宇宙が連れ出す、未知の思考。
人間と世界をめぐる実践
広大で、未知にあふれる宇宙。その存在は、学術や技術の枠組みを横断しながら、時間への感覚や未来への責任、他者や地球への想像力をかき立て、私たちの「世界の見方」そのものを更新していく。本特集では、宇宙をひとつの教材として見立て、教育的実践を続けてきた「JAXA宇宙教育センター」の取り組みを紹介。あわせて、複数の外部機関による宇宙を媒介としたさまざまな実践をたどる。私たちの身近にひらかれた、リベラルアーツとしての「宇宙」を描き出していきたい。
宇宙を入り口に、学びをひらく。
JAXA宇宙教育センターの教育のかたち
JAXA宇宙教育センター(以下、教育センター)の活動は、大きく3つに分かれる。学校現場で活躍する教員に、教材としての宇宙にはどのような可能性があるのかを伝える「学校教育支援」。学校以外で、地域の子どもたちへの宇宙を活用した学びの場づくりをJAXAが支援する「社会教育活動支援」。そして、子どもたちを主として、学び直しを望む社会人や海外など幅広い層もアクセス可能な「体験的学習機会の提供」だ。
身近な体験を、宇宙の入口に変える
「社会教育活動支援」の柱を担うのが、地域で開催される、小・中学生を対象とした宇宙教育プログラム「コズミックカレッジ」と、子ども・宇宙・未来の会(KU-MA)と協働する家庭学習を支える「宇宙の学校®」だ。それらの担当を務める宮崎直美は、社会教育を取り巻く環境をこう説明する。「学校は教える人も教材も場も整っていますが、社会教育の現場にはそれが十分でない場合が多いです。ゼロから始める人と場を支えることが、わたしたちが社会教育を担う上での役割だと捉えています」
そこで、コズミックカレッジと「宇宙の学校®︎」が特に注力しているのは、教材の提供だ。学びのカタログとして公開している「コズミックカレッジガイド」には、水ロケットづくりや熱気球体験など約20種類の教材が並び、「宇宙の学校®」では100種類以上のテキストが公開されている。科学館・博物館、地域ボランティア、放課後児童施設、PTAなど、さまざまな担い手が学びの手がかりとできるよう、プログラムが組み立てられているのだ。
宮崎が大切にしているのは、子どもたちにリアルな感動を与える教材をつくること。「自分で手を動かしたり考えたりする中で、たくさんの気づきがあると思います。工作や実験をメインとした教材にすることで、一方的に情報を伝えるのではなく、好奇心をかき立てる工夫をしています」と宮崎は話す。純粋な「楽しかった!」という経験が、「なぜそうなるのか?」という科学への探究心の始まりになれば----そんな思いで教材の提供を続けている。
本物の体験から生まれる好奇心
2022年に始動した「JAXAアカデミー」は、体験的学習の取り組みのひとつだ。オンラインで多い時には600名以上が参加し、能動的な学びの要素を取り入れながら展開している。JAXAアカデミーを担当する菊川真以は「宇宙・航空をテーマに、JAXAの成果や知見を広く教育の素材として活用し、オンライン配信することで、居住地・日時を問わず、学びたいと思うすべての人に教育の機会を届けたい」と話す。直近の回では、紙飛行機の飛行力学をテーマに実施。「これまで宇宙で紙飛行機を飛ばす実験は複数ありますが『微小重力下ではなぜそう飛ぶのか』の物理現象を専門家が解説した事例はありません。JAXAには航空技術部門があるので、空気力学・飛行力学の研究者が、宇宙での紙飛行機実験を解き明かしていく、JAXAならではのセミナーにしました」と菊川は振り返る。
また開催を重ねていく中で、参加者の反応にも手応えを感じているという。「任意でホームワークを出題することがありますが、毎回20件以上届きます。義務ではないのに提出がある。これは、参加された方々が自分なりに何かを受け取って表現してくださった学びの成果だと思います」。こうした反応は、宇宙教育が人の内側に確かな手触りを残していく証拠でもある。
国境を超え、問いを共有する
さらに教育という営みは、国境を超えても行われている。その代表的な取り組みが、APRSAF(アジア・太平洋地域宇宙機関会議)で実施している「宇宙教育for All」と呼ばれる分科会だ。そこでは、APRSAFポスターコンテストやAPRSAF缶サット競技会を通じて子どもたちが宇宙への興味や創造性を育み、科学技術やものづくりを実際に体験しながら 国際交流を深めている。また、参加する機関・組織・指導者がそれぞれの宇宙教育の取り組みや教材、成果を共有するAPRSAF 宇宙教育for All 年次大会や、アジア・太平洋地域の次世代人材育成の指導者を育てる「APRSAF教員セミナー」も行っている。宇宙を入り口とすることで、言語や文化の違いを超えて問いを共有し、より良い教育を考える土壌が育まれているのだ。
宇宙が広げる"世界を見る力"を、未来へ
教育の成果は、すぐに表に出てくるとは限らない。教育センターで計画マネージャを務める諸星大壽は、センター長のもとで全体を見つめる立場から「わたしたちが行っている教育活動にはどんな意味があるのか。目に見えない価値を可視化し、今後に向けた仕組みを考えるのが私の役割です」と話す。「宇宙についてこれほど学べる機会は他にない」といった参加者の声は確かな手応えだ。しかし同時に、教育は長い時間軸で育まれる営みでもある。だからこそ、その意義を社会に向けて丁寧に説明し続ける責任があるという。宇宙教育が喚起するいのちの大切さを基盤とした 「好奇心」「冒険心」「匠の心」が、どのような未来へつながるのか----教育による変化は個人の内側で起き、誰にも予測できない。ゆえに、現場での実践と同様に、その価値を語る言葉も重要になる。
教育センターが生み出しているのは、好奇心を起点に、問いを立て、考え、他者と協働する----そうした、目には見えないけれども、未来に大きな力を生み出すような「学び」の入り口をつくること。宇宙のスケールがわたしたちの世界の見方を更新するように、教育センターはこれからも学びのスケールそのものを更新し続けていく。
Profile
JAXA宇宙教育センター 主任
宮崎直美 MIYAZAKI Naomi
横浜市出身。宇宙教育センターでは社会教育支援を担当し、教材の開発や普及に取り組む。心地よい空間づくりと4羽の文鳥と過ごす時間が日々の癒し。
JAXA宇宙教育センター 主任
菊川 真以 KIKUKAWA Mai
主に「JAXAエアロスペーススクール」「JAXAアカデミー」「宇宙教育シンポジウム」の企画を担当。趣味は星空・自然観察-山菜・きのこ採集、魚釣りをして、料理すること。ロケットが宇宙機を送り出すように、宇宙教育が子供たちそれぞれの軌道を見つける一助になっていくことを願います。
JAXA宇宙教育センター
諸星大壽 MOROHOSHI Daiju
東京都出身。計画マネージャとして宇宙教育センター長を補佐し、プログラムの企画及び計画管理業務を統括する。5児の父。絶賛子育て中のため、業務とプライベートとの相乗効果が出せることを期待している。サッカー・フットサルと読書、散歩が趣味。
3つの外部機関に聞く、
宇宙から広がるプログラムの実践と思索
宇宙は、教育という枠組みを超え、展示や研究、芸術といった多様な実践の中で共有されている。方法が異なれば、立ち上がる問いも変わる。ここでは3つの外部機関に、それぞれの現場から見える宇宙の意味と、その社会的な広がりについて伺った。
国立科学博物館
神話から科学へ。人間の想像力をつないできた宇宙
国立科学博物館(以下、科博)では、さまざまな分野の研究を行い、数多くの標本・資料や研究成果を蓄積してきました。それらの研究の成果やコレクションなどを活用し、人々が自然や科学技術に関心を持ち、考える機会を提供するため、多彩で魅力的な展示活動・学習支援活動を行うよう努めています。
なかでも宇宙という領域は、天地創造の神話、暦の基準、科学的研究対象など、古くから人類の世界観や時節の感覚をつくり出してきました。また現代においても、宇宙・生命を根源的に理解したいという人々の科学的興味を惹きつけてやみません。宇宙に浮かぶ天体は、地球の上に生きる私たち人類にとってあまりにも巨大である一方、その基本的な運動は万有引力の法則によって、とてもシンプルに記述できます。ゆえに、初めて学びたいと思う人々にとっては、物理学の入門レベルから理解を進められる間口の広さがあります。同時に、地球にある自然・生命環境は、太陽を主なエネルギー源として複雑な化学反応を繰り返しながら形成・進化しており、その謎が尽きることは今後もないでしょう。
科博では、常設展示に加えて、毎月「天文学普及講演会」と「夜の天体観望公開」を開催しています。講演会では、宇宙に関するさまざまな研究の最新の結果を紹介するとともに、研究者の宇宙との関わり方を知ることができます。また天体観望会では実際に科博の屋上にある望遠鏡を通して、実際に存在する天体を自分の目で見ることで、東京の真ん中(上野)で自分と宇宙とのつながりを感じることができます。
こうした活動の先にあるのは、「生き物たちが暮らす地球の環境を守り、人類と自然が共存できる未来をどう築くか」という問いを、考え、学ぶ機会としてひらいていくことです。それが、私たちにできる教育の一端だと考えています。
回答者:国立科学博物館
理学研究部 研究員 原川 紘季
展示部 常設展示担当、学習支援部 学習支援担当
日本科学未来館
多面的な宇宙を入り口に、未来をつくる
日本科学未来館(以下、未来館)では、「科学技術を文化として捉え、社会に対する役割と未来の可能性について考え、語り合うための、すべての人々にひらかれた場」という理念のもと、科学やテクノロジーを身近に感じていただきながら、多様な側面から、社会との関わりや今後の在り方について考える機会を提供しています。
2025年4月には、マルチメッセンジャー天文学をテーマとした常設展示「未読の宇宙」を公開しました。観測技術の進歩により、さまざまな波長の電磁波や、ニュートリノ、重力波で捉えることが可能となった"新しい宇宙の姿"を、来館者に体感いただける展示です。想像を超える巨大な観測装置や、そこから得られた最新の研究成果を、空間を360度取り囲むスクリーン『マルチメッセンジャー・ビジョン』など没入感のある空間を通して感じることができます。展示体験を通して、謎に満ちた宇宙の姿がしだいに解明されていくことへの期待を膨らませていただきながら、そこに挑んでいる研究者たちの熱意が伝わればと企画しました。
宇宙の神秘性や深遠さは人々を魅了するだけでなく、自然や文化への理解を深めたり、創造力をかき立てたりとさまざまな機会を生み出します。たとえば、宇宙開発や惑星探査には、失敗を繰り返しながらも次の時代を切り開こうとする挑戦の歴史がつまっています。また、はるか遠くの宇宙に馳せる思いは、多くの神話をつくりだしてきました。未来館は、多様な科学コミュニケーションを通して、あらゆる人々が思考力を身につけ、ともにより良い未来をつくるためのプラットフォームとなるよう活動をしています。そして、あらゆる人たちが立場や場所を越えてつながり、未来の社会を想像することにより、新しいアイデアやイノベーションが生まれることを目指しています。
回答者:日本科学未来館 科学コミュニケーション専門主任 松岡均
山口情報芸術センター[YCAM]
未知の世界へと踏み込んでいく。その窓としてのアートと宇宙
山口情報芸術センター[YCAM](以下、YCAM)では、メディアテクノロジーを背景とした表現を追求しながら、展示に関連したワークショップやレクチャーなど、教育プログラムを提供しています。メディアテクノロジーは、人間同士のコミュニケーションを媒介するという使命のもとに発展してきた領域で、多くの科学技術の蓄積の上に成り立っています。その意味で、宇宙開発の歴史とも無縁ではありません。
2010年には、カールステン・ニコライとマルコ・ペリハンによる作品『poler [m]』を展示。宇宙線を可視化する「霧箱」や、自然放射線を知覚させる「ガイガーカウンター」といった科学装置を用い、人間が認識できない時間の長短を目に見えるかたちで展開し、生活者の想像力を拡張しようと試みました。作品を展示した翌年には、東日本大震災に伴う福島第一原発事故によって「ガイガーカウンター」という言葉が日常のニュースにも流れるようになってしまったことも印象的でした。不可視なものに対する想像は、ときに恐怖や不安といった感情とも深く結びつきますが、作品体験がそうした状況、または感情に対処するための心構えや、視点の提供として機能する可能性もあると考えています。
想像しうる世界の外側へ、さらにイマジネーションを拡張していくことは、人類の業とも言える気質だと思います。自らの世界に閉じこもることなく、想像力のさらに外側へと開いていく感性がなければ、究極には、紛争や差別も解決されない問題として残ってしまうと思います。アートは、想像すらしたことのない世界へと踏み込んでいくための窓の機能を果たします。宇宙や科学への興味や関心も、根底ではそうした感性と強く結びつくものだと思います。
私たち自身、アーティストとともに作品を生み出し世に問うていく、新しい公共施設の姿を探している主体でもあります。未知を探索する宇宙・科学分野からも知恵を授かり、新しい学びの場を開拓したいと考えています。
回答者:会田大也/ YCAM アーティスティックディレクター
文:熊谷麻那
著作権表記のない画像は全て©JAXAです。
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