ソニックブームを低減する機体設計技術の開発

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超音速旅客機のイメージCG

次世代超音速機の鍵となる技術

ソニックブームを低減する
機体設計技術の開発

航空産業のニーズに応えるため、さまざまな研究開発に取り組んでいる航空技術部門。
なかでも世界的に注目されている超音速機に関する研究は、ひとつの節目を迎えようとしている。
航空技術部門の牧野好和と上野篤史が、次世代の超音速機について語る。

次世代超音速機の課題

次世代の超音速旅客機に求められる要素は3つある。機体を軽量化し空気抵抗を小さくさせた低燃費化、空港での離着陸時の低騒音化、そして飛行中の騒音を抑えた低ソニックブーム化だ。航空技術部門ではこのすべての課題に取り組んでいるが、特にソニックブームにまつわる研究は、次のステップへと進もうとしている。

ソニックブームとは、超音速で飛行した際に生じる衝撃波のこと。機体の先端から円錐状に広がる衝撃波は空気を圧縮し、それが地上に届くと人間には落雷ほどの爆音が瞬間的に2回聞こえる。そのため2003年まで就航していた超音速旅客機のコンコルドは、海上しか超音速で飛べなかった。次世代に求められるのは陸上も自由に超音速で飛行できる超音速機で、それにはソニックブームを低減化(以下、低ブーム化)する技術が必須だ。

「現在JAXAが開発中の技術を用いて低ブーム化した超音速機が実現すると、感覚的には家の外で車のドアが閉まるときの音、またはドアをノックする音くらいまで下がります」と話す、ユニット長の牧野好和。

「しかし、今もコンコルド時代の基準が残っており、例え低ブーム化した超音速機が開発されても、現状では陸地上空を超音速では飛行できないのです。そのためICAO(国際民間航空機関)では、どこまで低ブーム化できれば陸上を飛んでもよいかという議論を現在しており、JAXAもそこに参加しています」

牧野が語るように、JAXAが実証を進めているこの低ブーム化の研究は、ICAOの国際基準策定にも貢献する可能性もある。また、低ブーム化に関しては、10年以上も前からNASAと共同研究を行なっている。

「NASAとは、ソニックブームの低減が人間にどう影響するのかを研究しており、お互いが所有しているソニックブーム体験装置で測定した被験者試験の結果を比較しています」

現在NASAは、低ブーム実証機「X-59」のプロジェクトを立ち上げ、2022年に実証機を飛ばす予定だ。そして実証機から発生するソニックブームを住民に聞かせ、どんな反応を示すかを調べる試験を始める。この「X-59」に関して、JAXAとボーイング社も含めた共同研究が新たに立ち上がった。その内容について牧野が続ける。

「今回の共同研究では、JAXAの数値シミュレーション技術と風洞試験技術を用いて『X-59』の低ブーム化設計を検証します。今年度中にはNASAの模型を使って、JAXAで風洞試験を行う予定です。この活動も将来のICAOの基準策定につながっていくと思います」

このようにNASAとも協力しながら、低ブーム化の研究を進めている一方で、JAXA独自で研究開発中の技術もある。主任研究開発員の上野篤史が、その技術について続ける。

「ソニックブームの基準策定には、機体直下(オントラック)だけでなく、側方(オフトラック)へ伝わるソニックブームにも低減化が要求されるでしょう。そこで我々が考案したのが、影響する全エリアを対象にした『全機ロバスト低ブーム化設計技術』です。この新しい技術を使うことで、オントラックとオフトラック両方向に伝わっていくソニックブームを低減できるようになります」

オントラックは機体直下、オフトラックは機体側方へ伝わるソニックブームの角度。機体先端から円錐状に伝わり、その範囲内では落雷ほどの爆音が瞬間的に2回聞こえる。
オントラックは機体直下、オフトラックは機体側方へ伝わるソニックブームの角度。機体先端から円錐状に伝わり、その範囲内では落雷ほどの爆音が瞬間的に2回聞こえる。

また機体の設計には、これまでにない新しいパーツの追加や既存パーツの使い方を変更させるなどの工夫を行った。

「飛行中にマッハ数が変化しても低ブーム性を維持するために、機体のパーツにいくつか変更を加えています。例えば、エンジンの排気が低ブーム化に影響を及ぼす可能性があるため、エンジン排気口の近くに新たに低ブームフィンを追加しました。この新しいフィンのおかげで、エンジン排気の影響を打ち消すことができます。

そして、通常の飛行機では安定性を確保するために使う水平尾翼にも変更を加えています。超音速機では、マッハ数が変わると主翼よりも後方の流れ場に影響が大きく出ます。そのため水平尾翼の角度を変え、最も低ブーム化に好ましい流れ場へと変化させています。

しかしこのふたつのパーツの変更は、機体の安定性(トリム)も変化させてしまいます。その不安定さを解消するために、機体の前方には戦闘機でよく採用されているカナード(前尾翼)を設置し、機体の安定性(トリム)を確保しました。胴体のくびれの設計は、このカナードで発生する圧力波を打ち消す効果もあります」

このように新技術を用いた機体は、数値シミュレーションや風洞試験の結果では全エリアで低ブーム化を示した。今後は実証機による飛行試験を行う予定だ。

低ブーム化するパーツをつけた、超音速機のイメージCG。

低ブーム化するパーツをつけた、超音速機のイメージCG。

超音速機の騒音を可視化したもの。従来機は、ソニックブームが地上に到達するマッハ約1.2以上で飛行中の全てで赤くなり騒音レベルが高い。一番下はJAXAが新たに開発した技術を用いた結果で、影響を受ける全エリアを低ブーム化している。

超音速機の騒音を可視化したもの。従来機は、ソニックブームが地上に到達するマッハ約1.2以上で飛行中の全てで赤くなり騒音レベルが高い。一番下はJAXAが新たに開発した技術を用いた結果で、影響を受ける全エリアを低ブーム化している。

国内の超音速技術の連携。実現後の未来とは

今年6月には、JAXA、JADC(一般財団法人日本航空機開発協会)、SJAC(一般社団法人日本航空宇宙工業会)、三菱重工業株式会社、川崎重工業株式会社、株式会社SUBARU、株式会社IHIが、日本の超音速機技術の研究開発で連携する協定を結んだ。これは2030年頃に想定されている、超音速機の国際共同開発に参画することをめざした取り組みだ。

超音速旅客機のイメージCG

超音速旅客機のイメージCG

このように、今後は国内でも超音速技術の発展が見込まれている。では、超音速機が実現すると、どんな未来が待っているのだろうか。

「現在めざしている超音速機は、50人のお客様が乗れるサイズの機体で、6,500kmの距離の飛行を想定しています。これは東京を中心とすると、アジア圏を網羅した距離ですね。例えば、シンガポールに日帰り出張できるようになるかもしれません。将来的にはもっと距離を延ばし、ヨーロッパなどにも飛べるようにしたいと考えています。それには、現状の設計よりも燃料を多く積む必要があり、そうなると必然的に機体が大きくなって空気抵抗も増えます。これは難しい問題なので、どうすれば抵抗を下げられるのかをもっと研究していきたいと思っています」と上野。

コンコルド撤退から20年弱。新しい超音速機の実現は、世界的にも注目を集めるはずだ。独自の技術を着実に前進させつつ、さまざまな機関や産業界とも連携をしながら、JAXAが技術開発に関わる超音速機は、飛行実証試験という次のステップに向かっている。

Profile

牧野好和 MAKINO Yoshikazu

牧野好和 MAKINO Yoshikazu
航空システム研究ユニット、ユニット長。

愛知県出身。大学院で超音速機の研究と出会って以来20年以上にわたり研究開発に従事。超音速機が発生する騒音であるソニックブームが専門で、将来超音速旅客機の国際騒音基準策定に向けた活動にも関与している。座右の銘は「人間万事塞翁が馬」。

上野篤史 UENO Atsushi

上野篤史 UENO Atsushi
航空システム研究ユニット、主任研究開発員。

和歌山県出身。これまで一貫して超音速機の研究開発に取り組んでおり、航空機メーカ勤務時には超音速実験機のシステム設計を担当し、JAXA入社後は超音速旅客機の機体推進統合設計、低ブーム設計に従事。速いものが好きでF1観戦が趣味。

取材・文:野村紀沙枝

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