心地よい音ってなんだろう?
対談
心地よい音ってなんだろう?
長岡亮介音楽家・ギタリスト
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中右介JAXA航空技術部門
静粛超音速機統合設計技術実証チーム研究領域主幹
バンド「ペトロールズ」の歌とギターを担いながら、様々なミュージシャンのサポートも行う音楽家の長岡亮介さんと、音響学を学び超音速機の爆音(ソニックブーム)を抑制するための研究を行うJAXAの中右介。まったく異なる領域で「音」に関わるふたりが考える、心地よい音、心地よくない音とは? 物理と心理のあいだで考える、余白と滲み、人の感性の宿る世界。
心地よい音が絶対とは限らない
中
今回長岡さんに伺いたいテーマとして、「心地よい音、心地よくない音」を挙げさせていただきました。長岡さんがずっと音楽をやられているなかで、音や音楽に対してどう感じられているかを訊きつつ、こちらも音響の観点からソニックブーム(超音速で飛行した際に生じる落雷のような爆音)を抑制する研究者としてこんなことをしていますよ、というお話ができたらと思います。
長岡
よろしくお願いします。
中
訊きたいことはたくさんありますが、直球で行きましょう。長岡さんにとって心地よい音とはどんな音ですか?
長岡
考えたんですけど、音源とか気分によるのかなって。人間も動物だから、例えば生理的に波の音は心地よいですよね。でもたぶん、波の音さえも気分による。人の声でも、好きな人の声だったら心地よいけれど、嫌いな人の声だったら嫌とか(笑)。そうやって考えると、一概に答えるのはすごく難しいなって思います。
中
では逆に、不快な音とはどんな音でしょう?
長岡
不快な音も一緒で、好みだと思うんです。例えば、騒音を撒き散らして走るバイクとかあるじゃないですか。でも乗っている本人はよい音だと思っていたりします。そうすると、必ずしも不快な音ってないなと。
中
いい音が絶対とは限らないと?
長岡
つまり、何をもって「いい音」とするかは難しい。今の録音技術でハイクオリティに録って、いちばん新しい機材で聴いたら、それがいい音なのかというとそうでもない。ちょっと前に蓄音機を聴いたんですけど、それがものすごくよくて。でもそれは、物理的にいい音かといったら、たぶんそうではないんですよね。
中
なるほど、興味深いです。
長岡
今日はテーマに合わせて2本ギターを持ってきました。アコースティックギターは1951年のアメリカのもので、以前レコーディングに持参したときに プロデューサーから「ちょっと音がよすぎるから別のギターにしてもらえないですか」って言われたんですよ。今回のテーマと近くないですか? 音がよいことがダメなんだ、みたいな(笑)。まぁ、いい悪いというよりは、キャラクターなんだと思うんですけどね。その曲にはこのギターが合わなかった。でも誰が聴 いても、明るくて、力強くて軽やかで、向日葵のような音がするギターです。
もう1本はエレキギターですけど、こっちは逆に音がよくなくて、弾いているとイライラするんです。だけど、レコーディングですごくハマるときがあるんですよ。そうやって悪くてもいいときもあるし、いいから悪いときもある。だから、音っておもしろいですよね。中さんは心地よい音、不快な音をどう考えていますか?
中
おっしゃる通り、聴くときによって感じ方は変わるので、ぼくも自分で質問しておきながら答えが出ません(笑)。ただ、聴覚は五感のひとつで、外界を感じるとか生存のために必要な機能でもあると思うので、自分に危害を与えるような音は不快な音と言えると思いますね。たとえすごく好きな音楽でも、音量をどんどん上げて、普段のライブの10倍の音で流したら、誰でも耳を塞ぐと思うんです。音の質や音楽的な要素以外にも、そうした観点もあるんじゃないかと思います。
物理と心理の両面から見つめて
長岡
中さんは物理的に音を研究するだけでなく、音響心理学も学んでいますよね。どうしてその勉強をしようと思ったんですか?
中
音楽が好きだったので、音楽を聴いて、楽器も買ってみたものの素質はなく諦めた口なんです(笑)。でも、ミュージシャンではないかたちで音とか音響、音楽に関わりたいなと思って音の研究を始めたんです。「音楽が好き」という気持ちからこの道に入っているので、単に物理的に音を見るだけじゃなく、自分が聴いている音がどういうふうにいいんだ、ということは常に気にしていたいなと思っています。
長岡
物理面、心理面から音を見ることのそれぞれのメリットは、どんなことでしょう?
中
物理的に音を見るメリットは、数字などの目に見えるかたちにできることだと思います。さっき聞いていただいたソニックブームも、音の大きさが何デシベルなのかは計算すればわかるので、「それを下げましょう」と数字的・物理的なものさしで研究を進めることができます。しかし「どこまで音量を下げたらいいか」という問いに対しては、物理的な側面からの答えはないと思うんですよ。それはやっぱり、私たちが音を下げたいのは、人が聞いたときの不快感を軽減することが目的だからです。そうした研究の目標設定を行うためには、人の心理的なところを見る必要があるんです。
長岡
研究においても人の心理は切っても切れない、ということなんですね。今日JAXAの施設を見せていただき、どれも人の仕事なんだなと思いました。例えば「NEXST-1」の翼の美しさ。空を飛んでいるものって、普段は遠くからしか見ないじゃないですか。でも近くで見たら、つなぎ目があり、削った跡があり、穴を埋めた跡があって、これも人がつくったものなんだってリンクしたというか。
中
「美しい」という感想は、技術者からはあまり出てこないものかもしれませんね。ただぼく自身はそのあたりにも興味があって、「state of the art」という表現を思い出しました。「最先端」を意味するフレーズで、技術に対して使われることもありますが、直訳すれば「アートの領域」。だから、最先端の技術と、美しさやアートというものは、もともと関係するのかなと思っているんです。
長岡
そうですよね。昔のクルマのエンジンとかも、すごい綺麗だったりする。超音速機や飛行機は、理論的にあの形になったのでしょうか?
中
そういう側面もありますが、設計者の思想にもよります。実際にものづくりをしている飛行機メーカには、哲学をしっかり持っている方もいるんです。こういうデザインはどうかと話をしたときに、「それは醜いから嫌だ」と言われたりするんですよね。
長岡
素敵ですね。
中
数字や性能だけでなく、そうしたアーティスティックな感性を持って飛行機をつくる姿勢には刺激を受けました。
意図の及ばないものに学ぶこと
長岡
自分は逆に、きちんと数字にしたり、突き詰めていくような音楽のつくり方をしないので、そこが研究者のアプローチとはいちばん違うんだろうなと思いました。
中
そうすると、音響エンジニアに「こういう音にしてほしい」と頼むときにはどういう言語的なやりとりをするんでしょうか?
長岡
詳しい人は「何デシベル上げて」と数字で言う人もいますけど、ぼくはいつも本当に抽象的な言い方をしています。「ちょっと軽やかな感じのほうがいいかな」とか、そうやって言ったほうが楽しい気がして。気分で印象が変わることもあるし、ピンポイントは狙わないんです。それよりも余裕をもって、演奏もその日で違っていいじゃん、と。
中
ご自身のなかでコントロールしよう、みたいな感覚はないんですね。
長岡
レコーディングのときに、ギターアンプのノブ(つまみ)を触らなかったときがあります。音の調整を人任せにしたんです(笑)。そこに自分の意図を入れないで弾いてみることもおもしろいじゃないですか。とくにお客さんを前にしたライブだと、同じ演奏をしても違う面が出てきたりするわけです。長くなっちゃったり、激しくなっちゃったり。速くなったり、遅くなったりすることもある。それこそが音楽なんじゃないのかなと思って。これからAIが音楽をつくる時代になったら、人の音楽にはいよいよそれしかなくなるでしょうね。はみ出るというか、滲むというか。そういうのが大事だと思うし、大事にしていきたいですね。
中さんは研究をするなかで、そうやってコントロールせずにあえて“遊び”を入れるようなことはあるんですか?
中
あると思います。研究のアプローチのなかでいちばんわかりやすいのは、仮説を立てて、実際にデータを集めてその仮説を検証するというものですけど、やはりそれだけだとつまらない。なので、何が出るかわからないけどとりあえずデータを取ってみて、集まったデータを眺めてみることもあります。それは長岡さんがおっしゃった、ノブの設定がどうなっているかわからないけど音を出してみる、ということにも近いかもしれません。そうやって自分の意図の及ばないところから新たな気付きが出てきたりすることも、やっぱりあると思うんですよね。それが新たな研究課題や仮説につながります。
超音速機と人間味のある世界
中
長岡さんは音が時速何キロメートル(km/h)で伝わるか気にされることはありますか?
長岡
いえ、ないですね。
中
気温などにもよりますが、音速は1,225 km/hになります。
長岡
ということは1,224km/hは音速ではない?
中
そうですね。この定義で言うとそうなります。音速と同じ速さのことを、マッハ1と呼びます。新幹線が300km/hでマッハ0.24。車はマッハ0.08。いま運航している旅客機が1,000km/hくらいなので、マッハ
0.8〜0.85くらいになりますね。音より速いのが「超音速」です。見ていただきたかったのが、それぞれの速度による音の伝わり方です。図の中心にある三角形が飛行機のイメージ
なんですけど、飛行機が止まっている状態で音が出ると同心円状に広がっていきます(図1)。
色が黒から黄色になるほど音が弱くなることを表し、離れれば離れるほど弱くなっていくことがわかります。これが飛行機が飛んでいる時だとどうなるか。音の速度よりは遅いので(マッハ0.8)、広がっていく音のほうが飛行機よりも先に行きます(図2)。
いわゆる「ドップラー効果」というもので、右側では音が詰まることで周波数が高くなって、左側では周波数が低くなる。
長岡
救急車が通り過ぎるときのものですよね。
中
はい。では飛行機が音速ぴったりになると何が起きるかというと、まったく同じスピードで進んでいくので、円の右端にずっと飛行機がいて、その先端に圧力が高い場所ができるんですね(図3)。
これがソニックブーム、つまり「ドン!」と一気に音が強くなる現象の元になっています。さらに速くなって超音速になると何が起きるかというと、自分が過去に出した音よりも先に行ってしまう(図4)。そしてこれがどんどん続くと、違う時刻から出た音が円錐状に溜まっていくことになります。
長岡
地上にいる人からすると、その円錐の辺が通り過ぎるときに「ドン!」という音が聞こえる?
中
そういうことになります。この「ドン!」という騒音=ソニックブームを抑制する研究に自分は従事しているんです。
長岡
そうした超音速機を実用化するための研究を行うなかで、中さんはどんな未来を描いているんですか?
中
超音速機があれば移動時間が短くなるので、ビジネスやレジャーでの移動も楽になるし、医療関係で言えば、1分1秒を争う臓器移植のような状況で使われたりも考えられます。このようにメリットは大きいんですけど、従来の超音速機のソニックブームは社会生活に影響を与える音ということで、現在は陸地の上を超音速で飛べないルールになっています。ただ、ソニックブームを抑える技術が発展していることも受けて、新たなルールを作るための議論が国連の専門機関で行われていて、ぼくもこの活動に参加しています。飛行機はインフラだと思うので、皆さんにも「超音速機ができて、いまの2倍の速さで移動できたら何をするか?」を考えていただけると嬉しいですね。
長岡
なるほど。
中
インターネットにしてもスマートフォンにしても、インフラとしての技術が出てきたあとにいろんなアプリが開発されて、予想もしなかった使われ方が生まれることで普及していったところがあります。超音速機もそうした基幹的なインフラのひとつだと思うので、この技術がどう使われていくかはぼく自身も楽しみですね。
長岡
いまはみんなスマホで済んでしまうし、何かこの画面の中だけで遠くの場所に行ったような気になったり、感じたような気になっているけど、もっと移動が身軽になれば、体験はフィジカルに寄ってくる。それによって画面からちょっと離れることができるようになれば、それによってより人間味がある世界になったらいいなというふうに思いました。
中
そうですね。おっしゃる通り、今ではバーチャル旅行なんてものもあったりしますけど、やっぱり実際に行ったら感じるものは違いますし、それこそ聞こえる音も、肌で感じるものも違います。超音速機が実用化することで、そうした身体で感じられるものが、もっと活性化するかもしれないですよね。
長岡
そうなったらいいですよね。
中
一般論としては移動時間が短くなることが超音速機のメリットなんですけど、でも最終的にその人がこの技術によってどういう経験をするか、どういう価値を見出すかというところは、技術者がコントロールできるものではないと思っています。それはきっと、音楽でも同じかもしれないですね。演奏したら、受け手がどうとるかは任せるしかないですよね。
Profile
音楽家・ギタリスト
長岡亮介 NAGAOKA Ryosuke
神出鬼没の音楽家。ペトロールズの歌とギター。サポートギタリストも務めるほか、プロデュースや楽曲提供など多数。ソロ作品には『LOUNGE LOVER』『MIXED MESSAGE』がある。毎週土曜22時〜、J-WAVE『CITROËN FOURGONNETTE』 ナビゲーター。自動車好き。
JAXA航空技術部門
静粛超音速機統合設計技術実証チーム研究頷域主幹
中 右介 NAKA Yusuke
アメリカの大学院で、音の物理的側面を学ぶとともに、音響心理学の研究室にも所属。帰国後、航空技術部門で超音速機のソニックブームに関する研究に従事する。趣味は音楽鑑賞・演奏。
写真:山本恭平 文:宮本裕人 編集:水島七恵
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