誰もが乗れる身近な航空機を通じて
快適で安全な空を描くために
誰もが乗れる身近な航空機を通じて
快適で安全な空を描くために
JAXAの航空技術部門のミッションは、航空機に乗る人にとっても地上にいる人にとっても、快適で、安全で、便利な空を守ること。ときには実際に航空機を飛ばしながら、研究や実証実験を行っている。今回は調布航空宇宙センター飛行場分室を訪ねて、実際のヘリコプターによる飛行実験を見学。現在進行形の試験やこれから目指すところについて、飛行試験設備チームの藤井謙司に話を聞いた。
─ 航空技術部門の主な研究・開発テーマについて教えてください 。
現在、航空技術部門では3つの大きなプログラムのもと、研究開発を進めています。ひとつは、『Sky Green+』(スカイグリーンプラス)と呼ばれるプログラムです。CO2排出や騒音の低減など環境適合性を高める研究開発や、超音速機による高速移動などの利便性を高める研究開発を進めています。もうひとつが、『Sky4All』(スカイフォーオール)です。雪氷や雷、火山灰、乱気流などの特殊状況下でも安全に運航できるようにするための研究や、ドローンやeVTOL(空飛ぶクルマ)など次世代エアモビリティと呼ばれる多種・多様な機体を効率的に運航するための研究をしています。それから、『Sky DX』(スカイディーエックス)です。航空技術部門が得意とするコンピューターシミュレーションを中心とする解析技術や試験・計測技術を活かし、設計・認証・製造・運用・保守・廃棄・リサイクルという航空機のライフサイクル全体をDX(Digital Transformation)により効率化、高速化していくことを目指した研究開発です。
─ 藤井さんは、飛行試験設備チームのチーム長を務めています。主な業務内容を教えてください。
実験用の航空機や研究用の飛行シミュレーターを維持・管理したり、これらを使った研究開発をする際に、実験や試験がスムーズに行えるよう研究者のサポートをしたりしています。航空機に適用される新しい技術は、地上でいろいろな試験を行いますが、飛行中の条件すべてを地上で再現することには限界があります。実際に飛行することでその技術を評価・確認する。そのための環境を整えることが重要な役割だと考えています。試験設備にはそれぞれ特徴があり、実験用航空機の試験は、実験機器が取得するデータ以外にもパイロットに操縦性や制御、あるいは飛行中の視認性などについても評価してもらえますが、飛行条件や気象環境などを踏まえた上で、安全に飛べる範囲でしか実施できません。また飛行シミュレーターを使った試験は、実際に飛行すると多少危険な状況でも実験できるという利点がありますが、細かい条件を要求されるものには向いていないケースもあります。実験の目的により試験設備を使い分けることも重要な要素です。
─ 今回、JAXAが所有しているヘリコプターの運用しているところを撮影させてもらいました。このヘリコプターをはじめとする実験用航空機について教えてください。
JAXAで所有している実験用航空機にはヘリコプターとジェット機があり、飛ぶ高さや速さが異なるため、カバーできる飛行領域によって使い分けています。近年では特に、ヘリコプターの安全性や利便性向上に注力しています。ヘリコプターは日本でもたくさん飛んでいますが、利用が偏りがちです。飛行機はエアラインがあり、定期便が飛び回っていますが、ヘリコプターの場合は報道、災害救助、ドクターヘリなど、特殊な用途で使われることが多 いですよね。理由のひとつとして、就航率の低さがあると思います。旅客機であれば、予定時刻になると100%近い確率で飛びますが、ヘリコプターは80%台まで落ちてしまいます。一番の要因は、天候に左右されること。視界不良の中を飛ぶのは危険ですから。夜間も同じで、ヘリコプターのパイロットが真っ暗な中をまわりの状況を確認しながら飛行するのは困難が増します。いつでも飛べるようになると、さらに活躍の場が広がっていくでしょう。
─ ヘリコプターの視界不良等の解決に向けた研究はしていますか?
10年ほど続けてきたもののひとつに、ヘリコプターのパイロットがかぶるヘルメットのバイザー(顔の前の透過窓)に操縦を助ける映像を映し出すという実験があります。暗いところでもよく見える暗視カメラや、人間には見えない赤外線を映すカメラを搭載することで、それらの映像から夜の闇の中でも地上の様子などがある程度わかるというものです。また、あらかじめ得た地形情報をデータベース化して、そのデータから計算される地形の見え方をバイザーに映し出したりもしています。これが実装化されたら、自分がいまどこを飛んでいるのか、下はどのような地形になっているのかなどを、パイロット自身が知ることができるようになります。視界不良でも、安全な飛行が叶うようになるはずです。
─ 藤井さん自身のバックグラウンドを教えてください。
もともとは工学系の研究者です。大学時代の専門は機械工学で、修士論文では車のエンジンの研究をしていました。航空機とはほとんど関係のない研究室の出身なのですが、制御等の「システムを扱う」という素養はあったので、(JAXAの前身の一つ)航空宇宙技術研究所に入所したという経緯です。最初は振動を抑えるなどの制御関係の研究から入り、徐々に航空機の勉強をしていきました。
─ 車から航空機に分野が変わったときに、何か違いは感じましたか?
車は止まれば安全ですが、航空機は止まったら落ちるんです。だから簡単に言うと、車は動かない方が安全で、飛行機は高度や速度を確保して飛んでいる方が安全ということになります。技術者としては、その感覚の差が一番大きいですね。
─ 面白い視点ですね。JAXAでは国の機関だからこそできる研究や実験もあると思うのですが、民間企業とは連携をとっていますか?
共同で研究して、その成果をメーカーに渡して形にしてもらうケースが多いです。JAXAにはいろいろな技術の蓄積や最新鋭の設備がありますが、それらを持っているだけでは意味がありません。十分に活用しながら、民間企業と協力して世に出していくことが我々の使命です。
─ 実験用航空機は、航空だけでなく宇宙に関する実験でも用いることがありますか?
例えば惑星探査などに関連し、その星に降りるとき、あるいは地球に帰ってくるときに使うパラシュートシステムの確認のために、ヘリコプターからパラシュートを落とす実験を行ったことがあります。また、人工衛星に搭載するセンサーをヘリコプターに搭載して、ちゃんと計測できるかどうかを確認する試験もあります。
─ ちなみに航空機の造形について、今後変化はあると思いますか?
例えば通常私たちが乗るような航空機(旅客機)は、以前はエンジンが3機の機体もあったり、尾翼の付き方が違っていたりと形もいろいろでした。しかし、いまは同じような形がほとんどで、旅客機に要求される条件を満たした、かなり最適なところに行き着いていると思います。一方で、航空機の使い方は今後も多岐にわたる可能性はありますね。ドローンはすでに普及していますし、ヘリコプターのように垂直に離着陸するeVTOL(空飛ぶクルマ)のような次世代エアモビリティなど、小回りも効きつつ利便性も高い新しい航空機の開発に研究の軸足が向いていくと思います。
─ 研究とは少し離れますが、空港というと、ワクワクする場所というイメージを持つ人が多いと思います。藤井さんにとって、空港とはどんな場所ですか?
プライベートで行く空港は、私にとっても非日常に向かう、ワクワクできる場所です。一方、出張の際は仕事目線で「実際の航空機がどのように運航されているのか」という目で見ることもあります。たくさんの航空機が管制と交信しながら運航しているはずなので、いまの時間はこんなことをやっているんだろうな、と思ったり、出発の遅れのアナウンスがあったときは、整備担当がバタバタしているのかな、などと想像したり、今日はどの滑走路を使うのかな、と考えたりしています。
─ 空と宇宙の違いに空気があるかないかは大きな違いだと思いますが、藤井さんは空の技術者としてどんなところにやりがいを感じていますか?また、これから航空技術部門が目指すべきところについても教えてください。
おっしゃる通り、地球には大気があるので、気象の影響を必ず受けるのが空を相手にする航空分野です。そこを考慮しながら設計していかなければいけないというのが、航空の専門家の宿命ですね。またほかに宇宙と航空の違いとして、航空機は誰でも乗れるという点で「身近である」というところではないでしょうか。また自分たちの技術開発したものが活かされている場面を見られることも多く、そういうところでやりがいを感じやすいのだろうと思います。身近にあるとはいえ、航空機はいままで以上に安全で、もっとみんなが気軽に乗れるようなものになるべきで、そこを航空技術部門としては目指したいと思っているんです。さらに、航空機に乗っている人だけでなく、地上にいる人も安全に空を共有できるような世界。すべての人が安全にいられる空を作り、それを維持していきたいです。
Profile
航空技術部門
飛行試験設備チーム
チーム長
藤井謙司
兵庫県出身。航空技術部門で、基盤技術の組織長として管理指導や戦略検討を担当すると同時に、飛行試験設備のチームの長を兼務。飛行機のほか、車、鉄道など乗り物全般を愛好。中学での部活から始めたテニスを何とか継続中。
写真:山本康平 取材・文:仲野聡子
最後までお読みいただきありがとうございました。
今後の参考にさせていただくため、
よろしければJAXA's90号のアンケートにご協力お願いします。
著作権表記のない画像は全て©JAXAです。