宇宙用ライダーで地球観測の新たな利用を拓く
日本で初めてのチャレンジ
宇宙用ライダーで
地球観測の新たな利用を拓く
研究開発部門では、日本で初めて地球観測にライダーを使うというチャレンジングな研究を進めている。地球の気候変動を解明する手がかりにもなるという、画期的な技術とは?センサ研究グループの今井正が語った。
宇宙から3次元地図を作る、
木の高さを正確に測る
ライダーは光(レーザー)を使ったレーダーのこと。自分で光を照射して対象からの反射を受信することで、対象までの距離を高精度に測定する。「はやぶさ2」の小惑星リュウグウへのタッチダウン時にもこのライダー観測の技術が使われたが、これまで日本では地球観測に利用した例はない。ライダーはレーザーを使っているので、レーダーで用いる電波では通り抜けてしまうような小さな物でも観測することができる。さらに、照射する面積を電波よりも絞ることができるので、細かく観測できたり、距離を精度よく計測できたりするメリットもある。
「ライダー観測技術」の研究目的は大きくふたつある。ひとつは、近年、建設工事やハザードマップで用いられている3次元地図を高精度化することだ。
「近年、3次元地図の利用が大きく増えています。ライダーのデータは、その精度を上げることに役立ちます。衛星観測により3次元地図を製作する場合、様々な方向から撮影したイメージャデータを重ね合わせ、建物や地面の高さの情報を求めて3次元地図を製作していましたが、森林などがあると地面が見えず、その部分は地面の高さの情報が抜け落ちてしまうことがありました。
ライダーは木の隙間を光が通り抜け、地面を観測できるので、地面の高さも測ることができます。そのデータを既存の3次元地図に加えることで高精度化できるのです」
もうひとつは地球環境を高精度に観測することだ。最初の観測対象として、「森林」を観測する。この背景には、気候変動問題がある。
「森林は光合成でCO2を吸収し、気候変動を緩和しますが、実際に今どのくらいCO2を吸収しているのかは正確にわかっていません」と今井。「それを解明するために、まずは現在の森林の量を高精度に観測することが必要です」と続ける。
「森林の量、つまり体積は"面積×高さ"で算出します。面積はほかの衛星のイメージャなどを使えば測れますが、高さを正確に測ることはできません。今の衛星はあの手この手を使い、たとえば斜めから森林を見て『だいたいこのくらいの高さ』という具合に推定値を出しています。ライダーを使えば、真上から光を照射して、木の頂点と地面を測ることができるので、その差分から木の高さを求められます」
このライダー観測技術の軌道上実証を目指しているのが、『MOLI(Multi-footprint Observation Lidar and Imager)』だ。その特徴について、2011年の研究スタート時から携わり、現在リーダーを務めている今井はこう語る。
「MOLIは、名前の中にあるLidar(ライダー)とImager(イメージャ)のふたつの機器で地球の表面を観測する装置であり、将来的には国際宇宙ステーションへの搭載を目指しています。
まず、ライダーで、地盤面の高さと地表面を覆う森林などの構造物を高精度に観測します。イメージャはカメラであり、地上の様子を『写真』として撮影します。これまでの海外の例では、ライダーのみを用いた観測で、レーザーの反射信号が返ってきた場所を誤って特定してしまい、解析を誤ることもありました。MOLIでは、イメージャにより、レーザーが当たった場所を把握・確認して解析することができ、ライダーの観測を補完します。このような方法でMOLIは高精度に高さの情報を測ります。この高さの情報とイメージャの面積の情報で、今まではわからなかった森林の量を正確に把握しようとしているのです」
2列の「フットプリント」で斜面の角度を測る
MOLIのライダーには、「マルチフットプリント」という技術を採用している。
宇宙用ライダーは映像のように連続的に観測することはできず、一定の間隔を置いてレーザーを発射する。レーザーが当たった円形の観測点をフットプリントといい、フットプリントが2列並んでいることをマルチフットプリントと呼ぶ。
「斜面に生えている木の場合、平地とは違って、木の頂点や地面の位置がどこであるのかが観測データだけではわかりにくく、高さの測定に誤差が生じてしまうという問題がありました。
研究の結果、森林の量を求める際にこの誤差の影響が小さくないことがわかってきました。また、木が生えているところがどのくらい傾いた斜面であるかということを補正することで、木の高さを高精度に求められるということがわかってきました。このためマルチフットプリントを採用し、3点のフットプリントを使って三角測量の原理で地面にどのくらいの傾きがあるかを割り出せるようにしました。その値を使って、斜面に生えている木の高さを高精度に求めようと考えています」
MOLIは、全球をカバーする3次元地図、JAXAの地球観測衛星である「だいち」(ALOS)シリーズ、および、「しきさい」(GCOM-C)との連携を計画している。これらのデータとMOLIの高精度な高さデータを組み合わせることで、さらに高精度な3次元地図、地球の広い範囲をカバーする正確な森林マップが得られるのだ。
MOLIの実現が、次世代ライダーの足がかりに
現在の進捗について「ライダーの最重要機器であるレーザーの試作と、MOLI全体がどのくらいの大きさになるのかというシステム検討を行っている段階です」と今井。これまでの研究のなかでは、レーザーの試作がいちばんの難所だという。
「ライダー自体は地上でよく使われている技術です。ところが宇宙で使う場合は軌道から地上までの距離が長くなる分だけ高出力が必要で、海外も含めて成功例は少ないです。MOLIで使うレベルの高出力となると、日本の宇宙用ライダーではこれまでに存在しません。
真空において非常に故障しやすいので、世界で初めての衛星ライダーでも、1年動くという設計で作ったものが、3カ月で壊れてしまったということもありました。その知見や研究を通して、故障を防ぐためにはレーザーを1気圧の圧力をかけた容器に入れて動作させないといけないということがわかってきました。
レーザーは部品を集めて取り付ければできあがるという単純なものではなく、一方の性能を上げるともう一方が壊れる、調子が悪くなるということもあります。機器全体での調整を繰り返しながら製作し、宇宙空間を模擬した環境試験をクリアするところまで到達することができました」
さらに、高出力を保ち続けることも重要だ。それを検証する試験では、与圧容器に入れた試作品を「真空チャンバー」の中で動作させた。大気のない宇宙の環境を再現するためだ。
「この状態で、少なくとも3カ月、なるべく1年以上、無事に動くことが求められました。真空チャンバーの中でひたすら動作させ続け、無事に出力を保ち続けたため、宇宙空間でも動作するだろうと確認できました」
まだまだ続いていくライダー観測の研究。今井はここまでの道を振り返り、「紆余曲折ありました。たくさん試行錯誤を重ねて、進んだり止まったりしながら進めてきたという感覚です」と語る。今後の展開についてこう続けた。
「今までの地球観測衛星は、太陽が地球に当たった反射光を利用して観測を行うものでした。それに対してライダーは自分自身でレーザーを発射して反射光を観測するので、観測対象、ほしい情報を選択することができます。これまでにない観測方法で、これまでにない情報を得ることができます。
日本では地球観測にライダーを使用した例はありません。ですから、MOLIはその1例目として実績を作ることも大事なミッションです。それが、次のライダーの研究開発への足掛かりにもなります。そのためにも、一歩ずつ研究を進めていきたいと思っています」
Profile
研究開発部門
センサ研究グループ
今井 正
IMAI Tadashi
千葉県出身。地球観測センサの要素研究に携わったあと、衛星開発プロジェクトを経て、2008年より現職。2011年よりライダーの研究に従事。趣味はスポーツ観戦。最近は子育てのためテレビ観戦などの時間が取れず、代わりに子供との闘いに専念中。
取材・文:平林理奈
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