プラネタリーディフェンス(地球防衛)
──宇宙の飛来物から、地球を守るために
プラネタリーディフェンス(地球防衛)
──宇宙の飛来物から、地球を守るために
地球に小さな天体が衝突し、大きな被害が発生する。SFや映画の世界で描かれるその光景は、実際にも数十年から100年に一度の頻度で起こりうる現象です。地球に接近し、衝突の可能性をもつ小天体は、NEO(Near
Earth Object:地球接近天体)と呼ばれ、これまでに約4万個が確認されています。
その一例が、2029年4月13日(金)に地球へ接近する小惑星アポフィスです。アポフィスによる地球衝突やその他の被害は予測されていませんが、その天体発見をきっかけに、地球防衛にまつわる活動が世界各国の宇宙機関でより活発になりました。そして2024年、JAXAにも横断的に今後の取り組みについて検討するチームが誕生。それが、プラネタリーディフェンスチームです。
本特集では、JAXAが6つの領域──小天体に対する「探査」「軌道決定」「地上観測」、そして、「国際連携」「宇宙法」「政策」をはじめとした国内体制の整備から取り組むプラネタリーディフェンスの活動を、7人の研究員・JAXA職員たちが語ります。
探査
小天体を「探査」し、その素性を明らかにする
地球へ接近する小天体への対応や衝突回避を検討するには、まずその天体の性質を正確に把握する「探査」が不可欠です。そこで私たちは、ひとつの案として「深宇宙コンステレーション構想」を検討しています。
この構想は、10機ほどの小型探査機を地球のまわりに飛ばし、危険な小天体が発見された際に、そのうちの1機をすぐに送り出して観測を行うものです。異なる案として、小天体を見つけるたびにロケットで探査機を打ち上げ、観測を行う方法なども検討されていますが、中でも、私たちの構想はコストを抑えられ、スピーディーに対応できる「即応型探査」であり、通常時には別の小天体を観測できるという利点もあります。
これまでJAXAは、小惑星リュウグウから砂を持ち帰った「はやぶさ2」などを通じて、探査分野で大きな役割を果たしてきました。だからこそ地球全体での取り組みが必要なプラネタリーディフェンスにおいてもJAXAへの期待はとても大きいと感じています。それに応えるためにも、この深宇宙コンステレーション構想を形にしていくのが私の役割です。
現在は、2028年度の打ち上げを目指し、「DESTINY⁺」という探査機を開発中です。これは複数の小惑星を一度に探査しようとする計画で、いま最も地球に近づく可能性が高いとされる小惑星アポフィスも候補の1つです。まずは「DESTINY⁺」を成功させ、深宇宙コンステレーション構想の可能性を膨らませる。そして、いつか地球に小天体がぶつかりそうなときに備えておく。そんな物語を描いています。
Profile
JAXA宇宙科学研究所 准教授
尾崎直哉 OZAKI Naoya
兵庫県出身。大学院時代に、世界初の超小型深宇宙探査機PROCYON(プロキオン)の開発に携わり、宇宙工学分野にのめり込む。ESA・NASAでの武者修行を経て、JAXAにてDESTINY⁺、MMX等の数多くの深宇宙探査ミッションの軌道設計に携わる。エレキギターを趣味としており、JAXAのイベントで演奏することも。
軌道決定
小天体の「軌道決定」から、衝突確率を予測する
発見された小天体は、いつ、どのような道筋で地球に近づくのか。それを明らかにするのが「軌道決定」です。地上からの観測・追跡などから得られる観測データに基づいて、過去・現在・未来における小天体の位置や速度、それらの誤差の大きさを推定し、将来地球に衝突する確率を計算することができます。また小天体の明るさを観測することで、その天体が地球に衝突した際のエネルギーも推定し、地球に衝突する確率と衝突時のエネルギーから、どのくらい回避する必要があるのかというリスク評価を行っています。軌道決定は小天体だけではなく、宇宙を飛行する探査機の居場所を知るためにも使われる技術です。小天体と探査機、双方の位置を精緻に捉えられるからこそ、JAXAが強みとする探査を実現することができます。より正確に小天体の軌道を測定することで、将来のリスクを減らし、もしもの時には安全に小天体に向かうことができる。その役割を、軌道決定が担っているのです。
Profile
JAXA宇宙科学研究所 教授
深宇宙追跡技術グループ長
竹内央 TAKEUCHI Hiroshi
秋田市出身。専門は軌道決定。深宇宙軌道決定ソフトウェアの開発と高精度計測技術(Delta-DOR等)の研究開発に従事し、「はやぶさ2」等の深宇宙ミッションに適用している。趣味は麻雀、スポーツ全般(見る専)。
地上観測
地球に近づく小天体を、地上から追いかけ、「観測」する
今から25年前、地球に衝突する可能性のある小天体を地上から観測するために建設されたのが、岡山県にある「美星スペースガードセンター」です。建設当時、プラネタリーディフェンスに特化した専門機関としては、世界で唯一の施設でした。
美星スペースガードセンターでは、大きな望遠鏡を使い、3種類の観測を行っています。そのうち、小天体の位置を測定する観測は、未発見のものを新たに発見する「発見観測」と、発見されて間もない小天体の軌道をより正確に求めるために行う「追跡観測」とに分けられます。さらに、対象となる小天体がどのような特性を持つのか詳しく調べるための「物理観測」と呼ばれる観測も行っています。
プラネタリーディフェンスにおいて注目しなければならない小天体のうち、直径が数kmほどの大きなものは、ほとんど発見されつくしています。そのため、より高い安全性を確保するために課題となるのは、より多く存在する、より小さな小天体をいかに早く見つけるか。しかし小さければ小さいほど、地球に接近するまで暗すぎて捉えることが困難です。さらに接近すればするほど相対速度が増すため、観測には高度な工夫が求められます。短時間露光や多数枚の連続撮影といった観測技術の進歩こそが、その鍵を握っているのです。
連続して撮影した複数の画像をずらしながら重ね合わせることで、移動する天体を発見する技術「重ね合わせ法」。(a) 重ね合わせる前の画像。(b)重ね合わせ法により、1枚の画像では検出できなかった天体((a)の黄色い点線部)を検出した画像。
小天体の観測業務はメンバーと分担し、毎夜365日欠かさずに行っています。星空に目を向けつづけ、地道にデータを蓄積することが、いつかの地球を守ることになる。そんなやりがいを感じながら、日々の業務を行っています。
Profile
美星スペースガードセンター
奥村真一郎 OKUMURA Shin-ichiro
大阪府出身。2001年NASDA入社、4年間EORCに勤務し、2005年より日本スペースガード協会に所属。美星スペースガードセンターに勤務し、NEOとスペースデブリの光学観測に従事。日々の楽しみは通勤でのドライヴ。好物は珈琲とビール。
国際連携
防災の視点から、国際連携を深める
私からは、国際的な舞台におけるプラネタリーディフェンスの活動を紹介します。国連は、1959年に「国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS:コーパス)」を常設委員会として設置。COPUOSでの議論を経て、小惑星アポフィスが地球に最接近する2029年を「小惑星認識と惑星防衛の国際年」と定めました。今後、プラネタリーディフェンスの分野への国際的な関心や取り組みの深化、そしてJAXAならではの貢献も期待されるところです。
その点、JAXAにとっては、アジア太平洋地域の災害管理への貢献を目的とする国際協力プロジェクト「センチネルアジア」がひとつの鍵になると考えています。地球に近づく小天体は災害の脅威となる存在であり、プラネタリーディフェンスの活動を通した小天体の観測・衝突回避は「防災」そのものです。また、衝突回避できないタイミングで小天体が発見された場合は、「災害対応・復興」がテーマとなります。今後、センチネルアジアのコミュニティにプラネタリーディフェンスの活動をアウトリーチしながら協働することで、JAXAとしての相乗的な貢献をできればと思います。
©PHILSA
Profile
JAXA調査国際部
三好隆憲 MIYOSHI Takanori
つくば市出身。入構以来、各種国際調整業務に従事。現在は、主に国連宇宙平和利用委員会対応、アジア太平洋地域の宇宙法政策分野の国際協力プロジェクト「宇宙法制イニシアティブ(NSLI)」を担当。趣味はオペラ鑑賞、声楽、語学。
宇宙法
宇宙法の検討は、白地図に社会を描くこと
法的にいうと、プラネタリーディフェンスという活動は、まったくの新しい取り組みです。すでに国際的な宇宙活動の基礎となっている「宇宙条約」が定める原則の中に、この活動をどう位置づけていくのか。たとえば、JAXAが観測した地球に近づく小天体に関するデータを、どのように各宇宙機関や国際社会と共有するのか。もし共有された情報に間違いがあった場合、どのように責任を取るのか。もし不都合な情報があった場合、共有しないことは責められるのかなど、実はほとんど決まっておらず、何も定められていない白い地図に対して、新しい規律を作っていく必要があります。
社会あるところに法がある。プラネタリーディフェンスの活動は、いままさにさまざまな人々が参入し、社会が生まれようとしているところです。活動の広がりを、法的観点から下支えする。あるいは、先にあるべき枠組みを示すことで技術開発を後押しすることもできるかもしれない。そういった活動の制度設計に微力ながらも携われることに、公共的な使命を感じています。
Profile
JAXA総務部
篠宮元 SHINOMIYA Hajime
東京都出身。入構以来、法務業務や国際業務を中心に幅広い業務に従事。現在は総務部法務・コンプライアンス課で、主にJAXAが行う宇宙活動の法的検討を担当。趣味は読書・ジョギングなど。
政策・国内体制整備
国として、地球防衛に貢献するために
プラネタリーディフェンスは、安全保障や防災とも深く関わる領域のため、JAXAの課題にとどまらず、日本が国家として取り組むべきテーマだと位置づけています。JAXAではチームが発足するまで、研究者ごとの個別的な成果に依拠していましたが、それを政府主導の事業として確立するとともに、組織内においても明確に位置づける必要があります。
具体的には、政府との間で、今後の日本の宇宙活動の方針を定める「宇宙基本計画」に、“プラネタリーディフェンス”を新たに位置づけていただけるよう調整を進めています。同時に、将来に備えて、科学技術の観点から貢献できるようチーム体制を整備し、JAXA内で培われた技術や知見を収集・整理しています。
現在、ESA(欧州宇宙機関)は、2029年に地球へ接近する小惑星アポフィスの探査を目的とした「RAMSES(ラムセス)」ミッションを2028年度に打上げるべく、急ピッチで準備を進めています。JAXAには、その重要な探査機の打上げに向けて、H3ロケットでの協力に加え、太陽電池パドル(SAP)、熱赤外センサ(TIRI)の提供による参画を予定しています。小惑星接近のタイミングを確実に捉えるロケット打上げは、遅延や失敗の許されない局面であり、信頼できるパートナーとしてJAXAが選ばれたのです。これまでの実績を評価いただいた期待に応えるべく、まずはきちんと体制整備を行い、地盤を固めていく必要があると思っています。
プラネタリーディフェンスは、これまで宇宙開発で蓄積してきたJAXAの技術と知見を、全人類に貢献する力へと転化できる分野です。それを日本の国力へと結びつける。そんな使命を感じながら取り組んでいます
Profile
JAXA経営企画部
笠原希仁 KASAHARA Marehito
埼玉県出身。人工衛星の研究開発、運用・利用などの業務に従事し、現在は経営企画部・企画課にて経営戦略・将来ミッションの企画・立案や機構全体の総合調整などを担当。心身の健康のため適度な運動を心掛けています。
JAXA宇宙科学研究所部
東尾奈々 HIGASHIO Nana
科学推進部で科学分野のミッションを推進するための政策的調整等の業務を行っています。いろいろな場所を訪れ、愛犬と散歩することが一番の癒しとなっています。
イラスト:Narazaki Momoe 文:熊谷麻那
著作権表記のない画像は全て©JAXAです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
今後の参考にさせていただくため、
よろしければJAXA's101号のアンケートにご協力お願いします。