ロケットを動かす⼼臓部、角田宇宙センターが有する6つの試験設備
推⼒なくして宇宙は遠い。
ロケットを動かす⼼臓部、
角田宇宙センターが有する
6つの試験設備
探査機や⼈⼯衛星を宇宙へと運ぶロケット。その"心臓部"となるエンジンの試験・調整、新しい方式の研究・開発を担ってきたのが、JAXA角田宇宙センターだ。
JAXAが今後もより高度なミッションに挑み続けていくためには、⾓⽥宇宙センターだからこそ実現できる「実環境に限りなく近い試験」と、そこから得られるデータの活用が欠かせない。2026年春には、新たな試験設備「官民共創推進系開発センター」が完成予定で、その知見は民間にも広く開かれていく。
これまで⽇本の宇宙開発を支えてきた確かな技術力、そして未来に向けた役割。本特集では角田宇宙センターの設備担当者が登場する4コマ漫画、そして実際に試験設備を利用するユーザーの声を通して紹介する。
液酸/液水エンジン供給系試験設備FETS
ロケットは、液体酸素や液体水素などの推進剤を燃焼させることで、宇宙へ向かう。その推進剤を、エンジンへと安定して送り込む仕組みを試験する設備がFETSだ。FETSは新型基幹ロケットである「H3ロケット」の開発に大きく貢献し、現在は次なる開発に備えている。
JAXA角田宇宙センター
FETS設備担当
冨田健夫
仙台市出身。ロケットエンジンの未来型ノズル研究がもともとの本業。LE-7A・LE-5B・LE-9などの燃焼関連部品を支える技術研究のほか、研究試験・開発試験に必須な設備の運用にも携わってきた。愛車ロードスターをオープンにして、毎日片道1時間の通勤ドライブが癒しの時間。
H3ロケット1号機打上げ延期の原因となった課題の解決のため、FETSで試験を実施しました。その試験は、日本の宇宙開発において前例がなく、難易度も非常に高いもの。何度も試験を重ね高度な計測技術を獲得できたことで、ついにH3ロケットに搭載されている「LE-9エンジン」のフライトを実現することができました。現在H3ロケットが安定して打上げられるのは、FETSでの試験の賜物です。
ロケット第1段エンジンを駆動する「ターボポンプ」を単体で試験できるのは日本ではFETSだけです。基幹ロケット開発に欠かせない設備として、基幹ロケットの開発において極めて重要な役割を担っています。毎回挑戦的な試験に臨むため、トラブルや作業の遅れは避けられませんが、その都度現場で臨機応変に対応していくことこそが開発試験の醍醐味でもあります。LE-9の開発ではターボポンプに関する根深い課題により、先の見えない日々が数年続きました。それでも試験を積み上げ、最終的に開発を成し遂げたことは、FETSにとっても、日本のロケット開発にとっても大きな前進となりました。
JAXA宇宙輸送技術部門 H3プロジェクトチーム
角田篤洋さん
エンジンシステム試験設備T-RECS
液体ロケットエンジンの主な構成要素は、推進剤を加圧・供給する「ターボポンプ」、推進剤の流量を制御する「バルブ」、推進剤を燃焼させる「燃焼器」である。T-RECSは、これら個別の要素を組み合わせたエンジン全体を"ひとつのシステム"として試験できる設備だ。
JAXA角田宇宙センター
T-RECS設備担当
佐藤正喜
京都府出身、4児の父。ロケットエンジン再使用化の研究に従事し、再使用ロケット実験機の飛行試験成功が当面の目標でありモチベーション。元山岳部でアウトドア好き、時間とお金に余裕が出来たらバイクで日本一周キャンプツーリングするのが今の夢。
私たちCALLISTOプロジェクトメンバーだけでは、設備や計測系などについて十分な技術を持っていませんでしたが、試験経験が十分ある専門家や設備の支援スタッフに支えられたおかげで、安全に、そして確実に試験を実施でき、不具合対策も進めることができました。この設備でターボポンプ単体試験をできたからこそ、性能低下の課題が早期に発見され、CALLISTO内外のメンバーが結束することで、改修と、再試験での性能復活を早期に達成できたと思います。おかげさまで、プロジェクトチームの力が一層増したような気がしています。
JAXA研究開発部門 CALLISTOプロジェクトチーム
齊藤靖博さん
角田宇宙センターは宇宙へ向かうロケットエンジンだけでなく、新たな航空機の開発にも活用されています。その一つが、航空業界における大きなテーマである脱炭素化を見据えた「水素航空機」です。開発中のポンプに液体水素を供給し、特性を計測する試験にT-RECSを活用しました。開発チームにとって液体水素の取り扱い等に関する知見は十分とは言えませんでしたが、T-RECSに蓄積されてきたノウハウを生かすことで課題を乗り越えることができました。脱炭素化の流れは今後さらに加速し、航空機の水素化や電動化に向けた研究開発は、前例のないスピードで進んでいくと予測されています。「宇宙の入口」と呼ばれてきた角田宇宙センターは、これからは「航空の入口」としての役割も大きく担っていくことでしょう。航空分野との協働を一層深めながら、世界に誇る技術開発を共に進めていきたいと思います。
JAXA航空技術部門 航空基盤技術統括付
庄司 烈さん
ラムジェットエンジン試験設備RJTF
「ラムジェットエンジン」「スクラムジェットエンジン」といった、新しい推進方式の開発に欠かせないのがRJTFだ。マッハ4~8という超高速の飛行条件を地上で再現できる設備で、角田宇宙センターにある試験設備の中でも最も長い歴史を持つ。
JAXA角田宇宙センター
RJTF設備担当
齋藤俊仁
宮城県出身。入所時から当時建設中だったRJTFを担当。専門は材料でスクラムジェット向け材料の評価技術にも携わったが、専門よりも趣味であった電気工作を生かした設備の制御に精通。陶芸、家庭菜園、ワカサギ釣りなどなど多くの趣味を持つ。最近は皆既日食@メキシコを見て感動。
宇宙に向かうロケットエンジンが燃料をすべて機体に搭載しているのに対し、RJTFが扱うラムジェットエンジンやスクラムジェットエンジンは、大気中の空気を取り込みながら超音速まで加速していきます。そのスクラムジェットエンジンを用いた「小型・極超音速飛行体」の飛行実証を、防衛装備庁とJAXAは共同で目指しています。国内でスクラムジェットエンジンの研究開発に必要な試験設備を備えているのは、唯一RJTFだけです。角田宇宙センターの強みは、設備だけではなく、試験結果の評価や技術的な助言も含めた協力体制にあります。こうした研究支援体制に、より多くの研究者や技術者がアクセスしやすくなることで、航空宇宙分野における研究・開発が一層活発化していくことを期待しています。
防衛装備庁 航空装備研究所
エンジン技術研究部 ロケットエンジン研究室
中山久広さん
ラムジェット要素試験装置RJCS
RJCSは、ロケットラムジェットを構成する三要素「空気取入口」「燃焼器」「ノズル」のうち、特に燃焼器を、それぞれ個別に試験するための小型試験設備。小規模ゆえに準備負担が少なく、挑戦的な実験にも気軽に取り組める機動性の高さが強みだ。
JAXA角田宇宙センター所長
RJCS設備担当
富岡定毅
東京都出身。幼少期より大の飛行機好き。何はともあれエンジンが乗物の原動力であることからエンジンの道に。
専門はラムジェットエンジン。趣味は料理(別名化学実験)。客員教授などの経験から、これからも色々な方の思い付きを形にしていきたいなと。
環境負荷をできるだけ小さくしながら、安定して使用できるロケット推進燃料「SRP(Sustainable Rocket Propulsion:持続可能なロケット燃料)」を用いた新しいロケットエンジンの開発を目指し、RJCSで燃焼試験を実施しました。特にエンジンの着火には苦労しましたが、スクラムジェットエンジンを専門とする開発員から助言を得ることで、普段扱っているロケットエンジンとは異なる視点から多くの気づきを得ることができました。
角田宇宙センターは、JAXAと民間の双方にとってロケットエンジン開発の中核拠点であり、日本の宇宙輸送を支える重要な役割を担っています。今後はこれまで以上に民間にも開かれ、燃焼試験だけでなく、より多様な要素試験にも応えられる場所になっていくでしょう。充実した設備環境と長年のノウハウを生かし、さらに幅広く、挑戦的な試験条件にも対応できるようになるはずです。
JAXA宇宙輸送技術部門 H3プロジェクトチーム
紺野雄大さん
高温衝撃風洞HIEST
HIESTは、有人宇宙船やサンプルリターンカプセルの大気圏再突入、さらにはマッハ8を超える極超音速機の飛行環境を模擬できる試験設備。衝撃風洞として世界最高性能を誇る。
JAXA角田宇宙センター
HIEST設備担当
八柳秀門
秋田県出身。高温衝撃風洞 (HIEST) の運用を担当する傍ら、大気圏再突入機や極超音速機の熱空力研究を行う。大の酒好き。
近年、持続的な宇宙開発を進めるうえで、スペースデブリ(宇宙ごみ)が大きな課題となっていますが、その対策を検討する際にもHIESTが活用されています。デブリを減らす取り組みの一つとして行われているのが、大気圏へ再突入させて燃やし尽くす方法です。実際にデブリがどのように加熱されるのかを明らかにするため、(実際のデブリの)複雑な形状の模型を用いた検証を行いました。
HIESTの試験時間は、わずか1/1000秒という非常に短いものです。そこから得られるデータの処理や解釈には難しさがありますが、試験現場でデータを確認しながら密に相談を重ねることで、非常に刺激的な試験に取り組むことができています。
JAXA研究開発部門 第三研究ユニット
辻真次郎さん
官民共創推進系開発センター
民間による宇宙開発の機会を広げていくために、2026年春に新設される試験設備提供とサポートを行う施設。汎用性の高い試験設備を有し、自由度の高い開発・試験を行うことができる。
近年、民間によるロケット開発が進む一方で大規模な試験設備を自前で整えるのは容易ではなく、参入の大きな壁になっていることが明らかになってきました。こうした課題を解決するために開設するのが「官民共創推進系開発センター」です。民間では実現が難しいロケットエンジン燃焼試験を可能にし、JAXAの知見を生かして確実なデータを提供することで、ベンチャーから大企業まで、あらゆる民間企業のロケット開発を加速させることを目指します。
以下は、官民共創推進系開発センター実現を応援くださるみなさまから届いたご寄稿文を紹介いたします。
■ 角田市
角田市では、角田宇宙センターを本市特有の地域資源と捉え、長年にわたりJAXAからの協力をいただきながら、教育や情報発信を中心に宇宙をテーマとしたまちづくりに取り組んでまいりました。こうした取り組みは、住民の宇宙に対する興味関心の涵養や「宇宙のまち」という地域ブランドの確立につながっており、角田宇宙センターは本市の地域活性化に欠かせない存在となっています。今般、新たに官民共創推進系開発センターが開設されることに伴い、多くの民間企業による活用が見込まれており、本市においては、宇宙関連産業の集積・振興に取り組む好機であると捉えています。官民共創推進系開発センターの施設・機能を核として、地域に新たな産業やイノベーションが創出されることにより、特色ある産業の振興や魅力ある就業機会の創出など、地域経済の活性化につながることを期待しています。
■ 南相馬市
南相馬市では、市内に集積する宇宙関連スタートアップ企業から、エンジン燃焼試験施設の整備を求める声を多数伺っています。こうした中で、官民共創推進系開発センターが供用開始されれば、全国でも数少ない民間企業の使用可能な試験施設として、企業の技術開発の進展に寄与し、ひいてはこの東北の地が国内における宇宙産業の拠点のひとつになるための原動力となる事を期待しています。当市としても日本の宇宙産業の発展に貢献できることは多いと考えており、貴機構とも連携しながら、「実証の聖地」となるべく果敢にチャレンジしていきます。
■ 株式会社IHI
ロケットエンジン開発における燃焼試験の重要性は論を俟ちませんが、それゆえ誰でも利用でき、かつ複数の試験が並行して実施できる官民共創推進系開発センターのコンセプトは画期的であり、日本の宇宙宇開発への貢献が期待されます。IHIは自社に試験設備を有しておりますが、フライト用メタエンジン開発を本格的に開始し、今後も積極的にエンジン開発を展開していきたいと考えていますので、汎用性の高い試験設備が国内に存在することで開発に自由度が得られるものと大いに期待しております。
■ NTN株式会社
弊社ではさまざまなアプリケーション向けに軸受を提供しておりますが、ロケットエンジンは極めて特殊な環境であり、開発において試験の実施が課題の一つとなっています。
官民共創推進系開発センター試験設備のコンセプトである「早い」「安い」「必要データの取得」が実現すれば、今後の開発が加速されると考えております。
民間企業で利用しやすい価格、必要なタイミングで試験が実施できる設備になることを期待しております。
■ Space Transit 株式会社
弊社は、空気吸い込み式のロケットエンジンの一種である、空気液化エンジン(LACE)の開発並びにそのエンジンを搭載した小型ロケットを開発中の宇宙ベンチャーです。
このたび整備されるJAXA官民共創推進系開発センターでは、液体水素による空気液化試験、及び生成した液体空気と水素を混合燃焼させる試験の実施を計画しております。
国内では、民間ベンチャーが液体水素を扱える試験設備は数えるほどしかなく、本センターの開設には大きな期待を持っております。
■ イーグル工業株式会社
市場が拡大していく中、継続した開発・信頼性向上のための新技術開発に伴う実証試験は欠かせません。
「官民共創推進系開発センター」は、その名のとおりハード・ソフトの両面で日本のロケット開発のドライバーとなってくれるものと確信しています。
ロケットエンジニアの夢を最初に実証できる場所として、笑顔あふれる場所となることを期待しています。
■ 将来宇宙輸送システム株式会社
弊社では2024年6月よりメタンと酸素を推進剤とする再使用型ロケットエンジンを開発しており、2025年5月から自社の小規模試験設備で燃焼試験を実施しています。長秒時の耐久試験に必要な大型ランタンクの準備と維持は現状困難なため、長秒時試験を中心に共創センターの試験設備を利用したいと考えております。将来的には、JAXAがエンジンの性能認証機関として性能・耐久性評価を規格化し、その共通認証設備として共創センターが活用可能になることを期待しています。
■ 株式会社 荏原製作所
私たちが開発する電動ターボポンプの事業化を、本施設が強力に後押ししていただけることを期待しています。
民間では実現が難しい極低温・高圧下の試験環境と、JAXAの専門的な知見をワンストップで活用できることは、製品の信頼性向上と開発期間の短縮に不可欠です。この共創の場で、日本の宇宙輸送技術の革新を起こしたいと考えています。
■ 三菱重工業株式会社
官民共創推進系開発センターは、若手技術者に貴重な技術力向上の機会を提供出来るとともに、H3ロケット高度化開発など宇宙輸送系開発の重要な検証基盤であると考えております。
計画通りFY2026当初の完成を強く希望するとともに、完成後も永続的に利用しやすい環境整備にご尽力いただきたく存じます。
本設備の円滑な運用開始により、宇宙輸送系の技術継承と開発加速が確実となり、我が国の宇宙開発競争力向上に大きく寄与すると確信しております。
イラスト:森優 文:熊谷麻那
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