温室効果ガスや地球の水を宇宙から見守る
「いぶきGW」のTANSO-3とAMSR3が観測をスタート
「いぶきGW」のTANSO-3とAMSR3が
観測をスタート
2025年6月29日、H-ⅡAロケット50号機で打上げられた
温室効果ガス・水循環観測技術衛星「いぶきGW」(GOSAT-GW)。
これに搭載された温室効果ガス観測センサ3型(TANSO-3)と、高性能マイクロ波放射計3(AMSR3)が、ともに初観測を行い、そのデータ画像を公開した。
それぞれのセンサに携わる、岡村吉彦、塩見 慶、酒井理人(以上、TANSO-3担当)、吉澤枝里、
小原慧一(以上、AMSR3担当)に話を聞いた。
ハイブリッド衛星「いぶきGW」(GOSAT-GW)とは
温室効果ガス・水循環観測技術衛星「いぶきGW」(GOSAT-GW)は、「宇宙から、地球の水と温室効果ガスを観測すること」をミッションとする衛星だ。近年、地球は毎年のように最高気温を記録し、異常気象による災害なども多く発生している。そこで、必要になるのが地球環境を正確に把握し、どのように地球環境を保全していくか、どのような災害対策をとるかを考えていくことだ。「いぶきGW」は、これに貢献するべく地球環境に関するデータを観測する役割を担う。
「『いぶきGW』はふたつのセンサを搭載するハイブリッド衛星です。搭載するのは、温室効果ガスを観測するGOSATシリーズの温室効果ガス観測センサ3型『TANSO-3』と、海面水温などを観測するAMSRシリーズの高性能マイクロ波放射計3『AMSR3』。GOSATシリーズもAMSRシリーズも2000年代から開発され、それぞれ別の衛星に搭載して宇宙での運用を行ってきました。それが今回、『いぶきGW』に初めて同時搭載されることになりました」(岡村/TANSO-3)
「AMSRシリーズとGOSATシリーズの同時搭載での観測は初めてですが、ともに、2012年に打上げられた『しずく』(GCOM-W)の水循環変動観測ミッション、 2009年に打上げられた『いぶき』(GOSAT)および2018年に打上げられた『いぶき2号』(GOSAT-2)の温室効果ガス観測ミッションを発展的に継続することが期待されています」(小原/AMSR3)
2025年6月29日の打上げ以降、初期機能確認運用(センサを含む衛星が所定の機能性能を軌道上で有しているかを確認する運用)を実施していたTANSO-3とAMSR3だが、8月、9月にかけて、ともに初観測画像を発表した。以下、それぞれの担当者たちに話を聞いた。
TANSO-3の温室効果ガス観測で、世界の環境対策に貢献する
2009年に打上げられ、今も宇宙で運用されている「いぶき」(GOSAT)は、主要な温室効果ガスである二酸化炭素とメタンの濃度を宇宙から観測することを専門とした世界初の人工衛星だ。その後継機「いぶき2号」も現役で運用されているなか、「いぶきGW」(GOSAT-GW)、TANSO-3はどのような役割を果たしていくのだろうか。改めてそのミッションと進化について、これに携わる岡村、塩見、酒井に聞いた。
「TANSO-3のミッションは、①地球全大気の二酸化炭素およびメタン濃度の継続モニタリング、②各国の温室効果ガスの排出量の検証、③温室効果ガスの大規模排出源のモニタリングです。これらのデータをもとに地球規模の環境課題を解決しようという『温室効果ガス観測ミッション』は環境省、国立環境研究所のミッション。JAXAは、環境省からの委託のもとTANSO-3の開発や運用、および得られたデータを整えて国立環境研究所に提供する役割を担っています」(岡村)
今後は、JAXAで整えられたTANSO-3のデータを国立環境研究所がさらに処理し、世界中の機関、ユーザに届けていくことになる。
「現在は、TANSO-3から得た光のデータを正確に求め、精度を高めるための評価や処理への適用を行っています。完成までに10カ月ほどかかる緻密な作業ですが、この精度が今後世界に提供されるデータの基盤となるので気を引き締めて向き合っています」(酒井)
TANSO-3はこれまでのTANSOシリーズから進化をしたことで、取得するデータ量が多く、その粒度も細かい。
「例えば、『いぶき2号』(GOSAT-2)のセンサでは、観測地を点で観測することしかできませんでした。しかしTANSO-3は点ではなく面で観測することができ、その観測地点は100倍以上になります。また、GOSAT-2観測地点の間の領域の観測も可能なため、観測結果に抜けがなく、全球を塗りつぶすような観測結果が得られます」(塩見)
「いぶき2号」(GOSAT-2)センサ(TANSO-FTS-2)は格子状観測にとどまる
「いぶきGW」(GOSAT-GW)センサ(TANSO-3)では面的に観測が可能
また、広域観測モードと精密観測モードが搭載されており、広域観測モードでは全球観測(3日に1回全球を観測可能)が可能に。そして精密観測モードでは、都市域や大規模な排出源をより高い空間解像度で詳細に観測できるようになった。
「さらに、これまでも観測していた二酸化炭素やメタンなどに加え、二酸化窒素の観測も可能になりました。二酸化窒素の性質により、この観測を行うことで人を起源とする温室効果ガスが識別しやすくなるため、各所の環境対策の考案などに役立つデータを提供できるのではないかと期待しています」(岡村)
今後のTANSO-3運用について問うと、「まずは、精度の高いデータを国立環境研究所に提供し、広く世界に届くことをめざします。そして、温室効果ガス排出量削減の評価が、人間活動の意思決定につながるよう、環境省・国立環境研究所と協力してGOSATシリーズを推進していきたい」と塩見と酒井は口をそろえた。
さらに岡村は「温室効果ガス観測データが世界中のユーザ・機関で活用され、地球温暖化などの地球規模の課題の解決や緩和に貢献できるよう、GOSAT-GWの運用やTANSO-3の性能評価をしっかり進めていきたい」と語った。
「いぶきGW」搭載 TANSO-3による7月14日から16日の広域観測による全球観測(バンド2の767nmでの観測)映像(観測部分以外は、Google Earthで使われているカラーの地球画像を表示)
8月8日に公開されたデータのなかには、全球の初期観測画像がある。TANSO-3はこうしてくまなく地球を見守り、どこでどれだけの量の温室効果ガスが排出されているかを休むことなく観測している。その精工なデータが各国々の環境対策、温暖化対策に役立てられていく日が、もうすぐ先まで来ている。
地球の水の今を観測し、豊かな未来に役立てる「AMSR3」
大気を観測するTANSO-3に対し、地球の水にまつわる環境を観測するのがAMSR3だ。AMSRシリーズは2002年から20年以上、地球の水を観測し、そのデータは気象予報や漁業、気候変動の把握などに活かされてきた。今回新たに運用をスタートするAMSR3のデータ解析などを担う小原と吉澤に、AMSR3のミッションや、進化について話を聞いた。
「AMSRシリーズは、人間の目には見えない、地表や海面、大気などから自然に放射されるマイクロ波を観測することで、海面水温や海上風速、水蒸気、雲・降水、土の中の水分量や積雪量、海氷分布など、水にまつわるさまざまな物理特性を観測することができます。自然界の水は、例えば、海から水蒸気として大気へと供給され、雲をつくり雨となって地上に降り注ぎます。このようにさまざまな姿をした地球の水の量を観測することから、AMSRシリーズのミッションは、水循環変動観測ミッションと呼ばれています」(小原)
このミッションにおいて、AMSR3が担うのは「水循環変動の把握と予測」と、「実利用分野への社会実装」だ。
「これまでのAMSRシリーズから進化した点は、観測チャネル(センサが受信できる周波数のこと)の追加や、これまであった観測チャネルの観測精度の向上です。新たに、大気上空の水蒸気や、雪などの大気中の氷粒子に感度を持つ高周波数(G帯:166, 183±3, 7 GHz)のチャネルが追加されたことで、これまでは観測が難しかった、高度別の水蒸気情報や降雪量が観測できるようになりました」(小原)
この効果を問うと、小原は「これらの高周波数チャネルの観測データの数値を気象予報に組み込むことで、近年増えている局地的な豪雨の予測予想や、台風の範囲や進路、盛衰の予報精度がさらに向上することが期待できます」と答えた。
さらに、AMSR2では沿岸から100km以遠の海水温でなければ観測できなかったが、AMSR3では海面水温プロダクトの高解像度化により、沿岸から20km以遠が観測できるようになった。これにより沖合漁場だけでなく沿岸漁場の探索などにも貢献できる。
「AMSRシリーズはこれまで20年以上にわたって地球の水を観測してきました。さらに高精度な機能をもつAMSR3がこれからも継続して観測していくことで、今と昔を比べ、水環境がどう変化してきたかを知ることができるようになります。これは今後、地球の水環境を守るうえで重要なデータとなるはず。また、近年発生している日本近海での海面水温の上昇や極域の海氷減少の検知は、このような長期データという資産があって初めて実現します。最新機AMSR3によって気候変動の仕組みをより深く理解し、対策を考えるために役立つ信頼性の高いデータを提供していきたいです」(吉澤)
9月5日に公開されたAMSR3の初観測画像は高緯度の水にまつわる環境をはっきりと映し出している。これにより、水雲や雨などの様子に加え、AMSR2では捉えることの難しかった極域の氷雲や、その雲の下の降雪に関する情報が得られるようになる。
「AMSR3によってこれまで課題のあった高緯度帯の降雪観測が可能になりました。AMSR3だけでなく、EarthCAREなどの他の新しい衛星の観測も合わせて活用しつつ、降雪推定精度のさらなる向上、そして降雪を含む全球規模の降水全容把握に貢献していきたいです」と小原は語った。
TANSO-3、AMSR3を搭載した衛星「いぶきGW」の運用はまだ始まったばかりだ。それぞれのセンサによるデータが社会に活用される日まで、それぞれのチームの挑戦は続く。TANSO-3は大気を、AMSR3は水を。ともに宇宙からの観測によって地球環境の変化を見つめ、地球の未来を守るための精度の高いデータを世界に発信し続けていく。
Profile
【TANSO-3】
第一宇宙技術部門
GOSAT-GWプロジェクトチーム
ミッションマネージャ
岡村 吉彦(おかむら よしひこ)
広島県出身。気候変動観測衛星「しきさい」搭載のSGLIや、温室効果ガス・水循環観測技術衛星「いぶきGW」搭載のTANSO-3など、主に衛星搭載光学センサの開発・運用に従事。趣味は泳ぐこと、美味しいものを食べること。
第一宇宙技術部門
地球観測研究センター
主任研究開発員
塩見 慶(しおみ けい)
温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」シリーズのデータ校正検証に従事し、NASA OCO(軌道上炭素観測衛星)チームとの共同観測実験などを担当。帰宅後に愛犬のご機嫌を伺うのが日課。
第一宇宙技術部門
GOSAT-GWプロジェクトチーム
主任研究開発員酒井 理人(さかい みちと)
JAXA入構後、地球観測用の光学センサの研究開発を経て、温室効果ガス・水循環観測技術衛星「いぶきGW」(GOSAT-GW)の開発・運用に従事。
【AMSR3】
第一宇宙技術部門
地球観測研究センター
研究開発員
吉澤 枝里(よしざわ えり)
埼玉県出身。AMSRシリーズ観測を利用した海洋・海氷変動監視のためのアルゴリズム開発や利用研究に従事。AMSRシリーズのデータ利用を促進するWebサービスも担当。趣味は乗馬。馬に癒されつつ、ライセンス取得に向けて猛特訓中。
第一宇宙技術部門
地球観測研究センター
研究開発員
小原 慧一(おはら けいいち)
大阪府出身。AMSRシリーズなど衛星搭載マイクロ波放射計やレーダを用いて、水蒸気や雲、雨や雪などの大気中の物理量を推定するアルゴリズムの開発・検証に従事。休日は散歩や自転車、同僚とのテニスなどでリフレッシュ。
取材・⽂︓笠井美春 編集︓武藤晶⼦
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