対談「空のなかの出来事が、私たちの営みを変える」

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気象の入り口

対談「空のなかの出来事が、
私たちの営みを変える」

新海 誠アニメーション監督

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沖 理子第一宇宙技術部門地球観測研究センター
研究領域リーダ

空のなかで起きている気象現象が日常の景色を変え、人の感情ともつながっていく。
誰もが当事者となれる"天気をめぐる日々の物語"について、天候の調和が狂っていく東京を舞台にした映画『天気の子』を監督した新海 誠さんと、JAXA地球観測研究センターで雲と雨を研究している沖 理子研究領域リーダが語る。

人の目で見る地球とは違う、
様々な色彩の地球を見る

対談

新海

今日は僕の方が勉強させていただきたいなと思って来ました。映画を作る上で何かヒントを見つけられたらいいなという、下心もありながら(笑)。沖さんは地球観測がご専門ですよね。いま運用中の最新の地球観測衛星というとなんでしょうか。

私が関わっている中で最新のものは「しきさい」(GCOM-C)という気候変動観測衛星になります。普段、人間の目は「可視光」と言われる波長の光を目が感知してものを見ていますが、この可視光だけでは地球の気候を知るには十分ではないんですね。例えば紫外線や赤外線など、人の目には見えない波長の光あって、「しきさい」はそれらの波長を感知できるセンサを搭載していることで、人の目で見る地球とは違う、様々な色彩の地球を見ることができるんです。具体的には、陸地や海上に広がる植生、雲、氷の分布。地表面や海面の温度、大気中にある細かい塵の量などが「しきさい」で調べる対象になります。「しきさい」の画像ですが、例えばこちら。人間の目では捉えることのできない、近赤外の光の波長を利用して捉えた、冬の日本の植生分布の画像です。

冬の日本の植生分布の画像

新海

美しい。「しきさい」の解像度はどれくらいなのでしょう?

高度約800kmの上空から250mから1kmの解像度で測定できます。

新海

250mとは相当な解像度ですよね。「しきさい」の画像は、一般公開もされているのでしょうか?

されています。ぜひ、新海監督の作品でもご使用ください(笑)。

新海

本当ですか(笑)。ちなみにこれは、「しきさい」が観測したデータそのままというわけではなく、データを何かしら変換した結果の画像でしょうか?

はい、観測したデータ自体は電気信号なので、それを物理的かつ工学的な手法を使って、社会に役立つ情報に焼き直した結果、人間の見ている可視光に馴染むような画像でお届けしているんです。

対談

新海

なるほど。僕自身、可視光以外で見える世界にすごく興味を持っているんです。例えばコウモリは人間が感受できない赤外線を感受しています。コウモリはどのようにこの世界を認識しているのだろう?と、とても気になりますし、人間が体感できない世界を見てみたい。そういう興味や欲望はずっと持ち続けていますね。

そもそも私たちが見ているこの世界は、原理的に"わかっているつもり"のものを見ているにすぎない世界、とも言えますよね。

新海

本当にそう思います。「見る」ということでいうと、雲の中で何が起きているのかを見てみたい、知りたいという思いがずっとあって、その思いから映画『天気の子』を作りました。また、雲というと、宮崎駿監督の映画『天空の城ラピュタ』の描写が自分の中に強く印象に残っていて。

「竜の巣」ですか。

新海

はい、あの劇中で登場する「竜の巣」です。「竜の巣」は、巨大な低気圧の渦なんですよね。そして渦の中心は雲の周囲とは逆方向に風が吹いていて、激しい雷も鳴っている。そんな「竜の巣」のなかへヒロインのシータたちは、飛行船タイガーモス号から切り離されてしまった小さな凧に乗って入っていく。ラピュタがあるから。そのシーンを中学生の頃に観たときに「雲の中はこんなふうになっているんだ!」と、見たことのない場所に分け入っていくような感覚があって、すごくワクワクして。あのとき感じた気持ち、好奇心を満たしてくれるような感覚が、アニメーション映画の中にもっとあって欲しい。そういう思いで今、自分自身映画を作っていますね。

宇宙から
雲のなかを立体的に見る

対談
対談

雲の中がどうなっているのか。それを見たいという気持ちは、雲と雨を専門に研究してきた私自身にとってもずっと変わらないテーマです。『天気の子』は雲研究者の荒木健太郎さんが気象監修として参加されていますし、新海監督ご自身も相当雲にお詳しいかと思いますが、雲の正体は小さい水や氷の粒です。その小さな水の粒や氷の粒がくっつきあって、雲はだんだん大きくなりますが、大きくなりすぎてしまうと重くなってしまい、それが地上に落ちてきます。その落ちてくる時に途中でとけて水に変わったものが雨。氷の粒のかたまりがとけてそのまま降ってくると、雪やあられになります。というように一連のプロセスで成り立っているので、雲を知ることは雨や雪を知ることでもあるんです。ところがそんな雲と雨、雪について、実はわかっているようでわかっていないことがまだまだたくさんあって、私たち研究者はそれを解明したい。そして解明するためには宇宙からの観測が必要で、さらにその観測精度自体を向上させると、見えないものがみえてくるのです。

GPM計画の下、JAXAで開発し、一般にリアルタイムで公開している衛星全球降水マップGSMaPによる世界の雨分布

新海

そのミッションをJAXAで行っているんですね。

沖 

はい、その中心となっているひとつに「全球降水観測(GPM)計画」があります。これはJAXA、NASAの他にも多くの国際機関が参加しているミッションで、複数の衛星データを利用して、地球全体の雨や雪を高頻度・高精度に観測するミッションです。そもそも雨とは変化が激しい事象なので、観測頻度が少ないとデータが使えないものなのですが、GPMは、複数の衛星が協力して観測することで、約3時間以内にほぼ全球の観測ができるようになっています。またこのGPMの主衛星に、JAXAが開発した二周波降水レーダ(DPR)というセンサが搭載されていて、地球に向かって電波を飛ばし、雨粒や雪から反射した電波を受け取ることで、これまで不可能だった雲の内部に存在する雨や雪の構造を立体的にスキャンすることができるんです。

GPM主衛星のイメージCG
GPM主衛星のイメージCG

新海

GPMによって雲の解像度が上がった、と。

おっしゃる通りです。解像度をあげてその中身を立体的に見なければ、本当に知りたいことがわからないということなんです。

GPM主衛星搭載の二周波降水レーダDPRがとらえた平成30年7月豪雨時の線状降水帯内部の雨の立体構造

新海

すごいですね。解像度があがっていくことで僕たちの生活の何に活かされていくのでしょう?

淡水資源の源である降雨を正確に把握することで、水資源を適切に管理することにつながります。また、天気予報の精度向上、洪水警報システムの改善、地球温暖化による異常気象の解明などにも活かされています。つまり地球上の水循環をよりよく知ることにつながります。

空の魚は
水と風のミックス

沖 

『天気の子』の舞台は東京で、渋谷スクランブル交差点や新宿歌舞伎町など、実在する街の風景がリアルに描かれています。そして降り止まない雨が、街の景色を変えていきますが、雨の観測をしている研究者の身としては、新海監督がどのように雨を描こうとしたのか、お聞きしたいです。

「天気の子」
『天気の子』天気の調和が狂っていく時代に、東京にやってきた家出少年・帆高と不思議な力を持つ少女・陽菜が運命に翻弄されながらも自らの生き方を「選択」する物語。© 2019「天気の子」製作委員会

新海

雨が降ると、世界の情報量があがる気がしませんか?例えば東京で雨が降ると地面が濡れて水たまりができます。するとその水たまりに街のネオンやビル群が映り込んで、街全体の色彩の量が一気にあがって鮮やかになります。あるいは雨粒がついた窓ガラスに目を近づけてみると、ひとつひとつの雨粒に世界が映り込んで見えて、まるで世界が無数に増殖したような感覚になります。また雨粒が落ちる場所によって、雨音は変わりますよね。木々に落ちる音、コンクリートに落ちる音、水たまりに落ちる音。その雨音が世界のかたちを教えてくれます。それがすごく魅力的だなと思いながら描いていますね。

「天気の子」
© 2019「天気の子」製作委員会

雨を描くことは難しいことだと思うのですが、新海監督が描く天気は精密で表現豊かで、解像度が高くて驚いてしまうんです。

新海

解像度という視点でお話すると、『天気の子』のヒロインである陽菜は天気の巫女として、人間よりも高く、また人間とは違った解像度を持った存在として描けるといいなと思っていたんです。例えば最初に陽菜が空の世界へ訪れたときに、魚のような小さなものがたくさん飛んでいるのを見ますよね。先ほど人間が見える可視光のお話が出ましたけど、陽菜は、可視光以外の光の波長が見える存在として描いているんです。

「天気の子」
© 2019「天気の子」製作委員会

まさにその空の魚の存在が気になって、今日お聞きしたいと思っていました。

新海

あれは実は水と風のミックスのようなイメージで描いています。普段から観測されている沖さんは別ですが(笑)、人間には大気中に溶け込んでいる水蒸気は見えませんよね。でも水蒸気は確かに実在していて、陽菜は天気の巫女としてその水蒸気の流れが見えているんです。水蒸気が上昇気流に乗って、空の高いところに持ち上がっていく様子を描いてみたいという発想もありました。

「天気の子」
© 2019「天気の子」製作委員会

おもしろいですね。普段、雲粒が、降水粒子が、エアロゾル粒子が~と研究している私にとっても(笑)、あの空の魚は違和感なく、受け止めることができたんです。あと、白い龍が空を飛んでいるシーンも興味深く観ました。

新海

あの龍は偏西風やジェット気流をイメージしていたんです。まるで地球をぐるりと取り巻く巨大な龍の様なイメージで。

なるほど、偏西風のジェット気流が蛇行することによっても異常気象は引き起こされますから、あの龍が東京に雨を降らせていたんですね。

複雑で多様で、
簡単には測れないこの世界

新海

異常気象と言えば『天気の子』は日本を始め、様々な国で公開させてもらいましたが、"BOY MEETS GIRL"のロマンチックな物語と受け取る方はもちろん、海外では特に気候変動の映画だと読み取る方が多くいました。

私自身も気候変動という視点から観ていました。その上で、もし映画のような世界が現実になっても、私たち人類はきっとこうして頑張って生きていくのだろうな、とむしろ前向きな気持ちになりました。

新海

少しでも明るい手ごたえを持って劇場を出てもらえるような映画にしたいと思っていたので、その感想はとてもうれしいです。

でも、時間が経つにつれて思ったのは、帆高くんが選んだのは陽菜ちゃんだった。すなわち人類が温暖化を止めていないという事実は、私たち自身が今も選んでいる。そう思ったんです。

新海

その通りだと思います。大前提として映画はフィクションですから、「こうしなければいけない」という政治的なメッセージは、映画には込めていません。込めてはいませんが、僕は『天気の子』ではふたつの視点を提供したつもりでいるんです。劇中で登場する気象神社の神主が「なーにが異常気象じゃ!だいたい観測史上初とか、せいぜい100年ぐらいじゃないか」と言ったり、あるいはおばあちゃんが「東京は沈んじゃったけど、元に戻っただけだわ」というような台詞を言ったりしていますよね。

「天気の子」
© 2019「天気の子」製作委員会

「世界なんてさ、どうせもともと狂ってたんだから」という台詞もありますよね。すごく印象的でした。

新海

人間に気候を変えられるわけがない。たかだかこの100年の異常なんて異常じゃない、と。それはある種、地球温暖化懐疑論と同じロジックではあるのですが、災害の多い日本列島に住んでいる僕たちにとっては馴染みやすい考えでもあります。それがひとつ目の視点。ふたつ目の視点は、今みんなが感じ始めている異常気象というものは、やっぱり人間の経済活動の影響だし、それはある意味で僕たち自身が選んでいることだよね、という視点です。まさに「しきさい」もその状況を観測して、変えていくための気候変動観測衛星だと思います。僕はそのふたつの視点を提供しながら、すごく極端ではありますが、この先の起こりうるかもしれない世界を映画の中で見てみたいと思いながら『天気の子』を作ったんです。

「天気の子」
© 2019「天気の子」製作委員会

沖 

地球温暖化というと、温暖化を引き起こしている原因は二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの影響で、それをいかに削減できるか?ということをCOP(気候変動枠組条約)で具体的な対策を行っていますが、実は雲ができるために必要なエアロゾルが気候変動に関わりがあることはあまり一般的には知られていません。そもそも雲を構成する雲粒は、このエアロゾルを核としながら水蒸気の凝結により生成されます。そしてエアロゾルの種類と数の違いが雲に影響して、雲粒の大きさや数を変え、雲が太陽光を反射する効率や、雲として存在する時間の長短、雨粒にまで成長するかどうかにも関係してくるんです。つまりこれらの現象が複雑に絡み合いながら、温暖化を加速、または減速させていると考えられていますが、エアロゾルや、雲、雨が地球全体でどのように分布しているかわかっていないので、具体的な答えはまだ出ていないのです。

対談

新海

自分の居場所を確かなものにしたい。そういう欲望が、人間誰しもあると思うのですが、あの空に浮かぶ雲のことで、まだわかっていないことがたくさんあるんですね。複雑で多様で、簡単には測れないこの世界。自分もまたその一部なんだなと改めて思いました。

本当にそうですね。その上で私自身の立場で言うと、その世界を観測することを止めないこと。そして見ることの解像度をあげていくことで、人類がよりよく暮らすための行動に結びつけられるよう、これからの研究を続けていきたいと思っています。

空を通じて、
大事なものと目が合う

対談

沖 

新海監督の作品に『秒速5センチメートル』という作品がありますが、種子島が舞台のひとつなっていますよね。それで主人公の少年が同級生の女の子と行きつけのコンビニに立ち寄るシーンがありますが、そのコンビニの窓には地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり」(ADEOS)のポスターが貼ってあって、それが何気なく映るシーンがあるんです。「みどり」は地球温暖化や異常気象など、環境の変化に対応した観測データを取得する衛星で、1996年に種子島宇宙センターから打ち上げられました。人工衛星の中でも、地球を観測する衛星を取り上げてもらったあのシーンはうれしかったです。

『秒速5センチメートル』© Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

新海

ありがとうございます(笑)。『秒速5センチメートル』が公開されたのは2007年。もう10数年前の作品なので記憶も曖昧ですが、この作品を作るために実際に種子島へロケハンに行ったんです。それで、ふと立ち寄ったコンビニに当時NASDA(現・JAXA)のポスターが貼ってあったり、高校の廊下にH-IIAロケットの打上げ写真が飾ってあったりして、島の日常に宇宙開発がしっかりと接続しているんだなというのがすごく印象的だったので、そういう描写を物語のなかに取り入れたいと思ったんです。

帰り道、その少年と少女の前を、NASDAのロケットを載せた荷台が通り過ぎるシーンがあったり、ふたりの関係を変える重要なシーンで、ロケットが打ち上がりますよね。

新海

『秒速5センチメートル』で一番やりたかったこと。それは主人公の少年に強烈な片思いをしている同級生の女の子がいて、その女の子が少年とロケットの打上げを一緒に見るんですが、その瞬間、少年が自分を見ていないことに気づいてしまう。片思いの切なさに気づいてしまう女の子の話を作りたかったのです。

新海監督の作品は、恋心という個人的な感情と遥か彼方の宇宙とがいっぺんにつながる瞬間がありますよね。それが違和感なく観る側に迫ってくるからすごいな、と思います。

対談

新海

そのミクロな自分とマクロな宇宙が直結している感覚というものは、本質的には多くの人が実感したい感覚だと思うんです。長野県の八ヶ岳のふもとにある国立天文台野辺山宇宙電波観測所はご存知ですか?僕はその観測所からほど近い場所で育ったんです。すごく星がきれいな場所で、幼い頃から星空や夕焼けを眺めているのが好きだったんですけど、高校生になった頃、思春期特有の悩みをいっぱい抱えだした自分と、壮大で美しい世界とが切り離されているような感覚があったんです。それはとても苦しかったんですが、それでも一瞬、美しい星空とかを見ているときに自分のような人間でもその世界の一部なんだと感じられる、涙が出るような瞬間が何度かあって。僕はそんな瞬間を映画の中に入れたい。時間も場所も超えて、すごく大事なものと目が合ってしまうような瞬間を映画の中に込めたい。そういう欲望が僕に映画を作らせているような気がします。

自分がこの世界の一部であるという実感。私自身は地球観測を通じて実感しているのかもしれません。その実感をより確かなものにするために、そして人々のよりよい暮らしにつなげるためにも、まだ見えていない空のなかの出来事を、より精度を上げて観察できるよう研究者として努めていきたいと思っています。

対談

Profile

沖 理子(第一宇宙技術部門地球観測研究センター
研究領域リーダ)

東京都出身、専門は気象・気候学。博士論文のテーマが宇宙からの雨の観測だったことから当時の宇宙開発事業団(NASDA)入社。以来一貫して地球観測の研究に携わる。子育て真っ最中で、ピアノを聴いたり弾いたりするのが唯一の息抜き。

新海 誠(アニメーション監督)

長野県出身。2002年、個人で制作した短編作品『ほしのこえ』でデビュー。以降『雲のむこう、約束の場所』『秒速5センチメートル』『星を追う子ども』『言の葉の庭』『君の名は。』を発表。最新作で2019年に公開した『天気の子』は、140の国と地域で公開。観客動員1,000万人を超える大ヒットを記録した。本作の Blu-ray & DVD が2020年5月27日に発売。

取材・文:水島七恵 写真:松村隆史

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