深宇宙と地上をつなぐ、唯一の線
対談
深宇宙と地上をつなぐ、唯一の線
石山蓮華電線愛好家・文筆家・俳優
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内村孝志追跡ネットワーク技術センター
美笹深宇宙探査用地上局 冗長系開発整備部門内プロジェクトチーム
プロジェクトリーダー
標高1580m。長野県佐久市の蓼科スカイライン沿いに佇む真っ白なパラボラアンテナが空を見つめ、探査機からのかすかな信号を地上へとつないでいる。ここはJAXA美笹深宇宙探査用地上局。地球から200万キロメートル以上離れた深宇宙を航行する探査機との通信を担うこの地上局に、電線愛好家として活躍する文筆家・俳優の石山蓮華さんが訪れた。案内人はアンテナの建設当時からその開発と運用に携わってきた内村孝志。電気を運ぶインフラとしての電線に深い愛を寄せる石山さんが引き出す、アンテナの魅力と電線との共通点。
パラボラアンテナと電線がつなぐ、世界と私たち
石山
車で紅葉に染まる山道を登っていると、山の中腹に真っ白なお椀型のパラボラアンテナ(以下、アンテナ)がぽつんと見えてきて「あっ!」と。そのまま登っていくと、目の前に大きなアンテナが迫ってきて感激しました。近づけば近づくほど、その大きさに驚いたんですが、いざアンテナの内部に入ってみると、逆にスケール感がわからなくなっていく。とても興味深い体験となりました。
内村
そうでしょう。ここに初めて来られる方はみなさん、石山さんと同じ感想を持たれる方が多いです。
石山
あと、アンテナは人の目には見えない電波を宇宙から受信して、人が見える世界へとつないでいますよね。私が普段愛好している電線も世界と私たちをつなぐ役割を担っているので、そこに共通点を感じました。
内村
石山さんは人と人、物と物をつなぐ(connect)ところに興味があるんですね。お話を聞きながらパーソナリティを務められている『こねくと』(TBSラジオ)が浮かびました。
石山
確かに私は人や物のつなぎ目に関心があるのだと思います。ラジオというと、そのメディアの特性に、いつもの時間帯に同じ人の声が聴こえてくることの安心感があると思っています。今日アンテナを見ながら同じ感覚を得ました。この場所でどんなときも宇宙からの電波を受信・送信している。見守る職員の方がいる。それは拠り所のようであり、ラジオの日常、私の好きな日常の風景でもあるなと思ったんです。
内村
それはうれしいです。というのも私はアンテナ(地上インフラ)の存在や活躍をもっとみなさんに知っていただきたいんです。宇宙空間という過酷な環境に耐えて何年も機能し続ける探査機や人工衛星はとてもすごいと思いますが、その運用を支えているのは地上設備であり、アンテナなんです。地上の設備を24時間365日稼働するように維持し続けていることで、宇宙でのミッションが実現していることをぜひ知っていただきたい。そんな思いを持って日々働いています。ところで石山さんはなぜ、美笹局(JAXA美笹深宇宙探査用地上局)がこの場所にあるのかご存じですか?
石山
宇宙探査を行う大型アンテナの立地条件に、この場所がちょうど適していた。という情報はいただいた資料で読みましたが、具体的にどう適しているのでしょう?
内村
まず、地球上にはNASAやESA(欧州宇宙機関)などが運用している大型アンテナが点在(主にアメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア)していますが、それらのアンテナとの位置関係が良い(日本はちょうど中間に位置する)ということが挙げられます。というのも地球は自転しているでしょう。1つの地上局が探査機と交信できる時間は1日1回で約8時間程度しかありません。24時間運用を行うとなると、経度の異なる3つの地上局が必要になるんです。そこで世界各地に点在するアンテナと協力し合うことでそれを可能にしているんですね。
石山
国際協力が欠かせないんですね。
内村
そうです。それは探査機との通信に限らず、天文観測も同じ。世界各地のアンテナがリレーをすることで観測データをたくさん集めて、天文現象などを解明しているんです。
石山
標高が高い場所にあることも、アンテナの立地条件としては重要なんですね。
内村
はい、地球から200万キロメートル以上離れた深宇宙を航行する探査機からの微弱な電波を受信するためには、都市雑音などの余計な電波や水蒸気が少ない場所が最適です。となると、なるべく市街地から離れた山奥が理想の条件に。その意味でここ長野県佐久地域は標高が高く電波環境もよく、また筑波宇宙センターや宇宙科学研究所(相模原)からのアクセスも比較的良いので、アンテナの立地としては条件がいいんです。佐久地域にはこの美笹局のほかに臼田局と、国立天文台のアンテナ(電波望遠鏡)もあって、こんなにアンテナが集まる地域は世界的にも珍しいんですよ。
石山
資料のなかには「太陽系探査には大型アンテナが必要」ということ、また「美笹局のアンテナは木星以遠の距離まで通信できる」ということが書かれていましたが、アンテナのサイズは大きければ大きいほど、遠い宇宙の探査ができるということでしょうか。
内村
その通りです。美笹局のアンテナは、臼田局の後継機として2021年に完成したアンテナです。臼田局のアンテナ口径が64mあるのに対して美笹局のアンテナ口径は54m。つまり10m縮小されていますが、その性能は臼田局と同等のものを維持しながら高精度に探査機を追尾できます。また臼田局との違いでいえば、美笹局のアンテナは主反射鏡の裏側に太陽光による熱対策のためのカバーをつけていること。そのカバーは強風対策にもなり、支持構造も全体的に骨太なアンテナになりました。あとは見学いただいたSSPA(固体電力増幅装置)は美笹局から探査機に届く電波を出すための装置ですが、これも従来使っていた真空管型のもの(クライストロン)から、新規開発の半導体に変えることによって、信頼性を高めました。
石山
装置の迫力、すごかったです。
内村
でしょう。また今後、新たに続く深宇宙探査においては海外機関との連携も多くなることを踏まえて、美笹局は国際規格に適合した外部インタフェースを付加して、相互接続性や運用性を向上させました。昔と異なり宇宙通信も国際標準化されてきたことで、宇宙機関同士、互いの探査機や人工衛星の運用を支援し合うことも実現しつつあります。
必要不可欠なインフラは、「用の美」が宿る
石山
内村さんのお話を伺えば伺うほど、地上のアンテナが壮大な人類の目的を支えていることを実感します。そのアンテナの細部を見つめていくと、電線がその一端を担っていることを知りました。なかには私が知っている身近なケーブルもあるのを発見してうれしかったです。
内村
このアンテナも同じく探査機を支えるインフラであり、その重要性は人々の日々の生活を支えるインフラ(電気・水道・ガス・インターネットなど)と変わらないですね。
石山
アンテナがより身近に感じられました。あと、今お話しながら思ったんですが、電線もアンテナもある場所に固定されるものです。被写体としてはその動かなさにも魅力があるなあと思います。そしてその被写体のまわりを自分が積極的に動きながら好きな表情を見つけていくことに、私は喜びを感じます。好きと言えば私は曲線も好きなんです。例えば鉄塔から伸びる送電線。あのたるみが作る曲線は緩やかな重力を感じさせてくれるので、つい見つめてしまうんです。
内村
たるませているのは計算されているんですよね。電線の丈夫さや、気温の変化による金属の伸び縮み、風や雪の影響などを考えて。
石山
はい。アンテナのケーブルは、曲線好きの観点から見てもとても魅力的でした。
内村
石山さんは本当におもしろい観点で物事を見ていますね。我々にとってケーブルというと、周波数特性と損失でしか見てないですから。ケーブルの材質によっては周波数が上がるにつれて特性が低下し、損失も増える傾向にあるので、高い周波数で使うときはこのケーブルを使うとか、そういう観点だけで日々ケーブルを見ているので。
石山
ケーブルが必要不可欠なインフラであるということ。それは「用の美」とも言えますよね。誰も美的観点を最優先してケーブルを扱っているわけではないのに、機能を突き詰めていった結果、独特の美しさが生まれている。私はそこにとても魅力を感じています。
宇宙ミッションを地上で支える人情
石山
美笹局は「はやぶさ2」(小惑星探査機)との通信をサポートされていますが、深宇宙探査ミッションを支える上で、探査機のプロジェクトチームとはどういう連携をしながらアンテナの開発・運用につなげているのでしょう?
内村
まず探査機のプロジェクトが、ミッションでのあらゆる状況を想定して、観測データをどんな信号形式でこの期間中にこれだけの量を地上に下ろしたいとか、探査機の緊急事態でこんな運用したいとか、さまざまな要求がありますよね。それを「ユーザー要求事項」としてプロジェクトがまとめて、 それに基づき我々地上局側と調整をしながら明文化します。地上局側はそれを「ミッション要求」として扱って、その要求を満たすためにはどういうシステムを作る必要があるのか。今度は地上局が「システム要求」「開発仕様」として落とし込み、整備を行います。
最終的には整備したものがミッション要求をちゃんと満たすことを確認した上で、実際の運用に入ります。探査機や人工衛星が打ち上げられた瞬間から、アンテナで追跡し、通信することになりますが、地上設備も保守点検や次の探査機に向けて機能改修をしないといけない期間の確保も必要です。しかし、探査機から急に運用したいという要望があるときは、人情もちょっと入って譲歩するときもあります(笑)。
石山
人情!
内村
打ち上げ直後の探査機や人工衛星の運用というのは「ミッションクリティカル」と言って、地上との通信頻度の優先度が高くなります。それに対して何年も安定して航行を続けている探査機や人工衛星との通信は、どうしても優先度は下げられてしまいますが、それでもちょっと無理をしても調整しなければいけないという人情が入る時もあります。もちろんプロジェクト管理の観点から許容できる範囲になりますが、特に日本の場合はそういう人情が含まれていると思います。
石山
海外の宇宙機関は違うものですか?
内村
もう少しそこはクールに対応していると思います。海外と言えば今後、美笹局では海外の探査ミッションの運用支援も活発に行っていく予定ですよ。
石山
具体的にはどういったミッションですか?
内村
JAXAが担当する水星磁気圏探査機「みお」(MMO)とESAが担当する水星表面探査機「MPO」の2機の探査機が今合体して水星に向かっていますが、地上局との通信は「MPO」とのみ行っています。2025年に分離して別々の探査機として運用し始めますが、それまでの間は「MPO」の支援を行います。これは謎に満ちた水星の現在と過去を明らかにするミッションです。あと打上げ予定のものだと、火星衛星探査計画MMX。火星の衛星を観測してサンプル採取し、地球に帰還するというシナリオが描かれています。またNASAのミッション、ナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡。これは宇宙のダークエネルギーやダークマターの謎に挑むとともに太陽系外惑星を探し、またその姿を捉えることを目指した大型ミッションです。それと二重小惑星探査計画 Hera。これはプラネタリーディフェンスの一角を担うもので、すでにNASAは無人探査機を小惑星に衝突させて、小惑星の軌道を変える実験を成功させましたが、その衝突後の様子を観測すべく、探査機を向かわせる計画がHeraなんです。
石山
気がかりな小惑星に宇宙船を激突させて、軌道を少しだけ変える。それは将来地球に小惑星が激突しないよう、進路を変える実験をしているということでしょうか。
内村
そうです。本当はガンダムが存在していれば、小惑星を押しのけてくれるでしょうけど(笑)、現実はそうはいかないですから。
街の、宇宙の、血管となり神経となる
石山
この間、『こねくと』のゲストとして出演いただいた地質学の専門家の方に、地球の歴史上、何度も繰り返されてきた生物の大量絶滅についてお話を伺いました。「1枚の地層には10億年の時間が内包されている」というお話から、地質学が扱う時間のスケールがあまりに大きいので、「自分の寿命についてはどう感じていますか?」と伺ったら、「どうでもよくなりますね」とお話をされていたのが印象的でした。内村さんもまた宇宙を相手にするなかで扱う時間と距離の単位がものすごく大きいと思いますが、宇宙と人生の時間についてどういうふうに感じますか?
内村
そうですね、普段はそれほど宇宙を感じながら仕事はしていないかもしれません。というのもアンテナは地上のインフラで、私の立場は探査機との通信を支援すること。なので、どちらかというとその探査機が観測したデータやサイエンス的な成果などの物証をもって宇宙を実感しているという感じですね。ただ、時間というと遠く離れた探査機に指令信号を出して探査機から帰ってくる応答信号を受信するのに長時間(例えば地球と太陽の往復だと約17分)かかるので時間というか距離を感じます。あと、趣味で星の写真を撮っているのですが、美笹局での仕事が終わった後22時ぐらいから星の撮影を始めて、気がついたら朝の4時になっていた、なんていうこともあります。そのとき感じるのは、時間はあくまで人間が決めた概念、単位なだけであって、宇宙にとっては本来関係ないということ。だから星を見ていると時間が経つのを忘れてしまってどうでもよくなりますね。集中してて時間が経つのに気づかないのとちょっと違うかもしれません。
石山
内村さんにとっての星が、私にとっては電線かもしれません。私も電線を見ていると、時間が経つのを忘れます。感情的なぶれが起こり得ないのが電線で、自分の言葉も通じなければ、自分とはまったく違う時間軸の捉え方ができる物質でもある。そこに私はある種の安らかなものを感じていて、だからこそ私は電線がすごく好きなんです。
内村
人間は感情がぶれますからね。だからこそ石山さんは電線に向かうんですね。
石山
電線を見ると自分の調子がわかったりするんです。例えば、自分の調子が良い時は電線の表情がよく見えますし、ふと電線を見上げて、ここ最近電線を見ていなかったな。私、今、余裕がないんだなと気づいたりします。
内村
そういうときは電線のストラップを付けて、ときどき握りしめたりするのはどうですか?(笑)
石山
そうなんです。触っていると落ちつくのでつい最近までイヤホンケーブルはずっと有線でした(笑)。曲げたり、すべすべした被覆を触ったりするのも楽しいですし、硬さ、色、材質、銅の純度、配線の様。どれをとっても理由がないものがひとつもありません。電線は街にとっての血管で、電話やインターネットをつなぐ通信線は神経みたいなものですが、アンテナもまた、地上と宇宙をつなぐ血管であり、神経でした。電線とアンテナ。こんなに近いものを感じられるなんて。今日は貴重な体験をありがとうございました。
Profile
電線愛好家・文筆家・俳優
石山蓮華 ISHIYAMA Renge
埼玉県出身。電線愛好家として『タモリ倶楽部』などのメディアに出演するほか、2022年より日本電線工業会公認「電線アンバサダー」としても活動。著書に『犬もどき読書日記』(晶文社)、『電線の恋人』(平凡社)がある。現在、TBSラジオ「こねくと」(毎週月〜木曜日14:00 ~17:30放送)でメインパーソナリティを務める。家では、犬と買ったばかりのスマホを交互に撫でながら電線を見ている。
追跡ネットワーク技術センター
美笹深宇宙探査用地上局
冗長系開発整備部門内プロジェクトチーム
(GREAT2プロジェクトチーム)
プロジェクトリーダー
内村孝志 UCHIMURA Takashi
鹿児島県出身。これまでスペースデブリ地上観測システム、人工衛星の高精度軌道決定、CCSDS(宇宙データ通信システムに 関わる国際標準化検討委員会)、衛星搭載機器等の研究開発などに従事。好奇心旺盛のため趣味多数。最近ではレコード鑑賞、写真撮影、XGに夢中。
撮影:高野ユリカ
ヘアメイク(石山蓮華):くどうミキ(shatter)
スタイリング(石山蓮華):酒井タケル
構成・文:水島七恵
著作権表記のない画像は全て©JAXAです。