デザインとエンジニアリング。ふたつの言語で見つめる宇宙輸送
デザインとエンジニアリング。
ふたつの言語で見つめる宇宙輸送
田川欣哉(デザインエンジニア・Takramディレクター)
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岡田匡史(H3プロジェクトチーム・プロジェクトマネージャ)
日本が宇宙への輸送手段を持ち続けられるように。現在運用中のH-IIAロケットの後継機として開発されているH3ロケット。その試験機1号機が、2021年度中に種子島宇宙センターから打ち上げられる予定だ。登山に例えるならば、現在9合目。「ここから山頂、すなわち打ち上げまでは急勾配の連続だ」というH3ロケットの開発を指揮する岡田匡史プロジェクトマネージャが、世界を舞台に活躍するデザイン・イノベー ション・ファームTakramを訪ね、デザインエンジニアの田川欣哉さんと対談を行った。デザインとエンジニアリング。ふたつの言語を通じて見つめる、日本の宇宙輸送の新しい輪郭とは。
デザインとエンジニアリング。
選べないから両方やる
岡田
田川さんのご専門、学生時代は何を専攻されたのでしょうか?
田川
僕は機械情報工学科です。なので、構造力学や流体力学などを学んでいました。
岡田
私とほぼ同じ畑ですね。私は航空宇宙工学科出身です。
田川
もともと幼い頃から機械いじりが大好きだったので、将来はエンジニアになるつもりで機械情報工学科に入学しました。ところが在学中に転機が訪れまして、夏休みを利用してとあるメーカーさんのもとにインターンとして潜り込んだときに、僕はそこで初めてデザイナーという存在を知ったんです。
岡田
それが田川さんの"デザインエンジニア"としての原点だと。
田川
はい、それまで僕はエンジニアがプロダクトの外形であるとか、その基礎的な検討をしているものだと思っていたんですが、その部分を担うのは、実はデザイナーという人たちであることを知りまして。
岡田
分業的に。
田川
はい、設計はエンジニアの仕事だけど、外形はデザイナーの領域になっているという事実に、僕は衝撃を受けたんです。デザイナーと聞いて普通の人がパッと思い浮かべるのは、グラフィックデザイナーやプロダクトデザイナー、あるいは車やファッションのデザイナーなどでしょう。つまり、美術系の勉強をした人たちが物の形を美的に考えていく仕事として一般的にとらえられています。そんななか工学系出身の僕がこのままエンジニアの道を歩んで企業に入ってしまうと、外形はやらせてもらえないということに、大学生の最後のほうで気づいてしまって。
岡田
本当にやりたいことができないと。
田川
機能性と操作性が優れているものは、当然外形も洗練されていて、所有欲を掻き立てるもの。自分が作るものも、その0から1を生み出すプロセスのすべてに関わりながら、作りたかったんですけど、それができる職業というものがエンジニアだと思っていたわけです。大学の先生も「機械科を出れば、何でもものが作れるようになるから安心しなさい」と言っていましたから。ところがこのままいくと自分のやりたいことの一部分は、諦めなくてはいけない。それは嫌だと思って、大学院でデザインを学ぶためにイギリスへ留学しました。
岡田
それはまたかなりの方向転換ですね。
田川
僕のような選択をした人は周りに誰もいなくて、大学の友人にも「頭おかしいんじゃないか」とか言われてたんですけど(笑)。帰国後はプロダクトデザイナーの山中俊治さんが主宰するデザイン事務所で働きました。山中さんも工学部出身ながら、すでにデザインとエンジニアリングの両方を同時に担う仕事をされていたんです。そこで5年間修業を積んだ後、2006年に今の会社であるTakramを共同創業しました。
岡田
ということはTakramさんの場合、どんなテーマでも社内であまり分業せずに取り組んでいるのでしょうか?
田川
そうですね。分業はほとんどしていないです。外形、つまりは美的な部分も、機能や技術面も分業せずに両方できる人間が並列で絡みながら様々なプロジェクトを担当しています。
岡田
やはりそこがポイントですね。
田川
ひとつ言えるのは、Takramは一個人、一社員のアーティスティックなセンスで勝負するようなタイプの会社ではないですね(笑)。まずはエンジニアリングベースで合理的に考えていく。例えば一脚の椅子を作るときにまず考えるべきは、座り心地が良いか、悪いか。快、不快の身体的な認知の話になります。どの角度設定にすれば座りやすいかを構造的に分析する。これは再現性のある世界ですから、サイエンスに近い話でもあります。その認知でいうところの低次レベルが整ってくると、今度は高次レベルの話。美的価値といった話になってきますが、技術面と美的価値のすり合わせは、細かなディテールの世界であり、かなり高度なレベルの話になってくるので、分業せずにひとりの人間がエンジニアリングとデザイン、ふたつの視点を振り子のように揺らしながら突き詰めていくほうが、最短でより良い場所に到達できるんです。
ロケットの開発現場とは、
技術との闘いによって成り立っている
田川
実は僕、種子島宇宙センターで、実際にH-IIAロケットの打ち上げを見ているんです。当時、 20代前半だったんですが、山中さんに同行して、種子島宇宙センターへ行ったんです。打ち上げの光景はもう、人生観が変わりました。なんというか、人間のスケールを超越したものに圧倒される感じで。
岡田
そうでしたか、ロケットは膨大なエネルギーが凝縮した乗り物ですからね。天気にも恵まれたんですね。
田川
はい。その形容しがたい感覚は、今もはっきり覚えていますし、当時も会う人会う人全員に打ち上げの見学を勧めました(笑)。「絶対、見に行ったほうがいい」と。岡田さんはそんなH-IIAロケットの後継機にあたるH3ロケットの責任者をされているということで、そのプレッシャーたるや、悲喜交々含めて途方もないだろうなあと思います。
岡田
ロケットの開発現場というものは、技術との闘いの積み重ねなんですね。それが宿命のようなものです。緊張の糸が緩むことのない状態ではありますが、その積み重ねの総仕上げが打ち上げです。まさに一発勝負。打ち上げは確実に成功させなければなりませんから。
田川
H3ロケットの開発はどの程度まで進んでいるのでしょう?
岡田
今は9合目あたりといえますね。昨年、9合目まで一度登ったんですが、開発中のメインエンジン「LE-9」の燃焼試験で、設計変更したほうがよい技術課題が生じたことで、8合目まで引き返しているんです。苦渋の選択でしたが、打ち上げそのものも、2020年度を21年度に見直させてもらいました。そして今、再び9合目まで登ってきたというところです。もう山頂は見えてるんですが、山頂を前にとてつもない急坂が待ってまして、今からその急坂をロッククライミング状態で登っていく。そんなところです。
田川
急勾配の9合目から山頂までは、どのようなプロセスがあるのでしょう。
岡田
ロケットの機体(試験機1号機)は、すでに種子島宇宙センター内で組みあがっていますが、 LE-9エンジンは開発の最終段階にあります。このエンジンは、昨年5月に私たちの想像を超えた複雑な現象で課題が生じました。今この課題を克服しつつあるところで、これからあと数か月で仕上げる予定です。
田川
そういったいわゆるトラブルが起きたときに、何を支えとしていますか?
岡田
やっぱり「成功させてやろう」という気持ちですね。その気持ちが背中を押してくれてるんですけど、それでもこれまで経験したことのない新しい試験に臨むときは、緊張を通り越して怖く感じることもあります。想像を超えるような現象が目の前に現れるので。ですが、目をつぶらずにその現象と対峙していると本質である物理が見えてくるんです。すると克服できるというのがわかってくるので、そうした経験の積み重ねによって、ここまでこれたと思います。
田川
そのプレッシャー、僕には想像できないです。
岡田
どんなに高度なシミュレーションをしても100%完璧ということはないんです。多くの技術課題はそれを超えたところで生じるので。課題が生じるとそのまま開発を続けるわけにはいかないので、常にリスクマネジメントに心がけています。第2の設計を用意しておく、交換部品を準備しておくなど。ですが、打ち上げを延期させていただいた残りの時間も限られています。ここが正念場、頑張りどころという状況です。
田川
打ち上げが、本当に迫っていると。
岡田
はい、今年度中に試験機1号機を打ち上げます。
H3ロケットは、人の心の器となりえる
高いシンボル性がある
岡田
田川さんにひとつお聞きしたいことがあります。ロケットにおけるデザインの可能性についてはどう思われますか? ロケットは宇宙へ物を運ぶという輸送サービスに用いる製品ですが、ロケットには極限的な性能が求められるため、物理的な制約が多すぎて外形も必然的に決まってしまいます。そうした現実があるなかで、一般の製品と同様にデザインを追求することは意味があるのか?ないのか?あるとしたらそれは何のためか? その点について、時々考えることがあります。
田川
それはデザインの領域というべきかどうか迷うところですが、ひとつの視点としては、ロケットを眺める人たちがそのロケットに何を感じるのか。というところにフォーカスを当てると可能性が広がりそうです。言い換えるとそれはシンボル性の話につながると思うんです。ロケットは個数がかなり限られていますし、誰もが「あっ!」と目を惹く圧倒的な存在なので、強烈なシンボル性がありますよね。
岡田
確かにそうですね。
田川
シンボルとは象徴、表象、記号を指しますが、例えば日の丸は国のシンボルです。その日の丸に、人はそれぞれそのときどきに希望や期待、祈りといった様々なエピソードを投影するもの。シンボルを、人の気持ちの器と形容する人もいます。そしてできるだけ蓄えの大きい器のことを"よいシンボル"であると僕らは呼ぶ。おそらくロケットという存在は、人間が作る人工物のなかでも最もシンボル性の高い、ポテンシャルがあるものではないでしょうか。僕はそう思ったんですが、H3ロケットの外形を拝見するときれいですし、可能性はすでに十分あるように思いました。
岡田
制約があるなかでもできるだけのことを考えました。例えば海外へのサービス展開を意識して、国名表記を現在の主力ロケットH-IIAロケットで用いている「NIPPON」から「JAPAN」に変更して、先端のフェアリングと呼ばれる衛星搭載部には、宇宙に向かうイメージの黒い矢印を描いたり。
田川
すごくスマートな外形ですよね。
岡田
システムはどこまでもシンプルに研ぎ澄ましてゆき、デザインもまたそのイメージとしました。「JAPAN」のタイポグラフィについてはもう、様々なフォントを並べて検証して、みんなに相当あきれられるほどに悩みました(笑)。そこは決して手を抜くところではないと。
田川
そうやってグラフィック面についても突き詰めていらっしゃるところが素晴らしいです。
岡田
グラフィックに対するこだわりは、私が特に強いかもしれません(笑)。かつ、様々な意見を聞いてそれらにすべて応えようとすると、千差万別でまとまらないので、意見は聞きつつも、最終的にはこれでいく、と。自分の感覚でまとめてひとつの提案にするしかないんです。
田川
まさにその点は、民主的には成り立たないですね。デザインとはハイレベルになってくると、コンテクストが重要になってきます。つまりデザインだけの世界観ではなくて、例えばこのロケットがどういうかたちで使われて欲しいとか、使うことのメリット、デメリットは何なのかとか、すごく複雑な世界観の一部としてデザインも機能してくるので、その高度なコンテクストを一番理解している岡田さんが判断するというのは、正しいことだと思います。
岡田
エンジニアリングの領域とはまた別のプレッシャーがかかりました。それでもまあ、楽しいプレッシャーなんですけど(笑)。
田川
たとえエンジニアリングの制約が強くても、こだわれる範囲でデザインの力を通じて全体をチューニングしていく姿勢は、本当に価値があると思います。
岡田
ただ、ここで難しいのはデザインをいくら探求しても、ビジネス的にはリターンがすぐにあるわけではないところですね。なぜならロケットを見て共感してくださった方々にロケットを販売するわけではなく、先ほどのお話の通り、ロケットとはあくまで輸送サービスであり、そのサービスを担うのは、三菱重工さんです。三菱重工さんにH3ロケットの運用をお任せする以上、三菱重工さんが使いやすいロケットに仕上げることが最も重要ですから。
田川
おっしゃること、本当によくわかります。そのバランスは非常に難しいですけど、例えば江戸時代から続いてる老舗のお菓子屋さんに行くと、品が良くて少し、背筋が伸びるような豊かな時間を過ごせたりしますよね。つまりお菓子が美味しいから、価格がお手頃だからということだけで、人は案外、そこのお菓子を買い求めているわけではないような気がしています。そんな風にしてやっぱり世の中に長い間定着しているものというのは、短期的なビジネスリターンとしては望めないであろう部分に対しても、しっかりと設計しているように思うんです。その姿勢が「お菓子屋さんがなくなっては困る」という、情緒的価値に繋がっていくのではないでしょうか。
岡田
人間の感情に対しても気を配ることで、多くの人の心を引き込んでいるということですね。その感情に対しても、デザインとは有効な手立てだと。
田川
ですからJAXAの視点に立ったときに、H3ロケットは日本のシンボルであると見立てながら、グラフィックデザインについても磨きをかけてゆき、子どもたちが見たときに、「かっこいい!!」と憧れるような存在にしていくと。並行してH3ロケットで培われた技術開発なりを大学の教育に活かしていくなどしていけたら、輸送サービスという領域を超えたすごく有機的な価値に繋がっていくように思います。
ロケットのライブ中継を
デザイン的にもこだわりたい
岡田
今日は、話題提供のつもりで持ってきたものがあるんです。(資料を見せながら)これは何かというと、ロケットが宇宙へ飛行する際の状況を、ライブ中継の中で表示するアプリケーションなんですね。そのコンセプトやデザインは各国、各機関様々で、これはESA(欧州宇宙機関)、次が米SpaceX社、3番目は打ち上げサービスの大手、米ULA社。4番目が中国。そして最後は、我々JAXAです。秒速何キロで現在どこを飛んでいますということを表示するというシンプルなアプリケーションではあるのですが、それぞれに個性があるんです。ですから、H3ロケットでこれを刷新する時に、デザインにも力を入れて作りたいと思っています。
田川
実際に公開する場合は、ウェブ上で公開するんですか?
岡田
打ち上げの時に管制室で使うものはまた別にありますので、ウェブ上での一般公開用として考えています。
田川
多分、そういう意味では岡田さんが異端でいらっしゃるんでしょうね。でもグローバルの目線で言うと、自分たちがやってることで、「かっこ悪いのは改善したい!」みたいな感じになっていらっしゃる方たち、とても多いので、岡田さんの意気込みは素晴らしいと思います。
岡田
すごくシンプルでありながらかっこいいというものは難しいんだろうなあと。「自分でやれ」と言われたら、絶対できないなと思いながら(笑)。今日は本当にありがとうございました。とても楽しい時間でした。
Profile
デザインエンジニア・Takramディレクター
田川欣哉
人や社会とテクノロジーの間の関係がより良くなるように、デザインとエンジニアリングの二つの領域を駆使する仕事に取り組んでいる。最近は、積極的にデータ・サービス・ブランドのデザインの仕事に携わる。趣味は旅行。移動できる社会が戻ってくることを願っています。
JAXA 宇宙輸送技術部門
H3プロジェクトチーム・プロジェクトマネージャ
岡田匡史
愛知県出身。15歳の頃にサターンVの打ち上げ映像を観て、ロケット開発を目指す。種子島、ロケット開発プロジェクト、技術企画部門などを経て、現職。学生時代はハンググライダーを少々。週末はピアノ、ジム、料理などでリフレッシュ。座右の銘は「悠々として急げ」。
取材・文:水島七恵 写真:山本康平
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