特集:パラボラアンテナ

宇宙機と交信する唯一の手段

パラボラアンテナのこと

宇宙空間を航行する宇宙機(人工衛星や探査機)が得たデータは、私たちの生活を静かに支え、
また人類の可能性を広げている。宇宙から届くこれらのデータを地上で受け取るには、「パラボラアンテナ」の存在が欠かせない。そんなパラボラアンテナについて、運用・管理を担うJAXA追跡ネットワーク技術センター(以下、追N)の“アンテナ博士”こと米倉克英と、“アンテナエキスパート”こと山崎梨菜に聞いた。


次世代の大型アンテナ開発にも携わる
アンテナ博士の米倉
次世代の大型アンテナ開発にも携わるアンテナ博士の米倉
34m(内之浦)や64m(臼田)の
大型アンテナの運用と維持管理を担う
アンテナエキスパートの山崎
34m(内之浦)や64m(臼田)の大型アンテナの運用と維持管理を担うアンテナエキスパートの山崎

電波を「声」として交信する

スマートフォンやラジオ、テレビ、地図アプリに使われるGPS機能。私たちの生活を当たり前に支える電子機器や機能を使うとき、アンテナはなくてはならない存在だ。アンテナが窓口となり、電波という形で、音声や映像を伝えたり受け取ったりすることで、私たちは遠く離れた友人と会話したり、海外で撮影された動画を視聴することができる。そして、地球を飛び出したさらに遠方、宇宙空間にある宇宙機と電波を使って交信できるのは、お椀のような形をした「パラボラアンテナ」だけ。JAXAはこのパラボラアンテナを使って、地上から数百kmほどの地球周辺から、38万kmの月周辺、200万km以上先の深宇宙、さらには約3億km以上も先にある宇宙機たちとの交信を行っている。

アンテナのイラスト
アンテナエキスパートの山崎さん

宇宙機からの声(電波)は、まずお椀部分で反射させ、さらに折り返して中心に集めます。中心には穴が開いていて、そこから受信機に導き、信号を取り出してコンピュータに取り込み、宇宙機からの声を解析していきます。

米倉アンテナ博士は、小惑星探査機「はやぶさ2」のミッションではインターフェース(ミッションチームと追跡Nとの間をつなぐ役割)を担い、現在は新しいアンテナの開発に携わっている。そんな米倉アンテナ博士は、パラボラアンテナのことを「遠く離れた仲間との唯一の通信手段」だと教えてくれた。

「宇宙機は地上の私たちにとって、宇宙について教えてくれる仲間のような存在で、その宇宙機の声(電波)をJAXAが聞き取るには、大型のパラボラアンテナが必要です。現在、JAXAが持つパラボラアンテナは、国内・海外を含め18基。これらすべての運用管理を私たち追跡Nが行っています。

宇宙機の声には2種類あり、そのひとつが『テレメトリ』です。これは、宇宙機の温度や姿勢といった『状態』、あるいは、宇宙機が目標天体に近づくことで得られた『観測データ』のことを指しており、ミッションチームが、宇宙機のミッション遂行状況を判断する材料となります。もうひとつの声は『追跡データ』と呼ばれる、宇宙機の位置情報です。私たち追跡Nは、この情報をもとに宇宙機の現在地やこれからの進行方向を判断します。

まず、通信ができているとき、アンテナの向きから宇宙機の方向を判断します。そして、声(電波)の進む速度は1秒間に約30万km(地球を約7周半)なので、こちらからの声が宇宙機に届いて帰ってくるまでの往復時間で、距離も把握することができます。また宇宙機は通信をしながらも移動するので、その移動前と後の変化を見ることで、移動速度もわかる。それらをすべて合わせると、宇宙機は今どこにいるか。これからどこに飛んで行こうとしているのか、までがわかってくるんですね。

もし宇宙機側に仕事をさせたり、状態の確認が必要であれば、パラボラアンテナを介して『コマンド』と呼ばれる指令を伝える。こうしたやりとりを常に行うことで、宇宙機は安全に航行し、私たちは宇宙からの声を受け取ることができるのです」

アンテナとの距離
アンテナ博士の米倉さん

宇宙機から届く声の大きさは、距離が遠くなればなるほど、小さくなってしまうんですね。そこで遠くにある宇宙機と話すには、大きな地上の耳(パラボラアンテナ)が必要となる。指令を送るときも、声を大きくしたり、声のビームを鋭くすることで遠くまで届けています。

宇宙機とパラボラアンテナ。その間を渡っていく声には、特有の言葉(信号)がある。米倉アンテナ博士は「モールス信号のようなもの」だと説明してくれた。「声(電波)は、文字通り『波』の形をしています。宇宙機やパラボラアンテナは、波が大きくなったり小さくなったり形を変えたりする変化を、言葉として受け取っています。たとえば昔、船や郵便電報で使われていたモールス信号は〈―〉(長音)と〈・〉(短音)を使って情報を伝えますが、パラボラアンテナの声はコンピュータで2進数を使って表されるので、〈0〉と〈1〉を使います。例えば、形が変わったら〈0〉、形が変わらなかったら〈1〉と、あらかじめルールを決めておき〈11111111〉は『人工衛星の姿勢を右に』、〈11110000〉は『燃料で推進させる』という指令だと、双方が認識しておくことで会話を可能にしています」

アンテナのイラスト
アンテナのイラスト
アンテナ博士の米倉さん

陸域観測技術衛星「だいち2号」による地球表面のレーダー画像(上)と、「はやぶさ2」による小惑星リュウグウのカメラ画像(下)。〈0〉と〈1〉で届いたテレメトリに色を対応させ、変換することでこうした画像を見ることができます。

宇宙との通信を、地上から伴走する

パラボラアンテナの運用は、24時間365日止まることなく行われている。長野県・臼田や鹿児島県・内之浦でパラボラアンテナの維持管理を務めてきた山崎エキスパートは、その運用について語る。「宇宙機にとって、地上との通信が途絶えてしまうことは致命的で、ミッション失敗の可能性も高まってしまいます。パラボラアンテナの中には古いもので40年近く稼働しているものもあり、不具合は度々起こってしまう。そのときは現場へすぐに駆けつけ、建設を担ったメーカーとも確認して迅速に復旧できるよう対応します」。パラボラアンテナは他の声(日常生活で使われるさまざまな電波)の影響を避けて建てられるため、人里離れた山奥にあることも多い。「毎日のように山登りをしていたこともあります」と、山崎エキスパートは笑顔で続けた。

日々雨風にさらされるパラボラアンテナ。だからこそ、まめなメンテナンスを行うのも追跡Nの仕事だ。「メンテナンスは、正しく動作するための機械構造のメンテナンスと、声を送受信する装置・コンピュータのメンテナンスの2つがあります。運用計画の合間を縫いながら、現場の方々とも調整を行い、メンテナンスを行います。裏方的な作業ではありますが、宇宙との通信手段を維持確保する責任感と、たくさんの方々と共有する『必要な時に宇宙機ときちんと通信する』という思いを一身に感じられる、やりがいのある仕事です」

図版
アンテナ博士の米倉さん

これは、ある日の地上局運用スケジュールのイメージ。JAXAが運用する18基の宇宙機の名称が左側に書かれ、青く色づけているのが通信を行う時間帯です。宇宙機はそれぞれ、地上からの「可視時間」が異なるのでそれに合わせた運用計画を立てています。

米倉アンテナ博士は「追跡Nは、ミッションチームが歓喜に揺れているときに、手に汗を握る仕事でもあるんです」と話す。「たとえば『はやぶさ2』が小惑星リュウグウへのタッチダウンを成功させたとき。追跡Nとしてはタッチダウン直後に宇宙機との通信が途絶えてしまわないようにと、とにかくモニターから目が離せませんでした。パラボラアンテナは、ロケット打ち上げの際もロケットや宇宙機との通信を行っていますが、その可否は歓喜の瞬間をなくすことにも直結してしまう。だからこそ予定通り通信ができると、よし!と達成感があります」

続けて「パラボラアンテナは、私にとって憧れの場所を教えてくれる存在」だと、山崎エキスパートは言う。「本当は自分で行きたいくらい、宇宙に憧れを持っていますが、今はまだ実際に行けない代わりに『こんな画像が撮れたよ』『こんな星があったよ』と、パラボラアンテナを介して宇宙機が教えてくれることに日々、ワクワクしています」

今この瞬間も、パラボラアンテナは絶えず宇宙に向けて耳を澄まし、追跡Nチームは伴走し続けている。

Profile

米倉克英

追跡ネットワーク技術センター技術領域主幹
米倉克英
YONEKURA Katsuhide

岡山県出身。追跡ネットワーク技術センターが所掌するパラボラアンテナの運用管理、次世代アンテナの構想検討や開発業務に従事する傍らアンテナ博士として子どもたちを中心にパラボラアンテナの役割や宇宙開発について伝えている。最近の趣味は天然温泉巡り。

山崎梨菜

追跡ネットワーク技術センター研究開発員
山崎梨菜
YAMAZAKI Rina

地球出身。JAXA保有のアンテナの中でも地球から200万km以遠の「深宇宙」を航行する探査機と通信するため、日本で一番大きな臼田64mアンテナをはじめとした深宇宙探査用アンテナの運用、維持管理を担当している。趣味は大きな音を聞くことと貝殻集め。鼻が利くので地図を見ずにニオイで道を覚えるタイプ。推しアンテナはもちろん臼田64m。渋いっ!

⽂:熊谷麻那

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