古川宇宙飛行士、ISSのミッションを終えて帰還

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古川宇宙飛行士らが搭乗したCrew-7が海上に降下していく様子
クレジット: JAXA/NASA

古川宇宙飛行士、ISSのミッションを終えて帰還

有人宇宙活動での
火災防止に向けた研究に進展

2024年3月12日に、古川聡宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(ISS)での長期滞在を終えて無事に地球に帰還した。
ISS滞在中に数々の実験を行ってきた古川宇宙飛行士。
今回は、そのなかで「FLARE(微小重力環境での固体材料の燃焼性に関する実験)」の成果について担当の菊池 政雄に聞いた。

医療・科学・教育と多岐にわたった古川宇宙飛行士のISSミッション

古川宇宙飛行士による今回のISS滞在は、2023年8月から2024年3月までの約半年間だった。2024年3月12日にはクルードラゴン宇宙船(Crew-7)にて、米国フロリダ州・ペンサコーラ沖に無事帰還。これをうけて菊池は「大きなトラブルもなく、長期滞在が成功したことに、まずは安堵しました」と語った。

帰還後も精力的に報告会などを行う古川宇宙飛行士

帰還後も精力的に報告会などを行う古川宇宙飛行士

「宇宙でしか見つけられない答えが、あるから。」をISS滞在のミッションテーマとし、医師である自らのバックグラウンドを活かして「再生医療につながるヒト臓器創出の要素技術の実験」などを実施した古川宇宙飛行士。その他にもJAXA's 94号で紹介した「水再生システムJWRSの実験」をはじめ、「宇宙飛行士の作業時間削減をめざした船内ドローンロボット(Int-Ball2)技術などの実証」や、今回取り上げる「FLARE(微小重力環境での固体材料の燃焼特性に関する実験)」などに取り組んだ。

また、民間企業によるさまざまな実験・技術実証も実施。さらに次世代を担う多くの国々の若者が参加した簡易宇宙実験(アジアントライゼロG)やロボットプログラミング競技会にも参加するなど、宇宙開発の発展に加えて、民間利用の拡大、人材育成・教育にも貢献したISSミッションとなった。

有人宇宙活動での火災を防ぐ、FLAREの実験とは

今回は、古川宇宙飛行士がISSで行った数々の実験の中から、「FLARE(火災安全性向上に向けた固体材料の燃焼現象に対する重力影響の評価)」を紹介する。まずFLAREとはいったいどのような研究なのか菊池に聞いた。

「私が担当するFLAREは、宇宙船内などで使用する固体材料の燃焼性について調べる研究です。簡単に説明すると、『宇宙で物はどう燃えるのか』、つまり宇宙船内などの微小重力環境と地上の通常重力環境では、物の燃え方がどう違うのかを明らかにしようとしています」

何のために物の燃え方を明らかにするのかと問うと、菊池は「重力環境の変化による影響を適切に考慮した、世界で初めての材料燃焼性の評価手法を作りたい。それによって、宇宙船内などにおける火災を防止するなど、人類が宇宙での活動の場を拡大していく際の安全性を高めていきたい」と話した。

例えば、私たちの住宅では防火を目的に、カーテンや建築素材などに防火性能の認定がされているものを選ぶことができる。この認定は、地上の通常重力環境下で「防火効果がある」と認められていることの証だが、重力環境が大きく違う宇宙船内などで、そのまま通用するとは限らない。

「逃げ場のない閉鎖空間となる有人宇宙船などでの火災を防ぐために、船内で使用する材料は燃えにくく、防火効果のある物である必要があります。それを実現するためには、まずは宇宙船内の微小重力環境ではどのような素材がどう燃えるか調べ、さまざまな素材でエビデンスを積み重ねた上で、宇宙での防火性能基準を作っていかなければなりません。そのための研究をFLAREでは進めてきました」

「きぼう」船内実験室にてFLAREに関する作業を行う古川宇宙飛行士
「きぼう」船内実験室にてFLAREに関する作業を行う古川宇宙飛行士 クレジット:JAXA/NASA

宇宙空間と地上、物の燃え方は全く違っていた

FLAREの軌道上燃焼実験は2022年5月から、ISSの日本実験棟「きぼう」にある固体燃焼実験装置(SCEM)を利用して実施されてきた。最初の試料に選ばれたのは、ろ紙(薄いフィルターペーパー)。試料上を燃え拡がる⽕炎の観察を⾏うとともに、燃え拡がらなくなる酸素濃度、周囲流速条件を調べた。そして今回、ISSでの古川宇宙飛行士の協力を得て、ようやく、ろ紙での実験が終了。長時間の微小重力環境を活かし、燃焼が継続する限界近くの条件でゆっくりと燃え拡がる火炎の挙動を観察する実験では、酸素濃度が低下したり周囲流速が小さくなって燃焼の継続が厳しくなったりすると、火炎の形状がそれに応じて変化することがわかった。またこの変化により、これまで想定されていた以上に燃え続けるなど、地上とは全く異なる物の燃え方をすることなども新たにわかった。

「これには、一緒に研究を進めていた海外の研究チームメンバーも『非常に意義深い結果が出た!』と興奮していました。今までに十分解明できていなかった『重力が小さくなった時に物はどのように燃えるのか』という謎が少しずつ解けてきた。ここからの研究にも弾みがつきます」

ISSの日本実験棟「きぼう」での軌道上実験で取得された、薄い
ISSの日本実験棟「きぼう」での軌道上実験で取得された、薄い"ろ紙"試料上を燃え拡がる⽕炎の画像 クレジット:弘前⼤学/岐⾩⼤学/北海道⼤学/JAXA
「きぼう」船内実験室にある多目的実験ラック(MSPR)に搭載して実験を行う固体燃焼実験装置(SCEM) 酸素濃度45%までの雰囲気条件において固体材料の燃焼実験を行うことが可能

「きぼう」船内実験室にある多目的実験ラック(MSPR)に搭載して実験を行う固体燃焼実験装置(SCEM)
酸素濃度45%までの雰囲気条件において固体材料の燃焼実験を行うことが可能

実はこれまでは、宇宙船内で燃えにくい材料を選定するために、NASAが定めた試験手法で材料の燃焼性を評価していた。しかしこの手法は「材料は通常重力環境の方が燃えやすい」ということを前提としたもの。地上の落下実験施設やスペースシャトルなどによる微小重力環境での材料燃焼実験が実際に行われるようになり、「微小重力環境や月面のような低重力環境の方が材料は燃えやすくなる場合もある」ということがわかってきた今、新たな評価手法が必要になった。

「こうした背景から、FLAREではNASAやESAなどの海外宇宙機関および国内外の多くの研究者との協力のもと、材料の燃焼性に与える重力の影響を考慮した燃焼性評価手法を新たに構築しました。「きぼう」での軌道上実験では、この新手法の妥当性検証を行うことが重要な目的で、今回のろ紙試料の結果では、新手法の妥当性を裏付ける結果が得られています」

国際ルールに従う側から、作る側へ。
国内素材企業の宇宙参入を支援したい

では、新たな評価手法を構築し、普及することにはどのような意味があるのか。

「NASA基準に従った材料の燃焼性評価を実施するには、特別な試験装置が必要で、多くのコストがかかります。このため、民間の宇宙利用が増えつつある中でも、わざわざお金をかけて試験や評価を行ってまで、新規素材を活用しようという動きは活発にならず、既にデータベースに登録されている評価済みの材料を優先して使用するケースが多い状況です。しかし、日本が率先して現在よりも優れて使いやすいルールを作ることで、より低コストで試験がしやすくなり、日本の優れた材料が有人宇宙活動で使用される可能性を高めることができます。これにより、有人宇宙活動で求められる高い難燃性を持った日本発の材料・製品が、国内だけでなく世界でも多く使用されるようになってほしいですね。この研究は、今後の有人宇宙探査などにおける火災安全性の向上に貢献すると同時に、日本の素材産業の宇宙市場への国際的展開の後押しにもつながるものと考えています」

すでに2024年2月には、FLAREでの研究をもとに日本プラスチック工業連盟などと協力して開発を進めてきた固体材料の燃焼性試験の手法が、新規の日本産業規格(JIS)K7201-4として制定された。新たな材料燃焼性評価手法の信頼性をさらに高め、国際的な活用を実現すべく、「FLARE」では今後もさまざまな材質・形状の固体材料を実験試料として用い、微小重力環境における高精度な燃焼特性データを継続して取得していく予定だ。

「FLAREは現在、新手法でのエビデンスを積み重ねていく段階にあります。これを経て、世界初の『重力の変化を考慮した材料燃焼性の評価手法』を次世代の国際的なスタンダードにしていきたい。日本も参加するアルテミス計画でも、月の重力環境(地上の約1/6)をふまえて材料、素材の燃焼性を評価する際に新手法を活用してもらえればうれしいですね。その実現をめざして、引き続き研究を進めていきます」

Profile

菊池 政雄

有人宇宙技術部門きぼう利用センター
技術領域主幹
菊池 政雄(きくち まさお)

北海道出身。入社以来、一貫して宇宙実験に関わる部署に勤務。「きぼう」での燃焼実験の立ち上げに従事したほか、落下実験施設、航空機、小型ロケット、ISSなどのさまざまな実験手段を利用した燃焼実験を経験。趣味は旅行、キャンプ、スキー。

取材・⽂︓笠井美春  編集︓武藤晶⼦

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