航空機に欠かせない電子機器を、国内メーカと共同開発

JAXA実験用航空機「飛翔」の計器盤
JAXA実験用航空機「飛翔」の計器盤

航空機に欠かせない電子機器を、国内メーカと共同開発

JAXA技術を活用した航空機装備品が
国土交通省の認証を取得

航空機は、「機体」、「エンジン」、「航空機装備品」で成り立っている。
この航空機装備品分野において、JAXAがかねてより共同開発を進めてきた
「アビオニクス(航空⽤電⼦機器)」が、この度、国土交通省の認証(仕様承認)を取得した。
この研究開発を担当した藤原 健に、 この開発および認証について聞いた。

航空機が飛ぶうえで必要不可欠な部品、「アビオニクス」とは

「航空機装備品とは、航空機の機体そのものや、推進力を生み出すエンジンを除いた、機体の内外に装備される構成品すべてのことです。例えば、機内の座席や操縦装置、機外の着陸脚、タイヤなど。そのなかで電子機器に該当するもののことを、『アビオニクス』と言います」

アビオニクス(Avionics)とは航空(Aviation)と電子工学(Electronics)を組み合わせた造語だ。以前は航空機の操縦もケーブルや油圧を介して操作していたが、現代の航空機は、計算機で処理され電気信号を用いて操縦桿を操作するようになった。こうした変化を踏まえ、アビオニクス(航空用電子機器)の重要性は、「航空機が飛ぶうえで必要不可欠な部品」として、非常に高くなっている。

JAXA実験用ヘリコプタのアビオニクス(航空用電子機器)の一例。コックピット内の速度計や通信機などもアビオニクスである
JAXA実験用ヘリコプタのアビオニクス(航空用電子機器)の一例。コックピット内の速度計や通信機などもアビオニクスである

では今回、国土交通省の認証を取得したのはどのようなアビオニクスなのか。

「今回開発したのは、GPS受信機と加速度計、ジャイロを搭載した姿勢方位基準装置(AHRS:Attitude and Heading Reference System)、『GPS/AHRS』です。航空機が飛ぶうえで、機体の姿勢や機首の方位を正しく検出することは必要不可欠です。これを担うのが姿勢方位基準装置(AHRS)であり、従来のものはジャイロや加速度計などのセンサシステムを組み合わせて、機体の姿勢などを検出しています。今回開発した『GPS/AHRS』の特徴は、この姿勢方位基準装置(AHRS)にGPSとの複合航法アルゴリズムを組み込んでいること。これにより、安価なジャイロを使用しながらも、常に高精度な姿勢および方位を出力できるようになりました」

今回認証を得た複合航法装置「GPS/AHRS」。GPS受信機のデータを加えた複合航法演算により、動いている航空機等の機体の姿勢や機首が向いている方位を正しく検出する
今回認証を得た複合航法装置「GPS/AHRS」。GPS受信機のデータを加えた複合航法演算により、動いている航空機等の機体の姿勢や機首が向いている方位を正しく検出する

従来の「姿勢方位基準装置(AHRS)」は、磁気環境が良好ではない状況では方位角精度が悪化してしまうため、それを回避するには非常に高価なジャイロを必要とした。しかし、今回開発した装置においては、GPSデータを取り入れた複合航法演算により、安価なジャイロでも精度の高い方位角を検出できるのだ。

開発においては、これまでJAXAのロケット部品なども手掛けてきた多摩川精機株式会社がシステム開発の取りまとめやハードウェア開発を担当。そして、ソフトウェア開発をMHIエアロスペースシステムズ株式会社(MASC)が担当し、JAXAは活動全体の取りまとめや、アルゴリズム開発を担いました」

国内装備品メーカとの認証取得で、競争力強化を図る

JAXAと民間企業におけるアビオニクスの開発は、2016年から始まっていた。当初からめざしてきたのは、「JAXA技術の国内装備品メーカによる社会実装」、そして「認証取得のノウハウの共有による国内装備品メーカの競争力強化」だ。その理由について藤原は次のように語る。

「飛行機全体の価値構成(価格構成)を見てみると、アビオニクスを含む装備品は、構成要素全体に対し、約4割の価値を持っています。しかし、この領域における国内メーカのシェアはまだ少なく、海外製品が占めています。JAXAではこの状況を変えていくべく、数年前から民間企業との共同開発を進めてきました。そして今回、ようやく認証を取得できました」

今回開発した「GPS/AHRS」は、飛行に不可欠な航空機装備品のうち、「ソフトウェアを搭載したもの」として、初めての認証取得を果たした。この認証に一体どんな意味があるのか、を藤原に問うと、「これにより、社会実装のスタート地点に立つことができる」との答えが返ってきた。

「どんなによい製品を作っても、さまざまな企業、機体メーカに採用され、航空機に搭載されなければ意味がありません。航空機装備品を旅客機などの民間航空機に搭載するためには、『安全でかつ正しく機能することの証明』が必要であり、そのひとつの手段として認証の取得があるのです」

しかし認証取得への道のりは平たんではなかったと藤原は言う。そもそも、これまで国内メーカが航空機装備品でシェアを獲得できていない大きな理由は、航空機開発に特有の「認証⼿続き」が非常に難しいという点にあり、特に新規参⼊をめざす企業にとっても、高いハードルとなっていたのだ。

「航空機の認証では、開発プロセス全てにおいて、その安全性を⾃ら証明することが求められます。そのためには複雑で膨⼤な⽂書の作成が必要で、これを民間企業1社で実施するのは非常に困難なのです。また、『安全であることの証明方法』が決められているわけではないので、『何を示せば、安全であることを証明できるのか』から考えなくてはならず、その計画の作成はとても大変な作業でした」

認証においてもっとも大きな困難は、開発記録を全て文書に残す必要があったことだ。

「航空機の寿命は約30年~40年。40年後に不具合が出た時に、今いるエンジニアは引退している可能性があります。だからこそ誰もが対応できるよう、ハードウェア、ソフトウェア両方の設計において『どんな根拠でこの設計になっているのか』という設計根拠を残す必要がありました。これに対応するには、従来の開発スタイルを大きく変える必要があり、この点には非常に苦労しました」

認証取得のノウハウを共有し、業界全体の底上げを

これらの困難を乗り越えて、無事に国土交通省の認証(仕様承認)を取得した「GPS/AHRS」。これを経て、日本の装備品メーカはどう変化しているのだろうか。

「今回の認証取得で、これまで海外製品で占められていた航空機装備品に、国内メーカの製品が参入する道筋を作ることができました。これにより、将来、自動車産業のように航空機産業においても、国内外における国内メーカの存在感が増していくことが期待できます」

さらに今後、国内メーカが競争力を持つために一翼を担うのが、2021年に発足した「航空機装備品認証技術コンソーシアム(CerTCAS:Certification Technology Consortium for Aircraft System)」だ。

「航空機装備品認証技術コンソーシアム(CerTCAS)」の活動目的は「認証全般に関わる技術、ノウハウ、知財を集約した組織体として、国内の航空機産業の振興を支える役割を担うこと」。つまり、組織全体で、認証ノウハウを共有し、業界を盛り上げていこうとしている。

「JAXAは、航空機装備品の分野において国内メーカが認証という高いハードルを乗り越えて海外市場で戦うために、まずは業界が一致団結して認証に関する知見を習得する場が必要と考え、コンソーシアム発足までの活動を主導しました。現在はオブザーバとして参加し、活動をサポートしています」

航空機装備品認証技術コンソーシアム(CerTCAS)は、JAXAや各関係省庁がオブザーバとなり、装備品認証におけるノウハウを共有するシステム
航空機装備品認証技術コンソーシアム(CerTCAS)は、JAXAや各関係省庁がオブザーバとなり、装備品認証におけるノウハウを共有するシステム

今回の認証取得で得た知見は、共同開発者である多摩川精機とMASCによって、コンソーシアムのセミナーや研究会などを通して業界全体に共有される。そして、これにより国内装備品メーカによる認証取得の動きが活発化していくことが期待される。

さらにJAXAにおいても、JAXAの技術が認証取得の実績を得たことで、今後、安全や低燃費、快適性につながるJAXAの他の技術も、実際の航空機に適用される可能性が広がった。

「例えばJAXAの持つ乱気流センサーなどの技術が将来的に航空機に搭載され、実用化される可能性もあります。今回の認証取得は、日本の航空機産業全体にとって重要な一歩となるはずです」

航空機だけでなく、ドローンや空飛ぶクルマへの技術応用に期待

この開発において、藤原が担当していたのは「姿勢方位基準装置(AHRS)に対するGPSとの複合航法アルゴリズムの組み込み」だ。「自らが手掛けた『GPS/AHRS』が、ようやく世に出ていくことができる」と、今後の展開に期待を寄せる。

「海外メーカの装備品を使用した際には、故障時は海外輸送しなくてはならず、時間もコストも多くかかっていました。しかし、『GPS/AHRS』を含む国内メーカの装備品が航空機に搭載されるようになれば、例えば故障時の対応スピードは上がり、コストは下がります。大型航空機のモデルチェンジは頻繁に行われるものではないので、今すぐにそこに搭載するのは難しいかもしれません。しかし、航空機以外のドローンや空飛ぶクルマなど、新たな分野での技術応用も今後広がっていくのでは、と期待しています」

航空機電動化(ECLAIR)コンソーシアムが描く空飛ぶクルマが実現した未来イメージ
航空機電動化(ECLAIR)コンソーシアムが描く空飛ぶクルマが実現した未来イメージ

そのためにも今後もさらにアビオニクスの技術を高める研究などを進めていきたいと藤原は語った。

Profile

藤原健

航空技術部門 航空安全イノベーションハブ
ハブマネージャ
藤原 健(ふじわら たけし)

千葉県生まれ。親の転勤により国内外を転々とした後、旧NALへ入所し、現在に至る。入社以来、航空機や宇宙機のおもに航法装置の研究に従事し、開発した装置の飛行実験にも多数参加。子どもに手がかからなくなってきた最近の週末は庭の手入れを楽しんでいる。

取材・⽂︓笠井美春  編集︓武藤晶⼦

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