速度2倍を目指す高速ヘリコプターの開発と展望

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高速ヘリコプターのイメージCG

速度2倍を目指す
高速ヘリコプターの開発と展望

超音速旅客機や電動航空機など、新たな進化が期待される航空業界だが、ヘリコプターの高速化もそのひとつ。現在、航空技術部門で研究開発している高速ヘリコプターが実現すると、速度が2倍になるだけでなく、飛行の安定性も上がるという。
航空環境適合イノベーションハブの田辺安忠と杉浦正彦が、次世代のヘリコプターについて語る。

時速500kmを目指す、高速ヘリコプター

日本では航空機に占めるヘリコプターの比率は高く、約3割がヘリコプターだ。

「平野が少なく、災害なども多発する日本では、ヘリコプターの需要が高いという特徴があります。その理由は、ヘリコプターには飛行機とは違うふたつの特性があるからです。ひとつは垂直に離着陸ができるため、滑走路が不要で狭い場所でも離着陸が可能になるということ。もうひとつは空中停止(ホバリング)ができることです」

そう話すのは、高速ヘリコプターの開発に取り組む航空環境適合イノベーションハブの主任研究開発員・杉浦正彦。日本人の生活に不可欠なヘリコプターだが、「日本のヘリコプターの技術はこの30年、あまり進化していないのが現状です。しかし世界では新しいヘリコプターの技術開発が進んでいるため、負けないようにJAXAも独自の技術開発に取り組んでいます」と、ハブマネージャの田辺安忠が続ける。航空技術部門では、ヘリコプターの安全性と技術の向上への取り組みを行っており、その一つに「高速化」がある。JAXAが研究開発中の高速ヘリコプターについて、杉浦正彦はこう語る。

「従来のヘリコプターはロータ面の傾きを変えて、揚力と推力を同時に作って前進する、いわば立ち泳ぎの状態。これに対し高速ヘリコプターは、クロールのように水平に推力を作用させるので、飛び方そのものが大きく異なります。従来のヘリコプターの最高速度は時速270km程度で、高速ヘリコプターは約2倍の時速500km前後で飛べる性能を目指しています。具体的な技術で言うと、主翼の位置と形を変更しました。主翼の両端には電動プロペラを設置して、揚力を持たせています。これは、機体上部にある大きなメインローターが回転することで発生するトルク(機体を回転させる力)を打ち消すシステムで、飛行中の安定性が高まります。また、このシステムにより10%程度の推進力も生み出すことができます」

赤い転線で囲まれた部分が、新たに主翼に取り付けた電動プロペラ。
赤い転線で囲まれた部分が、新たに主翼に取り付けた電動プロペラ。

ドクターヘリコプターの高速化

ヘリコプターの高速化が実現すると、様々な場面での活躍が期待できると杉浦。

「たとえばドクターヘリコプターへの実装です。高速化が実現すれば、日本国内の9割以上を15分以内でカバーできると言われています。交通事故など出血多量の場合、15分以内に処置すれば多くの場合に命が救えることが統計的に分かっていますから、特に高速化が望まれていますね」

現在、ドクターヘリは全国45都道府県に設置されている。従来のヘリコプターは日本の約6割をカバーするのに対し、開発中の高速ヘリコプターが実現すると、約9割をカバーできる。
現在、ドクターヘリは全国45都道府県に設置されている。従来のヘリコプターは日本の約6割をカバーするのに対し、開発中の高速ヘリコプターが実現すると、約9割をカバーできる。

ドクターヘリの高速化が実現すると、コスト面でもメリットがあると田辺は話す。

「既存のドクターヘリで日本国内をカバーしようとすると、拠点となる医療施設を増やすしかありません。そうすると医療施設の建設費や人件費に多額のお金がかかります。高速ヘリコプターが実現すれば、機体価格は高額ですが、拠点となる施設を増やすよりも低コストで導入できます」

開発の経緯、そして今後

高速ヘリコプターの開発までの経緯について、田辺は語る。

「実は高速化の前に、騒音を低減する機体の研究をすすめていました。それらがひと段落したタイミングで、次に何をやろうかと思ったとき、専門家やメーカ、大学などの研究機関の方に集まっていただき、ヘリコプターをよりよくするために次は何に取り組むべきかという議論をしたんです。そこで高速ヘリコプターの研究は不可欠で、特にドクターヘリに実装できればミッションとしても大変有意義なものになるのではという意見が出ました。そこから研究がスタートしましたね」

高速ヘリコプターの模型機による飛行試験の様子。
高速ヘリコプターの模型機による飛行試験の様子。

研究中、どんなところに苦労したかと聞くと、「解析の時間が飛行機よりもかかったこと」と杉浦。
「CFD(数値流体学)解析ツールで膨大なパラメーター解析を行う必要があり、1ケース1カ月かかることもありました。また、例えばブレードをどんな形状にするかだけでも、アイデアから形になるまで2年近くかかっています。絶望的な気持ちになったこともありますが、答えにたどり着いたときの興奮は覚えています。これからは試験機で実験に取り組んでいけることが嬉しいです」

2014年から概念検討を始め、2020年から実用化に向けた設計技術の開発、航空機製造メーカとの共同研究を進めている高速ヘリコプター。将来的にはこれらのメーカに技術移転を行い、実機開発に結び付けることを目指している。

民間企業と共同研究できる喜びを、「実装できる喜び」と表現した杉浦。

「我々研究者は、突飛なことに取り組みがちですが、民間企業とタッグを組むことで、社会ニーズに応えようと強く意識できることがあります。実際に社会で使っていただけるという喜びが大きいですね」

また、田辺は最後にこう話す。

「メーカは実際に機体を作っているので、我々が知らない製造技術をたくさん持っています。JAXAが得意とする研究技術と、メーカが得意とする製造技術が合わさることで、たくさんのよい発見がありました。現在は共同で特許をとろうと動いているところです。さらに将来には、日本の空に高速ドクターヘリが飛んでいることを期待しています。」

Profile

田辺安忠

航空技術部門
航空環境適合イノベーションハブ
ハブマネージャ
田辺安忠

民間企業での研究開発を経て、2006年にJAXAに入社。航空技術部門で回転翼機の空力弾性騒音の統合解析ツールrFlow3Dの開発を主導し、多くの大学、企業へライセンス提供をしている。趣味は卓球と囲碁。

杉浦正彦

航空技術部門
航空環境適合イノベーションハブ
主任研究開発員
杉浦正彦

航空技術部門でヘリコプターや飛行機の運航技術に携わった後、ヘリコプターの空力研究を行っている。趣味は瞑想。毎日頭をリセットして、心身の健康を保っている。

取材・文:野村紀沙枝

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