宇宙は私たちに新しい視座を与えてくれる

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©2020 Shunji Yamanaka

未踏領域のデザイン

宇宙は私たちに
新しい視座を与えてくれる

宇宙技術と異分野が結びつくと、思わぬイノベーションが起こる。それを目の当たりにしたひとつが、新型宇宙船クルードラゴンではないだろうか。米SpaceX社が自社で開発したその宇宙船は、新たな時代の幕開けを感じさせた。今後、ますます加速していく宇宙開発の可能性について、人と人工物のあらゆる関わりを設計してきたデザインエンジニアであり、過去に有人小惑星探査船を自主的にデザイン提案した経験を持つ、山中俊治さんに伺った。

有人小惑星探査船
山中さんが過去、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で研究してきた有人小惑星探査船について、その全体行程を図式化したもの。
©2012 Shunji Yamanaka

デザインによって未来を提示する

—アメリカはクルードラゴンによって9年ぶりに有人宇宙飛行を再開させました。野口聡一宇宙飛行士もまもなく搭乗しますが、率直にこの事実についていかがでしょう。

日頃からデザイナーとして"宇宙開発の分野にデザインが介入するということはどういうことか?"について考えてきましたが、クルードラゴンに関して感じていることは、色彩にはじまり、質感や形状も可能な限り丁寧にデザインが施されているということ。流体力学的な機能を重視した設計ながら、例えば4つのスラスター周りの、まるでスポーツカーのような曲面処理などは、カーデザイナーにとっては手慣れた手法でもあります。つまりそれはスタイリングデザインとエンジニアの深い協働がなければ実現できるものではありません。

有人小惑星探査船
米SpaceX社のクルードラゴン(右)と、それを打ち上げるファルコン9ロケット(左)。©SpaceX
逆噴射での垂直着陸

打ち上げのシーンのように見えるが、実際は逆噴射での垂直着陸。©NASA

—おっしゃるようにSpaceX社は機能や仕組みをつくるエンジニアリングに加えて、美的価値の重要性をクルードラゴンで示したように思います。人々の感性を刺激するデザイン性は、SF映画さながらで本当にワクワクしました。

クルードラゴンが国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングした写真を見た際、私は映画『2001年宇宙の旅』を思い出しました。イーロン・マスク氏(SpaceX社CEO)の活動を見ながらいつも思うことは、ものの作り方がとてもドリーミーだということ。例えばSpaceX社のロケットが打ち上がった後、その一部であるブースターが地球に帰還しましたけれど、目標ゾーンに逆噴射で垂直着陸ですよ。

—まるでCGか逆再生を見ているかのようなシーンで、ちょっと感動しました。

ええ、みんな感動していましたが、実際に逆噴射で垂直着陸する必要はあったのか?を問うと、議論の余地があります(笑)。ほかに彼が作っているものにテスラという有名な電気自動車がありますが、現物を見てみると、必ずしも効率のいい車の作り方をしているわけではないんです。例えばドアハンドルひとつとってもプシュッと押すと、ボディからドアハンドルが登場しますが、そんなギミックは本来必要ないもの。素直にドアハンドルがついているほうが便利に決まっているわけですから。でも、あえて彼はそれをデザインする。そうすることで「これが未来なんだ」と、人々に提示するわけです。このやり方はイーロン・マスク氏のもの作りにおいて徹底していると思いますし、そのうえで宇宙船に本格的な工業デザインの手法を持ち込んだという意味においても、SpaceX社のインパクトは大きいと思います。

©SpaceX

美しい宇宙船を作ることの意味

—民間企業による宇宙開発といえば、アメリカのBlue Origin社やBoeing社などといった企業の取り組みも勢いがあります。

どの企業の取り組みも興味深いですが、SpaceX社ほどの余裕を持った革新的な宇宙開発には至っていないように思います。ただ、それでもアメリカの企業は、宇宙開発においてスタイリングデザインを施すことの意義を理解したうえで、ある程度予算を確保しながら開発をしているなという印象があります。NASA自体がスタイリングデザインという概念が根づいていますから。

Blue Origin社の研究開発施設

Blue Origin社の研究開発施設。©NASA

Blue Origin社の研究開発施設

NASAの計画の下、Boeing社が開発中の有人宇宙船スターライナー。©Boeing

—それは冒頭で話されていた "デザインとエンジニアの深い協働"がアメリカの宇宙開発には浸透しつつあるということでしょうか。

そうですね。日本ではデザインというのは一般的には色、形を決めることだと思われがちですが、英語のdesignという言葉には「機能をかなえる"設計"」という意味も含まれているように、本来のデザインはもの作りの、特に発想寄り、計画寄りの部分を担っているはずなのです。私が考えるデザイナーとは、エンジニアの領域、素材や基礎技術段階から関わり、全体に影響を及ぼす存在であること。つまりもの作りの源流に携わる必要性があるということです。

—その視点に立ったときに、山中さんには日本の宇宙開発はどう映って見えていますか?

日本では設計とデザインは別の言葉として輸入されているので、職能としてもスタイリングを決めるのはデザイナーで、機能を設計するのはエンジニア、というように分離していた時期が長い。それが宇宙開発のような国家規模のプロジェクトには特に影響しているように感じています。つまり研究開発費の一部としてデザインは認められにくかった。なぜならデザインとは「売る」ためのツールとして見なされていたからです。そういう背景がありますから、日本の宇宙開発はスタイリングデザインという概念自体の浸透が薄いと思います。H-IIAロケットなど国産ロケットを実際に見てみても、考え抜かれて構造・設計されているのはすごく理解できるのですが、そうした技術開発における最初の現場からデザイナーが立ち会うことができれば、より良い機能美とともに人々の感性を刺激するロケットができると私は思っています。

—山中さんは実際に種子島にてH-IIAロケットの打ち上げをご覧になっています。

はい、2002年ぐらいの頃に種子島でH-IIAの打ち上げを見学させてもらったことがありますが、とても感動しました。種子島は世界一美しいスペースセンターといわれているそうですが、今もあのとき見た光景は目に焼き付いています。それもものすごい轟音なので、改めて宇宙開発とは膨大なエネルギーを使うものなのだなと、実感しました。

種子島宇宙センター
種子島宇宙センター

—そんな山中さんは、JAXAとともにデザインスタディとして、過去に有人小惑星探査船をデザインされたことがありましたね。

そのときご一緒したJAXAのエンジニアが、ずっと「美しい宇宙船」を作りたいという夢を持っていたというのです。そこで私たちは美しい宇宙船を作ることの意味と可能性について議論しながら、ともにデザインしていきました。JAXAのエンジニアとのやりとりはとても新鮮でしたよ。宇宙船の場合、向かう星と旅程を決めてからデザインをはじめますから。目標はできるだけ少ない燃料で、それもできれば6カ月以内で帰ってこられるルートを探すこと。それまで私がデザインしてきた乗り物の行き先や出発日は買った人が決めるものだったので、あまりにデザインの計画手順が違うので感動すらしました。

有人宇宙船スターライナー
デザインスタディとしての、有人小惑星探査船のモックアップ(スケールモデル)。©2012 Yukio Shimizu

宇宙では人の美的感覚が
すぐには働かない

—地上の乗り物と宇宙の乗り物のデザイン。圧倒的な違いとはなんでしょう?

色々ありますが一番強く感じたことは、人は宇宙で展開される構造物に対して、美的直感がすぐには働かないということです。なぜなら人の美的直感というものは、空気や水、重力の影響をとても強く受けているから。例えば動物の骨格の美しさは、基本的に重力に逆らうため、空気抵抗を減らすために育まれた形ですし、樹々も風に対してしなやかに対応するためにあの形になっていったのでしょう。私たちはそうしたものを日々美しいと感じています。スピード感のような美意識もまた、私たちは流体中の移動体が持つ合理性を引きずっているわけですが、宇宙には空気も水も重力もないわけです。その環境を相手にした乗り物をデザインする。美しくするということは、かなり手強いことなのです。

有人小惑星探査船のデザインスケッチ

山中さんが描いた有人小惑星探査船のデザインスケッチ。
©2012 Shunji Yamanaka

有人小惑星探査船のモックアップ(スケールモデル)

スケッチからの、有人小惑星探査船のモックアップ
(スケールモデル)。©2012 Yukio Shimizu

—空気や重力という見えないものが、私たちの「美しい」という概念にかなりの影響を与えている。それはとても興味深いです。

ただそういうなかでも重力の影響をほとんど受けていないように見える生物がいるんです。放散虫と言いますが、「虫」と名前に付いてはいるものの、実際は体長が0.1ミリ程度の海生プランクトンの一種です。5億年ほど前から海の中で進化してきたこの放散虫の形が、まるで宇宙船のようにも見えるんです。無重力下の宇宙生命も、きっとこんな形なのだろうと思いますよ。

放散虫
放散虫。©2012 Shunji Yamanaka

—宇宙という概念や環境が、山中さんの日々のクリエイションに影響を及ぼすことはありますか?

宇宙の営みのなかで、今自分がこうして地球に生きているということは一体何だろう。自分はなんてちっぽけな存在なのだろうと、宇宙とはやはり、そういう巨視的な視点をつねに与えてくれます。そして宇宙を含めた自然科学は、私にとって想像力を刺激してくれるもの。人生の大切なモチベーションでもあります。

—今後、ますます民営化していく宇宙開発に対しては、どんなことを感じていますか?

宇宙は我々が普段体験できない空間概念や景色が広がっている世界です。そのまったく違う世界に想いを馳せることによって、新しい視点や新しい情感を呼び起こすことができる。今後、宇宙開発が民営化していくことによって、その部分がいっそう素直にデザインされていくと思います。つまり宇宙開発は今、「あなたも新世界に行くことが可能になりますよ」「かっこいい宇宙船に乗って、こんな快適な宇宙の旅ができますよ」と、興行をしている状況だと思います。

有人小惑星探査船のデザインスケッチ
有人小惑星探査船のデザインスケッチ。©2012 Shunji Yamanaka

—より多くの人たちに向けて、宇宙を演出しているんですね。

そうです。それは必要なファクターですから。と同時に人類にとって宇宙開発は、本質的には先端技術の実験場でもあるはずです。ただ、現実には宇宙空間ではオペレーションの確実性が要求されるので、人と人工物の関わり方においての最先端を試すことは早々できるものではありません。そういったなかでもボタンやダイヤルを廃止し、全面的にタッチスクリーンを採用したクルードラゴンのインターフェイスはとても挑戦的でしたね。そういう積み重ねできると、新しい技術思想を育むと思います。

宇宙を実験場に、
未来のアイデアを提示する

—新しい技術思想というと、有人小惑星探査ロケットのデザインもそうですが、山中さんは様々な研究者や企業と連携しながら、先端技術を具現化するプロトタイプを制作し、発表されてきました。

はい、なかでも近年は私が教授を務めている東京大学生産技術研究所では3Dプリンタを社会に実装していくことの一環として、義肢装具士や義足メーカー、スポーツ選手たちとともに義足プロジェクトに取り組んできました。

—なぜ義足だったのでしょう?

ある日、映像で義足のアスリートの走りを見たとき、人と人工物の究極の関係、機能美の一つがスポーツ用義足だと思った瞬間があったんです。その後、実際に選手たちの義足を見たところ、工業製品としてはまだまだ未完成なものだったので、研究として始めてみました。

陸上競技用義足「RAMI」のスケッチ
陸上競技用義足「RAMI」のスケッチ。©2016 Shunji Yamanaka

—義足をデザインする上で3Dプリンターにフォーカスした理由とは?

3Dプリンターが登場した際、製造の現場に革命を起こすと言われてきましたが、実際はそのほとんどが動きのない小さなプロダクトの範囲に収まりがちでした。もちろん模型などを作る際にはとても便利なものなので、デザイナーにとって3Dプリンターは身近な存在ですが、私たちの生活にはなかなか届いていないでしょう。その現状を見つめながら、何か可能性はないかと考えたときに、3Dプリンターの特徴のひとつ「マス・カスタマイゼーション」に可能性を感じたんです。つまり一人ひとりにフィットするものを作る、それも低コストでというときに、3Dプリンターの生産システムには大きな可能性がありました。

陸上競技用義足「Rami」

レーザー焼結方式のAM造形機で製作された陸上競技用義足「Rami」。©2016 Yasushi Kato

—確かに足の状態や形は、一人ひとり違うものです。

まさに義足は義肢装具士が一つ一つ丁寧に調整しないと使えません。それには時間もお金もかかる。そこで生産技術研究所は、長年培われてきた義肢装具士のノウハウを取り入れながら、3Dプリンターを活用して人それぞれの足に即した義足をたくさん作ろうというアプローチをしました。3Dスキャンした足のデータからフィットするソケットを自動作成するCADシステムがあれば、時間とお金を大幅に節約することができますから。今回は義足プロジェクトとなりましたが、この一人ひとりにフィットするものづくりの探求というのは、私たち自身がなんとなくこれでいいと選択してしまっている生活を変えるきっかけにもなります。

—なんとなく選択している生活とは?

私たちは洋服でも家具でも市販品を買うときというのは、ある程度の幅のあるサイズのなかから、これが自分に合うと感じるサイズ感のものを選んでいます。それは言い換えると、オーダーメイドをしない限りは自分にジャストフィットするものは存在しない社会ということでもあります。という視点に立ったときに、宇宙という環境で実験できることはたくさんあると思うんです。例えば宇宙機は量産品には決してならないので、その宇宙機に搭乗する人間の身体にとことんフィットする椅子を作るとか、何かそういう挑戦もできると思うんです。私自身、そういうデザインをやってみたいですね(笑)。

小惑星探査船の居住区のスケッチ
有人小惑星探査船の居住区のスケッチ。居室は全部で5つ。中央に食堂があり、周囲にラボ、寝室、ジム、与圧室を配置。至る所に「手すり」があり、ディスプレイなどが、その手すりに細いアームで柔らかく固定されている。©2012 Shunji Yamanaka

—ぜひやってください(笑)。

ひとつずつ未来の解決策となるアイデアを自由に提示していく。宇宙がよりそうした実験場になれたら、おもしろいと思います。

Profile

山中俊治

Photo : Naomi Circus

デザインエンジニア
山中俊治
YAMANAKA Shunji

1982年東京大学工学部卒業後、日産自動車を経て、1987年フリーのデザイナーとして独立。1994年リーディング・エッジ・デザインを設立。2008~12年慶應義塾大学教授、2013年より東京大学教授。デザイナーとして腕時計から鉄道車両に至る幅広い工業製品をデザインする一方、技術者としてロボティクスや通信技術に関わる。近年は「美しい義足」や「生き物っぽいロボット」など、人とものの新しい関係を研究している。

取材・文:水島七恵

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