ロケット追尾局の刷新プロジェクト

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クリスマス島(キリバス共和国)の追尾局。

「H3ロケット」を安全に宇宙へと導く

ロケット追尾局の刷新プロジェクト

現在開発を進めている「H3ロケット」。その開発とあわせて、打ち上げ後の要となるロケット追尾局システム(以下、追尾局)の刷新を行った。
このプロジェクトを推進してきた宇宙輸送技術部門の濱崎隆志、和田朋子、小倉達矢が語る。

部分更新だけでは
得られない価値

JAXAのロケットの打ち上げは、種子島宇宙センターにある竹崎総合指令棟(RCC)での管制のもと行われる。「管制」とは、飛行しているロケットの状態を常に監視し、安全な飛行の確保や、打ち上げミッション達成確認など、さまざまな判断をすること。

打ち上げから所定の軌道に投入するまでの間、電波でロケットを追尾し、ロケットとの間の信号の送受信するのが「追尾局」だ。ロケットはほぼ地球の球面に沿って飛ぶが、電波は直線状にしか飛ばない。そのため、国内外にある複数の追尾局でリレーのように順番に追尾を行う。

JAXAの追尾局。種子島、内之浦、小笠原、グアム島(アメリカ)、クリスマス島(キリバス)、サンチャゴ(チリ)にある。
JAXAの追尾局。種子島、内之浦、小笠原、グアム島(アメリカ)、クリスマス島(キリバス)、サンチャゴ(チリ)にある。

H3ロケット試験機1号機の打ち上げに向けて、ほぼすべての追尾局を刷新するという一大プロジェクトが進んでいる。
「一部を改修するのではなく刷新というかたちになったのは、いくつかの理由があります」と、システム開発検証の全体管理を担当している和田朋子は話す。

「現行のH-IIAロケットの試験機1号機を打ち上げてから約20年経っているので、アンテナや設備の老朽化が進んでいます。H3ロケットの打ち上げを機に、これから長く使うという前提で刷新することになりました。
また、H3ロケットの開発と同じタイミングで新たに整備することで、より効率的に、運用の面でも今の時代に合ったかたちに変えていけるのです」

今回の刷新は、単なる打ち上げ地上インフラの整備ではなく、H3ロケットプロジェクトの一部として位置づけられている。つまり、H3ロケットが目指す"柔軟性・高信頼性・低価格"に設備側から貢献するということだ。

最も画期的なのは、各追尾局の運用をRCCから遠隔操作できるようになったこと。これによって追尾局に配置する人を減らすことができ、打ち上げ時の費用が削減される。
また、自動化によって運用する人の負担を減らすとともに、設備維持の効率化や維持費の削減も可能に。受信設備では、H3ロケット搭載機器と追尾局の性能バランスを最適化しアンテナを小型化、さらに受信系装置の数を減らすことで維持費の削減を図る。

竹崎総合指令棟(RCC)の管制室。ここから各追尾局を遠隔操作する。
竹崎総合指令棟(RCC)の管制室。ここから各追尾局を遠隔操作する。

初期から開発を担当し、現在は技術領域主幹を務める濱崎隆志はこう語る。

「ほぼすべての追尾局を刷新するのは、JAXAの前身のNASDA時代を含めても初めてのことです。これまでは、機器が老朽化したらその部分だけを更新する方法をとっていましたが、刷新することで、ロケット追尾用途に適した遠隔制御と自動化の最適設計が可能となり、運用費や維持費の削減、運用や点検の自動化など、生まれる付加価値がたくさんあります。その結果として、部分更新だけでは得られない、次世代のH3ロケットにふさわしい射場系(追尾局とその管制機能の総称)をつくることができました」

H-ⅡA/Bロケットの運用と同時に進める難しさ

追尾局の刷新にあたっては、H-ⅡA/Bロケット(以下、H-IIA/B)の運用と並行して進めることの難しさがあった。例えば、グアムの追尾局にはH-ⅡA/B用のアンテナがすでにあり、敷地内の限られた場所にH3ロケット用のアンテナを新しく設置する必要があった。

海外局の運用準備などにあたった小倉達矢は振り返る。

「当然、なにがあってもH-ⅡA/Bの打ち上げは継続して進めていかなければならないので、そちらに与える影響評価を考えながらH3ロケット用設備の開発をしていきました。物理的な影響と、それからRCCのように機能が集約しているところではデータ伝送の負荷も考慮する必要があります。H-ⅡA/BのデータとH3ロケットのデータを同時に流すのですが、通信回線全体で流せるデータ量は決まっているため、H3ロケット側のデータを増やしすぎると、H-ⅡA/Bのデータが一部欠落するなどの可能性がある。そのコントロールがなかなか難しかったですね」

濱崎は「RCCの近くに新しくつくった竹崎局は、工事がかなり大変でしたね」と話す。

「山を切り崩して建設するというプロジェクトだったのですが、資材を運ぶための道路がどうしても現場までつなげられないと。車でアクセスできるところよりもだいぶ上の方に施設をつくることになったのですが、施設部やメーカの方たちが頑張ってやり遂げてくれました」

種子島に新しく建設した竹崎局。
種子島に新しく建設した竹崎局。

コロナ禍での試験を
乗り越えて

2020年3月末、追尾局を含めた射場系全体の機能を最終確認する試験が行われた。コロナ禍のさなか、「直前にグアム局、クリスマス局ともに外国人を受け付けないという状況になりました」と小倉は語る。

「もともとは局に人を配置してシステム全体の仕上がりを確認するはずでしたが、米国本土からのメーカ技術者、JAXA担当者は到着早々撤収(帰国)を余儀なくされました。どういうふうに進めていくかいろいろ話して、急遽試験の形式を変更したんです。幸いにも遠隔操作できるシステムにしていたので、すべてRCCから試験の環境をつくり、なにかあればオンコールでメーカの技術サポートを得る形で実施し、なんとか乗り切ることができました」

グアムの追尾局。2つの飛行経路に対応できるように、2基の既存アンテナ含め互いに干渉を避けなければならず、敷地内での設置場所に工夫が必要だった。
グアムの追尾局。2つの飛行経路に対応できるように、2基の既存アンテナ含め互いに干渉を避けなければならず、敷地内での設置場所に工夫が必要だった。

さまざまな困難を乗り越えながら進められてきた追尾局の刷新。和田は「追尾局をはじめとした射場設備と機体の両面から"柔軟性・高信頼性・低価格"を実現するH3ロケットプロジェクトは、これからの宇宙利用を広げていく」と話す。

「今後は宇宙産業に参入する民間企業も増え、どんどん宇宙に飛び立つ時代になっているのかなと思います。ただ、打ち上げの安全管理はまだまだJAXAが担っていく仕事。それを支える射場設備をさらに進化させることで、より宇宙利用の裾野を広げていけたらと考えています」

濱崎は「これから先、ロケットの利用目的はさらに多様化していく」と語り、こう続けた。

「軌道上サービスやスペースデブリの除去、それから宇宙旅行を含めたサブオービタルなど、目的にあわせてロケットの飛ばし方も多様化していきます。さらに今、使い捨てにするのではなく、再使用できるような次世代ロケットの研究も始まっているので、その機体を地上で安全に回収するための追尾・管制系設備について検証するのも私たちの役目。いろんなニーズに対し、射場設備としてどう応えるかということを、ロケットの発展と一緒に考えていかなければならないと思っています」

Profile

濱崎隆志

宇宙輸送技術部門 鹿児島宇宙センター
射場技術開発ユニット
技術領域主幹
濱崎隆志 HAMASAKI Takashi

長崎県出身。ロケット打ち上げ現場に貢献したいとの思いで当時の宇宙開発事業団(NASDA)に入る。種子島での現場経験の後、ISSきぼう開発用情報システム開発、衛星運用、周波数国際調整業務等に携わり、現職に至る。こだわりの水風呂探しの温泉旅が唯一の息抜き。

和田朋子

宇宙輸送技術部門 鹿児島宇宙センター
射場技術開発ユニット
和田朋子 WADA Tomoko

愛知県出身。施設設備の整備や種子島宇宙センターでのロケット打ち上げ時の追尾設備の射場管制を担当した後、ロケット追尾局の開発業務に加わり、システム全体の検証を担当する。後続ロケット打ち上げに使用する新局の開発も実施中。趣味はいろんな街を散歩すること。

小倉達矢

宇宙輸送技術部門 鹿児島宇宙センター
射場技術開発ユニット
小倉達矢 OGURA Tatsuya

栃木県出身。最先端のロケット技術に関わる研究開発がしたいと思い、2016年にJAXAへ入社。入社後、種子島でロケット地上設備の運用等を行った後、現職であるロケットの追尾局の開発業務に従事。趣味は、国内・海外の旅行に行き、さまざまな文化に触れること。

取材・文:平林理奈

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