若田宇宙飛行士のISS長期滞在を地上から支える人々
思いやる。チームは強くなる。
若田宇宙飛行士のISS長期滞在を
地上から支える人々
2022年10月、若田光一宇宙飛行士の
国際宇宙ステーション(ISS)での長期滞在がスタートした。
ISS滞在中、多くの実験を遂行する若田宇宙飛行士を、
地上から支える数百名のスタッフの姿がある。
その地上スタッフの仕事について、インクリメントマネージャの梅村さや香、
リードフライトディレクタの森研人、広報の平出安奈に話を聞いた。
宇宙飛行士を支える、さまざまな役割の地上スタッフ
2022年10月6日、若田宇宙飛行士を乗せたクルードラゴン宇宙船運用5号機が、国際宇宙ステーション(ISS)に向けて打ち上げられた。翌7日にISSに到着し、約半年にわたる滞在がスタートした。今回の滞在はインクリメント68期(※)と呼ばれ、この期間、ISSでは様々な実験や技術実証を行っている。その遂行において、地上スタッフはどのような役割を果たしているのだろうか。
(※)インクリメントとは、 ISSの運用期間の単位を指し、2022年10月からの半年間はインクリメント68期にあたる。
「若田宇宙飛行士のISS長期滞在ミッション(以下、若田ミッション)は、宇宙飛行士と地上スタッフとの連携によって実施されます。地上スタッフの役割は多岐にわたり、期間全体のスケジューリングやコーディネートを担当するインクリメントマネージャをはじめ、ISS内の『きぼう』日本実験棟を管理・運用する運用管制チーム、その指揮官であるフライトディレクタ、各技術分野の専門家や研究者、各実験を支えるインテグレータ、宇宙飛行士の健康面を支えるフライトサージャン(医師)、そして広報スタッフなどがいます」
と語るのはインクリメントマネージャの梅村。さらにリードフライトディレクタの森は、地上スタッフの業務について下記のように続けた。
「地上スタッフは数百人体制で、チームとなって若田宇宙飛行士をサポートしています。宇宙飛行士とのコミュニケーションを密に取り、現場の状況を把握して、実験スケジュールを調整。場合によっては予定を変更したり、予定されている実験の手順をより細かく確認したりするなどして、安心して実験に臨める環境を、チーム一丸となって整えていきます」
インクリメントマネージャとフライトディレクタの仕事とは
では、ここからはインクリメントマネージャ(以下、IM)とフライトディレクタ(以下、FD)の主な業務や役割について、詳しく紹介しよう。
梅村が担うIMは、長期滞在期間中の目標や重点ミッションを設定し、各実験の実施スケジュールを設計する役割を担っている。いつ誰がどの実験を行うのかをNASAやヨーロッパ宇宙機関などと連携して調整し、軌道上のリソース(時間、人、設備)を適切に配置。すべての実験、ISSミッションを成功に導くコーディネータなのだ。
「IMは、長期滞在がスタートする半年ほど前にアサインされ、そこから期間全体の計画、実験の優先度や制約の取りまとめを始めます。そして約3カ月をかけて、実験の実施順、日ごとのスケジュールの大枠を決定。若田ミッションのスタートに向けて、さらに綿密な計画を作り上げていきます」
若田宇宙飛行士がISS滞在中の現在も、毎日のようにスケジュール調整をしているという梅村。仕事において大切にしていることを聞くと「ISSでは時間、人、空間、道具などのリソースが限られているからこそ、貴重な機会を無駄にしないことが重要です。そのためにも、若田宇宙飛行士や各国、各実験の担当者と密にコミュニケーションを取り、日々ダイナミックに変わる状況を把握し、それぞれの想いを尊重しながら最も成果が得られる案を追求しています」と語った。
(各担当者の想いはこちら)
一方、FDは、ISS内にある「きぼう」日本実験棟の運用管制チームの指揮官といえる。運用管制チームはFDをはじめとする、各システムの専門知識を持つ運用管制員たちで構成。24時間体制で「きぼう」の映像やデータをモニタリングし、実験装置をリモートで操作したり、宇宙飛行士と交信し作業の指示を送ったりしている。今回、森が担うリードフライトディレクタ(以下、リードFD)もIMと同様に期間ごとに任命される。当該期間において、NASAなど関係各所と連絡や情報共有、交渉を行い、運用管制チーム全体の運営を取り仕切る役割を持つ。(FDの日々の運用状況をツイッターで発信しています。詳しくはこちら)
「FDはシフト制を組み、筑波宇宙センターの管制室から24時間365日、リアルタイムで『きぼう』の管制をしています。それだと夜勤もあり日中の重要な会議に出席できない等の支障があるため、リードFDを担当する期間はシフトからは外れて勤務しています。梅村さんたちと連携しながら優先順位に従って実験を行うために、チームでどう動くかを決定し、適切なチーム運営していくこと。トラブルが起きた際の対応をいかに進めるかなど、現場寄りのかじ取りをしています」
若田宇宙飛行士との連絡は週に1回のテレビ会議に加えてメールや電話などで実施し、現場の状況を聞いたり、実施予定の実験について情報を伝えているという森。ISSでの作業をスムーズに進めるために、仕事においては「情報の収集と翻訳」を大切にしていると語った。
「私たちのところには、あらゆる部門からの情報が集まります。ですが、それを生のまま若田さんに伝えることはしません。地上からサポートするスタッフは大勢いるのに対し受け手となるのは若田さん一人だけなので、混乱させないためにも、厳選した情報を適切なタイミングで提供することが何より重要です。遠い宇宙との交信であり、実験を実際に手伝うことができないからこそ、集中できる環境を作ることを心がけています」
毛利衛宇宙飛行士の初フライトから30年。
若田ミッションとあわせて、宇宙への関心を深めたい
若田ミッションを直接的に支える地上スタッフに対し、その活動を広く社会に伝える役割を担うのが広報ラインのスタッフだ。広報を担当する平出安奈は、自らの役割は「ISSで今、何が起こっているか、何のために、どのような実験や活動が行われているかを、より深く、多くの方に知ってもらうことだ」と語った。そのために平出らは、様々な媒体の取材、イベント、勉強会、SNSでの発信などを実施している。
「若田宇宙飛行士のISS滞在中は、たくさんの方が、有人宇宙活動に興味を持つ絶好の機会です。だからこそまずは、若田宇宙飛行士が日々、何をしているかをこまめに発信したり、宇宙との交信イベントなどを実施することにより、より多くの方に、宇宙実験や宇宙利用の意義を理解していただけるよう力を注いでいます」
また、平出がこれから力を入れていきたいと意気込むのが、「ISSの活動の先にある、有人月探査への取り組みについての関心を深めていくこと」だ。
「2022年は若田ミッションに加え、JAXA(当時はNASDA)初の宇宙飛行士である毛利衛さんの初フライトから30年という節目の年にあたります。これを機に、これまでの有人宇宙活動のあゆみや未来を、広く情報を発信していきたいと考えています。その中でJAXAの取り組みや意義を知っていただき、さらに多くの方に、宇宙への挑戦を応援していただけるようにしていきたいです」
2022年12月には、JAXA(当時はNASDA)宇宙飛行士の初フライトから30年を記念した動画を配信。毛利宇宙飛行士とISS滞在中の若田宇宙飛行士が、これまでの有人宇宙活動を振り返り、今後のISSの展望を語る貴重な内容となった。
「若田宇宙飛行士は5度目の宇宙飛行ということで、現在、ISSクルーの中で、とても頼りにされています。仲間として誇らしいですし、宇宙飛行士を目指す方々の目標や憧れになってくれるのではないかと思っています」と、語った平出。
今回紹介した3名のスタッフ以外にも、さまざまな役割を担うスタッフがチームとなって宇宙飛行士を支えている。 若田ミッションを成功させるために、そして、宇宙飛行士による宇宙への挑戦と取り組みを多くの人に伝えるために、それぞれの使命をもって、地上で、宇宙飛行士と伴走しているのだ。
Profile
有人宇宙技術部門
有人宇宙技術センター
インクリメントマネージャ
梅村 さや香
愛知県出身。ISSに関する国際調整、生物系宇宙実験取りまとめ、ヒューストン駐在員などを経て現職。多くの人々とOne teamで成果を追求できることが喜びです。趣味はスピーチと、子どものダンスを見ること。
有人宇宙技術部門
有人宇宙技術センター
リードフライトディレクタ
森 研人
神奈川県出身。環境試験技術ユニットにて宇宙機の環境試験を担当した後、有人宇宙技術部門にてきぼうの運用管制を担当。熱・環境制御担当を経て2020年より現職。趣味はしばらくお休みし、娘の子育てに右往左往する日々。若田さんは子どもの頃からのスーパースター。共に働けることを誇りに思います。
有人宇宙技術部門
事業推進部
平出安奈
東京都出身。経営推進部推進課にて、JAXA全体の資金管理業務を担当。2020年より有人宇宙技術部門の広報業務に従事し、日本人宇宙飛行士のISS長期滞在ミッションを担当。目標は、日本を代表して活躍できる人材になること。
取材・文:笠井美春
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