衛星とロケットの結合・分離を担う重要パーツ

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Simple PAFシリーズ(左から、Simple PAF 239M(φ239 mm)、Simple PAF 8M(φ8 inch)、Simple PAF 15M (φ15 inch)
クレジット:川崎重⼯業株式会社

衛星とロケットの結合・分離を担う重要パーツ

「Simple PAF」の開発で、
衛星打ち上げニーズを支える

宇宙に打ち上げられた衛星は、ロケットから分離され、
目標とする軌道に投入されて運用を開始する。
この分離に欠かせないパーツが衛星分離部「Payload Attach Fitting (以下、PAF)」だ。
JAXAはこのたび小型衛星用の衛星分離部「Simple PAF」を研究開発し、
H3ロケット試験機2号機に初搭載。見事に役目を果たした。
この開発を担当する伊海田皓史に、Simple PAFとは何かを聞いた。

衛星分離部「Payload Attach Fitting(PAF)」とは

近年、地球観測等のデータ収集やその活用を目的として、世界中で小型の人工衛星打ち上げのニーズが高まっている。それを背景に急務となっているのが、小型衛星とロケットの結合・分離を担う汎用性の高いパーツ、いわゆるPAFの開発だ。

「ロケットと衛星を結合させる部分のことを衛星分離部(PAF)と言います。ロケットの役目は衛星を所定の軌道に投入することですが、ここで必要になるのが、分離時までロケットと衛星を確実に結合させ、あらかじめ計画されたタイミングで分離をさせることができるパーツ。この重要な役割を担うのがPAFです」

Simple PAF 8M(φ8 inch) クレジット:川崎重⼯業株式会社
Simple PAF 8M(φ8 inch) クレジット:川崎重⼯業株式会社
Simple PAF搭載位置例(フェアリングと呼ばれるロケット上部の底面に設置)

Simple PAF搭載位置例(フェアリングと呼ばれるロケット上部の底面に設置)

H3ロケットのフェアリング

H3ロケットのフェアリング

Simple PAFのクランプバンド(クランプバンド)
Simple PAFのクランプバンド(クランプバンド) クレジット:川崎重⼯業株式会社

伊海田はPAFの役割を紹介し、その構造について説明を続けた。「PAFの構造は、腕時計のベルトとバックルの構造に似ています。通常、PAFはロケットと衛星を『クランプバンド』という孫悟空の頭の輪のような形状のもので締結して繋ぎとめています。今回、開発した小型衛星用の衛星分離部 Simple PAFにおいては、この『クランプバンド』が腕時計のベルトにあたり、バックルを固定しているのが『Simple Pin Puller』という分離用デバイスにあたります。そして分離時にはこのSimple Pin Pullerに電流を流すことでバックルのツメを解除し、ベルトを外す仕組みになっています」

扱いやすく、手に入りやすい。
低コストで高品質なPAFの開発を

ではなぜ今、JAXAはKHI(川崎重工業)とともに新たなPAFの共同研究に取り組むことになったのか。その背景にあったのは、前にも述べた小型衛星の急速な市場拡大に加え、衛星とロケットのインタフェースや要求の多様化、海外既製品のコスト高と法的な制約などの課題だった。

「これまで使用してきた国内製のPAFは火工品(火薬)を使用していたため、分離時に発生する衝撃が大きく、かつ法的な制約により取り扱いが難しいものでした。また、火工品を使用していない海外製品についても非常に高価で、調達も年単位でかかることが珍しくありません。これでは高まる打ち上げニーズに応えることが難しい。そこでJAXAでは国内の技術で、より低価格でありながら高品質で、調達性も良いPAFを入手できるようにしようと研究に取り組んできました」

こうしたなかで新たに開発されたSimple PAFは、従来のPAFと「火工品を使わない点」が大きく違っている。

「これまでのPAFは火工品の力を使ってボルトを切断することで、ロケットと衛星を分離させていました。この時、瞬間的に大きなエネルギーが発生するため、小型衛星に衝撃を与えてしまいます。電子機器である衛星にとって衝撃はできるだけ避けたいもの。だからこそ今回のSimple PAFは火工品を使わず、小さな衝撃で分離を実現する機構を採用しました」

小さな衝撃で分離を実現するSimple PAFは、搭載される衛星によりよい環境を提供することができる。また、取り扱い時に法令上の規制が厳しい火工品に比べて扱いやすい。さらに流通性のよい汎用材を利用して製作されているため、「環境条件・入手性・製品価格・運用性(法規対応含む)の面で、既存のPAFに対し高い優位性を持つことになる」と伊海田は語った。

宇宙での実績をもって、さらなる利用拡大をめざす

新たに開発されたSimple PAFは、2024年2月に打ち上げられたH3ロケット試験機2号機において、キヤノン電子が開発した小型光学衛星「CE-SAT-IE」の分離部に採用され、無事にその役割を果たした。

Simple PAFが搭載されたH3ロケット試験機2号機の打ち上げの様子
Simple PAFが搭載されたH3ロケット試験機2号機の打ち上げの様子

「まずは宇宙での実績を残し、Simple PAFはまさにこれから需要を拡大していこうとしています。Simple PAFは、JAXAと川崎重工業さんによる共同研究で開発してきたのですが、川崎重工業さんがこの製品化を進めてくださり、すでに『Simple Pin Puller 350』と、これを用いたSimple PAF シリーズの『Simple PAF 15M』が製品化し、販売もスタートしています。これによりJAXAが打ち上げるロケットだけではなく、広く民間企業の宇宙開発にも活用されていく見込みです」

衛星分離部としてはひとつの形になったSimple PAFだが、ここからの展開を伊海田は「さらに汎用性を高め、それぞれのロケットにおける衛星の搭載構造に合わせて選んで使ってもらえるように発展させていきたい」と語った。

「例えばこれまでの基幹ロケットでは、ミッションごとに衛星の搭載構造を開発していました。しかしそれでは開発費・製造費もかさみ、開発スケジュールも長くかかってしまいます。これを解決するために必要なのがオーダーメイドではなく、おもちゃのブロックのように幾つかの決まったパーツを組み合わせる汎用的な衛星搭載構造となります。この搭載構造をベースに、幅広い範囲のSimple PAFシリーズを揃えることによって、必要な時に必要なものを選んでロケットに搭載して打ち上げる、という仕組みにできれば。それにより小型衛星の打ち上げをさらに活性化したいと考えています」

単なる部品開発にとどまらず、
広く宇宙利用・開発の拡大に貢献したい 

インタビューの最後に、伊海田に今後の研究における意気込みを聞くと、「Simple PAFで小型衛星の打ち上げにおけるボトルネックを解消し、今後の打ち上げニーズを支えていきたい。そして、優れた日本の技術・製品を世界に広げ、国内のみならず海外市場で大きなシェア獲得ができる枠組みを作りたい」との答えが返ってきた。

「今後、小型衛星の市場は一層拡大し、宇宙利用・開発の境界線は確実に広がっていくことになると思います。また小型衛星そのものの性能も向上しており、これまで想像がつかなかったようなミッションも期待されます。本研究は単なるコンポーネント(部品)にとどまらず、宇宙利用・開発の拡大に貢献できる技術であるはず。Simple PAFについては民間ロケットを含めて更なる実績、成功を積み重ね、また衛星搭載構造については早期の飛行実証を達成することで、日本だけでなく、世界の宇宙業界全体へ貢献していきたいです」

Profile

伊海田皓史

研究開発部門 第四研究ユニット(併任)
宇宙輸送技術部門
イプシロンロケットプロジェクトチーム(本務)
ファンクションマネージャ
伊海田皓史

東京都出身。入社以来、宇宙輸送系の構造機構系に関する研究開発に従事し、特に衛星や搭載機器の環境緩和に取り組む。最近は工場見学にはまり中。家族で食品会社やメーカの工場見学によく出かけている。

取材・⽂︓笠井美春  編集︓武藤晶⼦

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