「革新的衛星技術実証1号機」の成果
新技術を宇宙で試す
「革新的衛星技術実証1号機」の成果
軌道上での技術実証の機会を提供する「革新的衛星技術実証プログラム」。研究開発部門の革新的衛星技術実証グループ長、金子 豊が、本プログラムが広げる宇宙利用とこれまでの成果について語った。
部品を宇宙で実証できる唯一のプログラム
研究開発部門では、宇宙空間で技術を実証する機会を提供する「革新的衛星技術実証プログラム」を進めている。
目的は、日本の宇宙産業競争力の強化や、宇宙ベンチャーの育成、宇宙利用の拡大。民間企業や大学などが開発した部品・機器、超小型衛星(50kg級の衛星)、キューブサット(1ユニット10cm角でサイズが規格化されている)を宇宙空間で実験的に運用することができる。
部品単体を軌道上で実証できる機会としては唯一のプログラム。搭載するモノ(実証テーマ)は公募で選ばれ、複数の実証テーマが同時にロケットに搭載されて打ち上げられる。
部品の場合は単体では機能しないため、JAXAがサポートしながら対象となる部品を含んだシステムに仕上げて実証を行う。例えば1号機では、集積回路をJAXAが開発したカメラの処理部に実装して実証した。そうした仕組みを持っているという点でも、ほかに類を見ないプログラムだ。
グループ長としてプログラムをとりまとめている金子 豊は、実証テーマ選定の際に重視されるポイントはふたつあるという。
「まず大切なのは、本プログラムの目的に沿っているかということです。そしてもうひとつは、複数の実証テーマを同時に搭載して打ち上げるので、限られた期限までに本当に開発できるかという技術的な実現性です」
革新的衛星技術実証プログラムの第1弾である「革新的衛星技術実証1号機」のプロジェクトは、2015年に公募を開始。約30件のなかから審査で選ばれた13の実証テーマが、2019年1月にイプシロンロケットによって宇宙へと送られた。
内訳は、部品・機器の実証テーマが7つ、超小型衛星とキューブサットがそれぞれ3機ずつ。
超小型衛星とキューブサットは宇宙空間でそれぞれ放出され、実証がスタートするが、7つの部品・機器はJAXAの用意する衛星に搭載して実証を行う。その衛星「小型実証衛星1号機(RAPIS-1)」は、株式会社アクセルスペースが開発を担当。JAXAの衛星で初めてスタートアップ企業が製造した衛星である。
搭載している実証テーマだけでなく、この「小型実証衛星1号機」もまた今後の発展性を考慮した画期的な構造をしている。
「衛星というものは、今回でいう実証テーマのような部品・機器の実証のための『ミッション系』の機構と、人工衛星としての機能を維持する『バス系』の機構で構成されていて、電力供給やデータ処理をしたりする機構はふつう両者で共有されているんですね。
でも、『小型実証衛星1号機』は可能な限りミッション系とバス系で別々にもっている。仮にミッション系で不具合が起きた場合でも、バス系への影響ができるだけ及ばないようにする設計になっているんです」
多分野にわたる1号機の実証テーマ
「革新的衛星技術実証1号機」の実証テーマは、バラエティ豊かで多分野にわたっている。
部品・機器のなかで特徴的なのが、宇宙システム開発利用推進機構が開発した「グリーンプロペラント推進系(GPRCS)」だ。
「従来の姿勢制御系の推進薬には、ヒドラジンという毒性のある推進薬が使われています。それに対し、毒性の弱いヒドロキシルアンモニウムナイトレート(HAN)を使い、推進薬の取り扱いの負担を軽減しようと開発されたのがGPRCSです。
今回の実証で、HANを使った推進系として世界で初めて軌道上での噴射に成功しました。連続噴射やパルス噴射など、いろいろなモードでの噴射が正常に動作し、良好な成果を得ました」
もうひとつ、JAXAが開発し、NECが製造を担った「軽量太陽電池パドル(TMSAP)」も画期的だ。
「パドルとは、よく人工衛星の左右についている、カヌーの櫂(かい)のような部品のことで、打上げ後に宇宙空間で広げて使います。今回のTMSAPに使われている太陽電池はフィルムのように非常に薄く、重量は従来の太陽電池に比べて3分の1。衛星自体を軽量化することができますし、オール電化衛星などにも適していますね」
進捗について金子は、「打ち上げてから約1カ月後に5枚のパネルを展開し、正常に広げることができました。そのあとも所定の電力を発生し続けていて、性能の劣化などもありません。この1年間、問題なく使用できましたので、今後の実用化が期待されます」と語った。
超小型衛星では、株式会社ALEの「ALE-1」も注目を集めている。
「衛星から直径約1cmの粒(流星源)を放出させ、それを大気圏へ突入させることで"人工流れ星"を実現させようというものです。エンターテイメントの分野に宇宙の利用を拡大しようという新たな取り組みで、われわれとしても非常に期待しています。
流星源は地球にいる人に見えやすいように400km以下の低高度で放出するのですが、最初に打ち上げた時点の高度はだいたい500kmほど。現在は徐々に高度を下げている途中です」
金子はさらに、「地上から本当に光って見えるのか、そもそも実現するかどうかなど、チャレンジングな内容です。だからこそ、成功すれば新たな分野が切り開かれていくはずです」
日本大学のアマチュア通信技術実証衛星「NEXUS」は、アマチュア無線の中継機を衛星に載せ、宇宙の基地局をつくるというもの。
「アマチュア無線家からの要望が高かった、トランスポンダと呼ばれる中継器を衛星に搭載し、世界中で運用を行っているそうです。これまで500名ほどの人がアクセスしていると聞いています。このトランスポンダには軌道上の受信信号強度を測定する機能が備わっており、アマチュア衛星通信で問題となっている妨害電波の状況把握に役立っています」
1年間の運用を終え、2号機のプロジェクトが進行中
「革新的衛星技術実証1号機」の打上げから1年あまり。金子はこれまでを振り返って「なんとか運用を続けてこられたことにホッとしています」と語る。
「とにかくプレイヤーが多いプロジェクトなので、まずはすべての実証テーマが打上げに間に合うよう、調整するのが大変な仕事でした。打上げ後は1カ月に1回、部品・機器の実証テーマ側のみなさんと今後の運用計画を調整する会議を行っているんですが、そのなかで、まだ目標を達成していない方々を優先して実証できるように調整したりすることもありましたね。みなさんにご協力をいただいて、本当に感謝しています。
事前にそれぞれの実証テーマで、ミニマムサクセス、フルサクセス、エクストラサクセスの3段階の成功基準を設定したのですが、おかげさまですべての実証テーマがフルサクセスまで達成することができました」
超小型衛星とキューブサットはそれぞれで運用期間が異なり、今後も実証を続けるものもあるが、部品・機器を載せた「小型実証衛星1号機」は計画通り1年間で運用を終える予定だ。
2021年度には、並行して開発を進めてきた「革新的衛星技術実証2号機」の打上げが控えている。2号機には、1号機と同じくさまざまな特色を持った実証テーマを選出。宇宙利用を広げる新たな技術が芽吹こうとしている。続く3号機も現在テーマを選定中だ。
「革新的衛星技術実証プログラムを通して宇宙分野に参入する人が増え、宇宙を使ったまったく新しい社会が開けるかもしれない。他分野の方々が宇宙事業にチャレンジする入り口として機能することが、このプログラムの意義だと思います」
Profile
研究開発部門
革新的衛星技術実証グループ長
金子豊 KANEKO Yutaka
長野県出身。月面基地や月惑星探査などの将来ミッションの研究に携わったあと、文部科学省に出向。その後、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき(GOSAT)」の開発や超低高度衛星技術試験機「つばめ(SLATS)」の開発などを経て、現職。趣味は温泉旅行とJリーグ観戦。
取材・文:平林理奈
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