ヘリコプターからドローンに"意思"を伝える実証実験
災害時の空の情報を共有する「D-NET」
ヘリコプターからドローンに"意思"を
伝える実証実験
さまざまな機関のヘリコプターやドローンなどが飛び交う災害現場では、機関の垣根を越えたスムーズな情報共有が必要になる。
航空技術部門が研究開発を進める「D-NET」は、それに大きく貢献するシステム。2020年10月、ヘリコプターとドローンを連携させる機能の実証実験が行われた。
複雑な情報共有をスムーズに
航空技術部門では、災害時にヘリコプターやドローンなどの航空機がすばやく、効率的に救援活動を行えるようにする「災害救援航空機情報共有ネットワーク(D-NET)」を開発している。
これは、どの機関のヘリがどこを飛んでいるかなどの機体情報や、どこに要救助者がいるのかといった災害情報を一元管理するシステム。1995年の阪神・淡路大震災でのヘリの運用状況を調査することから検討が始まり、2009年から本格的に研究開発がスタートした。検討開始時から携わっている小林啓二は、D-NETが生まれた背景についてこう話す。
「実は、阪神・淡路大震災のとき、地震が発生した当日にヘリで行われた救急搬送は1件だけでした。その後、2011年の東日本大震災などを経て、たくさんのヘリコプターが被災地に集結し、災害発生直後からヘリコプターによる救援活動が行われることが当たり前のようになったのです。
その一方で、阪神・淡路大震災から調査を続けた結果、"情報共有"という点に技術的な課題が残されていることがわかってきました。
災害時には、被災地の県庁に設置される航空運用調整班を拠点として、自衛隊、海上保安庁、消防、警察、DMAT(厚生労働省のチーム)など、たくさんの機関を横断して救援活動に必要な情報が飛び交います。また、ヘリコプターと地上の間では無線を使ってやり取りし、航空運用調整班と被災を受けていない場所にある中央省庁の間では、電話やFAX、メールでやり取りしています。ヘリを運用する機関が多く、かつ被災地内外の多くの場所と調整が必要となるために、情報共有に非常に時間がかかっていたんです」
情報共有がスムーズにいかないと、複数のヘリコプターが重複して任務にあたったり、機体どうしが接近しすぎてしまうこともある。
それらを解決するために、ヘリコプターから、航空運用調整班などヘリを運用する拠点へ衛星通信を使って救援活動に必要な情報を送れるようにしたのがD-NETだ。航空運用調整班と中央省庁の間では、インターネット環境を使って情報共有を行うこともできる。
「D-NETでヘリコプターから地上へ送ることができる情報は、今どこを飛んでいるのかという位置情報や移動経路、高度の情報、今どんな任務を実施しているかなど。それらをテキストで送る仕様にしています。
現在、全国に75機ある消防防災ヘリすべてに導入されているなど、D-NETはすでに実際の災害現場で活用されています」
ヘリコプターとドローンを連携させる新たな機能
D-NETの研究は現在も続いており、2020年10月に行われた、ヘリコプターとドローンを連携させる実証実験もそのひとつ。小林は全体の調整役として参加した。
「ヘリコプターとドローンが同じエリアで飛行し近づきそうになったとき、ヘリコプターからドローンに対して一旦そのエリアから離れて待機してほしいという意思を伝える機能の実証実験を行いました。ヘリコプターに載せたタブレットの地図上に、自分の機体の位置、そしてドローンの位置が表示されます。自分が行きたい方向にドローンがいた場合、タブレットで指示を選択し、ドローンの運用者に伝えることができるというものです」
特徴的なのは、実験を愛媛県の防災訓練のなかで行ったこと。JAXAが飛ばすヘリやドローンではなく、愛媛県の消防防災ヘリと原子力災害対応用のドローンを使い、実際に使う人たちに機能を確認してもらった。
実証実験はあいにくの雨。そんななかで行われたからこそ、わかったこともあるという。
「悪天候のため、山を越えて飛んでくる予定だった消防防災ヘリのフライトがキャンセルになり、地上でヘリコプターの動きを模擬するかたちで実験を行いました。
一方で、ドローンは現場に設置してあったため、飛ばすことができました。実際の災害のときにもこういう状況になることがあると思います。そのときの自然条件を鑑み、ドローンが使える場合はドローンにお願いすることで、そのぶんヘリコプターは別の任務にあたることができる。今回そういう使い分けというか、それぞれの得意分野を活かすような機能が必要だと感じました。今回の天候では連携機能の完全な確認はできなかったのですが、それでもヘリコプターからドローンに対して意思を知らせる機能は有効であることが実証できました」
使う人の意見を取り入れながら進化させていく
災害時の情報共有を大きく変えたD-NETは、実際の現場でも高い評価を得ている。
「東日本大震災のときの話ですが、岩手県の内陸にある空港から、津波の被害などを受けた沿岸部までは100km以上離れていました。そのため無線が届かず、沿岸部でヘリコプターが情報収集をしても、拠点に戻るまではなにも伝えられない状態だったのです。
ある現場の方から、衛星通信を使ったD-NETが導入され、無線が通じない場所とも情報をすばやく共有することができるようになったことは、劇的な変化だとおっしゃっていただいたことがとても印象に残っています。
また当初、D-NETの活用シーンは、東日本大震災のような大規模災害を想定していたのですが、令和2年7月豪雨のような局所的な災害にも求められるようになりました。あるいは、国家的なイベントでも危機管理としてたくさんのヘリコプターが飛ぶので、そういうときにも使える機能を開発しているところです。
さらに考えているのは、災害時以外の平常時での活用。将来は、空飛ぶクルマなど、次世代の航空機がたくさん出てくると思うので、あらゆるシーンで貢献できるようなシステムを目指していけたらと考えています。
今後も実際に機器を使用してくださる方々の意見をお聞きして、現場で使いやすい機器の研究開発を続けていきたいです」
Profile
航空技術部門
次世代航空イノベーションハブ
災害対応航空技術チーム、博士(工学)
小林啓二 KOBAYASHI Keji
広島県出身。大学院卒業後に機体メーカに就職してGPSを活用したヘリの自動誘導の研究を担当。災害時において、ヘリをより安全かつ効率的に活用する研究開発をするため退職して大学へ。その後、JAXAにおいてD-NETの研究を現在まで実施。趣味は、プロレス観賞。最近熱中していることはパン作り。
取材・文:平林理奈
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