音と航空機 快適なサウンドスケープを描く

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音は、ものの振動が密に集まったり疎になったりを繰り返して伝わるため、疎密波(縦波)とも呼ばれている。

音と航空機
快適なサウンドスケープを描く

音とは波である。音源から発せられ、空気が振動することで、
私たちの耳に届く。
今日も頭上を飛び交う航空機。生活にも深く関わるその音を、
JAXA航空技術部門は低減しようと研究を続ける。

音の捉え方と向き合う

騒音と呼ばれる不快な音は航空機にとどまらず、私たちの生活に溢れている。そもそも私たちには、なぜ不快に感じる音があるのだろうか。音に関する科学技術の進歩と騒音との歴史的関わりを追究する『騒音の歴史』(マイク・ゴールドスミス著/東京書籍)には、何百万年も遥か昔、不意をつく大きな音は危険を意味していた、とある。火山の爆発や地響き、あるいは飢えた動物の息づかい。音に敏感に反応することは、私たち人間の生き抜く術の一つ。その本能が今も脈々と受け継がれているのかもしれない。

サウンドスケープ(音環境)が時代とともに複雑に変化するなか、JAXA航空技術部門では航空機が生み出す騒音を低減する研究に取り組んでいる。国内の隅々まで空港が整備され、必要不可欠な移動手段となった旅客機、救急搬送や救助活動を行なうヘリコプターや農薬散布を行なうドローンなど、あらゆる航空機が日々私たちの頭上を飛び交う。なかでも、より身近な旅客機の音を低減する取り組みには、エンジン音の低減を目指す「吸音ライナ」と、飛行中に機体が風を切ることで発生する音(風切音)低減を目指す「FQUROH(フクロウ)プロジェクト(※)」がある。
※FQUROH=Flight Demonstration of Quiet Technology to Reduce Noise from High-lift Configurations

エンジン音を吸収するスポンジとハチの巣構造

「吸音ライナとは、騒音を低減するために使用される壁面のようなものです」と、この研究に関わってきた石井達哉は説明する。吸音という言葉は聞き慣れないかもしれないが、例えば冬、雪の積もる朝に広がる静かな景色を思い浮かべてほしい。あの凛とした静寂は雪による吸音で、雪の結晶のギザギザとした形によって生まれている。「JAXAが開発する吸音ライナには2種類あります。1つは雪の結晶と同じような仕組みを活用した、スポンジのような多孔質材のもの。雪の結晶のギザギザの役割を小さな無数の穴や細かい繊維が担っています。もう1つは、小さな穴が開いた表面板とハチの巣状(ハニカム構造)のような複数の空洞で構成されたもので、共鳴によって吸音します。共鳴というと音が増幅して大きくなるイメージを持ちやすいですが、ハニカム構造の内部で空気が共鳴することによって表面板の小さな穴の中で空気が往復運動して、摩擦や干渉によって音の反射や通過を妨げられます。この2種類の吸音ライナが旅客機のエンジン内部に組み込まれ、音が吸収されるんです」。

エンジン騒音の主な原因は、内部にある大きなファン。吸音ライナはそれを覆う構造(ナセル)に組み込まれる(上図・赤)。雪の結晶のような粒子状の層に音が進入して、振動が吸収されて音が小さくなる構造もある。

エンジン騒音の主な原因は、内部にある大きなファン。吸音ライナはそれを覆う構造(ナセル)に組み込まれる(上図・赤)。雪の結晶のような粒子状の層に音が進入して、振動が吸収されて音が小さくなる構造もある。

エンジンにおける吸音ライナの開発では、音と性能や強度とのバランスも重視される。「吸音ライナの表面には、エンジンに吸い込まれた、あるいはエンジンから排出される空気の流れがあります。その流れが吸音ライナの小さな穴のある表面との間で摩擦を起こすと、エンジンの燃費、さらには旅客機全体の燃費に影響するんです。また旅客機の飛行中、吸音ライナは高速の気流にさらされますから、それに耐えられる強度も必要となります。開発には騒音低減のみならず燃費やコストやメンテナンスも関わるため、複合的な観点を考慮しながら吸音ライナを開発することが求められています」。

静音のヒントは、フクロウの飛行に

航空機による騒音は機体による「風切音」も大きな要因の一つである。FQUROHプロジェクトではその風切音に特化し、夜の忍者とも呼ばれるフクロウの飛行にヒントを得た技術開発が進んでいる。その開発に携わるのが高石武久だ。
「フクロウの多くは夜行性で、羽音をたてずに滑空し獲物を捕らえています。本来、鳥の飛行では風を切ることで羽のまわりに空気の渦が発生し音が生まれているんですが、フクロウは羽にある細かく並んだトゲのような構造が空気の渦を抑え、風切音をなくしています。プロジェクトではこの原理をヒントに、旅客機の風切音の低減技術を開発しているんです」。

フクロウの羽にある小さなトゲのような構造を旅客機にも応用する研究が進んでいる。

フクロウの羽にある小さなトゲのような構造を旅客機にも応用する研究が進んでいる。

「旅客機における風切音の主な発生源は、主翼の前後にあるスラット・フラップと呼ばれる高揚力装置と前脚・主脚です。これらのまわりの空気の流れから、大小さまざまな渦が発生し風切音が生まれます。音の発生方法はそれぞれ異なるため、低減策もそれに応じてコンピュータシミュレーションなどで検討しています」。
FQUROHプロジェクトでは「ビームフォーミング」という技術を活用し、音を計測している。「ビームフォーミングは、機体のどの部分から音が発生しているのかを可視化する技術です。飛行機を実際に飛ばし、地上に並べた200本近くのマイクで音の波形を同時計測。いつどのマイクが音を計測したか。その時差と飛行機との距離を逆算して、音の発生源を特定し計測しています。高揚力装置と前脚・主脚が大きな発生源であることを特定したのにも、この技術が活用されています」。
「また、プロジェクトでは空気の渦だけではなく、人間の耳にとって聞こえる範囲、可聴域にも着目しています。人間は低い音のほうが聞き取りにくく、音圧が大きかったとしても音が低ければ気にならないんです。ですから音圧を測定した上で、さらに人間の耳にはどうか?というのを考慮(聴感補正)し、騒音対策を行っています」。こうして人間の性質にも寄り添いながら、旅客機の静音化に取り組んでいる。

音圧(音の大きさ/縦軸)と周波数(音の高さ/横軸)を示すグラフ。たとえば口笛は図の通り、1000Hz付近の音が大きくなる。(※個人差あり)

音圧(音の大きさ/縦軸)と周波数(音の高さ/横軸)を示すグラフ。たとえば口笛は図の通り、1000Hz付近の音が大きくなる。(※個人差あり)

旅客機で移動する人々は、約20年後には現在の2倍になるとの予想もある。私たちは旅客機を使い、ますます便利に移動をし、自由な生活を送っていけるだろう。一方でその数に比例して騒音が増えることにもなりかねない。そんななか航空技術部門が取り組む騒音低減は、私たちを不快感から解放し、心理的な自由をもたらす営みであるとも言えるのかもしれない。より快適なサウンドスケープを想像し、今日も研究が進められている。

Profile

石井達哉

石井達哉 ISHII Tatsuya
航空環境適合イノベーションハブ
ハブ長

愛知県出身。調布航空宇宙センター勤務。エンジン部門にて長く騒音研究に従事。音響試験設備と同じ棟のオフィスにいるが、マネジメント主体で体を動かしていない。最近、旅行先でギックリ腰、インフルエンザなど経験して健康生活を目指している。

高石武久

高石武久 TAKAISHI Takehisa
旅客機機体騒音低減技術飛行実証(FQUROH-2)部門内プリプロジェクトチーム
チーム長

長崎県出身。調布飛行場の横にある職場にて、研究者として、マネージャとして、静かな旅客機の実現を目指してチームの仲間とともに奔走中。趣味は家族と旅行にでかけることで、自分がたずさわった静かな飛行機に乗って世界一周することが夢。

イラスト:Hi there  文:熊谷麻那

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