火星衛星探査計画(MMX)各種試験を実施するフェーズに
火星の衛星からのサンプルリターン
火星衛星探査計画(MMX)
各種試験を実施するフェーズに
小惑星探査機「はやぶさ2」のミッションに代表される、JAXAの小天体探査戦略。
その戦略の中で「はやぶさ2」に続くのが火星衛星探査計画(MMX)だ。
MMXにおける探査機の開発の状況について、プロジェクトチームの澤田弘崇 と今田高峰に聞いた。
火星衛星探査計画(MMX)とは
火星衛星探査計画(MMX:Martian Moons eXploration)は、世界初となる火星の衛星からのサンプルリターンミッションだ。火星にふたつある衛星、フォボスとダイモスの観測を行い、さらに、フォボスに着陸して、サンプルを地球に持ち帰る計画となっている。
ミッションの目的は、火星衛星の起源を明らかにし、太陽系の惑星や、火星圏(火星・フォボス・ダイモス)がどのように進化してきたのかを明らかにすることだ。また探査技術に関しては、火星圏への往還技術、天体表面上での高度なサンプリング技術、新しい地上局を使用した最適な通信技術を獲得することもめざしている。 「太陽系の中で、火星は地球型惑星と呼ばれる岩石でできた惑星です。これに対し、火星より外側にある木星は大半がガスと液体の金属でできたガス型惑星。つまり、火星を周回するふたつの衛星は、地球型惑星とガス型惑星の境界に存在する星なのです。このことから火星の衛星を探査することは、どのように惑星が誕生し、どうしてこのような形となったのか、太陽系の進化を解き明かす大きなヒントが得られる可能性があると考えています」と語るのは、主にMMXの探査機(MMX探査機)のサンプリング装置の開発を担当する澤田。また、MMX探査機の取りまとめを担当する今田も、「フォボス着陸を実現すれば、今後、火星で有人活動をする際にフォボスに前進基地を設置するなどの可能性が開けてくることも考えられます」と、未来につながる価値を示した。
コロナ禍のなかで、試験実施フェーズへ
現在、MMX探査機の開発は、各種試験を次々に実施する段階に入っていると今田は語る。
「バス系システム(探査機を形成し、基本的な機能や動作に必要なシステム)もミッション系機器(各種観測やサンプリングを行いミッション目的を達成するための機器)も、設計の妥当性を検証する審査会を間もなく終え、6月以降は構造試験や一噛み試験(バス系システムとミッション系機器を組み合わせて、機械的、電気的な整合性を確認する試験)、エンジニアリングモデルを使ったEM試験(機能、性能、耐久性などの確認試験)などに進む予定です。その後は、地上システムとの組み合わせ試験などを経て、2023年度にはすべての試験を終了し、種子島への輸送準備に入ります。2022年度からは各過程で発生が想定される問題の解決と、スケジュール維持が課題ですね」
昨年度は、新型コロナウイルス感染症の流行により海外工場が停止し、部品の調達が遅延。大幅なスケジュール調整が必要になるなど、開発にも大きな影響が出たという。また、ドイツで実施予定だったサンプリング機器の試験が中止になるなど、当初計画から外れる事態も多く発生した。
「コロナ禍において、私たちもリモートワークを余儀なくされました。会議や書類作業は問題なく進んだのですが、メーカーが開発を担当している機器などは実物を見ることができず、現場作業には影響が出ました」と澤田は振り返る。
「現在はスケジュールを組み立て直し、開発全体に遅れが生じないように進めていますが、夏以降は、海外から日本に機器を持ってきて実施する試験も予定しているので、今後の感染状況は注視が必要ですね。とくに海外渡航状況は気になるところです」と今田が続けた。
MMXの難しさ
「サンプルリターンミッションに加えて、着陸という新しいミッションがあるMMXは、本当に難しいんです」
「はやぶさ2」のミッションでも小惑星リュウグウのサンプル回収に携わっていた澤田は、MMXについてそう語る。「はやぶさ2」のようなタッチダウン(接地)ではなく、天体に着陸してのサンプル回収は日本初の試みだからだ。サンプル回収カプセルの仕様も、「はやぶさ2」からアップデートし、その開発には大きな苦労が伴った。
「採取するサンプル量を多くするために、カプセルサイズは『はやぶさ2』の直径40cmから直径60cmに変更しています。『はやぶさ2』で培った技術を活かす、ギリギリのサイズがこの直径60cmだったわけですが、軽さは必要なので、耐久性を兼ね備えた軽い素材を検討するなど、さまざまな検討を行いました」
MMX探査機は、火星圏との往還のために複雑な推進システムと大量の推進薬を搭載しなくてはならない。その分、他の機器の軽量化は必須なのだ。澤田に続いて、今田も開発における難しさについて語った。
「『はやぶさ』『はやぶさ2』は、重力がほとんどない天体からのサンプル採取をミッションとしていましたが、フォボスには重力があります。つまり、着陸においては重力に応じた脚が必要になるんです。しかし、誰も降り立ったことのないフォボスの表面状態は未知数です。どのような脚なら降り立つことができるのかを、推測しながら設計しなくてはならず、それもまた難しい問題でした」
打ち上げの実現に向けて
数々の問題をクリアするべく、ここまで開発が進められてきたMMX探査機。昨年冬には公式Twitterで、熱真空試験や静荷重試験を受ける姿も公開となり、「紙上のものが実体となったことで、いよいよだという実感がチーム全体にわいてきた」と今田は話す。また澤田は「実験フェーズの現在から打ち上げまでは気が抜けないですね。一旦打ち上げ機会を逃すと、次のタイミングは2年後になってしまいます。ここからトラブルも多々発生するかもしれませんが、とにかく打ち上げをめざして進むのみです」と続けた。
「火星の衛星に着陸してサンプルを回収する」という世界初となるMMXの挑戦は、今まさに勝負のシーズンを迎えているのだ。
Profile
国際宇宙探査センター
火星衛星探査機プロジェクトチーム
探査機システムマネージャー
今田高峰
熊本県出身。H-IIロケット2段推進系、軌道突入実験機(OREX)推進系、宇宙往還機(HOPE)システム、宇宙ステーション補給機(HTV)システム、有人宇宙船研究、HTV-R、HSRCの設計などを経て、MMXプロジェクト発足時から現職。趣味は、自転車で日本中を旅すること。料理やドローンの操縦、3Dソフトウェア一般を特技としている。
国際宇宙探査センター
火星衛星探査機プロジェクトチーム
主任研究開発員
澤田弘崇
長野県出身。宇宙ロボティクスの研究、深宇宙探査機の開発、将来探査技術の新規開発などに従事し、2010年には開発した小型ソーラー電力セイル実証機IKAROSを打ち 上げ、世界初の技術実証に成功。2011年、「はやぶさ2」プロジェクトにて、サンプリング装置などの開発を担当。2020年にはカプセル回収隊として、豪州ウーメラからサンプルを日本まで運んだ。2019年よりMMXプロジェクトに異動。趣味は映画観賞だが、プロジェクト中は時間に全く余裕がなく、観られていない。
取材・文:笠井美春
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