ISSへの物資補給だけでなく、技術実証も実施
HTV-X1、次なるミッションフェーズへ
ISSへの物資補給だけでなく、技術実証も実施
HTV-X1、次なるミッションフェーズへ
2025年10月にISSへの物資補給を成功させた
新型宇宙ステーション補給機1号(HTV-X1)は、
補給機としての役割を果たしたあとも宇宙にとどまり、
3つの技術実証ミッションを行う計画だ。
末廣知也、中村信一、庵 智幸、上土井大助、奥村哲平の5人が
それぞれの担当するミッションの内容を語る。
HTV-X1の技術実証ミッションとは
HTV-X1は、2025年10月30日、無事にISSへの物資補給を成功させた。しかし実はHTV-X1は、物資補給以外にも大切な役割を持っているのだ。これについて有人宇宙技術部門の末廣知也に聞いた。
「HTV-Xは、宇宙への“物資補給”と実はもうひとつ“軌道上での技術実証プラットフォーム”としての役割を持つ、『二刀流の宇宙機』をめざして開発されました。そもそもISSへ接近し結合するHTV-Xは、宇宙機として非常に高い性能を持っています。その価値を最大限に拡大するべく、物資補給のあとも宇宙に残り、これからのさまざまな宇宙利用や宇宙探査につながる先端技術の実証を行うプラットフォームとして活用することを目的としています」
今回、HTV-X1は物資補給を終えて3月7日にISSを離脱した後も、約3カ月は宇宙に留まる。そして、その期間で3つの技術実証ミッションを実施する。それが、『超小型衛星放出(H-SSOD)』、『軌道上姿勢運動推定実験 (Mt.FUJI)』、『展開型軽量平面アンテナ軌道上実証 (DELIGHT)』および『次世代宇宙用太陽電池軌道上実証 (SDX)』だ。
「私が担当しているのは、各ミッションの機器をHTV-X1に搭載して運用を行うまでの取りまとめ、ミッション全体の管理です。今回、HTV-X1では3つの技術実証を行いますが、HTV-Xは2号機以降もこうした技術実証を行っていく計画となっています」
HTV-Xが、技術実証プラットフォームとして今後も活用されていくのには、理由がある。例えばHTV-X1を使わずに、今回予定している3つの技術実証を行うとすると、それぞれの実証のための新たな宇宙機の開発やロケット(宇宙への輸送手段)が必要であり、大きなコストがかかる。しかし高性能な実証プラットフォームになることができるHTV-Xであれば、これらのミッション機器をまとめて搭載するだけで宇宙での実証が可能になるのだ。
「HTV-Xの技術実証プラットフォームは、コスト面でミッションの実施のハードルを大きく下げることができます。だからこそ、今後も多くの実証を実施し、将来の宇宙探査や宇宙技術の発展に貢献したい考えです」
衛星の活用を後押しする、超小型衛星放出(H-SSOD)ミッション
「超小型衛星放出(H-SSOD)」ミッションは、その名のとおり、小さな衛星をHTV-X1から放出するミッションだ。この衛星を放出する機構の開発も担った末廣に、この技術実証の意義について聞いた。
「宇宙開発において超小型衛星はとても活発な分野です。10t以上あるHTV-Xのような大型の宇宙機と比べて、早く、安く作れるので、大学やベンチャー企業、宇宙開発の経験が浅い新興国などにも取り組みやすく、教育やビジネスなどさまざまな用途で活用されています。こうしたニーズの高まりに、私たちはHTV-Xで応えていきたいと考えています」
これまで、ISSからの小型衛星放出は実施してきた。しかし、自在に高度や姿勢を変えられるHTV-Xであれば、ISSよりも高い高度から衛星を放出することができる。これは、超小型衛星の運用期間の延長などを可能にし、超小型衛星放出の新たな需要を引き出すことにつながる。
「HTV-X1では、約30×20×10cmの超小型衛星を放出できるシステム(H-SSOD)を搭載し、Space BD株式会社の協力のもと、日本大学が開発した超小型衛星『てんこう2』を放出します。衛星の運用は日本大学の皆さんが行うのですが、地球低軌道でさまざまな環境観測や、次世代通信機の宇宙実証などが行われる予定です。そのミッションがしっかりと実施できるよう、衛星の高度や放出タイミングなど、ユーザの要望に合わせたOnly Oneの衛星放出に向けての準備を進めています」
上)HTV-X1から超小型衛星「てんこう2」が放出されるイメージ画像
下左)「てんこう2」フライトモデル 下右)筑波宇宙センターで衛星搭載ケースへの収納作業を行った日本大学の学生たち
上)HTV-X1から超小型衛星「てんこう2」が放出されるイメージ画像
中)「てんこう2」フライトモデル 下)筑波宇宙センターで衛星搭載ケースへの収納作業を行った日本大学の学生たち
「てんこう2」はISSの高度よりも100kmほど高い、約500kmの高度で放出する計画だ。ISSの高度から放出された衛星は1年足らずで大気圏に突入してしまうことも多い。しかしISSよりも高い高度からの放出させる「てんこう2」は、数年間は軌道上に滞在できる可能性がある。これにより多くのミッションを実施することができる見込みだ。
「てんこう2」の開発に携わった日本大学奥山研究室の学生たちはミッションへの想いをこう語る。
「宇宙開発は数を競うのではなく、失敗や挫折から学び、成功を積み重ねる営みです。はやぶさの奇跡の帰還、Falcon 1の4号機成功などの姿勢を受け継ぎ、私たちも小型衛星で確かな成果を未来に残したいと思います。JAXAの皆様、関係者の皆様、私たちを導いてくださり感謝しています」
写真上)「仲間と協働し、本物の宇宙開発に挑戦中。困難の連続の先にある、ロケットの打上げや軌道投入の成功、宇宙からの最初の信号が届く瞬間。宇宙への新しい知見が生まれる学生時代のそんな体験を大切にしています」(日本大学 奥山研究室の皆さん)
写真右)3月11日にHTV-Xから放出された「てんこう2」(赤枠箇所)
写真下)3月11日にHTV-Xから放出された「てんこう2」(赤枠箇所)
「HTV-Xは月周回軌道上に構築予定の有人拠点ゲートウェイへの物資補給も見据えています。今回の衛星放出を通じて、将来、月軌道への衛星放出など、今までにない超小型衛星のミッションが生まれていくことを期待しています」
※「てんこう2」は3月11日にHTV-Xから放出されました。
軌道上姿勢運動推定実験 Mt.FUJIとは
2番目に実施予定の「軌道上姿勢運動推定実験 Mt.FUJI」ミッションでは、JAXAが開発した「衛星レーザ測距(SLR)用小型リフレクター(Mt.FUJI)」を活用し、HTV-Xの姿勢の推定、精度評価を行う。これを担当する追跡ネットワーク技術センターの中村信一と庵 智幸がその内容を語る。
「SLRは、地上局から宇宙機にレーザパルスを照射し、宇宙機に取り付けられた反射器から戻ってくる信号の往復時間を測定することで、SLR局と宇宙機との距離をcm精度で求めることができる技術です。今回、HTV-X1には反射器『Mt.FUJI』を3基搭載しており、これを活用することで、SLRによってHTV-X1がどのように姿勢を変化させながら、どの軌道を飛行したのかを精密に計測したいと考えています」(中村)
上)Mt.FUJI が搭載されたHTV-X1イメージ画像
下左)HTV-X1号機与圧モジュールに搭載されたMt.FUJI(クレジット:JAXA/MHI) 下右)Mt.FUJIは与圧モジュールに等間隔に3機搭載された
上)Mt.FUJI が搭載されたHTV-X1イメージ画像
中)HTV-X1号機与圧モジュールに搭載されたMt.FUJI(クレジット:JAXA/MHI) 下)Mt.FUJIは与圧モジュールに等間隔に3機搭載された
「さらに今回、その自在な飛行能力を活かして、HTV-X1には宇宙で数回にわたって、振り子のように姿勢を大きく変える運動をしてもらう予定です。これをSLR局で観測することで、振り子運動が見えてくると予想しています。SLRデータを解析することで、HTV-X1の振り子運動の速さを推定することも可能になります。そしてその推定結果を、HTV-X1が地上に降ろす姿勢データと照らし合わし、“答え合わせ”をすることができます。
これまで衛星の姿勢運動を推定する研究はありましたが、その精度まで踏み込んだ研究はほとんどありません。世界初のSLRによる定量的な姿勢運動推定評価となるこの取り組みは、SLR 技術の新たな応用例として、きっと社会に役立つ成果につながると考えています」(庵)
今回の実験には、SLRつくば局に加え、国内外のSLR局が協力する予定だ。各SLR局はHTV-X1に向けてレーザを照射してデータを取得し、そのデータは国内外のSLR局、研究者に共有され、今後、さまざまな研究に活用される見込みだ。
「HTV-X1は振り子運動を行う際に燃料を消費するため、SLR局が密に配置された地域の上空で姿勢運動を実施する予定です。この姿勢運動を観測できるのは数局に限られますが、取得し共有するHTV-X1のSLRデータは、今後のSLR解析技術の向上に大きく貢献すると考えています。また、SLR技術が進展し、宇宙を飛行する物体の自転や姿勢運動を高精度に把握できるようになれば、現在、世界各国が取り組んでいる宇宙デブリ除去研究にも貢献できると考えています」(中村)
JAXAでは、今回のHTV-X1実験で取得したデータを約半年かけて分析し、その精度を検証する予定だ。この結果をもって「『Mt.FUJI』の有効性を示し、今後打ち上げられる宇宙機への搭載がさらに進むことを期待している」とふたりは語った。
展開型軽量平面アンテナ軌道上実証 DELIGHT、
次世代宇宙用太陽電池軌道上実証 SDXとは
3つ目の実証は、宇宙での大型構造物の構築を見据えた「展開型軽量平面アンテナ軌道上実証 DELIGHT」と、太陽電池の宇宙実証「次世代宇宙用太陽電池軌道上実証SDX」だ。その担当である研究開発部門の上土井大助と奥村哲平に話を聞いた。
「近年、再生可能エネルギーのひとつとして、宇宙空間で太陽光発電を行う『宇宙太陽光発電システム(SSPS)』の開発が期待されています。宇宙に浮かぶ発電所とも言われるこのSSPSを作るためには、宇宙に数百m~数km級の大型な構造物を作らなければなりません。その第一歩となる、パネル展開・結合機構と軽量平面アンテナの技術を実証するのがこのDELIGHTです」(上土井)
地球からロケットに大型構造物をそのまま載せて宇宙に運ぶことは不可能だ。つまり、宇宙に大型構造物を作るには、小さく折りたたんだ状態で構造物を宇宙に運び、宇宙で大きく展開する方法が有効となる。そこで今回のDELIGHTは、展開型軽量パネルを宇宙に運び、軌道上で展開。さらにパネルに搭載した軽量平面アンテナで地上局からの電波を受信し、そのレベルを測定しようとしている。
「今回、HTV-X1には1×1mの展開型軽量パネルを2列分搭載しました。1列が4枚となっているので、展開した際には合計8枚のパネルが宇宙に広がることになります。展開においては、1列ずつ行い、2列がうまく広がってくれるか、最終的にそれぞれのパネルがきちんと結合してくれるかなどを確かめます」(上土井)
上)搭載された平面アンテナが展開されるイメージ画像
下左)DELIGHTシステムの構造(展開型軽量パネル(DLP: Deployable Light Panel)・軽量平面アンテナ(LPA: Light Planar
Antenna・次世代宇宙用太陽電池実証装置(SDX: Space solar cell Demonstration system on HTV-X)) 下右)DELIGHTミッションマーク
上)搭載された平面アンテナが展開されるイメージ画像
中)DELIGHTシステムの構造(展開型軽量パネル(DLP: Deployable Light Panel)・軽量平面アンテナ(LPA: Light Planar
Antenna・次世代宇宙用太陽電池実証装置(SDX: Space solar cell Demonstration system on HTV-X)) 下)DELIGHTミッションマーク
パネルの一部に取り付けられた軽量平面アンテナは、厚さ1.3mmと非常に薄い。これをピンと帆を張るようにパネル内で展張させ、電波が受信できる状態にしなくてはならない。
「数百m~数kmの大型宇宙構造物を宇宙に構築するには、まださまざまな技術を磨く必要があります。その実現に少しずつ近づくために、JAXAではまずは面積30×30m以上、面密度3kg/m2以下の大型平面アンテナを宇宙に構築することを目標としています。DELIGHTは、この実現に向けた非常にコアな技術の実証です。ぜひこれを成功させ、目標へのステップにしたいと考えています」(上土井)
30m級大型平面アンテナが実現すれば、地球観測、通信、電波天文、災害監視・安全保障等のさまざまな分野の衛星搭載用アンテナの性能が格段に向上する。「これにより例えば、これまでにない、静止軌道から降水観測できるレーダを実現できる可能性などが出てきます」と、上土井はこのミッションの社会的な意義を語った。
さらに、次世代宇宙用太陽電池(SDX)もDELIGHTに搭載して、2種類の次世代宇宙用太陽電池の宇宙実証を行う計画だ。この宇宙実証であるSDXについて、奥村は語る。
「SDXでは太陽電池の出力を定期的に計測し、軌道上で正常に動作することを確認します。具体的に動作実証するのは、JAXAと民間企業のオリジナル構造で超高効率を実現するPHOENIX太陽電池と、日本発の技術であるペロブスカイト太陽電池のふたつです」
次世代の宇宙用太陽光電池において、現在は海外メーカーがコスト面では優位となっている。JAXAはSDXにより低コストかつ高性能な宇宙用太陽光電池を日本で開発することで、国際的な競争力の強化や日本企業の技術の底上げに貢献したい考えだ。
HTV-X1の技術実証ミッションに向けて
ISSから離脱したHTV-X1は、これら3つの技術実証を終えたあと、地球に再突入する。それまでに実施される約3カ月間の技術実証フェーズへの想いを、これを取りまとめる末廣に聞いた。
「まずはこの技術実証ミッションを着実に成功させることに全力を注ぎたいと思います。私自身、運用管制官としてISSへの往路運用を行ってきましたが、この実証ミッションフェーズも入念に準備を行い、良いニュースをお届けできればと考えています。
また、実は大学時代に超小型衛星開発を行っていて、衛星は完成したものの打上げに至らなかったという自身の苦い経験があります。だからこそ今回、『てんこう2』の放出を成功させ、日本大学の学生の皆さんとマイ衛星を打上げる喜びを分かち合うことが今から楽しみです。
新しい技術へ挑戦する各ミッション、そして、技術実証プラットフォームとしての役目をしっかりと果たすHTV-X1を、ぜひ見守っていてください」
Profile
有人宇宙技術部門
新型宇宙ステーション補給機プロジェクトチーム
主任研究開発員
末廣知也(すえひろともや)
千葉県出身。国際宇宙ステーションの「きぼう」日本実験棟の実験装置開発等を担当し、その後、HTV-Xプロジェクトチームへ配属。大のB'z好きだが最近チケットが取れないのが悩み。
追跡ネットワーク技術センター
軌道力学チーム
研究開発マネージャ
中村信一 (なかむらしんいち)
富山県出身。追跡(軌道)一筋20年、その間3年間はバンコクに赴任。歳を重ねるほど、心は落ち着き、物事を寛容に受けとめられるようになってきた。これからも謙虚な姿勢を忘れず、人とのご縁に感謝して歩んでいきたい。
追跡ネットワーク技術センター
SSAチーム
研究開発員
庵智幸 (いおりともゆき)
北海道出身。3年間の大学教員生活を経て「研究成果の活用先を見つけたい」と思い立ち、無謀にも完全未経験である宇宙工学分野に転職。趣味は子どもと遊ぶこと。
研究開発部門
第二研究ユニット
研究開発マネージャ
上土井大助(じょうどいだいすけ)
熊本県出身。宇宙太陽光発電システム(SSPS)研究チーム長。DELIGHTでは実証システムの開発・運用の取りまとめを担当。子どもが学童野球チームに入っているため、土日はずっと球場で過ごす。
研究開発部門
第一研究ユニット
主任研究開発員
奥村哲平(おくむらてっぺい)
福岡県出身。宇宙用電源の研究開発を担当する電源領域に所属。宇宙用太陽電池や帯電対策技術の研究、宇宙実証用機器の開発などを担当。趣味はドライブ。
取材・⽂︓笠井美春 編集︓武藤晶⼦
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