、文科省などに説明します。もうひとつは、確保した予算の管理です。どの研究にいくら配分するのかを整理し、決められた期間と内容に沿って、適切に執行されているかを見ていきます。研究の中身は技術系の方々に任せながら、私は「いくらまで使えるのか」「いつまでに執行する必要があるのか」といった、お金の側面から研究に伴走します。
予算には「年度」という区切りがあります。いただいたお金は、決まった期間内に適切に執行する必要があります。年度末が近づくと、予算執行に関して各研究者に何度も連絡を入れて、ときには直接会いに行く。そうやって地道に進めていくのも、この仕事の大切な一部です。
探査ハブの面白さは、規模がコンパクトなぶん、ゴールまでの距離が近いところにあります。宇宙に関わる大きなプロジェクトでは、立ち上げから完了までを一貫して見届けることは簡単ではありません。でも探査ハブでは、自分が予算面から関わった研究に、最後まで伴走できることがあります。必要な予算が通ったとき、研究の成果が形になったとき。その瞬間に、この仕事のやりがいを感じます。

山田大輝

宇宙探査イノベーションハブ
資金管理担当
山田大輝 YAMADA Haruki

兵庫県出身、宇宙探査イノベーションハブでは、予算管理・企画・RFI/RFP関連業務を実施。研究者が研究に集中できるサポートを実施しています。料理とお酒とゲームが好き。

法務知財
研究を守り、前に進めるための契約と知財

法務知財ラインでは、共同研究を始めるための契約の調整と、研究から生まれた成果を知財として権利化し、活用につなげるサポートを行っています。JAXAは国の機関でもあるため、契約や知財のルールはどうしても複雑になります。だからこそ、できる限りかみ砕いて説明し、企業が参加しやすい環境を整える。同時に、守るべき権利は守る。その両立にはいつも頭を悩ませつつも、オープンイノベーションを推進する部署として重要な視点と認識しています。
これまでの業務で特に印象に残っているのは、変形型月面探査ロボット「SORA-Q」の月面での撮影画像に係る覚書の制定です。月で撮影された画像が、どの機関が、どのように使えるか。当時はその取り決めが明確ではなく、共同研究機関やJAXA内の専門部署との調整に時間がかかりました。いま、その画像がさまざまな場所で活用されているのを見ると、地道に整えた甲斐があったと感じます。
宇宙を目指す研究開発の現場は、何が起きるかわかりません。だからこそ、契約の段階であらかじめ認識をすり合わせ、状況の変化に合わせて取り決めを重ねていく。守られているという土台があってはじめて、研究は安心して前へ進めます。契約がまとまり、「これで研究を始められます」と感謝された瞬間が、毎日の励みになりますね。

朴澤佐智子

宇宙探査イノベーションハブ
法務・知財担当
佐藤芙美 SATO Fumi

神奈川県出身。2023年10月に宇宙探査イノベーションハブに着任し、法務・知財管理、研究提案募集(RFP)事務局等を中心に、共同研究のサポートに従事。探査ハブの月面・火星を目指す多種多様な研究、企業・大学との出会いに日々面白さを感じている。

イラスト:白根ゆたんぽ 文:熊谷麻那

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