宇宙に近い環境下で保管する
小惑星「リュウグウ」の粒子を実際に見たい

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小惑星「リュウグウ」の粒子を保管している「クリーンチャンバ」の前に立つ、吉田勝信さん(左)と臼井寛裕(右)。

わたしのJAXA訪問記 vol.6

宇宙に近い環境下で保管する
小惑星「リュウグウ」の粒子を実際に見たい

訪れた人:吉田勝信
(採集者・デザイナー・プリンター)

真っ黒な星のかけらから、
どんなインクが作れるだろう?

採集・デザイン・超特殊印刷を主な領域とするデザイナーの吉田勝信さんは、海や山から採集した素材で工業用インクを作るプロジェクトを行っている。「植物や砕いた石など、最終的に細かな粒子になればどんなものでもインクになる」と語る吉田さんに、もし地球外天体の"かけら"(粒子)からインクを作るとしたら?という問いを投げかけてみた。
JAXA宇宙科学研究所内に設置されている地球外試料キュレーションセンター(ESCuC)(以下、キュレーションセンター)では、地球外天体の粒子を受け入れている。今回は、そこで管理されている小惑星「リュウグウ」の粒子を観察し、その粒子をインクにするという想像を膨らませてもらった。

吉田さん(左)と臼井(右)の視線の先には、「リュウグウ」の粒子。
吉田さん(左)と臼井(右)の視線の先には、「リュウグウ」の粒子。

2020年、小惑星探査機「はやぶさ2」は約6年をかけて52億kmを飛行し、「リュウグウ」から約5.4グラムの粒子を地球に持ち帰った。「リュウグウ」は46億年前の太陽系形成以降、構成する要素や状態にほとんど変化がないとされ、太陽系の成り立ちや生命の起源を探る手がかりを与えてくれるかもしれない。人類はどのように生まれたのか? 宇宙科学が追い求める根源的な問いの答えに近づく可能性を秘めた粒子は、キュレーションセンター内の「クリーンチャンバ」(以下、チャンバ)に保管されている。今回の訪問は、地球外物質研究グループ長である臼井寛裕の案内のもと、キュレーションセンターの見学から始まった。

クリーンチャンバは、内部を純化した窒素で満たすことで地球環境からの汚染を防ぐように設計・運用されている。
クリーンチャンバは、内部を純化した窒素で満たすことで地球環境からの汚染を防ぐように設計・運用されている。

太陽系の起源に迫る情報を汚染させないために

キュレーションセンターに到着すると、吉田さんと取材班は、まず全身クリーンスーツに着替えた。チャンバが設置されているクリーンルームに入るには、持ち物をすべて消毒し、化粧や整髪料も取り除く必要がある。宇宙環境と近い環境下で保管されている「リュウグウ」の粒子にとっては、人間が持ち込むすべてのものが「汚染源」になりえるのだ。

吉田さん(左)に「リュウグウ」の粒子について説明する臼井(右)は、大学時代から培ってきた地球の地質学の経験を活かし、太陽系惑星の地質を研究している。
吉田さん(左)に「リュウグウ」の粒子について説明する臼井(右)は、大学時代から培ってきた地球の地質学の経験を活かし、太陽系惑星の地質を研究している。

臼井は言う。「僕ら地球外物質研究グループが担っているのは、『リュウグウ』や小惑星探査機『はやぶさ』が持ち帰った『イトカワ』といった地球外物質試料(粒子)を分析して得られた情報の整理・分類(キュレーション)を行い、粒子を研究材料としたい世界中の科学者に貸し出すことです。現在、粒子は世界中の30〜40か国、約100か所にいる科学者に貸し出され、それぞれの研究が進んでいます。地球環境にさらさないとできない研究もあるので、貸し出した先で粒子がさらされる分には構わないのですが、貸し出す側の僕らが、粒子を地球環境にさらすわけにはいきません。だから、徹底して清浄な環境を維持するように設備を整えて管理をしています」

クリーンチャンバを覗き込む吉田さん。

クリーンチャンバを覗き込む吉田さん。

私たちが見学に訪れたこの日も、地球外物質研究グループによって粒子一つひとつの簡易分析と分類を行っていた。「基本的なサイズや質量はもちろん、明るさ(光の反射率)や色、形、含有する鉱物の情報などを計測し、カタログ化しています。科学者たちは、こうして作成された"お見合い写真"のような情報を元に、申請を行います。審査を経た後、一定の期限付きで粒子の貸し出しが行われています」

臼井の案内のもと、キュレーション施設を見学していく吉田さんは一体、どんなことを感じているだろう? 「クリーンルームの設備はどれも一点ものばかりですよね。科学的・工学的な観点から機能を求めて設計されていく先に、造形的にも美しいものになっている。それが興味深かったです。それから、なんといっても粒子の実物。デザイナーとしては、やはり"色"が気になるところですが、粒子はただ黒かった。科学的知見のない素人から見ると、例えば、地球の炭と並べてもきっとその違いがわからないなと思います」

率直な吉田さんの感想に対し「実は、プロの目から見ても地球にある黒い粒子と見分けがつかないんです(笑)」と臼井。「だから、この施設では粒子を保管するだけではなく、赤外線を使って、人間の目では検知できない色の違いを分析することも行っています。例えば、氷とドライアイス。どちらも目には白く見えますが、赤外線領域で観察すると色が異なります。同じように、粒子も水や有機物の有無によって色が変わります。こうした違いを観察して明らかにすることは、科学者にとって非常に重要な情報となります」と重ねた。

「リュウグウ」の粒子の一部。その大きさは約1〜2ミリ。世界各地の研究者が分析を進めた結果、液体の水や、生命の素となるアミノ酸が、「リュウグウ」の粒子から確認されている。
「リュウグウ」の粒子の一部。その大きさは約1〜2ミリ。世界各地の研究者が分析を進めた結果、液体の水や、生命の素となるアミノ酸が、「リュウグウ」の粒子から確認されている。

敏感に変化する、粒子の色

山形県大江町。吉田さんの仕事場は古くから修験の山としても知られる出羽三山のひとつ、月山(がっさん)や壮大な朝日連峰を望む町にある。その厳かで豊かな自然のなかで、吉田さんは岩石やクルミ、山ブドウなどを採集し、顔料(色のもと)を作り出す。そして、その顔料をメディウム(つなぎとなる糊のようなもの)に混ぜることでインクを生み出し、ゆくゆくは誰もがそれぞれの場所で採集した色をつくったり使えたりする技術となるよう開発を行っている。

吉田さんは2021年、海洋研究開発機構「JAMSTEC」が、50周年記念事業として海洋教育プログラムを実施する3710Labとともに共同企画、実施したプロジェクト(KR21-11)に参加。このプロジェクトは、数十名のクリエイターと共に駿河湾を巡航し、サイエンスとアートの共創を試みるものであった。

吉田さんは2021年、海洋研究開発機構「JAMSTEC」が、50周年記念事業として海洋教育プログラムを実施する3710Labとともに共同企画、実施したプロジェクト(KR21-11)に参加。このプロジェクトは、数十名のクリエイターと共に駿河湾を巡航し、サイエンスとアートの共創を試みるものであった。

こうして日々採集している"地球の粒子"について、吉田さんは「粒子は環境の変化に非常に敏感です。でもその変化こそが、インクづくりにおいては、むしろ面白さの一部になっている」と語る。さらに、「粒子に与える条件によって、インクとして現れる色は大きく変わります。例えば、石(粒子)の粉砕具合によっても色は大きく変わりますし、水や油を加えることで、初めて現れる色もあります。また、藍染めのように空気中の酸素に触れることで色が変わるものもあります(酸化還元反応)。印刷技術は、こうした色の変化をどの段階で止めるかという技術でもあり、だからこそ、変化に敏感な粒子にはとても興味をそそられるんです」と続けた。

この話を聞いた臼井は、吉田さんの考えに共感しながらこう語る。「そう考えると、僕たちが扱っている"地球外の粒子"は、吉田さんにとって面白いマテリアルだと思います。藍染めの際の酸素量の違いによって色が変わるという話がありましたが、宇宙では空気がゼロの状態なので、その差がより顕著になります。つまり、宇宙にある物質(粒子)は空気に触れた瞬間に急速に酸化し、錆びていく可能性があります。色を観察する上で、この酸化還元の勾配は非常に興味深い点になるのではないでしょうか」

吉田さんは、プロジェクトの中で採集した海底の泥から3種類のインクをつくり、印刷物を生み出した。

吉田さんは、プロジェクトの中で採集した海底の泥から3種類のインクをつくり、印刷物を生み出した。

臼井の話を受けた吉田さんは「宇宙に在る色と、酸化還元を経た色、それぞれをインクとして固定できたら面白いですね!」と続ける。「そもそも私がインクづくりで注目しているのは、色の背後にある物質です。それが何色かということよりも、そのインクに『リュウグウ』が含まれているという事実が重要です。デザインにおいても、どの色を選ぶかではなく、どんな物質を使うべきかという問いに変わっていく。そこにも面白さを感じているんです」

地球外惑星を守る採取のマナー

インクの原料となるマテリアルを求めて、吉田さんは山へ、海へと足を運ぶが、例えば、近所の山で山菜を採る際には、一株のうち二本から三本は残すなど、独自のマナーを守っている。「地球外から粒子を採取する場合も、同じようなマナーがあるのだろうか?」。疑問に思った吉田さんが臼井に尋ねると、臼井は「その惑星の環境を壊したり、汚染したりしてはいけないというのが最低限のマナーですね」と答えた。

チャンバ内で作業する臼井。分厚い手袋でも掴みやすいよう、道具も独自に設計されている。
チャンバ内で作業する臼井。分厚い手袋でも掴みやすいよう、道具も独自に設計されている。

「その上で、地球へ持ち帰る粒子ごとにマナーやルールを設定しています。例えば、キュレーションでは地球へ持ち帰った『リュウグウ』の粒子に、X線を当ててはいけないというルールがあります。なぜならX線は可視光線より非常に高いエネルギーを持つ光なので、リュウグウの粒子に含まれる有機物を破壊してしまう可能性があるためです。一方で、『イトカワ』の粒子には有機物があまり含まれていませんから、X線を使用することにしました。このように、粒子ごとにマナーやルールを設定し、それは採取前の科学的観察に基づいています。現在、JAXAでは『MMX』という火星の衛星から新たな粒子を採取するミッションが進行中ですが、私たちはその『MMX』の探査機を作るチームと連携し、無事に粒子を地球へ持ち帰るためのさまざまな調整とルール作りを行っています。私たち地球外物質研究グループの仕事は、探査機が宇宙へ出発する前から始まっているんですね」

粒子ひとつひとつには、001番、002番...とトラック番号が付けられ、「ドル箱」と呼ばれる箱を用いて保管されている。
粒子ひとつひとつには、001番、002番...とトラック番号が付けられ、「ドル箱」と呼ばれる箱を用いて保管されている。

地球は流動的。だから色に溢れている

これまでに約100本以上の論文が発表されている「リュウグウ」の粒子。そこにはどのような科学的発見が含まれているのだろうか。臼井はその成果について、次のように語った。
「最も興味深いのは、生命の起源に関わる発見です。『リュウグウ』からは、水に加えて、筋肉を構成するたんぱく質の前駆物質であるアミノ酸が発見されました。この発見が極めて重要なのは、地球上では失われた太陽系の起源に関する貴重な情報を、『リュウグウ』が保持しているからです。そのため、46億年前の太陽系形成時点で、生命の基盤となる物質がすでに宇宙に存在していたことが示されています」

「非常に興味深いですね。リュウグウの粒子は46億年間変わらず真っ黒であるのに対し、地球は色彩に満ちています。それは、地球上の物質が絶えず動いてきた結果なのでしょうか」と吉田さんが問いかけると、臼井は「その通りです。宇宙の大部分は黒や灰色が支配する世界ですが、地球は物質が動くことで多様性が生まれて色が生まれたんです。僕らは色が溢れた世界に生きている。今日はそれを伝えようとここに来ました」と続けた。

Profile

吉田勝信 臼井寛裕

(写真左)
採集者・デザイナー・ プリンター
吉田勝信
YOSHIDA Katsunobu

山形県を拠点にフィールドワークやプロトタイピングを取り入れた制作を行う。近年、海や山から採集した素材で「色」をつくり、現代社会に実装することを目的とした開発研究「Foraged Colors」や超特殊印刷に取り組む。趣味はキノコの採集および同定。

(写真右)
JAXA宇宙科学研究所
地球外物質研究グループ グループ長
臼井寛裕
USUI Tomohiro

地質学を専門とし、最初は地球、そして現在は火星や小惑星を中心とした太陽系天体の成り立ちを研究している。特に、岩石試料の実験室での分析を得意とする。最近は海外出張が増えてきて、その道中の飛行機の中での読書を楽しみにしている。

写真:表 萌々花 文:熊谷麻那 編集:水島七恵

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