これからの月面探査を支えるために
月のレゴリスで蓄熱材を作る研究が進行中

将来の月面・月周辺での活動風景(イメージ図)
将来の月面・月周辺での活動風景(イメージ図)
これからの月面探査を支えるために

月のレゴリスで蓄熱材を作る研究が進行中

月面探査への関心が国際的にも高まるなか、
月面拠点の建築に必要な資材やエネルギーを現地調達する研究も盛んに行われている。
そのなかで、JAXA宇宙探査イノベーションハブ(以下、探査ハブ)と
株式会社レゾナック(以下、レゾナック)が
共同研究しているのが「レゴリス(月の砂)を使用した蓄熱材」の開発だ。
この研究を担当する宮澤 優と、レゾナックの清水陽平さん、西野崇行さんに
話を聞いた。

宇宙における資材の現地調達は、なぜ必要なのか

アルテミス計画(米国が提案する国際宇宙探査計画)をはじめとして、今、月面探査や月面基地建設などへの関心が世界的に高まっている。近い将来、人間が月に長時間滞在し、基地を拠点に探査を進める日も近いかもしれない。そんな未来に必要となるのが、現地調達した資源を探査や研究に活用していく技術だ。

将来の月面基地の様子(イメージ図)
将来の月面基地の様子(イメージ図)
月面探査機(SLIM)着陸後、搭載航法カメラが捉えた月面画像。一面を覆う砂(レゴリス)の様子

月面探査機(SLIM)着陸後、搭載航法カメラが捉えた月面画像。一面を覆う砂(レゴリス)の様子

「近年、月着陸機の開発・運用が進んでいますが、ロケットおよび月着陸機による輸送は依然として高コストで、大量の資材を地球から運ぶことは現実的ではありません。例えば、蓄熱材においても、地球上には高性能な蓄熱材が存在するものの、輸送コストを考慮すれば、月面における現地資源の活用がより現実的な選択肢となります。そこで注目を集めているのが、現地資源の利用、いわゆるISRU(In-Situ Resource Utilization)材の研究です」(宮澤)

現在JAXAがレゾナックと共同で進めている、「月の砂、レゴリスを使って蓄熱材を作る」共同研究も、こうした背景のなかスタートした。きっかけは、探査ハブが定期的に実施しているRFP(研究提案募集)だ。

「蓄熱をテーマとした公募に、レゾナックさんから『少量の樹脂を地球から月面に持っていき、現地に大量にあるレゴリスを使って蓄熱システムを構築する』というアイデア提案がありました。私たちはこれに可能性を感じて採択し、2024年4月から共同研究を始めました」

月の砂をレジンコーティングし、月面で蓄熱材をつくる

レゾナックは、半導体材料・化学製品を中心とした先端素材メーカだ。これまで宇宙関連の事業は行っておらず、今回の応募は、同社内の有志たちによる自主的な取り組みだったと清水さんは言う。

「レゾナックには、『化学の力で社会を変える』というパーパスを各従業員が具現化するREBLUC(レブルック)というコミュニティがあります。REBLUCは、技術系、事務系などの部署の有志からなる活動で、『宇宙関連材料によって社会に貢献したい』というメンバーが集まって今回の提案を行いました」(清水さん)

提案内容は、レゴリスに少量の樹脂を混ぜてコーティングするというもの。いわゆるレジンコーティングによってレゴリスを固めてブロック化し、それを蓄熱材として活用するというアイデアだ。

樹脂コーティングによる熱伝導率向上を計算するために用いた、レゴリス粒子の伝熱シミュレーションモデル。グレーの箇所がレゴリス粒子、紫が樹脂を表す。樹脂により粒子が強固に接着することで、接触面積が増え、熱が伝わる経路が太くなり熱伝導率が向上する

樹脂コーティングによる熱伝導率向上を計算するために用いた、レゴリス粒子の伝熱シミュレーションモデル。グレーの箇所がレゴリス粒子、紫が樹脂を表す。樹脂により粒子が強固に接着することで、接触面積が増え、熱が伝わる経路が太くなり熱伝導率が向上する

「レゾナックグループには、アルミ鋳造用の砂(レジンコーテッドサンド)を製造する技術があります。レジンコーテッドサンドは、ケイ砂に樹脂を薄くコーティングしたもので、加熱により樹脂が溶け、硬化剤と反応することで固まります。この『砂に樹脂をコーティングして固める技術』を、月面のレゴリスに応用できないかと考えました」(清水さん)

レゴリスは月面に豊富に存在する微小粒子であり、ガラス質の粒子を多く含んでいる。これをISRU材として活用する研究はこれまでも各所で行われてきたが、高温で溶かして固めるという研究が多く、高温を維持するためのエネルギー確保が問題となっていた。

「レゾナックさんのアイデアでは、レゴリスを高温で溶かす必要がなく、少ないエネルギーでレゴリスを固め、ブロック化して蓄熱効果を付与することができます。ブロックが不要になれば樹脂を熱分解して元のレゴリスに戻すことができるという点も、非常に魅力的でした」(宮澤)

蓄熱効果は有効。月面環境での利用に向けて研究を進める

2024年から約1年間の共同研究の結果、「レゴリスをレジンコーティングして製造したISRU材は、月面で蓄熱材として有効だ」という可能性を見出した。現在、レゾナックではさらなる改良や、月面での製造プロセスの具体化を進めている。また、JAXAではこの蓄熱材の月面環境耐性評価を行うなど、月での活用に向けた研究を進める予定だ。

樹シミュレーションモデルによる熱伝導率測定結果。赤色のラインが熱伝導率であり、樹脂の配合量を増やす(=接触面積を増やす)ことで熱伝導率が向上することがわかる

シミュレーションモデルによる熱伝導率測定結果。赤色のラインが熱伝導率であり、樹脂の配合量を増やす(=接触面積を増やす)ことで熱伝導率が向上することがわかる

「研究で苦労したのは、高真空での熱伝導率測定です。シミュレーション担当の西野による計算で、ある程度の効果は予測できていたのですが、実測するには高真空環境を作らねばならず......。しかし、そこは宮澤さんに相談をして、JAXAの相模原キャンパスにある試験設備を用いて正しく測定することができました」(清水さん)

相模原キャンパスには、実際に月から持ち帰ったレゴリスの熱物性を測る設備があり、すでに高真空下で正しく熱伝導率を測る手法が確立されていた。これを今回の実測にも使用したのだ。

シミュレーションモデル表面のSEM(電子顕微鏡)画像。黒く見える箇所が樹脂であり、各粒子が樹脂により結合している様子がわかる
シミュレーションモデル表面のSEM(電子顕微鏡)画像。黒く見える箇所が樹脂であり、各粒子が樹脂により結合している様子がわかる
実際のレゴリスを模擬したレゴリスシミュラントにポリアミドイミド樹脂を薄くコーティングした開発材。レゴリスシミュラントは0.9㎜のふるいにかけて分級し、それより細かい粒子を取り除いてからコーティングを行う

実際のレゴリスを模擬したレゴリスシミュラントにポリアミドイミド樹脂を薄くコーティングした開発材。レゴリスシミュラントは0.9㎜のふるいにかけて分級し、それより細かい粒子を取り除いてからコーティングを行う

ところで、なぜレゴリスを樹脂コーティングすると熱伝導率があがるのだろうか。この疑問に西野さんは、「熱が伝わるルートをしっかり確保できるようになるからだ」と答えた。

「バラバラの砂の場合、それぞれの粒が接している面積は非常に小さく、熱はほとんど伝わりません。しかしこれをレジンでコーティングすると、砂粒同士が接着され、接触面積が大きくなります。つまり、砂の表面のレジンが“熱の通り道“を作り、熱が伝わりやすくなるのです」(西野さん)

ミキサーでレゴリスシミュラントとポリアミドイミド樹脂を混ぜている様子。この後、金型に詰めて熱を加えることで、樹脂を硬化させ、所定の形状に成形する

ミキサーでレゴリスシミュラントとポリアミドイミド樹脂を混ぜている様子。この後、金型に詰めて熱を加えることで、樹脂を硬化させ、所定の形状に成形する

この手法でレゴリスをブロック化し、月面に置くとする。すると約 110℃〜130℃にもなる「月の昼」の間、ブロック内には多量の熱が溜まる。ブロックの奥に溜まった熱は、マイナス170℃ほどまで気温がさがる「月の夜」でも冷めにくくなる。これが、本研究が想定している蓄熱材の仕組みなのだ。

レゴリスを固める過程においては、実際のレゴリスに非常に近い、レゴリスシミュラントという、レゴリスを模擬して製造された砂をJAXAさんからいただきました。私自身初めてレゴリスシミュラントを触ったのですが、想像よりも細かくて驚きました。もっと海の砂に近いのかと思っていたのですが、粉に近く、粒子の大きさにもバラツキもあった。この細かな砂に均等に樹脂コーティングをするための工夫、樹脂量の調整などは、何度も繰り返し行いました」(清水さん)

双方で話し合いを重ね、お互いの持つ独自の技術や設備を使いながら、この研究は進んでいった。

レゴリスを活用した蓄熱材で、これからの月面探査に貢献を

レゴリスによる蓄熱材を実用化するためには、まだまだ課題も多い。例えば、加工装置を動かすエネルギー源の確保、レゴリス掘削方法の確立、これらの無人または有人での運用などだ。

「確かにすぐに実用化することは難しいかもしれません。しかしながら、将来の実用化に向けて研究開発を持続して行うこと、実用化に向けて小スケールでの実証を通して、技術レベルを上げていくことが大切だと考えています」

宮澤はそう語り清水さんと、西野さんもこれに続けて、今後の共同研究に関する思いを聞かせてくれた。

「今回の共同研究は私にとってとても大きな挑戦です。まさか化学メーカに勤務する自分が宇宙関連の事業に関わる日が来るとは思ってもみませんでした。しかし、今回の経験で、化学メーカや材料系メーカが宇宙で活躍する未来がきっとくると実感しています。その先駆者として、これから挑戦する皆さんの役に立てる実績を残していきたいです」(清水さん)

「もともと宇宙にはロマンを感じていて、ブラックホールの中心や宇宙の全体像がどうなっているのか興味を持っていました。今私たちが進めている共同研究の成果が、将来、月や火星への進出に役立ち、いずれ宇宙の解明につながればとても嬉しいです。そのために、さらに研究を進めていきたいと考えています」(西野さん)

ふたりの言葉を聞いて、宮澤も今後の研究について語った。

「将来想定されている月面滞在を実現するには、レゴリスを活用した蓄熱材や建築資材を活用していくことが必要不可欠です。また、蓄熱材の熱を使って電気を作るなどの活用方法も可能だと考えています。この電気でヒーターを動かせば、月の越夜(2週間続く月の夜を乗り越えること)に貢献できるかもしれません。今後は、蓄熱材の多様な使い方を検討し、早い段階での宇宙実証をめざしたいと考えています。
こうした研究において、やはりJAXA外の皆さんの技術やアイデアはとても新鮮で、興味深いものがあります。引き続き、レゾナックさんとの共同研究を進展させられるよう、力を注いでいきます」(宮澤)

Profile

宮澤 優

宇宙探査イノベーションハブ
主任研究開発員
宮澤 優(みやざわ ゆう)

山形県米沢市出身。JAXAで衛星・探査機の電源系やシステム担当に従事し、現在は宇宙探査イノベーションハブにて、将来の月・火星探査に革新をもたらすエネルギー領域の研究開発に取り組む。硬式テニスを練習中。

清水 陽平

株式会社レゾナック
計算情報科学研究センターMI基盤開発グループ
プロフェッショナル
清水 陽平(しみず ようへい)

大阪府出身。マテリアルズ・インフォマティクス関連の研究に加え、宇宙関係の研究テーマアップを行っている。最近、Starlinkを手に入れて山奥で宇宙と通信している。

西野 崇行

株式会社レゾナック
計算情報科学研究センター構造・流体グループ
西野 崇行(にしの たかゆき)

青森県七戸町出身。CAEを用いた製品開発、CAE活用の推進業務を担当。ジムに通うのが日課。好きな映画は『インターステラー』(2014年)。

取材・⽂︓笠井美春  編集︓武藤晶⼦

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