Space, made together

JAXA相模原キャンパス内にある、月や惑星の表面地形を模した屋内実験場「宇宙探査フィールド」にて。中山英之さん(左)とJAXA森ハブ長(右)。
JAXA相模原キャンパス内にある、月や惑星の表面地形を模した屋内実験場「宇宙探査フィールド」にて。中山英之さん(左)とJAXA森ハブ長(右)。

Space, made together ともに宇宙をやりませんか

中山英之建築家

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森 治JAXA宇宙探査イノベーションハブ ハブ長
宇宙科学研究所教授

太陽系フロンティアの開拓を通じて、宇宙探査はいま、天体への到達と帰還を目的とする段階から、とりわけ月や火星においては、人が滞在し、活動の基盤を築く未来を見据える段階へと移りつつある。宇宙で人が活動していくためには、どのような創造力が必要なのか。異分野の人材や技術を結び、産学官の共同研究を通じて、宇宙探査のあり方そのものを変えるゲームチェンジを目指すJAXA宇宙探査イノベーションハブ。そのハブ長である森 治と、建築家の中山英之さんが、探査シナリオと建築的思考を交差させながら、宇宙と地上をつなぐ新たなものの見方を探る。

太陽系開拓時代へ

15世紀の大航海時代に、人々が船で遠くの大陸や航路を見いだしていったように、これまでの宇宙開発もまた、「太陽系大航海時代」と呼べる時間を歩んできました。探査機によってさまざまな天体へたどり着く。日本でいえば、「はやぶさ」や「はやぶさ2」が小惑星へ行き、サンプルを持ち帰ったことも、その象徴的な成果です。私自身がエンジニアとして最初に関わったのも、「はやぶさ」でした。そしていま、宇宙探査は次の段階に入りつつあります。月や火星に「行って帰ってくる」だけではなく、人がその場所に滞在し、活動の基盤をつくっていく。いわば「太陽系開拓時代」です。同時に、宇宙開発の担い手も大きく広がっています。国家によるプロジェクトが進む一方で民間企業がロケット・探査機を開発・打上げるなど、商業化・多極化の時代へと移りつつあります。アルテミス計画()によって、人が再び月面で活動すること、そしてそこで必要となるインフラをどう整えていくかも、現実的な課題として見えてきました。そうした流れのなかで、JAXAが2015年に立ち上げた宇宙探査イノベーションハブ(通称・探査ハブ)では、月や火星、さらにその先の探査を見据えながら、民間企業や大学、研究機関とともに将来必要となる技術を育てる研究に取り組んでいます。

米国主導の国際協力のもと、JAXAを含む各国・機関が参画し、人類を再び月へ送り、月面での持続的な探査活動を進めながら、将来の火星探査を目指す計画。

探査ハブが重点的に取り組む4つの研究領域は、「次世代エネルギー(月面を照らす電力網の構築)」、「次世代モビリティ(AI+ロボティクスで月面を走破)」、「アセンブリ&マニュファクチャリング(宇宙で作り、宇宙で直す)」、「ハビテーション(月面での衣食住を支える技術群)」。画像は、これらの領域を示した将来の月面探査活動の全体像。

探査ハブが重点的に取り組む4つの研究領域は、「次世代エネルギー(月面を照らす電力網の構築)」、「次世代モビリティ(AI+ロボティクスで月面を走破)」、「アセンブリ&マニュファクチャリング(宇宙で作り、宇宙で直す)」、「ハビテーション(月面での衣食住を支える技術群)」。画像は、これらの領域を示した将来の月面探査活動の全体像。

中山

建築家は、きっとみんな宇宙が大好きだと思います。建築の形は、重力や空気のような地球上ではあたりまえの存在に、とても強く規定されています。設計はそうした環境との釣り合いを探求しながら悩み苦しむ仕事だから、たとえばその重力が6分の1の環境があるなんて、考えただけで空想が止まらなくなります。どれだけスレンダーな構造体になるのかと。

将来、月や火星に人がある程度の時間を過ごすようになる場所として考えたとき、必要になるものは一気に広がります。中山さんの専門領域である住まいをはじめ、食料や医療はもちろん、それらを支えるエネルギーや通信、移動のためのインフラが必要です。人の心を支えるエンターテインメントも必要でしょう。ですから、探査ハブが共創する多くの組織は、宇宙を専門としていない組織になります。住まいも食料も医療も移動手段も、地上で産業として育まれてきた技術ですから。ロケットや人工衛星のように宇宙固有の技術として一から発展させていくよりも、地上にある技術や知見を生かすほうが、はるかに効率がいい。こうして異分野が培ってきた技術や知見を宇宙探査につなげ、宇宙で役立つ技術を生み出す。同時に、それを地上での事業や新しい価値にもつなげていく。そうした循環をつくっていくことが、探査ハブの目指しているところです。

「宇宙探査フィールド」では、実物大の探査機モデルや複数台のローバ/ロボットを持ち込み、天体着陸を想定した落下実験などを行うことができる。

「宇宙探査フィールド」では、実物大の探査機モデルや複数台のローバ/ロボットを持ち込み、天体着陸を想定した落下実験などを行うことができる。

中山

探査ハブの取り組みを伺っていて感じたのは、国家規模の大きなプロジェクトであっても、その最初の火種となる、ひとりの人間の想像や発想が見える感じがすることです。過去の宇宙開発では、自国の旗を先に立てるような、国家間競争の側面が大きな意味を持っていた時代もありましたよね。一方で現代は、「どの国が」というよりは、「誰が」どんな夢を描き、そこにどんな人たちが共感したのかが、より見えてくる。私企業がロケットを打上げる時代でもあるし、「SORA-Q」()のようなプロジェクトをとっても、そう感じます。

探査ハブ、タカラトミー、ソニーグループ、同志社大学の共同開発によって生まれた、超小型の変形型月面ロボット。2024年に日本で初めて月面軟着陸に成功した。

「SORA-Q」動作検証モデル。 ©JAXA/タカラトミー/ソニーグループ(株)/同志社大学

「SORA-Q」動作検証モデル。 ©JAXA/タカラトミー/ソニーグループ(株)/同志社大学

確かにそうかもしれません。これまでのJAXAでは、必要な性能や条件を仕様として定め、企業に「これをつくってください」と依頼する、いわば発注型の進め方が中心でした。一方で探査ハブでは、企業や大学を受託者としてではなく、ともに研究を進めるパートナーとして迎えています。その一例が「SORA-Q」です。玩具づくりの現場にあった技術や遊び心が、宇宙探査というまったく別のフィールドで世界最小・最軽量の月面探査ロボットを実現して世界にインパクトを与えただけでなく、一般向けの玩具としても商品化されました。地上のさまざまな現場で育まれてきた知恵や感性、あるいは「こんなことができたら面白い」という素朴な発想が、宇宙では新しい可能性を持ちうることが、より前景化していく時代になっていくと思います。

「SORA-Q」が撮影・送信した実際の月面画像。©JAXA/タカラトミー/ソニーグループ(株)/同志社大学

「SORA-Q」が撮影・送信した実際の月面画像。 ©JAXA/タカラトミー/ソニーグループ(株)/同志社大学

中山

今のお話を聞いて、ちょっと思い出したことがあります。私は塩野七生さんのローマ史にまつわる著作が好きなのですが、そのなかに、古代ローマにおける「いい男の条件」というエッセイがありまして。それが借金が多いことなんです。どういうことかというと、道路や水道のような大プロジェクトは、みな個人事業だったのだと。「この都市と都市を道でつないだら」といった国の未来に関わる大胆な構想を持った個人が、そのビジョンを魅力たっぷりに語る。「それは素晴らしい、私が金を貸そう」「私も貸そう」とパトロンたちを集めることができたなら、その男は一躍名を上げて、借金額は人望の証というわけです。

古代ローマというと、イメージでは中央集権的な巨大国家のイメージが強かったんですが、そうではなかったと。

中山

僕もエッセイを読んで驚きました。同時に、そのシンプルさにちょっと惹かれてしまった。これからの宇宙探査もまた、一人の人間の気持ちや行動によって、大きなうねりが生まれていく。探査ハブのお話を伺いながら、そうした始まりの気配を感じました。

月はセンス・オブ・ワンダーの塊

中山

建築は空間を作る仕事なので、僕は人間がどのように環境を認知しているのかに、とても興味があります。以前偶然に見て忘れられないアポロ計画の記録映像があって、「ハウス・ロック」と呼ばれているエピソードなのですけど。月面に2人の宇宙飛行士が立っていて、遠くに大きな岩が見えています。これを探査しに行こうと歩き始めるのですが、なかなか辿り着かない。そのうち2人の後ろ姿がどんどん小さくなって、結局当初はもう少し近くにある背丈ほどの岩だと思っていたのが、遥か遠くにある家ほどもある岩だったことにびっくり、という。高度な訓練を受けた宇宙飛行士がなぜそんな錯覚に陥ってしまったのか考えてみると、もちろん地球と違って空気遠近が働かないのもあるけれど、一番の理由は月には家がないんですよね。つまり、距離と大きさのものさしになる人工物がない。彼らをしても、相対的な指標となる人工物のない環境ではスケールを認知することが難しくなってしまうんですね。交信している宇宙飛行士の驚きつつもどこか楽しそうな声も、とても印象に残っています。これこそセンス・オブ・ワンダーだな、と。

足元の砂は、月や火星の砂(レゴリス)を模して作られた実験用の特殊なもの。この砂を使い、平地や斜面といった月惑星の典型的な地形を再現している。

足元の砂は、月や火星の砂(レゴリス)を模して作られた実験用の特殊なもの。この砂を使い、平地や斜面といった月惑星の典型的な地形を再現している。

たしかに、月にはまだ、ものさしになるような人工物がありません。

中山

逆に僕は、人工物のない地球を想像してしまったんです。そうしたら毎日が冒険みたいで楽しいだろうなって。同時に建築という自分の仕事が、そんな場所にどんどん大きさのものさしを置いていってしまう行為に思えてきて、少し怖くもなりました。月には大気がないから、一度つけられた足跡もずっと消えない。

なるほど。そういう視点で月探査を考えたことは、これまでなかったです。

石の島の石『瀬戸内国際芸術祭2016』 。作品として作られたこの公衆トイレは、コンクリートに混ぜられる砂利に、この島の地盤を形成している花崗岩を用いている。写真:中山英之建築設計事務所

石の島の石『瀬戸内国際芸術祭2016』 。作品として作られたこの公衆トイレは、コンクリートに混ぜられる砂利に、この島の地盤を形成している花崗岩を用いている。写真:中山英之建築設計事務所

中山

探査ハブのお話を伺って、とてもワクワクするのと同時に、自分の感覚が通用しない世界をどこか楽しそうに感受する、あの宇宙飛行士の弾む声が聞こえなくなる未来を想像するとちょっと寂しい。だとしたら、センス・オブ・ワンダーのワクワクがむしろ大きく膨らむような月の上の建築ってどんな姿をしているのだろうかと、想像してみたくもなります。

何かをつくることで、その場所が持っていた固有の魅力が変わってしまう可能性。それは地上でも、まだ手つかずの自然の中に最初の建築物を建てることと重なるところがありますよね。だからこそ難しいのは、「最初の一手をどこに置くのか」。中山さんだったら、最初にどんなものさしを置きたいですか?

中山

まあ、まずはしばし呆然としますよね(笑)。ただ、やはり考えることは実は地上と変わらず、その場所や環境の本質を見いだして、それをどうすれば固有の体験に結びつけられるか、ということに尽きるのかなとも思います。初めに少し話しましたが、建築の純粋な喜びってとても単純で、「釣り合って、そこにある」ということなんです。強さと重さを持った材料が巧みに組み合わされて、それが重力や風雪やいろいろな力と抜き差しならない状態で均衡し、そこに存在している。ただそれだけのことが、だからこそ胸を打つのだと思うんです。美しい屋根が自然とその地域の雨や風の様子を想像させるように、重力も大気も風も、地盤の条件もまったく違う月や火星と「釣り合っている」建築は、だからきっとそれだけで美しい。もちろん地球上の「釣り合い」には、そこにある政治や制度、歴史や文化との均衡も含まれるから、宇宙のそれも例外とは言えないでしょうけれども。

『モネー光のなかに』展の会場構成を手がけた中山さん。2021~22年にポーラ美術館箱根で開催された展覧会で、カンバスを屋外に持ち出して絵を描いたモネの見た光を室内に再現するための空間が作り出されている。写真:Gottingham

『モネー光のなかに』展の会場構成を手がけた中山さん。2021~22年にポーラ美術館箱根で開催された展覧会で、カンバスを屋外に持ち出して絵を描いたモネの見た光を室内に再現するための空間が作り出されている。写真:Gottingham

未来の輪郭を、シナリオで描く

中山

月には雨は降らないけれど、放射線が絶えず降り注いでいますよね。天上の景色はきっと素晴らしいけれど、ガラスのドームというわけにもいかない、レゴリス(月の砂)で覆った半地下の居住空間のようなものが、現実的な選択肢になっていきますか。

そうですね。居住空間を地中に埋めるという考え方は、月面拠点を考えるうえでもよく出てきます。探査ハブでは、重点的に取り組んでいる領域として、「次世代エネルギー」「次世代モビリティ」「アセンブリ&マニュファクチャリング」「ハビテーション」の4つを掲げています。なかでも「アセンブリ&マニュファクチャリング」は、建築やものづくりに深く関わる分野です。月や火星ならではの環境条件から、どのような構造が生まれ、どんな美しさが立ち上がるのか。中山さんのお話は、まさにこの領域につながるものだと思います。ぜひ、よろしければMMI()のRFI(情報提供要請)/RFP(研究提案募集)にエントリーしていただけたらと。

探査ハブが推進する、持続可能な月・火星探査の実現と民間事業化を目的とした共同研究制度Moon to Mars Innovation(MMI)。

中山

いよいよ呆然とはしていられなくなりますね(笑)。気候変動と人新世の議論など、人類を宇宙に向かわせる動機は持続可能性の問題と切り離せないですが、月でもたとえば、レゴリスそのものを建築材料として3Dプリンターで建築をつくるという仮説もありますよね。そういったエンジニアリングとしての興味も尽きませんし、一方それらがどんな景観を目指し、未来の文化や歴史となっていくのか。月面においても、持続可能性の議論は多岐にわたりますね。

まさに、持続可能性の視点も含めて、そのシナリオを具体的に描くこと。それが探査ハブの重要な役割だと考えています。探査ハブは発足以来、「一緒に宇宙をやりませんか」と民間企業や大学のみなさんのもとへ足を運び、RFI(情報提供要請)を通じて広く知見をいただいてきました。どのような共同研究なら面白いのか。どんな技術が、将来の宇宙探査に生かせるのか。そうした対話を重ねながら、RFP(研究提案募集)を行い、研究成果を創出してきたのです。ただ、この進め方だと宇宙探査の現場で汎用的に使われたり、宇宙事業へと発展していく可能性はそれほど高くありません。そこで、まずは探査ハブが中心となって全体のシナリオを描き、将来の月・火星探査の具体的なイメージを示していく。そのうえで、その未来像に合う共同研究を企業や大学のみなさんと進めていく、という研究スタイルを確立しました。

中山

研究ということで言えば、少し前に月着陸船の研究開発を追った本を読んだのですが、それがとてもおもしろくて。今日建築の釣り合いについて少しお話ししましたが、その本からの影響も大きいです。ロケットの負担を抑えるために着陸船は重量を極限まで抑える必要があるわけですが、地球の6分の1の重力に耐えればそれでよい強度まで切り詰めると、地上ではテストもできないほど華奢なのですね。足など細すぎてクレーンで吊っていないと折れてしまうほどだったとか。大気がないから風圧も受けないので、外壁もアルミ箔のよう薄い材料を薬品を使って加工したとか。地球上では自立もままならないような存在に飛行士の命を託すエンジニアの不安と葛藤に熱くなりました。

中山さんが見学した「宇宙探査フィールド」を含む宇宙探査実験棟にて。
宇宙探査に関わる技術研究開発と、オープンイノベーションを進めるための拠点となっている。

実際に月や火星で何かをしようとすると、地球という環境がいかに恵まれているかを、あらためて感じます。私たちは普段、それをあたりまえの前提として暮らしていますが、月面では、そのひとつひとつが大きな技術的課題になります。月や火星は、決して扱いやすい場所ではありません。けれど、その厳しさに向き合うことで、逆に地球の環境や、私たちの暮らしが何によって成り立っているのかが見えてくる。そこで培われる技術や考え方は、地球上のまちづくりや住環境、エネルギー、移動、資源利用にもつながっていくはずです。探査ハブでは、こうした宇宙探査・宇宙事業と地上事業の相互作用を「Space Dual Utilization」と呼んでいます。宇宙へ活動領域を広げながら、同時に地球を見つめ直し、地上の新しい価値にもつなげていく。その両方に寄与していくことが、探査ハブの大きな目標です。

探査ハブ10周年を迎えて制作された記念誌。これまでの取り組みや成果、現在推進する「Moon to Mars Innovation(MMI)」研究制度、そして今後の展望などがまとめられている。PDFにて一般公開中。

探査ハブ10周年を迎えて制作された記念誌。これまでの取り組みや成果、現在推進する「Moon to Mars Innovation(MMI)」研究制度、そして今後の展望などがまとめられている。PDFにて一般公開中。

縮尺の魔法と二重の想像力

『中山英之|1/1000000000』刊行:LIXIL出版
『中山英之|1/1000000000』刊行:LIXIL出版

中山

以前(『中山英之|1/1000000000』)という変なタイトルの本を出版したことがあるのですが、この数字は建築の図面に必ず書かれている縮尺なんです。本を伏せて見返しを含めて広げると、対角線が40センチくらいの紙になるのですが、その両端に12ミリくらいと4ミリくらいの円が描かれているんです。これは何かというと、月と地球の配置図なんですね。ただ「10億分の1」と書き添えるだけで、描かれた丸は天体になって、ただの紙が突然、宇宙空間になる。白い紙に無限の奥行きを見るような、そんな想像力を使いながら、私たちの周りにある世界の不思議を旅してみよう、というつくりの本です。

なるほど。事前に本の情報は拝見していたのですが、タイトルの「1/1000000000」が何を意味しているのか、つかみきれていなかったんです。でも今のお話を聞いて、納得しました。

中山

縮尺というのは建築にとってすごく身近なものですが、同時に不思議な魔法のようなものだとも思うんです。家みたいな大きなものからもっと大きな太陽系や、さらに大きな宇宙までを、手の中や紙の上に立ち上げてしまう。建築はいずれ触れられる存在になりますが、大学(東京藝術大学 建築科建築専攻)で学生たちと取り組む演習の中の建築は、遠い宇宙の出来事と同じで、実際に触れたりできません。それを、描いたり模型にして想像の中に立ち上げる縮尺って、実はすごいことなんですよね。現実に見えている世界に縮尺の世界の想像力が重なると、私たちの経験は2重に広がります。今日「大きさのものさし」なんて話しましたが、立ち上がった建築そのものもまた、私たちの感覚を変容させる。縮尺をひとつの手がかりに、「大きさ」という一見あたりまえに思える概念を、建築家や学生だけでなく、建築を専門にしていない人にも伝わるような言葉でもう一度考えてみた本でもあります。

宇宙では、太陽光が探査機や観測機器に与える影響をどう捉えるかが重要になる。「宇宙探査フィールド」では、人工太陽照明灯を用いて、月面極域に特有の低い角度から差し込む太陽光や、過酷な明暗のコントラストなど、さまざまな照明環境を再現できる。

私は工学部出身なので、建築というと、工学部のなかにある建築学科のイメージが強く、機械や構造の延長にある分野として捉えていました。でも、中山さんとお話しして、建築と芸術的アプローチはとても近い距離にあるんだなと。考えてみれば、建築とは人がそこに滞在し、生活もするわけですから、そこで何を感じ、どう振る舞うのか。その感覚の基礎を掘り下げていくことはとても大切ですよね。宇宙に置き換えると、閉鎖空間で長く生活するうえでの心の問題もあります。そう考えると、建築は工学的な要素と芸術的な要素が、ごく自然に重なり合っている分野なのだと思いました。同時に、芸術とは独立した領域としてあるだけではなく、さまざまな領域のなかに入り込み、その見方や考え方を少しずつ変えていくものだと気がつきました。

中山

おっしゃる通り、芸術はあらゆる領域とつながっているものだと思います。逆に、私が森さんとお話ししていて印象的だったのは、宇宙探査においては、遠い未来を描くことと同じくらい、最初に具体的な形を示すことが大切なのだということ。それは小さなスケッチやラフな模型から始まる建築にとても似ています。形が示されることで、はじめて議論が始まる。心配事や課題も、その形があるからこそ見えてくる。宇宙探査というと、つい遠い未来の哲学的なビジョンのようなものを想像してしまうところですが、今日のお話を伺っていると、実際にはもっと手前の、最初の一手にようやく指がかかるかどうか、という段階からとても具体的に議論が始まっているのだと実感しました。

光と熱のスペクトル

中山

森さんは、どんなきっかけで宇宙に関わるようになったのですか?

私は高校時代から、ずっと宇宙をやりたいと思っていました。きっかけは、ボイジャーです。高校1年生の頃だったと思いますが、木星、土星、天王星、海王星をフライバイした後に関係者がパーティを行っている映像をテレビで見たんですね。そのときに印象的だったのは、ミッションに関わっている人たちがみんな誇らしげで、ボイジャーについて「自分の子どものようだ」とか、「遠くへ行ってしまうのが寂しい」と話していた。たとえ自分が関わったのがごく一部だったとしても、全員が「自分はこの探査機に関わったんだ」という誇りを持っているように見えたんです。それがものすごく強烈でした。当時の日本では、外惑星へ向かうような大型探査はまだ現実的ではありませんでした。それでも、あれだけ多くの人が関わっているなら、自分もひとりくらい入れてもらえるんじゃないかと思ったんです(笑)。その後、大学で宇宙工学を学び、東工大、現在の東京科学大学で教員をしたあと、JAXA宇宙科学研究所に入りました。「はやぶさ」のプロジェクトで初めて管制室に入ったときは、本当に夢が叶ったと思いましたね。

中山さん(左)が見学した「宇宙探査フィールド」を含む宇宙探査実験棟にて。宇宙探査に関わる技術研究開発と、オープンイノベーションを進めるための拠点となっている。

中山

小さい頃からの純粋な憧れが、仕事になることで失われてしまうのではなく、むしろ本当にやりたいこととして、どんどん広がっていったんですね。

そうですね。幸いなことに。中山さんもまさにそうではないですか?

中山

私の場合は、人の役に立つことのもっとずっと手前で、自分の頭の中にあるものをなんとか外に出そうとじたばたしているというのが正直なところですけれど(笑)。

でも、先ほどお話しされていた、地球と月の関係を紙の上に描くということも、まさにそうだと思います。中山さんは、ご自身の頭の中にある感覚や構想を、きちんと形として示している。だからこそ、そこに誰かが反応し、また別の想像力が動き出す。それは、私たちが取り組んでいる宇宙探査にもつながるところがあると思いました。

中山

恐れ多いです。僕にとって宇宙はまだまだ遠いですが、いつも新しい想像力を与えてくれる存在です。たとえば建築は、光と熱の仕事でもありますよね。室内にいい光を取り込みたい一方で、熱が入りすぎると生活しづらくなる。軒や庇が連なる街並みは、そのせめぎ合いが長い時間をかけて生み出してきた風景です。一方で空を見上げると、光と熱は太陽光のスペクトルの一部であることに気づく。太陽光というひとつの名前で呼んでいるもののなかに、熱も、明るさも、目に見えないさまざまな情報が含まれている。紫外線から遠赤外線まで、それらを分解して理解することで、新しい技術や材料が生まれ、建築の形も変わります。さらに宇宙から届くそんな情報の中に、宇宙背景放射のような、世界の始まりに関わる情報もあることを新しく知ると、ここにある屋根は、宇宙の起源に関わるような情報を知らずにずっと浴び続けていたのかと、また建築を考えることの意味も少し変わってくる気がします。宇宙開発や宇宙物理学の知見に触れると、自分のなかの想像力が広がっていく。そして、その想像力によって、地球上につくるものもどこかで変わっていくかもしれない。僕にとって宇宙とは、そういう存在なのだと思います。

建築は光と熱の仕事でもある、という視点は新鮮です。中山さんは、日々そうやって重力のバランスだけでなく、光や熱、風、湿度といった目に見えない条件の釣り合いも見ている。しかもそれは、一時的なものではなく、長い時間にわたってその場所にあり続けるための釣り合いでもあるし、その視点は宇宙への想像力とも響き合っている。お話を伺いながら、私自身もいろいろな想像をかき立てられましたし、ものの見方が広がった気がします。探査ハブの取り組みを考えるうえでも、今日いただいた視点を大切にしていきたいと思います。

Profile

JAXA宇宙探査イノベーションハブ ハブ長
宇宙科学研究所教授

森 治 MORI Osamu

愛知県名古屋市出身。1999年から東工大にてCanSat/CubeSatに従事。2002年にJAXAに異動し、はやぶさシリーズによる小惑星サンプルリターン、ソーラー電力セイルによる深宇宙探査を実現。2022年から月面科学プログラムの検討を進め、2024年には探査ハブ長となり「持続可能な太陽系開拓時代を創ろう!」をスローガンとして活動中。

建築家

中山英之 NAKAYAMA Hideyuki

1972年福岡県生まれ。伊東豊雄建築設計事務所勤務を経て、2007年に中山英之建築設計事務所を設立。現在、東京藝術大学美術学部建築科教授。主な作品に「2004」(2006年)、「O邸」(2009年)、「石の島の石」(2016年)、「弦と弧」(2017年)、「mitosaya薬草園蒸留所」(2018年)、Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下ロビー(2023年)など。主な受賞にSD Review 2004 鹿島賞(2004年)、第23回吉岡賞(2007年)、グッドデザイン賞 金賞(2019年)、JIA新人賞2019(2019年)など。主な著書に『中山英之/スケッチング』(新宿書房、2010年)、『中山英之|1/1000000000』(LIXIL出版、2018年)、『建築のそれからにまつわる5本の映画 , and then: 5 films of 5 architectures』(TOTO出版、2019年)など。

撮影:上澤友香 取材・文:水島七恵

最後までお読みいただきありがとうございました。
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