「DTN」技術で宇宙に新しい通信インフラを
宇宙でも地上のインターネットのような通信ができるように
「DTN」技術で
宇宙に新しい
通信インフラを
宇宙開発が進むにつれて、宇宙でも地上で使用しているインターネットのような
通信システムが求められるようになってきている。
これを実現する鍵となるのが、DTN(遅延/途絶耐性ネットワーク)技術だ。
この研究開発に取り組む森永 優と太田 那菜にDTNとは何か、
そしてDTNがめざす未来について聞いた。
なぜ今、新しい宇宙通信システムが必要なのか
現在、月や火星などにおける人類の持続的な宇宙探査計画が、国際的に推し進められている。これに伴い、今後宇宙では、宇宙機(探査機やローバなど)や宇宙飛行士などの、さまざまなユーザの活発な活動が見込まれる。多くのユーザが地球外の天体で持続的に活動するためには惑星間にまたがる通信インフラの整備が欠かせない。そこで求められるようになったのが、新たな宇宙通信システムの開発だ。
めざすのは「地上のインターネットと同じように、地球周辺や月・火星などの宇宙領域で活動するさまざまな宇宙機や地上局(アンテナおよびデータを送受信するための装置など)などが、いつでもどこでも通信できるようにすること」。つまり、惑星間インターネット(Interplanetary Internet : IPN)の確立だと、森永は言う。
「私たちが開発しているDTN(Delay and Disruption Tolerant Networking)は、この惑星間インターネットで用いられる、新たな宇宙通信システムを実現する鍵となる技術です」
なぜ、現状使用されている宇宙通信方式とは違うシステムが必要なのだろうか。 実は現在の宇宙通信は、「地上局と宇宙機とが一対一で電波を送り合う方式」が基本となっている。この場合、両者が互いに見えているタイミングでないと通信できない(電波が届かない)などの不便さがどうしても発生してしまう。
「今はまだ、このシステムでも成り立っていますが、今後、月や火星周辺に探査機やローバなどが増加すると、それらと通信する地上局の数が足りなくなることなどが予想されます。また、宇宙機と通信するデータ量の増加も見込まれているので、今以上に効率的にデータの伝送をしていく必要もあります。加えて、月面などで宇宙飛行士が長期滞在するなかで、地球と通信したいときに通信できない状況は大きな問題になります。こうした課題を解決するために、地上のインターネットのような仕組みを宇宙空間にも作る必要があるのです」
DTNとは、これからの宇宙通信を劇的に進化させる技術
現在開発が進められているDTNは、どうやってこの課題を解決していくのだろうか。まずは、「解決の鍵となるDTNとはどんな技術なのか」を森永に聞いた。 「DTNは、その名前のとおり、通信上の遅延や途絶に耐えられるネットワークのことです。宇宙空間で、地上のインターネットのような通信システムを作ろうとした場合、大きくふたつの問題が出てきます。 ひとつは、通信しようとする2拠点(宇宙機と地上局など)がとても離れていて、データ通信に遅れが出てしまうこと。地上では日本とブラジルでも2万㎞ほどですが、宇宙では数千万、数億㎞の場合もあり、光速で進む電波であっても届くのにどうしても長い時間がかかってしまいます。これが通信遅延という問題です。 また、ふたつ目の問題は、宇宙機は常に動いているため地上から見えなくなる時間があり、その間、通信が途絶えてしまうことです。これを通信途絶と言いますが、この遅延と途絶が起こりやすい宇宙環境でも、より快適に地上のインターネットのような通信ができるようにする技術がDTNです」
DTNでは多くの宇宙機を介して、インターネットと同じように、いくつかの中継を繰り返して情報を目的地まで届ける。そこで「通信途絶」が発生した場合でも対処できるよう、データを中継点となる宇宙機などに留めておく「蓄積転送方式」を取っている。データを中継して、情報を目的地まで届けていく、いわゆるバケツリレー方式でのデータ通信だ。「蓄積転送方式」であれば途中経路で通信途絶が発生した場合でも、通信が復旧したのち中継地点からデータ送信を再開することが可能になる。さらに「通信遅延」が発生する問題に対しては、DTNで用いる通信規約を、宇宙空間で遅延が発生することを前提とした工夫を施すことで克服している。
「DTNによる惑星間インターネットが確立すれば、より簡単に自由に宇宙機同士の通信、宇宙機と地上の通信などができるようになります。この実現をめざして今、私たちは研究開発を進めています」
若手を軸としたチームで、世界に認められるDTN技術の確立をめざす
JAXAのDTN開発チームは、現在3名で構成されている。2023年から新たにこのチームに加わった太田は、「世界中で研究開発が進められ、実現を求められているDTN技術の開発に携わることができ、やりがいとともに責任も感じている」と語り、DTN技術の実現のために、今現在チームで取り組んでいる内容について説明した。
「私たちが進めているのは、『① 宇宙機へのDTNの搭載』『② 通信プロトコルの国際標準化』『③ 民間利用の拡大促進』の3つです。 まず『①宇宙機へのDTNの搭載』をなぜ進めているかというと、JAXAでは2030年代にDTNによる惑星間インターネットを月-地球間で実現しようと検討しており、そのためには宇宙機へのDTNの搭載が必須だからです。そもそもDTNは通信システム技術なので、これを使用するためには通信機器やストレージ装置などの開発が必要です。これを研究開発部門などと協働して将来惑星間インターネットを確立しようしています。
また、『②通信プロトコルの国際標準化』については地上のインターネットのように、全世界で共通した『プロトコル(コンピュータでのデータ通信におけるルールなどの通信規約)を作り、例えば各国の宇宙機同士が宇宙で利用できるようにすることを可能にするための取り組みです。各国、各組織が別々のプロトコルを使用すれば、宇宙での通信は同じプロトコルを使っているもの同士でしかできません。それを避けるため、現在、宇宙データ通信システムに関わる国際組織での話し合いに参加し、共通ルールの作成をしています。
そして『③民間利用の拡大促進』については、これまで株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所と協働し、DTN技術を、地球低軌道(ISSや気象衛星などが運用されている地球から高度2,000kmまでの軌道)や成層圏(高度10~50km程度の大気圏内の空間)における2地点間の光インターネットサービスの実現に活用する研究も進めてきました」
DTNの開発チームはこうした活動のなか、2023年には、メーカとの協力で進めてきた「DTNの高速化への研究開発成果」を論文として世界に発表。非常に大きな評価を得た。
アルテミス計画などでの使用に向けて
「DTNはこれからの宇宙開発に必要不可欠な、新しい宇宙のインフラだ」と森永は語る。 今後は、2025年以降に月面に人類を送ることを掲げているアルテミス計画(米国が主導する月面探査プログラム)や、JAXAの宇宙探査プロジェクトへの適用を視野に入れて、急ピッチで、まずは宇宙機への搭載を実現させる予定だ。
入社1年目でチームに加わった太田は、「宇宙の通信システムが変わろうとしている今、DTNの研究に参加できていることが、まずはうれしい。DTNの面白さに触れ、毎日が学びの連続。今後の宇宙開発、宇宙での快適な長期滞在を実現するために、この技術の確立に少しでも貢献していきたい」と今後の研究への意気込みを語った。
そして森永も、DTN技術の開発について、「大きなやりがいを感じている」と続けた。
「現在、JAXAも国際協力するアルテミス計画では通信の要としてDTNを採用することが検討されています。まずはこの国際的に重大な事業に携われることが、大きなよろこびですね。新たな宇宙通信システムの確立、という重要な研究に入社以降関わってこられたことは、本当に幸運であり、若手にチャンスを与えてくれたことに感謝しています。ここからも、DTN研究にさらに力を注ぎ、新たな宇宙の通信インフラの早期実現をめざしていきます」
Profile
追跡ネットワーク技術センター
追跡技術開発チーム
森永 優(もりなが ゆう)
鹿児島出身。牡羊座。DTN技術の衛星搭載化や通信アルゴリズムの応用研究、国際標準化活動に従事。また民間企業へのDTNの普及活動にも力を入れている。趣味はアコースティックギター。
追跡ネットワーク技術センター
追跡技術開発チーム
太田 那菜(おおた なな)
昭島出身。牡羊座。DTN技術の最適化および国際標準化と宇宙データシステム諮問委員会(CCSDS)の事務局業務を担当。今欲しいものは、大きな白い風船ボディのケアロボット。
取材・⽂︓笠井美春 編集︓武藤晶⼦
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