月と地球。それぞれの大地に想いを馳せて
対談
月と地球。それぞれの大地に想いを馳せて
岩島利幸(カネ利陶料有限会社 代表取締役会長)
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佐藤広幸(JAXA宇宙科学研究所 月惑星探査データ解析グループ グループ長)
舞台は岐阜県美濃地方東部の鉱山。美濃焼の原材料となる陶土の製造・販売を行うカネ利陶料・岩島利幸さんの案内のもと、JAXA佐藤広幸が鉱山を歩いた。地球の地質から入り、現在は月面全球地図を作成している佐藤が手にする土は、1,000万年の時を経て空気に触れたばかりの土。月と地球、互いに引き合うふたつの天体を地質から見つめてみる。
地球の海が月にエネルギーを渡している
佐藤
もともと私は自分が生きている地球の大地がどのようにできたのか知りたくて、山に登り石を拾って、地質図を描いていたんです。でもあるとき地球以外の天体の構造にも興味をもって、まずは火星の地質の勉強を始めました。しばらくするとアメリカのほうで月探査衛星が打ち上がるから来ないか?と言われて、そこから月の研究を始めたんです。
岩島
研究のルーツが地球の大地から始まったんですね。
佐藤
はい、でも鉱山であんなに大きな粘土の塊を見たのは今日が初めてです。断層もすごくたくさんあって、こういう場所があるからこの地域は焼き物が盛んになったんだなと。周囲には花崗岩帯があって、それが雨風や寒暖などによる風化作用によって少しずつ削られていきながら、大量の粘土鉱物を生成していく。それはもう奇跡の地層ですよね。
岩島
本当に奇跡ですし、土は星のかけらであり、すべての生命のDNAが入っています。また、粘土鉱物ができるということは地殻変動があったという証拠でもあります。500万年〜1,000万年くらい前にこの一帯の沈降が進み、巨大な淡水湖(東海湖) 出現しました。美濃地方はその湖底にあったわけですが、火山の中でマグマがゆっくり冷えて固まり、花崗岩が形成され、風化作用によって風化花崗岩となりました。それが水で運ばれながらどんどん細かくなり、水による溶出作用など繰り返し、東海湖に流れ込んで大量の粘土鉱物が生成されていったわけです。つまり大きな湖であるほどいい粘土鉱物になります。そして途方もない時間をかけて地下深く酸素の遮断されたところでバクテリアの作用によって熟成され、可塑性が生まれます。その熟成の時期に何があったかによって焼き物の性格も変わります。鉄分が入った粘土鉱物になれば真っ白な焼き物は焼けない、というように。
佐藤
地殻変動や風化と言えば、月には大気や液体の水がないので、地球のような活発な風化作用や浸食作用がありません。遠い昔は火山活動で溶岩が噴き出して、地表の一部を覆うなど活発な変化があったんですけどね。
岩島
月の内部にある溶岩はまだ生きているんですか?
佐藤
それがわからなくて科学者はみんな知りたがっています。月は地球の4分の1程度のサイズで小さいので、内部に持っている熱源も少なくて溶岩も完全に冷えて死んだのではないかと言われていたんですが、最近になって、これまで知られていたよりもすごく若い火山を発見したので、もしかしたらまだ生きているんじゃないか?とも言われているんです。
岩島
月にまだ現役の火山があるかもしれないと。
佐藤
そうですね。
岩島
実際に火山が爆発した箇所を記録した写真はないですよね?
佐藤
溶岩が流れていた跡とかの写真はありますよ。月にあるほとんどのクレーターは隕石、あるいは小さな天体がとても速いスピードでぶつかって地表が掘られたと考えられているんですが、すごく大きなクレーターだと地殻に穴が開いて、そこから玄武岩を多く含むマグマが噴き出してきて、クレーター内を埋め尽くします。玄武岩は黒っぽい鉄やマグネシウムを多く含むので、溶岩が冷え固まったところは黒く影のように見えるんですが、そういうところに流れた跡がありますね。
岩島
煙も?
佐藤
今はもう冷え固まっているので、煙はないですね。
岩島
そうか。さっきのマグマが噴き出した話はかなり昔のことですね。
佐藤
はい。その火山活動の年代の古さ・新しさをどうやって知るかと言うと、「クレーター年代学」という手法で推定されます。月にはほぼ均一に一定量の隕石が降り注いでいると考えられているので、単位面積当たりのクレーターの数が多いほど、その場所が古いとするものです。
岩島
地球に隕石が降り注がないのはどうしてですか?
佐藤
大気圏で燃えてしまうからですね。流れ星として私たちが見ているのは、まさに地球に落ちてきた隕石やチリなどです。
岩島
大気があることで地球は助かっているんですね。
佐藤
そうですね。一方の月は大気はないけれど、太陽の光を浴びる時と浴びない時の大きな温度差による風化作用や、隕石やチリが衝突することによる浸食作用があります。他にも太陽風なども浴びていますし、こうして月の表面は細かく砕かれて、小さな砂(レゴリス)に覆われることになります。でも風も吹かない月では、約60年前にアポロの宇宙飛行士たちが月面につけた足跡も、月面に立てた星条旗もそのまま立っていますね。おもしろいのがもともと星条旗を立てる予定はなかったらしいんです。でも「旗、立てたほうがいいんじゃないか?」 と思いついて、近所のデパートで買ってきた星条旗をそのまま月へ持っていったらしいです。
岩島
ニール・アームストロングが月面に星条旗を立てる瞬間は、テレビで見ました。
佐藤
月は紫外線がとても強く、星条旗はもう真っ白にはなってぼろぼろかもしれません。でも星条旗がいまだに立っているのは探査機の調査でわかっているんです。
岩島
それはびっくりですね。そういえば月が地球から年に3cmずつ離れていると言われているでしょう。その理由はなんですか?
佐藤
それは地球の海が月にエネルギーを渡しているからです。潮の満ち引きがありますよね。あれは月の引力が地球の海水を引き寄せているわけです。そうすると地球の自転に比べて月の動きは遅いので、速く動こうとする地球を月が引っ張る形になります。こうして地球の自転は遅くなっているんです。実際に地球ができたばかりの頃の1日は今よりも短くて、月が地球を引っ張るためにエネルギーが奪われていき、現在は24時間になっています。つまり地球の自転が遅くなるにつれて月の軌道は大きくなっていくので、結果的に地球とのあいだに距離が生まれています。
岩島
最終的には月は地球の重力圏から離脱していくんですね。
佐藤
もしこのエネルギーの受け渡しがずっと続いたら、そうでしょうね。
岩島
潮の満ち引きがなければ地球の自転速度も昔と同じく速いままで、地球環境が違うものになっているわけですから、月の存在あっての地球ですね。潮の満ち引き以外でも月の影響を生活のなかで感じるといえば、新月に切った木材は長持ちすると言われています。
佐藤
えっ。そうなんですか?
岩島
竹を切るなら冬、2月の新月がいい、とも。そういった月と地球環境の深い関わりの話は昔からたくさんありますよね。
佐藤
『竹取物語』もそのへんからきているのかもしれないですね。
岩島
そうですね。月の存在が人間の生活に限らず、文化芸術に与えてきた影響はとても大きいと思います。
真空の月で、焼き物を作る
佐藤
質問なんですが、チタン鉄鉱は粘土(焼き物の原料)のつなぎに使えますか?というのも、月の海(濃い色の玄武岩で覆われた月の平原)は部分的ですが、チタン鉄鉱を多く含んでいるんです。
岩島
チタン鉄鉱、つなぎに使えますよ。
佐藤
実際に使ったことはありますか?
岩島
例えばニューセラミックスなんかはチタンが使われています。釉薬(ゆうやく:焼き物の表面を覆うガラス質の膜)のなかにチタンを使うことは多いですよ。チタンは高い衛生性を長く維持できる特性から便器や洗面器といった衛生陶器にもよく使われています。
佐藤
そうなんですね。
岩島
チタンに紫外線を照射(光触媒)することで様々な有機物が分解されます。それが汚れや臭いの除去や殺菌・除菌効果を発揮するんです。
佐藤
チタンと焼き物は相性が良いのですね。とすると、月面に専用の施設を作ればそこで焼き物を作ることも可能になるかもしれませんね。
岩島
先ほど佐藤さんは隕石が月に降ってくるとおっしゃっていましたが、そのなかには希少金属が含まれている可能性がありますよね。それは地球上にない元素もあるんじゃないかなと想像しますけど、焼き物の色というのはほとんどが金属との化学反応によって決まるんです。だから、月にある希少金属を原料にした釉薬を使って焼いてみたら、おもしろいと思います。例えばですが、元素で見る月の地図はないものでしょうか?
佐藤
それならありますよ。
岩島
それは見せて欲しいですね!
佐藤
例えばここはチタン元素が多い玄武岩で、あそこはアルミニウムとケイ素と酸素から成る長石が多いなとか、マントル(月の地下深部の層構造)であればマグネシウムや鉄が多いから、カンラン石だなとか。
岩島
探査機での調査によって月に金属があるかどうかというのもわかっているわけですよね。金属の分布図のようなものはありますか?
佐藤
それもあります。
岩島
それがあれば、焼き物の色の予測がつきます。
佐藤
本当ですか(笑)。
岩島
釉薬をかけた粘土に熱を加えて焼き物へと変化させることを「本焼き」と言いますが、そのときの焼成温度は約1,200度~1,300度ぐらいです。 酸素のない真空下の月でその本焼きをしてみたら、どんな色が出てくるでしょう。元素がわかれば予想ができるような気がします。これはグリーン、あれはピンクになるだろうとか。焼く際に火は使えませんが、例えば凹面鏡と太陽追尾装置を搭載した人工衛星を月周回軌道へ投入して、太陽光を集光することで発熱体(炉)を作り、それで焼くというのはどうでしょう。
佐藤
ということは、私たちが普段手にしている焼き物の色は、酸素のある地球環境下だからこそ出る色なんですね。
岩島
そうです。月で焼き物をするならば色が変わります。それは酸素がないぶん、金属はそのまま結晶するから。
佐藤
とすると、月で焼いたらもっと鮮やかな色になるかもしれないと。
岩島
はい。本当の金属の色が出ますね。虹色に光るかなあ。曜変天目(国宝指定の唐物茶碗)のようになるかもしれません。もしも月にモリブデン、タングステン、イットリウムといった元素が出てきたら、きっときれいな結晶が広がり虹色になります。 宇宙に広がるアンドロメダ銀河みたいですね。月は大きな天体だから、出てくるかもしれないですよ。
佐藤
地球環境では酸素に邪魔されているとも言えるわけですね。
岩島
そうです。だから地球で焼き物になるということは、酸素と結びつくということですね。実際「本焼き」には2種類あって、その焼き方で表現したい色や質感が変わるんです。1つが「酸化焼成」と言って、これは十分な酸素がある状態で焼き上げるため、 素地や釉薬に含まれる様々な物質が酸素と結合(酸化)し、色味や質感が変化します。もうひとつは「環元焼成」と言って、釉薬が溶け始める900度あたりから酸素の供給を制限する方法です。制限することで、素地や釉薬に含まれる物質と酸素の結合を防ぎ、これもまた色味や質感が変化します。月の真空下ではもっと変化するでしょうね。
佐藤
なるほど。月の鉱物や金属の分布図はたくさんあるので、それらを原料にして酸素のない月で焼いたらどうなるのか。可能性は膨らみますね。
岩島
月のどの部分の鉱物で焼き物を作るかによって全部色が違うと思いますね。
佐藤
それを全球で視覚化したら面白いですね。
岩島
面白いです。そういうプロジェクトが立ち上がったらいいですね。
佐藤
新しい芸術作品にもなりそうですね。焼き物は古来からある技術にもかかわらず、NASAや ESA(欧州宇宙機関)でもそういった技術と結びついている科学者は聞いたことがないので。古来の技術と最先端の技術の融合ですね。
岩島
夢ですね。その第一歩として月の鉱物や金属を土にブレンドしたり、釉薬にして、焼き物をまずは地球環境下で作ってみたいです。
科学とは、まず仮説を立てることから始まる
佐藤
岩島さんは代々土屋の家系なんですよね。
岩島
はい。年表を紐解くと天保10年、初代が宿屋を始めたんです。その後、明治時代に入ると10代目がここに用水を引き、水車を回し、土屋として創業しました。土屋としては僕が4代目になるんですが、よちよち歩きの頃から粘土が目の前にあって、そのなかを歩いてきました。そういう環境で育ってきたので、逃れられない何か宿命のようなものはずっと感じてきましたね。それでも若い頃、一度土屋を離れたことがあるんですよ。
佐藤
そのときは何をされたんですか?
岩島
焼き物を作り始めたんです。でもその後、再び土に帰ってきて今に至るわけですが、土と焼き物。僕がその両方を見ることができるのは一度土屋を離れたからですね。
佐藤
なるほど。確かにご商売としては土ですが、お話ししているとすごく焼き物のことについて詳しいなと。見せていただいた焼き物のサンプルも、ものすごくバリエーションがあったので。
岩島
カネ利陶料には土を探しに来たのにいつの間にか焼き物の相談をしていた。そういう作り手は多いです。うちには「新しい焼き物を作りたい」とか「壁にぶち当たったからもう一度土から考え直してみよう」とかいう方が多くいらっしゃるんですが、僕はその場合は「自分の焼き物を持ってきてほしい」とお願いするんです。
佐藤
それはなぜでしょう?
岩島
焼き物の中に、その人特有の何かが含まれているからです。無意識の領域なので、本人は気づいていませんが。
佐藤
本当は何をやりたいのか。それが焼き物のなかに現れていると。
岩島
現れています。そして尋ねるんです。「なぜ、焼き物の世界に入ったんですか?」と。その原風景と目の前にある焼き物を比べるんです。自分の焼き物がわからなくなっている人が多いんですよ。だから私は「あなたの手になかに本来あったはずの焼き物をすくいとりたい」と、共有して引き出そうとするんです。でもそれにはものすごくエネルギーを使うので、結果的に僕自身は自分の焼き物が作れなくなってしまいました。だけど作りたい欲求は変わらずにあるので、工房の周りの石造りや枯木のオブジェなどは生活アートとして自分で作る。そうやってエネルギーを焼き物とその周辺に向けることが、結果的に自分の癒しにもなっていると思います。佐藤さんは科学者としての欲求はなんでしょう?
佐藤
知らないことを知りたい。そういう欲求があって月の研究をやってきたと思います。完全にわかるなんてことは絶対にないんです。でも、少しずつ研究を積み重ねていくことで知りたいことに近づいている。その実感が楽しいんでしょうね。
岩島
それは無意識にやっているところがあるんじゃないですか。
佐藤
確かに研究する上で「ここを掘り下げていくとおもしろいんじゃないか」とひらめくことがあって、それは無意識に行なっていることかもしれません。科学とはまず仮説を立てることから始まるんです。これはこうでこうだから正しいんだと。でもその仮説が正しいとみんなが認めるまで立証し続けることはものすごく難しいんです。なぜなら周りの科学者たちが厳しい目でその仮説を検証しにくる、場合によっては、ここが間違っているからと指摘がくるんです。それでもその逆風に耐えながら最初に旗を立てて自分の仮説を立証し続けた科学者が、例えばノーベル賞を獲ったりするわけです。新しい時代を切り開くのはこういうタフなタイプの科学者ですが、私自身はそういうタイプではなくて、どちらかと言うと、単純にみんなに喜ばれるものを作りたいタイプの科学者で。
岩島
今は実際にどんなものを作っているんですか?
佐藤
月のデータを使って月面の全球地図を作っています。地図を作るときにはJAXAの月周回衛星「かぐや」(運用終了)と米国の月周回衛星「LRO」がさまざまな角度から撮影した月の画像を使いますが、それぞれ太陽の光が当たっている角度が違うんです。それを同じ方向から光が当たって見えるように画像の補正をしていきますが、それがすごく難しくて、おもしろいんです。その難しさを逆手にとってさまざまな方向から月を撮り貯めて、この地域ではどういった光の反射をするのか調べていくんですが、その反射の仕方が月の地質解析に有用なんです。
岩島
それを専門的にはなんと言うんでしょう。
佐藤
位相角補正(いそうかくほせい)といいます。位相角とは、太陽と観測天体と観測者のあいだの角度のことを指します。ここでいう観測天体は月です。実験室で岩石のスペクトル(様々な波長の光)を測るときの位相角の基準は30度なんです。つまり30度に補正した月を見るとようやく地球で測ったものと同じ土台で見ることができる。でも場所によっては、例えば月の極域では30度になることはまずないんです。
岩島
極域とはどこを指すのでしょう。
佐藤
地球で言う北極や南極にあたる場所ですね。位相角30度で測ることが難しい極域でどうするかと言えば、違う角度で補正した上でそれを30度まで調整する。そうしないと月の本当の色はわからないんです。肉眼で見るとほとんど白黒にしか見えない月も、波長を分けて観測すると様々な色が見えてくるんですよ。極域ではまだきれいに位相角補正された地図はないので、全球の中の最後のピースを今作っているところなんですよ。
岩島
難しくて理解するのは時間がかかりそうですが(笑)、つまり佐藤さんが作っているその月面全球地図が完成したら、私たちが普段目にしている世界地図のような存在になるわけですね。
佐藤
はい、それを目指しています。
Profile
カネ利陶料有限会社
代表取締役会長
岩島利幸
IWASHIMA Toshiyuki
岐阜県出身。瑞浪市陶磁資料館専門委員として、土屋の歴史を調べている。山茶碗や須恵器を焼く窯を築き、その魅力を現代陶芸につなぐための実験窯を若い人たちと焚いています。見たことのない焼き物に出合った時やそれを自分の手で作ることができた時は、無上の喜びを感じる。
JAXA宇宙科学研究所
月惑星探査データ解析グループ グループ長
佐藤広幸
SATO Hiroyuki
山形県出身。月周回衛星「かぐや」や月周回衛星「LRO」(米国)のデータを用いた地図作成、月の反射散乱特性の研究などを行う。趣味はサーフィンとDIY。
写真:上澤友香 構成・文:水島七恵
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