人の美的・身体感覚が宇宙開発に働きかけること

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生活と創作の場が一体となった深澤さんのアトリエ。空間は自身がデザインしたプロダクトに包まれている。

デザインサイエンス

人の美的・身体感覚が宇宙開発に働きかけること

世界をリードするプロダクトデザイナーである深澤直人さんが、デザインと科学の繋がりを探究する一般財団法人「THE DESIGN SCIENCE FOUNDATION」を設立した。デザインと科学。その視線の先を宇宙開発や科学技術まで伸ばしたら、深澤さんは何を想い、課題とするだろう。アトリエを訪ねて、話を伺った。

宇宙はとても深く、多義的で、視線の上だけが宇宙ではない

アトリエの地下にあるガラス張りのワークショップ。国内外のトップブランドのデザインやコンサルティングを手がける深澤さんは、ここでデザインの立体モデルをスタッフと共に作っている。「最近は3Dプリンターも使いますが、うちは触りながら作る(触知)のが基本です」と深澤さん。

——深澤さんは自らのデザイン哲学を言葉で表しながら、デザインの具体を通して私たちの生活を美しいほうへと導いてきました。その深澤さんがデザインと科学の繋がりを探究する財団を創設された。JAXAの取り組みの中心にあるものは科学技術ですが、まさにデザインとの繋がりや可能性について探求したいと思っています。JAXAにどんなイメージを持たれていますか? 興味関心を寄せるJAXAの取り組みなどもあれば教えてください。

デザインの立体モデルに使用する白いウレタンフォームが積まれた棚の手前には、アメリカのEMECO社の製造のもと、深澤さんがデザインしたアルミ缶から再生されるアルミニウムからなるスツール「ZA」が置かれていた。

デザインの立体モデルに使用する白いウレタンフォームが積まれた棚の手前には、アメリカのEMECO社の製造のもと、深澤さんがデザインしたアルミ缶から再生されるアルミニウムからなるスツール「ZA」が置かれていた。

そもそも宇宙という概念がどういうものなのか。宇宙というものをみなさんどう捉えているのかな?ということがまず頭に浮かびました。僕が宇宙に初めて触れたのはアポロ宇宙船が月面着陸したときです。当時、小学生だった僕は出先のテレビに釘付けになってニュースを観た記憶が残っています。子供ながらに宇宙とは、月や星。自分の視線の遠く彼方にある存在を宇宙だと捉える自分と、大気圏の外側に存在するという概念もあります、いや我々人間も宇宙に生息する生き物であるという感覚もあり、なかなか定まらないですね。「宇宙に行ってみたい」という夢を抱いたことはないけれど、大人になって感じることは、宇宙の存在を解き明かしたアインシュタインの相対性理論などをもっと深く理解してみたいと思うことはあります。そうした自分の宇宙に対する概念がそのままJAXAを見る目に繋がっているかな。広くいうならば、JAXAは空想と現実が交わるところを探求する科学と技術の集団という認識ですね。壮大な夢がありますね。

——その夢はワクワクしますか?

もちろん、解き明かされていない謎に迫るわけですから。範囲は広いですよね。宇宙だけではなく地球のことも解き明かされていないし、もっというと人間の身体のなかも探求しきれていませんから。例えるなら『Powers of Ten』※のような世界。人間の身体は細胞からなっているけれど、細胞の最小単位である素粒子まで行きあたろうとしている研究と、宇宙の果てはどこにあるのか?という終わりなき研究は、本質的には同じビジョンであろうことは実感としてあります。その極小から極大までのスケールのなかで、一体自分たちはどの辺りにいるんだろう?と。

アメリカの家具メーカー、ハーマンミラーとのコラボレーションで深澤さんがデザインした「アサリチェア」。アサリという名前は貝のアサリを意味する日本語が由来。

アメリカの家具メーカー、ハーマンミラーとのコラボレーションで深澤さんがデザインした「アサリチェア」。アサリという名前は貝のアサリを意味する日本語が由来。

自分たちが触り切れないスケールを論理的に仮説を立てて、設定図化したり、方程式化したりするものが科学。物理的に実在するものとして触り当てていくことが技術であるとしたら、それは僕のデザインのプロセスと変わりはないんです。だから宇宙開発に関わる科学や技術は自分にとってワクワクする興味の対象です。しかし我々人間は地球圏という環境と対になって生息する生物だから、宇宙に出ていった人間が宇宙と対になった生物と見なされるかどうかはわかりません。でもその探求に皆興味を持っているのではないかと想像しています。

※『Powers of Ten』
チャールズ&レイ・イームズ夫妻が1968年に制作した、極大の宇宙から、人間の細胞内部まで10の2乗ずつズームイン/アウトしていくサイエンス・フィルム。

——もし深澤さんが真空かつ微小重力下の宇宙でデザインをするならば、何に注力をされると思いますか?

人造大理石(クリスタルプラント)のバスタブも、深澤さんのデザイン。「宇宙船のようじゃないですか? でも実際の宇宙船はもう少しゴツゴツしているかな。空気がない宇宙では流線形を作る必要がないから」

人造大理石(クリスタルプラント)のバスタブも、深澤さんのデザイン。「宇宙船のようじゃないですか? でも実際の宇宙船はもう少しゴツゴツしているかな。空気がない宇宙では流線形を作る必要がないから」

微小重力下では例えばラーメンをすすりながら食べるときに、どんな感触で人は麺を飲み込むのか。どの身体のセンサーで味わうことになるのか。そういう ことが気になります。つまり宇宙では日々湧きおこる欲求の満足度が全然満たされない。だから僕が宇宙空間に行ったら、卵かけご飯はどうやったら宇宙で 美味しく食べられるか。またはその代わりになるくらい美味しく食べられるメニューを考えることに自分の知恵を使うかな。たとえ水や空気もない微小重力下の宇宙でも、人間は心地よく生きたいでしょう。宇宙では宇宙なりの幸せや調和が必ずあるはずだから。そこを探し当てながら進化を試みようとする限り、デザイナーは必ず必要になります。つまり「宇宙では何が美味しいの?」ということをみんなで体験して、そのエッセンスを抽出していかなければいけない。それが究極の宇宙開発じゃないかな。美味しいものができなければ、人間は宇宙で暮らすことはないと思う。あと、今後ますます人類は宇宙へと視線が向かうと思いますが、そのときに人類が地球で犯した過ちを宇宙では二度と繰り返さないということが大切だと思います。人には意識せずともものや環境と調和しようという機能が備わっているのだから、それを見失わないことですね。

調和とは自分が環境に溶けていく感覚

——深澤さんにとっての「調和」の定義はなんでしょう?

「この家の魅力と苦労は入幅木(いりはばき)」だという深澤さん。入幅木とは床と壁、その境目の納まりをくっきりと綺麗に見せる工法。

「この家の魅力と苦労は入幅木(いりはばき)」だという深澤さん。入幅木とは床と壁、その境目の納まりをくっきりと綺麗に見せる工法。

自分が反芻して思い起こさなくても、身体がいい状態だと全体で感じていること。その心地よさのことかな。それは言葉や目の動き、波動とか、そういったものともめちゃくちゃ繋がっていると思う。
そもそも人間は身体で感じることしか感動しません。身体はその実在する輪郭を越えたものまで知覚しているんです。それは空気の流れや音で感じているだけじゃなくて。ダイナミック・タッチって知っていますか? 棒の先で指先で感じている情報が感じ取れること。 身体の延長の先で感じていること。例えば目隠しをして棒を降ることで長さがわかったり。ゴルフクラブがボールに当たった音だけでいいヒットだったかどうかがわかってしまうような。身体から離れたところにも感覚器は届いているといったことでしょうか。つまり振る・揺らすという運動に伴う感触によって、皮膚の表面では直接触れていないはずの物体全体の大きや向き、重さなどの印象を得ることができる。

人通りが多い道を歩いていても、互いにぶつからないでしょう。これも歩くという運動を通じて身体が間隔を認知しているわけです。満員電車なんてこれほど多くの他人同士の身体の凹凸が隙間なく接触する経験は他にないけれど、なぜ、車内は秩序と均衡が保たれているのか。つまり人は接触した身体同士の動きのどこまでが自分の意思の現れない限界か、その微妙な点を知っているわけです。

——絶えず人は運動しながらその状況において最も役立つ調和を探っているんですね。

庭には四角い芝生と一本の大きな欅。深澤さんが子供の頃に描いた家の絵をそのまま素直にかたちにしている。

庭には四角い芝生と一本の大きな欅。深澤さんが子供の頃に描いた家の絵をそのまま素直にかたちにしている。

人の表情は絶えず変化していますよね。常に可変しながら。流動するそのなかでいい表情がある。それと同じように人間と人間、人間とものの関係は一様ではなく、新たなものの出現によって新たな関係が築かれるもの。それはこれからの宇宙開発を考える上でも大切なことだと思います。

——お話を伺いながらふと、調和とは、"わたし"という主語が消えていく感覚があると思いました。

そう、自分が環境に溶けていく感覚ですね。その自分たちの無自覚・無意識な状況で営まれている調和に強烈にフォーカスすること。それこそがクリエーショ ンだと思います。

——THE DESIGN SCIENCE FOUNDATIONの取り組みは、デザインと科学の繋がりの探究ですが、ここでいう「繋がり」とはどんなことを指していますか?

デザインには人間と環境とものごとの関係を適正に調和させる役割があります。このデザインを科学と捉えてみると双方が同じところを見ている感じがする。それは新たな創造に結びついてゆく。そんな思いで財団を創設しました。宇宙空間で卵かけご飯はどうやったら美味しく食べられるか。そんなことは誰も考えないでしょ。だいたい微重力の中でご飯に卵がかけられるか、わからないし、その場で卵かけご飯を美味しいと感じられるかどうかを探ることで。宇宙で殻をどこに処理するかなんてことさえわからない。場所や状況や異なる時間において人の好みは自ずと変化する。その変化を捉えることがDESIGN SCIENCEです。

書籍『DESIGN SCIENCE_01』。深澤さんや生態心理学者の佐々木正人さんをはじめとする多分野にわたる11人が執筆。

書籍『DESIGN SCIENCE_01』。深澤さんや生態心理学者の佐々木正人さんをはじめとする多分野にわたる11人が執筆。

——デザインは科学であると言ってしまうことで、そこに参加する科学者や研究者もまたデザインの思考を自然に体感するようになる。JAXAの職員のなかにその感覚が呼び覚まされて、財団と何か共同で取り組むことができたらすごくおもしろいと思います。

できたらいいですね。科学者のなかには「デザインとは感覚が発達した人たちのもので、自分にはそういうセンスはなく、分析や計算が専門です」という方がいらっしゃいますが、それは思い込んでいるだけなんです。デザインと科学。それぞれが持っている感覚的なコンプレックスとインテリジェンスなコンプレックスがぶつかり合っているだけで、同じ人間なのだから本来そんな分かれ目はないはず。現に人間は無意識に道具を使い、使い心地の違和感も感じて記憶していますから、科学者もまたデザイン思考をもって、結論を予見したり想定することができるし、デザイナーもまた科学的に思考することができる。そこで「でも専門分野が違うから」と棲み分けても仕方がない。「みんなそれぞれ同じ資質を持っていますよ」というところから始めないといけません。

——そういった意味でいうとアートもまた、DESIGN SCIENCEに含まれそうです。

一階から地下へ、二階へと支えるアトリエの螺旋階段。「この階段の搬入を見ながらリチャード・セラを想いました」。

一階から地下へ、二階へと支えるアトリエの螺旋階段。「この階段の搬入を見ながらリチャード・セラを想いました」。

そう。例えばアニッシュ・カプーアの作品のひとつに、底抜けの黒い穴があります。穴は覗けない。もうこれだけで世界の謎と真実をカプーアはわかっているなあと思うし、黒い穴ひとつで宇宙全体を語ってしまっている。リチャード・セラは巨大な金属板を加工して空間を体感できる彫刻作品で知られていますが、双方の作品のスケールは巨大で、人間が想像し得ない体感を得られる。これらの作品と人類が宇宙で感じる感覚は近い感じがます。

こんなふうに世界に認められるアーティストというのは、感覚的でありながら同時にものすごく論理的に計算しながら作品を作っている。そういうパワーに満ちた作品に出会うと、やられちゃったな、よくこんなことするな、と思います。僕もそこを考えたかったなって。

だから財団はそういう「やられちゃった」人を探すための活動でもあります。穴を一つ掘るだけで世界の人々が「そうか!」と身体全体でわかるようなことができるパワーの持ち主を。新たな創造を生み出す人を支援することによって、結果的に人々の日常生活や環境への感受性や意識が高まると思っています。

——「やられちゃった」人がJAXAのなかにもきっといると思います。

それだけのポテンシャルを持っている方がJAXAで働いていると思います。科学者や研究者というのは、むしろデザイナーよりも誰よりも一番見えている人たちですから。DESIGN SCIENCEとはデザインと科学の関係を紐解きながら、見えないコンプレックスを取り払っていこうという試みです。一緒に美しい未来を描いていきたいですね。

Profile

深澤直人

プロダクトデザイナー
深澤直人 FUKASAWA Naoto


大学卒業後にシリコンバレーの産業を中心としたデザインの仕事に7年間従事し、1996年に帰国。2003年NAOTO FUKASAWA DESIGNを設立。世界を代表するブランドや日本国内の企業の デザイン、コンサルティングを多数手がける。多摩美術大学美術学部総合デザイン学科教授。日本民藝館館長。2022年に一般財団法人THE DESIGN SCIENCE FOUNDATIONを創設。

撮影:山本康平 取材・文:水島七恵

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