超音速旅客機の実現をめざして
超音速旅客機の実現をめざして
「Re-BooTプロジェクト」、本格始動へ
音速を超えるスピードで飛行する静かな超音速旅客機の研究が、
現在、JAXAで進んでいる。
まずめざすのは2028年の実証機による飛行実証。
そしてその後の実用化に向けてJAXAは今、NASAや米国ボーイング社と共同して、
さまざまな試験を実施中だ。
今回は10月1日付けで正式にプロジェクト化された「Re-BooT※プロジェクト」のメンバー、
赤塚純一と⼩⾦沢慎弥に話を聞いた。
コンコルド以来の超音速旅客機を、空へ
かつて大西洋を横断していた超音速旅客機「コンコルド」は、2003年に営業運航を中止した。それ以降、世界の空に超音速旅客機は飛んでいない。運航当時、パリ・ロンドンからニューヨーク・ワシントンDCなどを約3時間半で行き来していたコンコルドは、なぜ、運航停止になったのか。超音速旅客機の研究開発を行う「Re-BooTプロジェクト」に携わる赤塚と小金澤がその背景について語った。
「コンコルドが空を飛ばなくなった理由はいくつかありますが、そのひとつがソニックブームの問題です。ソニックブームとは、航空機が音速を超えて飛行する際に機体周辺に発生する衝撃波が地面に到達して爆音を出す現象のこと。わかりやすく言えば、間近に雷が落ちたり、花火が打ち上げられたりしたときのような大きな衝撃音です。これを理由にコンコルドは陸地の上での超音速飛行が禁止され、海の上だけしか超音速で飛行できず、就航経路も限定されていました」
これに加え燃費も悪かったことでコンコルドは商業的に成立しなくなり、営業運航を終了したと言われている。
「JAXAが現在『Re-BooTプロジェクト』で取り組んでいるのは、このソニックブームを全方位的に軽減する超音速旅客機の設計技術の研究開発です。これにより陸地上空を自由に飛行できるようになり、移動時間の大幅な短縮が期待できると考えています」
つまり、Re-BooTプロジェクトがめざすのは、2015年に飛行実証した低ソニックブームの設計概念をさらに発展させ、より広い範囲でソニックブームを静かにするための技術、「ロバスト低ブーム設計技術」の実証なのだ。
※ Re-BooT=Robust en-route sonic-Boom mitigation Technology demonstration
ロバスト低ブーム超音速旅客機の技術で、
日本の航空機製造産業を盛り立てたい
なぜJAXAが超音速旅客機の研究開発に取り組むのか。その理由を聞くと、二人は「大きくふたつの理由がある」と語った。
「ひとつ目は、より速い移動手段を実現することです。移動の自由度を高めることでより快適な空の旅、輸送が実現できると考えています。ふたつ目は、日本の航空機製造産業の振興です。日本はこれまで米国ボーイング社との共同開発で旅客機の製造を行ってきましたが、今後、航空機製造産業がさらなる成長をするために、新しいジャンルの航空機製造における技術を獲得できないかと考えています。そのひとつが超音速旅客機というわけです」
つまり超音速旅客機の設計技術をJAXAがリードして研究開発し、鍵となる技術を確立させ、それを日本の航空機製造産業界に広げていく。これにより日本の国際競争力を高めていきたいという考えだ。
「実際に超音速旅客機が空を飛べるようになるには、ソニックブーム低減(ロバスト低ブーム化)を実証し、その結果を踏まえて現状の国際基準を改定する必要があります。こうした動きに技術面でJAXAが貢献し、国際基準策定後の超音速旅客機の国際共同開発プロジェクトなどに日本が積極的に参加できるようにしたい。それが私たちの最終的な目標です」
プロジェクトは今スタートラインに。
JAXAの高い風洞試験技術が、技術の確立を支える
「Re-BooTプロジェクト」は準備段階を終え、2024年10月1日に正式なプロジェクトに移行した。2028年の飛行試験に向けて実証機の開発がいよいよ始まる。
「飛行試験が成立する見込みを得てプロジェクトを始動するために、JAXAではこれまで数多くの風洞試験や技術検証を行ってきました。風洞試験とは航空機・宇宙機が実際に飛んだときにどのような空気の力や流れが起きるのかを調べる試験。JAXAには幅広い速度域の試験ができる世界でも有数の風洞設備群があります。例えば2022年3月には、米国航空宇宙局(NASA)および米国ボーイング社とともに、NASAの実験機X-59の超音速風洞試験をJAXA調布航空宇宙センターにある1m×1m超音速風洞で実施しています。ここではJAXAで設計した静圧レールという機材を使い、わかりやすく言うと"本当に静かに飛べる設計なのか"を確かめました」
実験機X-59は、NASAが開発を進めている飛行実験機。この風洞試験はNASAおよびボーイング社との共同研究協定に基づき、X-59の低ソニックブーム設計を検証することを目的として実施された。X-59の低ブーム設計技術はRe-BooTプロジェクトで実証するJAXAのロバスト低ブーム設計技術とは異なるが、低ブーム設計効果を風洞試験で高精度かつ高効率に確認できる試験技術を確立した。
参考:NASAウェブサイト X-59 Model Tested in Wind Tunnel in Japan
JAXAが2028年に飛ばそうとしている実証機は、「NASAとボーイング社が初期形状を作ったものをJAXAがロバスト低ブーム設計技術を使ってバージョンアップする」という形で作られる。
2024年3月には、この実証機が実際に飛べるのかどうかについての最初の風洞試験も行った。
「2024年3月の風洞試験では、実証機の小型模型を使って、実証機が実際に計画のマッハ数で超音速飛行した際にどのような空気力が機体にかかるのかを測定しました。と同時に光学変形計測を用いて空気力による主翼の変形量を計測し、空力特性に与える影響を評価することができました」
そう語るのは、このプロジェクトで数値流体力学(CFD: Computational Fluid Dynamics)解析を担当している小金澤だ。CFDとは、航空機の性能をコンピューターでシミュレーションする技術で、超音速旅客機の研究開発において風洞試験と同様に重要視されている。小金澤は「これまでにJAXAは風洞試験やCFD、そしてそれらの相乗効果を得るための技術を磨いてきました。ソニックブームについても、CFDによる解析結果と風洞試験結果がほぼ一致するほどに技術が向上していることが確認できました」と続けた。
これらの結果から「実証機」は最初の検証活動を無事にクリア。今後は、実際に飛ぶ機体をパートナー企業と開発し、飛行実証へと進んでいく。
これを踏まえ「引き続き、先人たちが磨き上げた風洞試験技術と設備を活かして超音速旅客機の技術を確立し、世界の航空技術向上に貢献したい」と赤塚も声を揃えた。
東京→米国西海岸の移動が、5時間程度になる未来へ
「想定するシナリオ通り研究開発や国際基準の改定が進めば、2030年代後半から2040年代には、私たちが超音速旅客機に搭乗できるかもしれない。超音速旅客機の研究開発は、今、世界中で行われている。その中でJAXAの研究開発も着実に進展させていきたい」とメンバーは意気込む。
「プロジェクトメンバーで、このプロジェクトが成功したら何が変わるだろうか、とよく話しています。例えば、旅行が変わる、輸送が変わる、私たちの生活はもっともっと便利になっていくのではないでしょうか。そんな未来に向けての試験は、地道で緻密で本当に長い道のりなのですが、ワクワクとした楽しさも十分あります」
小金澤はそう語り、「風洞試験の結果はいつもドキドキするが、自らのシミュレーションが "確からしい" と検証されたときのよろこびはひとしお。その結果に満足することなく、研究者として更に良いものを追い求めたい」と今後の研究を見据えた。
また、主任研究員としてプロジェクトを牽引する赤塚も、まだこの世にない技術、新たな旅客機を作ることへの思いをこう語った。
「私たちの研究は、"もしかしたら"というアイデアや仮説から始まります。試験や検証はその裏付けをとる活動です。結果が出るまでその良し悪しは誰にもわかりません。だからこそ期待した通りの結果が得られ、JAXAのアイデアのよさを世に示せるときはとてもうれしいです。ときに期待通りでないこともありますが、そこには自分たちの想像のつかなかった世界があり、新たな学びや発見につながることもあるので、それもまた楽しいところですね」
※記事執筆後に「Re-BooTプロジェクト」になったため、タブロイド版と表記が違う箇所があります。
Profile
航空技術部門 Re-BooTプロジェクトチーム
主任研究開発員
赤塚純一
埼玉県出身。航空機の空力、推進、音響の試験技術に関する研究開発に従事し、2017年からは超音速機の環境基準策定の支援に取り組む。趣味はスキーや登山。近年は子どもたちの雪遊びがもっぱらとなっている。
航空技術部門 Re-BooTプロジェクトチーム
研究開発員
小金澤慎弥
群馬県出身。入社以来、超音速機に関する数値解析および概念設計に関する研究開発に従事する。最近はソニックブームの上空から地上までの伝播についての研究に特に注力している。趣味はブラックバスフィッシングで、水中で泳ぐルアーの動きを頭の中でシミュレートしながら釣りをすることで釣果UPを狙っている。
取材・⽂︓笠井美春 編集︓武藤晶⼦
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