JAXA開発の「災害救援航空機情報共有ネットワーク(D-NET)」が、
大阪・関西万博の警備・医療をサポート

ドローンショーで夜空に「One World, One Planet」が映し出されている大阪・関西万博会場の様子
ドローンショーで夜空に「One World, One Planet」が映し出されている大阪・関西万博会場の様子
JAXA開発の「災害救援航空機情報共有ネットワーク(D-NET)」が、

大阪・関西万博の警備・医療をサポート

2025年4月から10月を会期とする大阪・関西万博。
その広い会場の安全を守る危機管理センターの業務に、
JAXA開発の災害救援航空機情報共有ネットワーク(D-NET)が活用されている。
これについて公益社団法人2025年日本国際博覧会協会 危機管理局の成田 友さんと、D-NETの研究開発に携わる小林 啓二に話を聞いた。

災害救援航空機情報共有ネットワーク(D-NET)とは

今回、大阪・関西万博で活用された「災害救援航空機情報共有ネットワーク(以下、D-NET)」は、災害現場でスムーズに情報の共有を行い、効率的な救援活動を行うためにJAXAが研究開発を進めてきた「空の運航管理システム」だ。この開発に長く携わる小林に、D-NET開発の背景を聞いた。

「大規模な災害が起きたときには、さまざまな機関から数多くの航空機が集まり、救護活動を行っていきます。ここで重要になるのが、所属機関に関係なく、災害救援活動に必要な情報や地図を共有して同じ状況をリアルタイムで認識できる環境の構築です。それをもって迅速に、どの機にどういった救援活動を実施させるのかを決めていかなくてはなりません。JAXAでは、これを実現できる空の運航管理システムが必要だと考え、2004年よりD-NETの研究開発を進めてきました」(小林)

D-NETはこれまで、2016年の熊本地震、2017年の九州北部豪雨など、さまざまな災害現場で活用され、現地の防災対策本部と政府機関(内閣府、消防庁、防衛省、国土交通省など)などが、防災ヘリの活動状況や災害状況、救護活動状況をリアルタイムで共有できるよう支援してきた。

さらに2018年からは災害現場だけでなく、より広い分野で利用してもらおうと、警備・警戒機能の開発も実施。その結果、2019年に大阪で開催されたG20や、2021年開催の東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会にも活用され、会期中の空の警備を支援、安全なイベントの運営にも貢献した。そして現在、D-NETの一部の機能は、災害対応を行う省庁で実際に運用されている。

JAXAが開発した災害救援航空機情報共有ネットワーク(D-NET)の構成。大阪・関西万博ではこのシステムを改良し日々危機管理対策を行う
JAXAが開発した災害救援航空機情報共有ネットワーク(D-NET)の構成。
大阪・関西万博ではこのシステムを改良し日々危機管理対策を行う

「D-NETは現在、活用範囲を広げるべく、無人機や空飛ぶクルマ(eVTOL)も含めて情報共有・連携できるシステムの構築を進めています。今回、大阪・関西万博では、会期中の会場警備を支援しつつ、この新たなシステムの運用と評価を行いました」(小林)

JAXA職員も常住。万博 危機管理センターでのD-NET活用

大阪・関西万博は、約6カ月という長い期間、世界各国から常に多くの人が集まる大規模国際イベントだ。その安全な運営を支えるのが公益社団法人 2025日本国際博覧会協会(以下、博覧会協会)の危機管理局。万博会場内の警備や医療対応を指揮している同局の成田さんに話を聞くことができた。

D-NETのシステム構成
大阪・関西万博危機管理センターにおける、D-NETを活用した情報共有画面の一例
(画面中の赤い部分が傷病者発生場所などを示す)

「万博会場内には会場内の安全を守るための拠点として危機管理センターを設置しています。危機管理センターでは、会場内の警備と医療の活動を指揮しているほか、警察、消防などの関係機関が集まって情報共有を行っています。こうした大規模イベントの警備・医療の活動において課題となるのは、現場の位置やそこで起きている状況などに関する『迅速な情報の収集・整理・共有』です。広い会場で多くの警備員や医療スタッフが働いており、拠点も複数存在するため、これがとても難しいのです」(成田さん)

そこで採用されたのがJAXAのD-NETだ。JAXAと博覧会協会は2025年2月に協定を結び、4月の開幕から会場の警備や医療提供をD-NETでサポートしてきたと小林は言う。

「万博に向けて、JAXAはヘリ・ドローン・空飛ぶクルマの位置情報を1つの地図画面上に表示するためにD-NETを改良し、D-NETを動かす環境を危機管理センター内に整備しました。さらに同じ地図画面上に万博に関係する情報を入力・共有する環境も整備し、関係者の方々にはブラウザを使って、各端末でリアルタイムに情報共有をできるようにしました。

危機管理センターで活動したJAXAメンバー

危機管理センターで活動したJAXAメンバー

開幕以降、毎日JAXAの職員も常駐し、危機管理センターのオペレーションフロアでD-NETの運用を一緒に行っています。具体的には、危機管理センターに集まる警備情報や傷病者情報などをD-NETに入力するのが私たちJAXAメンバーの仕事です」(小林)

こう語る小林に対し、成田さんは「JAXAの皆さんが私たちと一緒に危機管理センター内で情報入力を担当してくれているので安心感がありました。必要があれば情報入力内容などの改善もスピーディーに実施してくれるので、とても心強く感じていました」と語った。

人がひしめき合う環境下でも、救護などの対応をスムーズに

実際に会場内では、どのような形でD-NETが運用されているのだろうか。成田さんが、傷病者が発生した場合の対応例を教えてくれた。

「体調の悪い方が発生した場合は、まず近くにいる各パビリオンのスタッフや会場施設の担当者、警備スタッフ、あるいは119通報を受けた消防からの連絡などによって、危機管理センターに情報が入ります。この危機管理センターに届いた情報(場所、患者の様子など)をJAXAの皆さんがD-NETに入力。そして危機管理センターのスタッフはD-NETの画面の周囲に集まって、傷病者の場所を確認し、対応する警備隊・救護隊および搬送ルートなどを調整した上で、現場に向かわせます」(成田さん)

これに並行して行われるのが、診療所の受入状況の確認と搬送先の決定だ。会場内には複数の診療所があるため、どこで対応できるかを迅速に決定しなくてはならない。そして、受け入れ先が決まればその内容を現場に向かった警備隊・救護隊に伝達し、搬送させる。重症者が発生して急を要する場合は、会場内に救急車両等を走行させることもあり、また、会場外の医療機関に搬送する場合もあるという。

こうした過程でD-NETへは、対応方法や状況などの情報を逐一入力し、関係者に共有できるようにする。

「会場内は常に多くの人で溢れています。そのなかで、どのルートを通ればより早く、安全に傷病者を搬送できるのかなどを迅速に検討しなくてはなりません。そして、決定したルートや現場の状況などについて正確に現場近くの警備スタッフに伝え、搬送ルートの確保などに当たってもらう必要があります。D-NETは正確な情報を迅速に、それぞれの端末で関係者全員に伝えることができるという点で、力を発揮してくれます」(成田さん)

実際に、夏季には多くの熱中症患者が発生した。しかしそのなかでも、患者を会場内から診療所に移送し、診療所で救急車に引き渡し、市内の病院へ搬送するなどの一連の経路、ドッキングポイントをD-NETで可視化することで、スムーズな対応ができたと成田さんは言う。

空飛ぶクルマとの連携で、さらなる進化を

大阪・関西万博でのD-NET活用を経て、成田さんにD-NETのこれからの可能性について聞いた。

「D-NETはもともとは災害対策用に開発されたと聞いていますが、もっと多くの現場でニーズがあるのではと感じました。万博などの国際的なイベントはもちろん、テーマパークなど多くの人が集まる場所でも広く活躍できるシステムだと思います。警備会社などでは、近年、メガネ型のウェアラブルITツールを使用して情報共有をしている企業もあるようです。例えば、D-NETの画面をそういったツールに映しだすことができれば、さらに便利に使えるかもしれません」(成田さん)

また、それに加えて、「万博会場で危機管理センターを視察に来た海外VIPや地方自治体の方々もD-NETに非常に高い関心を持っていました」と成田さんは続けた。

「危機管理センターではD-NETの画面をスクリーンや液晶画面を使って表示するのではなく、デスクに地図をプロジェクション(投影)して、情報共有をしていました。その様子や機能性の高さに驚かれる方も多かったので、今後は国内外からの需要が高まってくるのではないでしょうか」(成田さん)

会場全体の安全を確保するための中心的な役割を担う危機管理センターの様子D-NET情報が反映された会場の地図をテーブルに投影して情報共有を行う
会場全体の安全を確保するための中心的な役割を担う危機管理センターの様子。D-NET情報が反映された会場の地図をテーブルに投影して情報共有を行う

実際にD-NETは現在、活用範囲を広げるべく、無人機や空飛ぶクルマ(eVTOL)も含めて情報共有・連携できるシステムの構築を進めている。今回、大阪・関西万博では、会期中の会場警備を支援しつつ、この新たなシステムの運用と評価も実施した。
今回の万博の経験、実証を経て、D-NETの研究は今後どう展望していくのだろうか。意気込みも踏まえて、小林に聞いた。

「万博で危機管理センターに常駐し、現場で必要な情報を肌で感じることができたことは、貴重な経験になりました。これからの災害現場ではドローンや空飛ぶクルマが活躍するようになるはずです。そうした場面でもこの経験を活かし、D-NETでより安全で効率的な災害対応を支えていければと思っています。

さらに今回、災害現場以外での幅広いニーズも感じることができ、これを糧に、D-NETをさまざまな場所で活用できる、次世代空モビリティを含め『未来における空飛ぶ機体の安全を守るシステム』へと育てていきたいと強く感じました。今後のD-NETの活躍に、ぜひご期待いただければと思います」

Profile

成田 友

公益社団法人 2025年日本国際博覧会協会
危機管理局 局長代行
成田 友(なりた ゆう)

北海道出身。2012年岩手県警刑事部捜査第二課長、2015年埼玉県警刑事部警捜査第二課長、2019年在フィリピン日本国大使館一等書記官、2022年より現職。休みの日はスーパー銭湯でサウナ、水風呂を楽しむ。

小林 啓二

航空技術部門
航空利用拡大イノベーションハブ
ハブマネージャ
小林 啓二(こばやし けいじ)

広島県出身。災害時にヘリをより安全かつ効率的に活用する研究(D-NET)を大学で開始し、2004年よりJAXAにおいてD-NETの研究開発に従事。趣味はパン作りとプロレス観賞。最近は、頑張っている若者が出演するTV番組を観るのが好き。

取材・⽂︓笠井美春  編集︓武藤晶⼦

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