「はやぶさ2」スポークスパーソンと振り返る、6年の旅路
「はやぶさ2」スポークスパーソンと振り返る、6年の旅路
小惑星探査機「はやぶさ2」のスポークスパーソンを務めた、JAXA宇宙科学研究所の吉川真と久保田孝。理学と工学、それぞれの専門分野で力を発揮しつつ、「はやぶさ2」を国民的なプロジェクトへと発展させていったプロセスを振り返ってもらった。
―「はやぶさ2」のプロジェクトにおいて、既にさまざまな新たな知見が得られていますが、まずは吉川さんの理学分野のハイライトとなる発見について教えて下さい。
吉川
今年の6月頃から「はやぶさ2」が持ち帰ったリュウグウのサンプルの本格的な分析が始まる予定で、そこからが山場になるわけですが、現在のところ最大の驚きは、リュウグウ表面の物性です。リュウグウにインパクタ(衝突装置)をぶつけて、人工クレーターを作った時にわかったんですが、表面が硬くなかったんですね。表面強度が非常に小さかった。それから表面の物質のスペクトルを詳細なに調べてみたら、リュウグウが一旦、太陽に非常に近づいた可能性が高いことも分かりました。リュウグウの進化について、ある程度推測することができています。小さな塵、ダストがどんどん集まって天体になるわけですが、大きな天体になるほど重力で硬い物質になっていく。リュウグウにある物質は、46億年前に宇宙空間にあったダストが集まって、それがギュウギュウに硬い岩石になる前の状態のように見えました。これは地球には隕石として落ちてきたとしても、全部燃えてしまうと考えられ、今まで我々が研究していないような物質かもしれないんです。
―久保田さんの工学分野ではいかがですか?
久保田
工学技術に関しては、二つを挙げたいと思います。「はやぶさ」初号機に続いて、「はやぶさ2」は二度目の小惑星サンプルリターンになります。技術は一度で確立できるものではなく、二度、三度と行って確立するもの。今回で二度目の成功を成し遂げ、月より遠い深宇宙探査の技術をさらに高められたことが1つ目です。もう一つは、技術は進歩しなければいけません。「はやぶさ2」では、ピンポイント着陸に成功し、またインパクタを用いて人工クレーターを作り、内部の物質を採取しました。さらにまた小惑星探査ロボットMINERVA-Ⅱによる表面移動探査もやり遂げました。主要な探査技術をマスターしたことと次に繋がる挑戦を成し遂げたことが、工学的な大きな成果です。
人類の共有知のために、
宇宙探査プロジェクトはある。
―お二人は「はやぶさ2」のスポークスパーソンとしての役割を担っていました。「伝える」という意味で特に注力した点について教えて下さい。
吉川
いかにしてみなさんを巻き込んで行ったかといえば、とにかくなるべく早く知らせること、リアルタイム性にかなり力を入れて、実際の運用をほとんど生で出していくっていうことを何回もやりました。タッチダウン、インパクタ、地球帰還の時にはYouTubeで中継もしましたね。Twitterでも発信して、観ている方自身がミッションの現場にいるかのような雰囲気を出したかった。3億kmの彼方で行っているミッションを、身近に感じて欲しかったんです。
久保田
宇宙探査は、以前は、夢はあるけれどもミッションがわかりにくく、うまくいかないこともあり、厳しい目で見られていました。相当の予算をかける割には、どんな成果が得られているのかわかりにくかったからだと思います。ミッションは何のために、どのように、何をしようとしているのか、また何が難しいのか、なぜそうなったのかなど、実際の説明会では資料を工夫したり、動画で説明したり、模型を使って動きを見せるなどして、みなさんに理解していただくことに努めました。いろいろな方に注目され、勇気をもらったという言葉もよく聞きます。若い世代にまで関心が広がったことによって、人材育成にも繋がると思っています。日本の宇宙探査は、「はやぶさ2」の後には、月へのピンポイント着陸に挑む「SLIM」、火星衛星からのサンプルリターンに挑む「MMX」と続きます。米国が月の有人探査を行うアルテミス計画がありますけれども、そこに日本が参画できるのも、やはり日本の技術が認められたからですよね。次の世代に期待します。
―すぐに役に立つ、というような見方ではなく、生物の始まりの謎に迫ることが、人類みんなの共有知となることの重要性を伝えられたということでしょうか?
吉川
我々の地球と生命をきちんと理解しましょうというのが大きなテーマなんです。「それを知って何になるんだ?」という問いには、地球や我々自身の始まりを知ることは、そもそも知的な生物である人類だからこそできるのだと答えています。まさに人間であることの証だと。
久保田
「はやぶさ」初号機の時には、(有機物や水をあまり含まない岩石質と考えられている)S型小惑星であるイトカワの探査で、どちらかといえば惑星の起源を探るためだったのですが、「はやぶさ2」が探査したリュウグウは炭素を多く含むC型小惑星、我々の体を作っている物質の元になる有機物があるかもしれないと考えられていた天体だったので、「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」というキャッチフレーズで受け入れていただいたように思います。画家・ゴーギャンの言葉の引用でした。
―壮大な目標のためであると同時に、具体的に役に立つ、ということもあるのでしょうか?
吉川
例えば、プラネタリー・ディフェンスという、小惑星が地球にぶつかるのを事前に防ぐ、という考え方があるんですね。国際的にも活発な活動があるんですが、地球への天体衝突を防ぐには、まず相手の天体を知る必要がある。映画だと天体を爆破したりしますが、あれでは地球に破片が全部降ってきてしまう(笑)。今、技術的にできるのは探査機を何機かぶつけて軌道を微妙にそらすこと。ただし条件が限られていて、天体の大きさが200〜300メートル以下で、ぶつかるのが今から10〜20年後以上という時間的な余裕がある場合だけなんですが、探査機をぶつけておくと20年後には地球のすぐ脇を通過するぐらいには軌道を変更できる。このような条件に限れば、我々は天体衝突を避ける技術を持っています。
久保田
3億km離れたところに誤差1mほどの高精度で着陸できたという技術は、今後の月惑星探査で狙った場所の着陸探査に活かされますし、ドローンによる物流や災害地の救援など地上の応用も期待されます。宇宙では、小型で軽量で消費電力が小さいことがすごく重要になります。それは地上でもさまざまな分野で役に立つと思います。イオンエンジンは、推力が弱いので地球上で打ち上げるのは難しいけれど、非常に小さい粒子を高速で出しているので、何かに役にたつのではと思っています。実際に企業と組んで、高機能フィルム材のマイクロ波プラズマ除電処理システムの開発を行いました。このように、「はやぶさ2」で獲得した技術が地上のさまざまな分野で応用されることを期待しています。
リソースが限られているから、
生まれるアイデアがある。
―「はやぶさ2」には、技術の進歩と同時に卓抜したアイデアが満載です。そのアイデアはいかにして思いつき、どう実現させたのでしょう?
吉川
もともと「はやぶさ2」の計画は、初号機ではサンプルが採取されていない可能性があったのと、そもそも地球に戻れない可能性があったことから提案されました。最初は、同じことをやるのかと言われて(笑)。次に1機のロケットで同時に2機の探査機を打ち上げて、片方は「はやぶさ2」で、もう片方は時間差で遅れて到着してドカンと衝突させるプラネタリー・ディフェンスのミッションを提案したんですけれども、今度は予算が高すぎてダメだと。であるならば、地下の物質を調べようと。そのためにモグラロボットを作るとか、ペネトレータ(天体表面に衝突し貫入する槍状の観測装置)を突き刺すとか、いろんなアイデアを考えて、最終的にインパクタ、衝突装置でクレーターを作るという結果になったんです。
久保田
内部物質を採るには、普通に考えれば小惑星表面に降りて、穴を掘りますよね。でも重力の小さいところでは掘る反動で姿勢が動いて倒れてしまいますし、小惑星の表面は温度が高いので長くいられない。「はやぶさ2」のタッチダウンによる採取方法を変えずに、内部の物質を表面に出すためには、インパクタをぶつけるのが一番良かった。しかし、ぶつけると表面からいろいろなものが飛び散るので、今度はそれをどう避けるのかというのが最大の課題で、緻密に考えました。一番確実で、しかもリソースが限られている中で、どうしようかとみんなで知恵を出し合ったことが成功に結びついたのかなと思います。
―小惑星探査ロボットMINERVA-Ⅱに関しても、同じように紆余曲折を経て開発されたのでしょうか?
久保田
せっかく行くならばリュウグウに何かを降ろして、表面を探査したい。重量も限られている中でどうしようか。写真を撮ったり、温度を測ったりできれば科学に貢献できると考えた。いろいろなところを観測するために、表面移動はぜひとも実現したかった。小惑星のような微小重力環境では車輪走行は難しいと考えていたので、飛び跳ねる機構を考えた。ところが、あまりに飛び過ぎるとリュウグウから離れてしまって、戻ってこられない。行ってみなければわからない場所に対して、どう対処したか。これは大学院生のアイデアだったのですが、モーターの回転数(トルク)で飛ぶ速度を変えられるようにしたのです。通信は、地球からダイレクトにはできず、「はやぶさ2」経由で行うことにしましたが、往復30分ぐらいの遅れが生じてしまう。そのため地球からリアルタイムに指示できないならば、自分で判断して、環境に応じて動くことのできる人工知能搭載のロボットに仕上げたのです。朝目を覚まし、午前活動して、暑い日中は昼寝をして,夕方活動して夜休む。きれいに撮れた画像のみを地球に送る。限られた重量や電力で、いかに面白いこと、役に立つことをやろうかと考えました。ソフトの書き換えもできるようになっています。もしかしたら「はやぶさ2」からの信号を待ちながら、まだ活動しているかもしれません(笑)。
―科学者たちには、面白いことをやろうという考え方が共通してあると。
久保田
ええ、みなさん限られたリソースの中で最大の成果を挙げることに力を注ぎ、あらゆることを考えていますね。最初は、探査機の搭載重量をどう分けるかで取り合いになります。各担当の主張が強いわけですが、それでは成り立たない。ある程度フェーズが進むと、お互い協力してダイエットを始めて、みんな過去のことは忘れるので(笑)、一気にチームワークが良くなりますね。
吉川
切磋琢磨に関して言えば、アメリカやヨーロッパとの関係についても同じことが言えるかもしれません。アメリカではオサイリス・レックス(小惑星ベンヌからのサンプルリターンミッション)が進行中ですし、ヨーロッパでは日本と協力してマルコ・ポーロ(小惑星ウイルソン・ハリントンからのサンプルリターンミッション)が検討されました。惑星探査は、それぞれの国、地域が独自にやりたいミッションをやるわけですが、当然競争もありますけれども協力もして、情報のやり取りは常にしています。アメリカが成功すれば、サンプルは2カ所から得られることになりますし、より研究が深まっていく。
オサイリス・レックスのチームは「はやぶさ2」を非常に羨ましがっているんですね。なぜかと言うと、彼らは観測をしてサンプルを採るだけなんです。「はやぶさ2」は、衝突装置はあるし、MINERVA-Ⅱを含めた合計4機の探査ロボットを降ろすし、タッチダウンも2回やっている。小さな探査機で、予算も少ないのに、彼らよりもはるかにたくさんのことをやっている。アメリカでは、「こんなにたくさんのミッションを提案できない」と言っていました。
久保田
アメリカもヨーロッパも「確実性」をかなり重要視していますよね。機会も予算も多いから、新しいチャレンジはできるだけ絞って,次の機会に採用するなどしています。でも日本では10年に1回できるかどうかです(笑)。だから、色々なものを詰め込みたいと知恵を絞るわけです。例えばMINERVA-Ⅱの重さは約1kgですが、ドイツとフランスが作った小型着陸機MASCOTは10kgほどです。チャレンジングなことは今後もできると思いますが、そのための準備をしっかりとするのがすごく重要。無謀なミッションは、当然JAXAでも認められない。リソースが限られると、いろんな発想が出てきますね。
昨今、若い人は夢がないと言われていますが、失敗を恐れて挑戦しないのはもったいないと思います。「はやぶさ2」を通して、夢の実現、挑戦する姿、特に若い研究者の姿を見てもらいたかった。悩む姿も中継でご覧になったと思います。難しい問題にどう立ち向かうか、あらかじめ用意周到に準備をして挑戦する大切さをご理解いただけたかと思います。それでも失敗したら,そこから学ぶことは大きいと思います。「はやぶさ2」は、中小企業、町工場の人たち、今まで宇宙に関わってこなかった人たちも巻き込んだ、日本らしいプロジェクトであると思います。
Profile
宇宙科学研究所
宇宙機応用工学研究系准教授
吉川真
YOSHIKAWA Makoto
栃木県出身。専門は天体力学で、小惑星の軌道計算や探査、プラネタリー・ディフェンスなど、長年小惑星に携わる。登山が好きだが、最近はあまり山には行けず、自己流でフルートや尺八の練習中。
宇宙科学研究所
宇宙機応用工学研究系教授
久保田孝
KUBOTA Takashi
埼玉県出身。M-Vロケットの姿勢制御や「はやぶさ」の航法誘導とミネルバを担当。未知環境を探査する賢いロボットの研究をしながら、現在チーフエンジニアとしてJAXAのプロジェクトの評価・推進を行なっている。ワイナリー巡りが好きで,最近は,観劇や落語なども楽しむ。
取材・文:村岡俊也
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